魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Ep12神器統べる王の世界~Creation of the world~
†††Sideフェイト†††
ルシルの尋常じゃない声を聞いて、あの子が放とうとしている魔法がルシルの魔術であることはすぐに理解できた。だから私たちはルシルに従って、全力で“闇の書”から距離を取る。一体どういう効果のある魔術なのかは聞けなかったけど、かなりの広範囲攻撃だと推測できる。
≪左方向300ヤード、一般市民が居ます≫
かなり距離が開いたところで、“バルディッシュ”からそんな信じられない報告が来た。この結界の中には今も居ちゃいけない一般の人が取り残されているということだ。私となのはは、“バルディッシュ”が示した方向へと軌道を変更して、結界内に取り残されてしまった一般人を捜すことにした。
「なのは、この辺だよ!」
「うん!」
抱えていたなのはを離す。私は信号機の上に降り立って、周囲を見渡して取り残された人を探す。
≪Twenty, Eighteen・・・≫
“バルディッシュ”によるとすぐ側に居るはずなんだけど見つけられない。
「『フェイトちゃん、見つけた』すみません! ここは危ないですから、少しの間、その場でじっとしててくれませんか!」
私もなのはの視線の先へと目を向ける。そこに居たのは・・・
「なのは・・・?」
「フェイトちゃん・・・?」
「「え・・・?」」
友達のアリサとすずかの2人だった。その突然の出会いに私となのはは、ただアリサとすずかを見ていることしか出来なかった。
†††Sideフェイト⇒ルシリオン†††
「くそっ! 邪魔をするな、フラウ!」
今から“夜天の書”が放とうとしているのは俺の魔術の1つだ。その名を“光神の調停”。全方位無差別多弾砲撃の対軍攻性術式だ。1対多数において効果を発揮する殲滅特化の上級魔術。断続的に放たれ続ける砲撃が何かに着弾すると、そこからさらに広範囲に魔力波が広がり、さらに被害をもたらす。
(まさか複製された魔術を、しかも上級術式を魔法へと構築するとは思いもしなかった)
確かにそれは不可能ではないが、俺より先に成し遂げていたことに純粋に驚く。いや、夜天の書”が“異界英雄エインヘリヤル”を召喚できた時点でそれも念頭においておくべきだった。
「申し訳ありません。先ほどから頭の中に指令が来るんです。ルシリオン様とあの水色の髪の少女を止めるように、と」
――怜悧なる疾風――
フラウロスの背中から大木のように太く長い鞭状の竜巻が6つと生まれ、周囲のビルを破壊しながら迫ってくる。防御できるような生半可な威力じゃないため回避に専念。横目で“夜天の書”とバルドルを見る。円環の中心で輝いている光の量からして臨界点は近い。おそらく術の発動はもう止められない。
『シャル! 君は動けるか!?』
頼みの綱であるシャルへとリンクを通して話す。しばらくは繋がらなかったが、ようやく通じてくれた。
『ムリ! かなり手古摺ってる! さっきからカットカットってうるさくて! 美容師かっつうの! あ、監督か! まぁ、どっちでもいいや! それに影のような女や大男なんてのが次々と出てきて参ってんの! ルシルの方こそどうにか出来ないわけ!?』
『出来たら苦労はしない! ・・・が仕方ない。ズェピアも俺が引き受ける! シャルはすぐにフェイト達と合流して、あの子たちを守ってくれ!』
『・・・判った。無理だけはしないでね、ルシル』
地上に放たれる砲撃が少なければ、シャルの防御力でもギリギリ凌ぎきることが出来るはずだ。リンクを切り、フラウロスの攻撃を全力で避ける。3つの竜巻の鞭がビルの1フロアを丸ごと粉砕して断ち切り、ビルを全壊させた。
「ぐっ、危ないだろうフラウ! 当たったらどうする!?」
触れた物質を強制的に分解する、風の魔人フラウロスの魔力で生み出された風。人間相手に使うようなものじゃないというのに。
「ルシリオン様の多層甲冑や干渉能力であれば、わたしの風なら容易く防げるかと・・・」
「見てのとおり、その術式を使っていないことくらい君は気付くだろう!?」
「え? そうなのですか? 申し訳ありません、判りませんでした、何せ不可視の多重障壁ですから~」
フラウロスは完全にイタズラ好きの子供ような笑みを浮かべている。優しい娘なんだが、やはり彼女が仕えるルリメリアとリルメリアに求婚されてしまった俺がどこか気に入らないのかもしれない。だから俺が多層甲冑を使っていないのを知ってての本気の攻撃か。う~ん、求婚なら断ったんだけどな。フォン・シュゼルヴァロードという特別なファミリーネームを貰ったことが駄目なのか?
『うわぁ! ルシル君! それ以上は壊さないでぇ! 結界内だからいいんだけど、それでも少しは抑えてぇ!」
『すいません! 無理です!』
エイミィからそんな通信が入るが無理な注文だった。ビルの瓦礫が周辺へと吹き飛んでいる中、その瓦礫ごとフラウロスに向けて魔術を放つ。
「刻め汝の天災!」
「あ・・・?」
右腕を大きく振るって、指先から5つの雷の斬撃を飛ばす。周囲一体に強烈な雷光が放たれ、それに伴った轟音が鳴り響く。フラウロスには直撃こそしなかったが、それでも動きを止めることが出来た。
「シャル!」
「判った! あとはお願い!」
シャルと入れ代わるようにしてズェピアへと突撃する。シャルはものすごい速さでこの場から離脱して、フェイト達の元へと向かった。そして俺はズェピアの前へと姿を現す。
「上演中に飛び入り参加とはいささか無粋だと思うが。いやしかし筋書きのない殺戮は愉しめるというもの。それゆえに喜んで相手を引き受けよう、我が漆黒の主テスタメントよ」
「あの少女たちを守るために、わたしとその彼を1人で相手するのですか」
ズェピアが両目から血涙を流しながら静かに笑う。い、フラウロスはゆっくりと俺の背後へと降り立つ。
「前門にはズェピア、後門にはフラウロス、か」
だがおそらくタタリではないズェピアを倒すことは容易だろう。それにしても俺に設定されている“エインヘリヤル”の召喚時間は過ぎ去っている。それでも未だに存在し続けている。ならば俺と“夜天の書”の召喚における違いはやはり、プログラム、というのが最大の差ということなのか? だがいくらなんでもこれは反則過ぎやしないか?
「戦闘中における深い思考は自身と味方の破滅を導く。あなたの言葉ですよ、ルシリオン様」
――愚昧なる旋風――
蹴りを繰り出して足元から突き出してくる尖った風の柱群。それは攻撃ではなく、俺を捕縛するためのものだった。風が蛇のように両足に纏わりついて、俺の動きを封じてきた。
「さぁ第三幕だ」
――クリーチャーチャンネル(アポトーシス)――
完全に捕らわれてしまった。そこに、ズェピアは堕ちた真祖の影を具現させた。俺の身動きを封じてからの必殺。というわけか。
「だが甘い。輝き燃えろ汝の威容!」
足元に広がる直径500mの円陣より蒼く燃える炎が噴き上がる。フラウロスは咄嗟に上空へ逃げたようだが、ズェピアとアルクェイドはまともに飲まれた。威力と神秘が弱いとはいえ、それでも直撃によって完全に動きを止めるズェピア。
「カット・・カカ、カット! キィィィィーーーーキキキキキキキキキキ!! 蛮能ハ改革シ、衆生コレニ賛同スルコト一千年! 学ビ食シ生カシ殺シ称エルコト更ニ一千! 麗シキカナ、毒素ツイニ四肢ヲ侵シ汝等ヲ畜生ヘト進化進化進化セシメシ!」
「我が手に携えしは確かなる幻想!」
ズェピアの魔力が膨れ上がり、奴がマントに包まれ暴力の渦へとなる。俺は咄嗟に同じものを選択し、真っ向からの力勝負に持ち込んだ。
「ネズミよ回せ、秒針をサカシマに誕生をサカシマに世界をサカシマに!」
「開幕直後より鮮血乱舞、烏合迎合の果て名優の奮戦は荼毘に伏す」
――ナイトルーラー・ザ・ブラッドディーラー――
――ナイトルーラー・ザ・ブラッドディーラー――
「「回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ!」」
2つの暴力がせめぎ合い、弾かれては再度衝突を繰り返し、ビルをさらにもう1棟潰す。吹き飛ぶ瓦礫を面倒くさそうに払い除けるフラウロスを視線の端で捉えた。術後に生まれた隙を突いてくるようなことはなさそうだ。今ならズェピアの術後硬直を狙って倒すことが出来る。
「我が手に携えしは確かなる幻想・・・!」
取り出したるは、ズェピアと同じエルトナムの名を持つ少女、シオン・エルトナム・アトラシアの保有していた武装・バレルレプリカ。まずはズェピアの動きを完全に抑えるため、奴の背後に具現化した“第四聖典”に磔にする。
「まずはお前からだ! ガンバレル、フルオープン!」
砲撃の衝撃によって吹き飛ばされないように、頭上と足元に展開したしたミッド魔法陣に背の剣翼を突き刺して体を固定。
――バレルレプリカ・オベリスク――
「・・・これが此度の・・・私の終演・・か」
“バレルレプリカ”より放たれた閃光に飲み込まれたズェピア。まずは1人、ズェピア・エルトナム・オベローンの始末が完了した。そして次の瞬間、俺の頑張りも空しく“夜天の書”より放たれた光神の調停だったが・・・。
「バカなっ! 全弾下方に向けての無差別砲撃だと!?」
本来の効果とは違うことに驚愕する。これは予想外にもほどがある。全方位に放たれるからこそ、地上に向けられる砲撃くらいはシャルでも対処できると思った。だが全弾下方限定となると、シャルの防御力では全て耐え切ることは出来ない。
シャルにすら無理なら、フェイトやなのははなおさら無理だ。ユーノやアルフが居てくれればまた別の結果になっていただろう。あの3人が協力したとしても1発くらいは防げるだろうが、2発目以降は押し切られる。それだけの高濃度の魔力が、複製されたコード・バルドルに内包されているのが判る。
「(考えている暇はないな)・・・我が内より来たれ、貴き英雄よ・・・フェンリル!」
――異界英雄――
「隙がありすぎますよ、ルシリオン様」
――爆ぜし突風――
「ぁがっ・・!」
フラウロスが放った爆風の一撃をまともに受けて、瓦礫へと吹き飛ばされて叩きつけられた。フェンリルを顕現させるための工程を途中で妨害されたため、「ぅあ・・・?」不完全な形でフェンリルが現れた。
おそらくいつも以上に召喚時間が短いかもしれない。それでもバルドルが発動している間くらいは顕現できるはずだ。フェンリルが閉じていた目をゆっくりと開き、俺の姿を視認したと同時に「マスターっ!」と駆け寄ろうとしてきた。
「あっぐっ・・・、やることは・・・解かっているな」
苦しくとも声を出して制し、フェンリルを顕現した理由を守らせる。フェンリルは一瞬だけ迷った風だったがキリッと表情を固めた。
「了解しました、マスター。ご武運を」
フェンリルはシャル達を守るため、風切り音とともにこの場から消え去った。
†††Sideルシリオン⇒シャルロッテ†††
ルシルが私と入れ代わるようにしてズェピアへと突撃したのを確認してから、私はなのは達の元へと向かった。なのはとフェイトの魔力反応を頼りに空を飛んでいると、ようやく2人を見つけた。見つけたんだけど、2人の側にはさらに人が居る。
「・・・うそ、アリサ!? すずか!?」
一体だれ?と思って近付いて行くと、なんとそこに居たのは信じられないことにアリサとすずかだった。
「シャル・・・ちゃん?」
「ちょっと! あんたもどういうことよこれ!?」
すずかの戸惑いの声と、アリサの大声が静まり返っている街に響く。なのはとフェイトも完全に戸惑っている感じだ。
「えっと・・・映画の撮影?」
紛れもなく大嘘な言い訳。もちろんそんなものが通じるわけもなく、アリサが「そんなわけないでしょ!?」怒鳴る。1発でバレた。これは本当のことを説明するしかないかも。だけど今はそんなことをしている時間がない。とここで、“闇の書”からずいぶんと離れているというのに、その彼女の静かな声が私たちに届いた。
「――即ち公正たる断罪の閃光、コード・・・バルドル」
その瞬間、遠くで大きく輝いていた球体から何発もの砲撃が“下方”にのみ放たれた。その光景に「な、なんで!?」私は驚愕。あの魔術バルドルは無差別的に全方位へ放たれる砲撃のはず。信じられないことに彼女はどうやら“下方にのみ放たれる”ようにしたみたい。
「(どれだけ器用なわけ!?)なのは、フェイト! 防御!」
「「うんっ!」」
――ディフェンサー・プラス――
フェイトがアリサとすずかにドーム状のバリアを張る。私となのはとフェイトの3人は、バリアの3方に立って陣形を組み、どこから魔力波が襲い掛かってきても対処できるようにしておく。今思えば無差別なのが幸いした。放たれた砲撃のほとんどが私たちからかなり離れた場所に着弾して、大きいドーム状の魔力波を生み出し続けている。だけどやっぱりそう上手いことは続かず、こっちにも最初の一撃が来た。
「来た!」
≪Wide Area Protection≫
≪Round Shield≫
「真楯!」
それぞれが障壁を張って、今から私たちに襲い掛かるであろう莫大な魔力波を待つ。まずは第一波が私たちの元へと到達した。
「うっぐ・・・!」
「なんて・・・強い・・くぅぅ・・・!」
なのはとフェイトがあまりの威力に呻き声を上げる。私は魔術(真楯は魔法に変換できないからね)による最高の障壁のため、それほどの衝撃は感じられない。だけどやっぱり最高の守り。1度使っただけで、かなりの魔力を消費した。もってあの2発くらいかもしれない。
『フェイト! なのは! シャル!』
『3人とも大丈夫!?』
アルフとユーノから念話が入る。余裕のないなのはとフェイトの代わりに私が対応する。
『私たちは何とか耐えてる! だけど結界内にアリサとすずかが取り残されていたの! そっちで何とか出来ない!?』
そう告げると、今度はエイミィから連絡が入った。
『ごめん! その魔法とその余波が治まるまでダメなのっ、もう少しだけ耐えて!』
それもそうか。こんな中で転送なんて出来るわけがない。今なお続く一撃のみでなのはとフェイトは辛そうにしている。あといくつの砲撃が放たれるか判らないけど、これ以上なのは達に負担は掛けられない。
(魔力炉破綻覚悟でキルシュブリューテの能力を完全解放するか、それともこのままこの方法で耐えるか・・・どうする?)
“魔力炉破綻”を起こすのはかなり痛いけど、これからの魔力波には対処できる。そのかわり最低でも3ヵ月は確実に魔力行使は出来なくなるだろうけど。ここでようやく一撃目の魔力波が途切れた。だけど最悪なことに、1度あることは2度、2度あることは3度あるというように、近くに3発続けて着弾した。
「うっそっ! また来る! なのは! フェイト!」
「「う、うんっ」」
これは結構まずい状況だ。なのはとフェイトの顔からは疲労が見える。
「・・・やっぱり待って2人とも。やっぱり私だけでいい。なのはとフェイトは、この後に待ってる闇の書との戦いに備えて魔力を温存して」
「シャルちゃん!?」
「だ、ダメだよシャル!」
2人が止めてくるけど、そんな余裕はない。あと20秒とせずに魔力波が到達する。もう迷っている時間はない。
「目醒め――」
「とおっ!」
「え!?」
いきなり目の前に現れたのは、生前に見たことのある少女。
「シュタッと華麗に♪ みんなのアイドル、フェンリル推・参❤」
ピースサインを決めてそこに降り立ったのは、大戦時に色々な意味で有名だった、ルシルの正真正銘の使い魔だった駄犬(いや駄狼か)こと“フェンリル”だった。
†††Sideシャルロッテ⇒ルシリオン†††
俺は立ち上がり、“夜天の書”が召喚した“異界英雄エインヘリヤル”・魔人フラウロスとの戦いに戻る。フラウロスはフェンリルの行き先を少しばかり眺めた後、再び俺へと視線を戻しニコリと笑った。
「信頼を受けていますね。ああいう娘は大事にしなければ罰が当りますよ?」
「は、はは、大事に・・・か。あの子を独りで、数千年以上も待たせている俺には出来ない相談だな」
今なお続いている砲撃の衝撃が、俺とフラウロスの長髪を揺らす。しばらくの膠着状態。そして最後の1発が着弾したのを合図として戦闘に入る。
「さぁ、行きますよルシリオン様・・・!」
――優雅なる風羽――
「ああ来い」
――吹き荒べ汝の轟嵐――
飛来する風の弾丸を、蒼い竜巻で全弾無力化した。そのままラシエルをフラウロスへと向けて移動させる。だがフラウロスは指先から魔力の短剣を3本作り出し、真っ向から消しに掛かってきた。
「うぐあああッ!」
ラシエルが一瞬で吹き飛び、その衝撃は俺にも届く。あまりの威力に声を上げてしまう。直撃だけは免れたが、もし受けていたらそこで消滅死だっただろう。このまずい状況の中、『ルシル君、聞こえる!?』とエイミィから通信が入った。余裕を以って受け答えできる状況じゃないため、『なんです!?』と声を荒げてしまった。
『ご、ごめん! じゃなくて、結界内になのはちゃん達の友達、アリサちゃんとすずかちゃんが取り残されてるの! だから出来るだけ地上に向けて攻撃を撃たないでほしいんだ!』
『な・・・っ!?』
耳を疑った。状況が悪化してしまった。アリサとすずかが結界内に閉じ込められている。地上への影響まで考えなければならないとなると、それだけで俺の行動が制限される。俺はアリサとすずかの心配をしなければならない。しかしフラウロスはその必要がない。
いや、彼女が仕えているシュゼルヴァロード姉妹は、人間へ危害を加えることに対して反対派勢力の一角だったはず。とは言っても、俺とフラウロスの戦闘による被害はどうしようもないか・・・。
『本当にごめん! 出来れば海上に出て欲しいんだ!』
『海上・・・(場所を移す・・・か。それしかないな)判りました。場所を移しますから・・・あとのことはお願いします』
『え? どういうこと? ルシルく――』
通信を一方的に切り、フラウロスへと向き直る。フラウロスは重ねた両手をふとももの上に添えて、スッと佇んで待っていてくれた。
「話は終わりましたか? でしたら続きといきましょう」
「・・・一緒に来てもらうぞ・・・フラウ」
俺とフラウロスの間の空間が歪み、人間大の穴が開く。それを見たフラウロスは「え?」と首を傾げるが、すぐに納得したかのように目を閉じて自ら穴へと進んでいった。俺自身も穴へと入り、“俺の世界”へと向かう。召喚時間云々と言っている間に、拡大するであろう被害を抑えるための最終手段。
(夜天の書の一件が終わるまでに戻って、手伝うことが出来ればいいんだが)
そしてこの世界から俺とフラウロスは消えた。
「ここは・・・ルシリオン様の創世結界の中、ですか・・・?」
遠くの方から僅かな困惑が含まれた可愛らしいフラウロスの声が聞こえる。いや実際は近くにいるが、俺の聴覚に障害が発生したことで遠くに聞こえるのだろう。視界が赤い。それは血涙を流しているから。体中が痛い。それは魔力が荒れ狂っているから。それらは俺に許されている制限を超える魔力を使用していることへのペナルティ。血涙を袖で拭い去り、頭を振って無理やり意識を集中させる。
「そうだ。ようこそ、フラウ。我が世界の1つ、聖天の極壁の中へ」
ここは俺が有する4つの創世結界、その内の失敗作である“聖天の極壁ヒミンビョルグ”の中。地平線の彼方まで続く天地を覆い隠す黒い雲は中心に向かって渦を巻き、狭間には輝くルーン文字が舞っている。唯一の明かりは地平線の果てに輝く曙光のみ。雲が照らされて微光の絨毯となる。
度々ノイズのようなものが走る。それは不完全な状態で放置された術式ゆえの現象。本当なら“宝庫”や“居館”に取り込みたかったが出来なかった。現実に展開するのではないから出来ると思っていたが、それも制限されていたのだ。
――瞬神の飛翔――
背に展開している12枚の剣翼アンピエルを僅かに分離させ、さらに薄く細長いひし形の光翼を10枚展開させ、計22枚の翼とする。上級術式の中で唯一制限を解放された、俺を空戦の覇者と謳わせた術式だ。
「空戦形態、ですね。スピード勝負ということですか」
フラウロスが笑っている。だったらその余裕を根こそぎ捻り潰してやる。彼女の周囲に身長を軽く超す巨大な竜巻の弾丸がいくつも現れる。ならばその全てを残さず喰らい尽くそう。
――殲滅せよ汝の軍勢――
背後に待機させるのは、威力を保ったままでの最大展開本数である2千、その倍の4千の槍の軍勢。質より量を選んだために出来ることだが、本来の威力の3分の1程度しかない。
「ジャッジメント!!」
射出するための号令を下し、フラウロスへと向けて100本ずつ放つ。放つタイミングと速度を変更してさらに2百、続けて5百、千と連射していく。フラウロスはそれを回避しては、待機させていた竜巻の弾丸や魔力を纏わせた手で打ち落としていく。それでも少しずつだが掠り傷、直撃によって貫かれたりしている。だが、すぐそばから治るために、さほどのダメージにはなっていないようだ。
(量より質にしておけばよかったか?)
「さすがですね、ルシリオン様・・・!」
――破滅誘う爆風――
やはりと言うべきか。フラウロスにはまだまだ余裕があるらしい。飛び交う槍の軍勢を回避しながら、竜巻状の砲撃を放ってきた。
――削り抉れ汝の裂風――
それに対処するためにこちらも別の魔術で迎撃する。螺旋軌道を描く蒼と緑の竜巻砲撃が真っ向から衝突する。そのどちらも消える前に、フラウロスが俺へと接近してきた。目の前に現れた彼女が繰り出した魔力を纏った拳打を回避し、俺はその細い首を鷲掴む。
「っぐ・・・っ!」
そのまま神速飛翔のベクトルを利用して、この結界内にいくつか点在するルーンが刻まれた球体へと叩きつける。あまりの威力だったためか、直径30m程の球体が粉々に吹っ飛ぶ。が、ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。俺はそこから離脱し、すぐさま残りの槍の軍勢をその残骸へと集中砲火する。
「惜しかったですね」
いつの間にか真後ろに移動していたフラウロスからの一言。今度は俺の首を掴んだフラウロスが「お返しです」俺を別の球体へと猛スピードで叩きつけた。球体にクレーターが生まれるほどの衝撃をその身に受ける。
「っが・・・!」
――傷つきし者に汝の癒しを――
意識が飛びそうになったが、すぐさまラファエルを使用してダメージを回復させる。蒼翼は現在22枚全て無傷。ならば・・・。
「もう少し伸びていればよかったものを」
「そう簡単にいくと思わないでくださいね」
俺は静かに中級術式最強のミカエルの準備に入る。
「我が手に携えしは確かなる幻想。闇に染まれ・・・デアボリック・エミッション」
俺の術式を蒐集した代金と言わんばかりに“夜天の書”から複製した術式を放つ。回避しきることが出来ないだけの至近距離からの一撃に、フラウロスは防御に徹するしかない。
「崇め讃えよ・・・」
フラウロスへと向けて蒼翼全てを突撃させる。未だにデアボリック・エミッションを防いでいる彼女に向かって、22枚の蒼翼から様々な角度、威力、速さでの砲撃が放たれ続ける。
「くっ・・・!」
直撃寸前でデアボリック・エミッションの効果が切れ、フラウロスの離脱を許す。彼女を追撃する蒼翼からまた22発の砲撃が断続的に放たれる。
「これは結構きつい、ですね・・・!」
フラウロスは速度をいわせて蒼翼を振り切ろうとするが、蒼翼が引いている蒼い閃光が鎖となって檻を形成していく。その所為で彼女はスピードが出せず、上手く逃げれていない。だから両手に魔力を纏わせて、檻を作り出している蒼翼を破壊しようとした。
「無駄だ!」
しかし残念。蒼翼に純粋な魔力攻撃は通用しない。それどころかその魔力を吸収して威力を上げるし、俺への魔力供給をも助ける。その分物理攻撃には弱いという欠点があるが。“エインヘリヤル”である以上、全ての打撃にも魔力が付加されるため、決して蒼翼が破壊されることはない。
「我が手に携えしは確かなる幻想」
ミカエルで決まらなかった時のための保険を用意しておく。フラウロスが今度は風の剣で強引に檻を破壊しようとするが・・・
「しまった!」
蒼光の鎖で四肢を直接縛られてしまった。今こそ好機。周囲の檻を完成させる。これでもうフラウロスは逃げることは出来ない。22枚の蒼翼が俺の上下左右へと展開される。蒼翼の切っ先は全て捕らえられているフラウロスへと向けられた。
「汝の其の御名を!!」
上下左右、一番端の翼から順に莫大な光量と熱量を持った砲撃が放たれる。さっきまで放たれていたものとは比べ物にならないその威力。何故ならそれはフラウロスの魔力も含まれているために、俺の今出せる威力以上となっているからだ。放たれたミカエルの最初の3発までは確かな着弾の手応えがった。しかし、それ以降は爆散している閃光を素通りしている。
「・・・顕現時間の終了か。全く。もう少し待っておけばよかったな」
異界英雄との戦いは、決着を見ることなく終わりを告げた。戦闘が終わればもうここには用はない。いつまでもここにいては完全に“魔力炉破綻”を起こしかねない。早く現実へと戻らなければ。
「夜天の書との戦いはどうなっただろうか?」
こうしている間にも解決しているかもしれない。さすがにそれだけは遠慮したいものだ。解決した場面に立ち会えないというのは悲しすぎる。
ページ上へ戻る