| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

MARRY ME TOMORROW

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第三章


第三章

「行くぜ」
「うん」
 花束を持ってあの丘の上に行く。彼女がいる丘に。もう僕達は話はしなかった。そのまま無言で丘に向かった。暫くして丘が見え、その側の駐車場に入って丘を昇る。僕達はここでようやくまた口を開いた。
「同じ丘なんだよな、本当に」
 最初に口を開いたのは僕だった。プロポーズしたのも。オーストラリアに行くことも伝えたあの丘だ。けれど今行く場所はあの時僕達がいたあの場所じゃない。同じ丘でも違う場所だった。
「それはそうだな」
「けど。行く場所は違うんだね」
「そうさ、わかってると思うがこっちだぜ」
「うん」
 指差した方に顔を向けた。そこは僕達がかっていた場所とは別の場所へと向かう坂道であった。
「ここにな。いるから」
「そっちか」
 それを聞いて僕は本当にもう彼女がいないのだと思うようになっていた。そちらに行くのならば。どうしてもそれを思わずにはいられなかった。
 坂道を昇る。道自体は緩やかだ。それでも。足を踏み出す僕の気持ちは軽くはなかった。
 行きたくはなかった。けれど行かずにはいられい。僕はその相反する気持ちを一緒にして坂道を昇った。そして。遂にそこに辿り着いた。
「そこだよ」
 彼が手で指し示して教えてくれた。丘の端にそれはあった。
「あいつ、クリスチャンだっただろ、それで」
「こんな石なんだね」
「ああ」
 見ればそれは普通の墓石じゃなかった。ヨーロッパなんかで、オーストラリアでもよく見る形の石だった。僕はそれを見て本当に彼女がいなくなったことがわかった。
「あのさ」
 僕は花束を両手に持っていた。そして友達に声をかけた。
「何だ?」
「暫く。一人にしてくれないか?」
「一人にか」
「ああ、いいかな」
「いいぜ」
 彼はにこりと笑ってそれに頷いてくれた。
「じゃあな。車の中で待ってるからな」
「うん」
 彼は先に丘を下りた。二人にしてくれたのだ。そう、僕達は今二人になった。丘の上でまた二人になった。僕はゆっくりと彼女の側に足を進めた。そして。
「来たよ」
 彼女に声をかけた。けれど返事はなかった。
「帰ってきたよ。色々とあったけれどね」
 彼女に対して言う。けれど。やっぱり眠っている彼女からの返事はない。何もなかった。
「それでさ」
 それでも言った。言わずにいられなかった。
「あの時、はぐらかされたけど覚えてるかな」
 プロポーズのことを。僕は言った。
「笑って誤魔化されたけど。今言うよ」
 丘の周りには緑の草木が生えていて下には青い海と白い街並み、そして港と船が見えている。僕はそちらには顔を向けてはいない。けれどはっきりと見えていた。僕の心に。それは汽笛の声と共に、彼女の顔と共に僕の心に見えていた。僕は今あの時に戻っていた。
「結婚しよう」
 僕は今度ははっきりと言った。教会とかそんな回りくどいことは言わなかった。
「明日、結婚しよう」
 そしてまた。彼女に言った。
「いいかな、明日」
 けれど返事はない。返事はないのはわかっていても。それでも言った。
「それからずと二人一緒にね」
 花束を置いた。石の側にそっと。
「一緒にいよう。ずっとね」
 返事はなくても。言わずにはいられなかった。その為にここに戻ってきたのだから。言った。今その気持ちと言葉をはっきりと伝えた。
「いいよね、それで」
 僕は自分の気持ちを最後まで伝えた。淀みなく伝えた。彼女の心にもそれは届いている筈だ。きっと。それならばいい。それしかないのだから。
 そこまで伝えるともう他には何もなかった。最後にこう言うだけだった。
「さよならは言わないから」
 彼女に対して言った。
「だってずっと一緒だからね」
 そして丘を下りた。彼女に愛を伝えて。そして下りた。
 終わったんじゃない。はじまるんだ。今から。僕はそう思いながら丘を下りた。
 僕は彼女に全てを伝えた。そして彼女はそれを受け取ってくれた。僕の心の言葉を。今から全てがはじまる、それからずっと二人でいる。僕にはそれがわかっていた。
 そう、これから。彼女は僕の中に生きている。僕がここにいる限りずっと。それを今噛み締めながら丘を下りた。彼女の心を胸に抱いて。


MARRY ME TOMORROW   完

                    
                    2006・7・21
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧