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『もしも門が1941年の大日本帝国に開いたら……』

作者:零戦
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第四十一話




 帝都は今、帝権擁護委員部(オプリーチニナ)に支配されていた。人々は門を閉ざして委員部の支配から逃れようとしていたが、委員部は御構い無しに講和派の貴族を取り締まり、監獄に収監していた。
 大人しく捕まる者に関してはその場で処刑せずに収監する寛容さを見せていたが、抵抗したり逃亡する者についてはその本性を露にする事を一切躊躇わなかった。
 そしてこの日もとある貴族の館から炎が上がっており、人々は畏怖していた。

「戻っちゃいかんぞッ!!」
「離して下さいまし。きっと御父様と御母様が途中で難儀なさっていますわッ!!」

 地下水道では少女と初老の二人がもがみあっていた。

「戻っては駄目だッ!! 今戻れば……」
「嫌です。侯爵様、お手をお離しになって下さいまし。御願いです、離してッ!!」
「駄目だ。それより早く此処から逃げるんだッ!!」

 初老――カーゼル侯爵は少女――シェリーを担ぎ上げて走り出した。シェリーはじたばたともがくが、館の方角から黒煙が上がりだしたのを目撃した。

「いやあああぁぁぁぁぁぁーーーッ!!! 御父様ッ!! 御母様ッ!!」
「………」

 カーゼルは一瞬、立ちすくんだが直ぐに走り出した。そして二人は地下水道の中へと消えていくのであった。



――翡翠宮――

「……それでは、和平交渉は向こうから……」
「打ち切る可能性が高いな。主戦派が多いのが原因だな」

 和平交渉使節団の団長を務める吉田茂と護衛隊隊長の太田大佐が話していた。

「委員部を恐れて我々に匿ってほしい講和派の貴族達が続々と増えています」
「……今は動く時ではない。和平交渉が全て流れるぞ」
「ですが人命は何物にも代えません」
「……判っている。防衛線の構築はどうかね?」
「只今構築中であります。後二日あれば全て完了します」
「軍が来るまで粘れるな?」
「無論であります。兵の士気が高ければ帝都をも占領出来ます」
「ハハハ、流石は上海以来の精鋭部隊を持つ陸戦隊だな」

 太田の言葉に吉田は笑うのであった。しかし、夜半になって事態は急変した。

「何だこの太鼓を叩くような音は?」
「恐らく……獲物を誘き出すのでしょう」

 叩き起こされた吉田の問いに太田はそう答えた。

「講和派の貴族達を炙り出すのか?」
「斥候の情報ではカーゼル侯爵とテュエリ家の娘を委員部が追っているようです」
「……だとすれば二人は……」
「この翡翠宮に来るでしょうな」

 二人が来れば帝権擁護委員部も来るに違いない。

「翡翠宮を護衛しているピニャ殿の騎士団も気付いて動いているかもしれませんな」
「……戦になるかな?」
「……なるでしょう」
「……今までの外交が水の泡だな」

 吉田は溜め息を吐いた。交渉は後一歩のところだったのだ。悔しがるのは仕方ない。
 二人が話している間にも時間は刻一刻と過ぎていく。やがてはカーゼル侯爵とシェリーの二人が翡翠宮前で押さえられた。

「中尉ッ!!」
「動くな、まだ隊長から指示は出ていない」

 急造の陣地で九九式軽機関銃を構えた水野を樹が押さえる。
 そうしている間にも地面の雑草にしがみついていたシェリーの脚は大地から離れて掴んでいた雑草の千切れる音と共に高々と担ぎ上げられた。

「嫌ッ!! スガワラ様、助けてッ!!」
「中尉ッ!!」
「……我慢だ」

 樹がそう言った時、翡翠宮から一人の男が走ってきた。菅原である。
 菅原はシェリーの元へ走り、委員に叫ぶ。

「その子は十六歳になるのを待って俺の妻にしようと思っている。そういう関係だッ!! だからその子を連れて行くなッ!! 此方に寄越せッ!!」
「よっしゃ、許可が出たぜ。中へ入れて良しッ!!」

 ヴィフィータがそう叫んだ。それを見ていた樹達は菅原の元へ走る。

「下がって下さい菅原さん」

 樹はベ式機関短銃の薬室に弾丸を装填する。その間にもヴィフィータが掃除夫を斬り捨てる。

「き、貴様ら、反逆するつもりか? そこの奴等も我等に刃向かうつもりなのか?」
「馬鹿にすんなよ。俺達の行動は外交協定に基づく警備行動で完全に合法なんだぜ。何者であろうともこの境界を越えるにはニホン帝国政府の了承が必要となる旨、皇帝陛下の勅令をもって定められているからな。てめぇらはニホン帝国政府より立ち入り許可を得ているのか?」
「罪人を捕らえるのにそんな物が必要かッ!?」

 樹は咄嗟に後方の翡翠宮を振り返った。翡翠宮の窓から青旗が振られて発光信号が送られた。

「野郎共ッ!! 花嫁を守れッ!!抜刀ッ!!」

 騎士団達は剣を抜き抜刀した。

「我々日本帝国は帝国の行動を傍観する事は出来ない。亡命者を、騎士団を、日本帝国を守るために帝国に対し自衛の戦闘を開始するッ!!」

 樹は発光信号を読み上げてそう宣言した。これは勿論、口実であり大義名分のためである。
 文面を作成した吉田は溜め息を吐きながらも対峙する帝権擁護委員部を見つめた。

「目の前で人が殺されるのをムザムザ見て黙っているわけではない」

 吉田はそう呟き、翡翠宮の門に銃撃音が鳴り響いた。




 
 

 
後書き
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