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PM9:00のシンデレラ

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第一章


第一章

                      PM9:00のシンデレラ
 参った。これには参った。
 折角パーティーで知り合った彼女は。こんなことを言ってきた。
「もう帰るわ」
「えっ、帰るって?」
「だって。もう遅いから」
 だから帰ると。俺に言う。
「お家に帰るわ」
「遅いって」
 まずそのことが。俺には信じられなかった。
 一応左手の時計をチェックする。安いけれど随分正確でしかも壊れないいい腕時計だ。日本のやつは同じ値段でもスイスのよりもずっといいと思う。 
 その日本の時計が俺に教えてくれる時間は。
「まだ九時だぜ」
「もう九時よ」
 こう来た。楽観論と悲観論だった。
「だからもう帰るわ」
「まさかと思うけれどさ」
「ママが心配するから」
 こう来た。門限かと思っていたら。
 ママだった。二十歳でカレッジに通っているスチューデントの台詞じゃなかった。
「だからもうね」
「帰るってのかい?」
「そうするわ」
 本当に心配する顔で。彼女は俺に言う。
「今日はこれでね」
「ちょっと待ってくれよ」
 俺はそんな彼女に。苦笑いで言った。
「夜はこれからだよ。それでもかい?」
「夜は危ないってパパが」
 今度はパパだった。まるでジュニアハイスクールの女の子だ。もっとも今時ジュニアハイスクールの娘でもこんなこと言わない。
「だからもう」
「帰るってのかい」
「そうするわ。だから」
「それじゃあ駄目だよ」
 今時こんな娘がいるなんて思わなかったので内心まだ驚いているがそれでも。俺はあえて軽い笑顔になってそれで彼女に言った。
「シンデレラだって十二時なんだぜ」
「十二時なんてとても」
「大丈夫さ。カボチャの馬車はまだあるさ」
「まだあるの?」
「七面鳥も待っていてくれてるさ」
 インディアンにもシンデレラの話があって。その話じゃ助けてくれるのは魔女じゃなくて七面鳥になってる。子供の頃聞いたその話も彼女に出した。雰囲気を明るくさせる為に。
「だからさ。まだ」
「ここで遊んでいいっていうの?」
「そうだよ。九時なんてさ」
 幾ら何でもだ。早過ぎる。
「だから一緒にさ」
「このパーティーで」
「どうだい?それで」
「けれど」 
 こう言っても。まだだった。 
 彼女は煮え切らない顔で。俺に言ってくる。
「パパもママも心配するから」
「どうしてもっていうのかい?」
「もう帰らないと」
「まあまあ」
 どうやらこの娘のパパとママは相当な過保護らしい。それがわかった。
 けれど俺はくじけずに。また彼女に言った。
「そんなことを言わないでさ」
「遊べばいいっていうのね」
「飲む?これ」
 言いながらカクテルを出した。それは。
「ミリオンダラーカクテルね」
「パイナップルですね」
「甘くて飲みやすいぜ」
 それが売りのカクテルだ。やっぱりカクテルはそうしたのが一番飲みやすい。俺が彼女に勧めたのはその甘くて何処か大人のカクテルだ。
「どうかな、これは」
「じゃあ」
 彼女はカクテルには乗ってきた。子供な心なので甘いものは好きだと思ってそれで勧めたらまさにその通りだった。当たりだった。
 
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