SONG FOR USA
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3部分:第三章
第三章
「あの時声をかけたのは正解だったよ」
ある時プロデューサーは笑って俺達にこう言った。
「けれど。まさかここまでなるなんてな」
「意外でしたか?」
「ああ、意外だったね」
彼もそれを認めた。
「本当に。うれしい誤算だよ」
「有り難うございます」
「最初は日本から来た異色のバンドってイメージだったんだよ」
俺の予測は正解だった。やっぱりプロデューサーは俺達をそうしたイロモノとして売り出すつもりだったのだ。
「だがね。化けてくれたよ」
「何、実力ですよ」
俺は不適に笑ってこう返した。
「これがね、実力なんですよ」
「どうやらそうみたいだな」
「それは街角で見抜いていたんじゃ?」
「確かにな。まあそれもあったが」
それだけではないってことだった。だが今はそれはどうでもよかった。
「それじゃあこれからも宜しく頼むよ」
「はい」
「そうだ、リーダー」
「!?何ですか?」
部屋を出ようとしたところで俺だけが呼び止められた。
「君に手紙が来ているよ」
「俺にですか」
「そうだ。ファンレターとは少し違うんでね。直接渡そうと思って」
「はあ」
こうした細かい気配りが出来るのがこのプロデューサーだった。人間としても悪くはなかった。
「これだ。日本からだ」
「そうなんですから」
日本からの手紙も多い。大抵はファンレターだ。だがそうじゃないというのなら何だろうと思った。
俺は一人楽屋に入って手紙を開いた。見れば桟橋で別れたあいつの手紙だった。
「これは・・・・・・」
そこには今のあいつが書かれていた。あいつはピアニストを目指していた。だがそれが叶えられなくなったのだ。
交通事故だった。命はとりとめたが左手をなくしてしまったという。この手紙も右手だけで書いているという。片手ではピアニストになることは出来ない。それで夢が絶たれたのだ。
「あいつ・・・・・・」
手紙では何とか強がっていた。だが落ち込んでいるのは痛い程わかった。それを俺に伝えていた。それの痛さが俺にも本当に伝わった。
手紙を閉じた。何も言えないし考えられなかった。もうメンバーは先に帰っていた。俺はいたたまれない気持ちのまま外に出た。もう夜になっていた。
「すみれ色だな」
空は黒くはなかった。すみれ色だった。
俺はその色がやけに優しく見えた。そして思った。
「この空、日本にも続いているんだな」
空は同じだ。何処でも同じ空だ。摩天楼に見えるこの空もあいつの上にある空も。同じだ。
「なあ」
俺は空に向かって語りかけた。
「あいつのこと、頼むな」
遠い国になってしまったあの国にいるあいつのことを頼んだ。ここからじゃ何も出来ない。精々手術の為の金を贈ったり、手紙を返すだけだった。出来ることはしたがそれだけだった。それで終わりだった。
海の方に出ると星達が夜の海の上にいた。眩い程だった。
「この星もな」
俺はまた呟いた。夢を掴んだのに悲しい気持ちだった。
霧の中の摩天楼も夜の星ももの悲しいだけだった。俺はそのまま自分の部屋に帰った。好きな酒もその時ばかりはまずかった。暗い気持ちのままだった。
それからどれだけ経っただろうか。俺達は相変わらずアメリカで歌っていた。もうその地位は確かなものだった。俺達は安定していた。けれどそれが急に崩れた。
「おい」
仲間で集まっていた時だった。俺は今聞いた話が信じられなかった。
「御前何嘘言ってるんだよ」
俺達は仲間うちじゃいつも日本語だった。この時もそうだった。
「嘘じゃないよ」
ドラムは小さな声で言った。
「この前病院行ったらさ」
小さい声のまま続けていた。
「俺、実はもう」
「馬鹿言うんじゃねえよ」
ギターがそれを聞いて言った。
「御前の歳でそんなことになるかよ」
「そうだ、俺達まだ若いんじゃないのか」
もうデビューしてかなりになるだ誰もはげちゃいないし髪の毛も白くなっていない。身体もほっそりしたものだ。これでおっさんとは誰にも言わせなかった。今度はリードヴォーカルが言った。
「そんなのになるかよ」
「俺だってそう思いたいよ」
ドラムはもう泣きそうな声だった。
「けれどさ、もう」
「何てこった」
ベースはそこまで聞いて大きく溜息をついた。
「仲間うちで一番若いってのによ」
「御前がそんなのになったら。俺達なんかどうなるんだよ」
今度は俺が言った。
「御前今度の新曲の作曲だったよな」
「うん」
ドラムは俺の言葉に頷いた。
「大丈夫なのか?」
「とりあえずはまだ」
「そうか、とりあえずはか」
「作曲、俺が替わろうか?」
サックスがここで話に入ってきた。仲間うちで一番無口なこいつが言うからには相当心配しているってことだ。
「そんな身体だったら御前」
「いや、やらせてくれよ」
だがドラムはそれにはこう答えた。
「どうせなら。最後までやりたいんだ」
「そうか」
「じゃあいいんだな」
「うん」
そしてもう一度頷いた。
「最後までドラムでいたいから」
「わかった、それだけの覚悟があるんならな」
俺はリーダーとしてこう言った。
「最後までやれ。いいな」
「うん」
「それでな」
そして次にキーボードを見た。こいつはずっとドラムと仲がよかった。
「御前何かと助けてやってくれよ」
「ああ、わかってるよ」
いつもひょうきんなキーボードもそれに頷いた。
「こっちで出来ることはするから。頼りにしてくれよ」
「有り難う」
「礼なんかいいんだよ、俺達は七人で一つなんだからな」
俺はまたドラムに言ってやった。
「困った時はお互い様ってやつだ。いいな」
「うん」
またやりきれないことになった。それからはあっという間だった。新曲を作ってコンサートやって。気が付いたら俺達は病院にいた。そしてあいつを囲んでいた。
「なあ」
まず俺が声をかけた。
「いいもの持って来たんだけどよ」
「何!?」
もうその顔は見られたものじゃなかった。痩せて、昔の面影は何処にもなかった。もう話すのも辛いのがよくわかった。見たくなんかなかった。けれど見なくちゃいけなかった。本当に辛かった。
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