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誰が為に球は飛ぶ

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青い春
  玖 塩のときめき

第九話

街。
第三新東京市。
一年前に来た街。
この街が好き?嫌い?

分からない。

学校。
国立ネルフ学園高等部。
私が毎日、通う場所。
ここに、私の居場所はある?

分からない。

楽器。
トランペット。
私が毎日、吹く楽器。
こんなに毎日吹いても飽きないのはなぜ?

分からない。





分からない。
分からない。


自分が一番、分からない。





ーーーーーーーーーーーーー


季節は10月の後半となり、もう夏の面影はどこにも無い。紅葉はどんどん落ちていく。制服も衣替えが済む頃だ。白の夏服から、黒の学ランと紺のセーラー服へと。古めかしく角ばった学ランは、男の朴訥さを表しているかのようで、大きな襟とスカーフのセーラー服はこれまた素朴ないじらしさの象徴である(それを着ている人間の資質は置いといて)。新設といっていいネルフ学園において、もはや伝統校くらいでしか残ってない学ランとセーラー服の組み合わせなのは意外な事であった。噂では、理事長の一存らしいが、真偽は定かではない。


ネルフ学園では、この時期にある催し事があった。文化祭である。


皆、盛り上がる。というより、盛り上がろうとする。当事者である高校生達も意識するのだろう。「甘酸っぱい青春の象徴たる、高校においての文化祭」だと。その実、大したアイデアもなく、劇的な展開がそこらに転がっている訳でもないというのに、「これは、貴重な青春の一ページなんだ!」と自身に強烈に言い聞かせる事によって、あの特有のテンションが発生するのだ。


皆、本当は気づいているはずだ。この閉塞感、変わり映えのしない毎日こそが高校生活の本質だという事を。そしてこの毎日が青春と位置付けられてしまうほど、世の中はさらに変わり映えがしないものだということを。


「碇くーん!休憩終わりよー!」
「」


控え室になっている教室のイスに座って、物思いに耽っていた真司を呼び戻しに来たのは光である。光はエプロンに三角巾にマスク姿であった。
真司は渋々席を立つ。


1-Cの催し物は、模擬店。カフェをやっていた。
これもまた、ありきたりなアイデアである。ありきたりなものを、ありきたりな形で売る。そうしてまたありきたりな打ち上げでもするのだろう。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」


しかしアイデアがありきたりだからといって、それを実行するのに何の労力も要らない訳では無かった。メイドのコスプレをした真司が、明らかに気持ちの入ってない接客で来店者を出迎える。
その向こうには、嬉々とした顔でモノを運ぶ薫の姿もあった。店の裏側では、光に怒鳴られながら健介と藤次が料理を慣れない手つきで作っている。

野球部の面々は文化祭直前の準備も、部活を理由にすっぽかし続けていた。その結果がコレである。模擬店のシフトが野球部の5人で埋め尽くされ、真司と薫に至っては、女装してウェイトレスする事まで勝手に決められていた。欠席裁判というヤツである。こうされても文句が言えないくらい、何もしなかったのは事実ではあるのだが。


「碇くーん!写真撮ろうよー!」
「あ、はい」


飲み物食べ物を席に運んで一休みする間もなく、今度は写真をせがまれる。1-Cの模擬店は薫と真司、この2人のウェイトレスのおかげで盛況だった。2人とも中性的な顔立ちで女装が似合うというのもあるだろう。薫はそもそも美形で、真司は地味な顔の分化粧がよく映える。


(まだ終わらないのかなぁ)


真司は、文化祭が始まった当初からキッチンの方をチラチラと見て、品切れに伴う閉店を待ち焦がれる。


(ホント、時給が発生しても良いんじゃないかなぁ)


キッチンの裏では、またチキンライスを焦がした藤次に、光の怒りの鉄拳制裁が飛んでいた。
店内の客はその様子をクスクスと笑う。
真司はため息をついた。



ーーーーーーーーーーーーー


真司が模擬店のシフトから解放されたのは、文化祭も終わりに近づいた頃だった。もうそこら中の模擬店や出し物を一通り回り終えた1-Cのクラスメイト達が、する事が無くなって店に帰って来た。よって、最後の最後、僅かな時間だけ解放である。藤次と健介は買っていた前売り券を消化するため、他のクラスの模擬店へとダッシュする。
薫は店内でやる事が無くなったというのに、女装のままで客引きを始めた。どうやらいたくこの格好が気に入ったらしい。光は、今更する事なくなるのもアレだし、と言って結局調理を手伝い続けている。


真司は1人になった。この少年、他のクラスに友達も殆ど居なければ、前売り券などというものはただの一つも手に入れていない。
出し物にしても、他所のクラスが何をするのかさえ、全く知らない。


そんな真司が時間を潰せる場所といえば、ステージ発表をやっている講堂くらいしか無かった。


ーーーーーーーーーーーーーー

間に合わなかった。
真司はそう思った。

体育館では、真司のかつての先輩後輩達…音楽部の面々が演奏を披露していたが、真司が到着した頃には客に一礼して引き上げる所だった。
彼ら彼女らは、自分が野球部に鞍替えする時も、それだけに残念がってくれた。自分にとっては数少ない、義理立てすべき人々だったのだが。
仕方ないので席につき、そのままステージを眺め続けた。音楽部の次は、吹奏楽部の演奏だった。


吹奏楽部は、高等部中等部合わせて40人は部員が居る。ネルフ学園の中では、かなり早い段階から部活の体裁が整ったクラブである。同好会的で、ユルくそれぞれが好きな楽器に親しめばいい、という音楽部に対して、キッチリ練習して、全員で一つの音色を奏でる為にやっているのが吹奏楽部だった。同系統のクラブとはいえ、真司は音楽部だった時も吹奏楽部と交流した事が無い。それぞれがそれぞれの領分を弁えていた、という所だろうか。


(…?)
真司はステージに姿を現した吹奏楽部員の中に、一際目立つ見た目をした女の子を見つけた。短めの髪は、明らかに色素が薄い。水色に見える。こんな髪があるのか、と思わずには居られない。染髪にしたって、水色なんかに染める奴が居るだろうか。色素が薄いのは髪だけでなくその肌もそうで、病的に思えるほどの白さがスポットライトを反射して際立っていた。アルビノである。近しい人では薫がこんな見た目だが、身近に1人居るだけでも珍しいと思っていた。
何より真司が驚いたのは、その女の子が高等部の制服を着ていた事だ。こんな目立つ見た目の子が同じ校舎に居るというのに、自分は気づいてなかったというのだろうか。

(やっぱりもう少し他人に興味持たなきゃダメなのかなぁ)

頬杖を突きながら、いつか薫に言われた事を思い出して真司はため息をついた。


ーーーーーーーーーーーーー

文化祭の片付けの後、帰りのモノレールに乗った時、真司は体の節々が痛んだ。文化祭で練習が二日間休みになるからと、その前日に日向はメニューを倍にして野球部員の体を追い込んだ。そして筋肉痛になった所、文化祭の二日間も立ち仕事ばかりさせられていたら体も痛んでくる。

腰を落ち着けると、今日見たあのアルビノの女の子の事が自然と思い出された。吹いていたのはトランペット。ソロパートでは、空に抜けていくような晴れやかな音色を披露していた。
吹奏楽部全体としても、それなりに聞き応えのある演奏をしていたが、その中でも「デキる」方だと思う。

そんな事を思いながら、ふと車両の隅に目をやると















居たのである。あのアルビノが。


ーーーーーーーーーーーーー

普通なら、真司は自分から話しかけるような事なんて殆ど無い。ただ、この時ばかりは違った。
話しかけなければいけないような気がした。自分の「他人への興味の無さ」の権化がそこに居るような気がした。克服せねばならない、という義務感に駆られた。

話しかけた所、その反応は実にしょっぱいものだった。塩対応である。しかし真司はその対応を「悪意」「拒絶」とは受け取らなかった。そこに「不器用さ」を見たのである。真司は、その形の整った顎、スッと伸びた鼻、薄い唇、そして真っ赤な瞳を持つアルビノに、自分と同じく他人との距離を掴みかねている者の匂いを感じたのだった。

家の方向が同じだった事、部活の帰りの時間がよく重なった事から、いつしか2人は一緒に帰るようになる。

碇真司の、これが綾波玲との出会いだった。
その2人の物語は、また別の物語。







 
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