ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
人を超えるという事
ピキ、という硬質な音とともに、レンの仮想体の頬に細く亀裂が入った。
まるで、よくできた陶器の人形のような、そんな壊れ方。
零れ落ちた皮膚の欠片とでも言える物が、しかし重力に逆らって天上へと昇っていく。
見た目にも、かなりの痛覚が働いているのが分かるがレンはおくびにも表情に出さずに、身を屈めるように少しだけ前屈みになった。
直後、メリメリという何かが引き裂かれるような音とともに、紅衣の少年の背に巨大な塊が突如として出現した。
カラスよりもなお黒い、漆黒の翼。
しかしそれは、鳥類の持つような神秘的な優美さなど欠片も持ち合わせてはいなかった。少年の肩甲骨の辺りからエネルギーが噴出しているかのような、そんな歪な羽。もともとから付いているALOアバターの、妖精めいた翅と相まってどこか蝶の翅のようにも見えた。
翼と尾。
人外の姿になった《冥王》に、《鬼》は吐き捨てるように嗤った。
『《融合》………。人間の根本的なアイデンティティー、”自身はヒトである”という認識を上書きし、強制的にその存在を人間より上位のモノに変換させる……か。アッハッハァ、凄い凄い。ヒトの身でその域に到達するなんてねぇ、ビックリ仰天だよぉ』
どこか乾いた声が空気を震わせるが、レンは答えない。
否、レンだったモノは、答えない。
『でもさぁ、いいのぉ?そんなコトしたらぁ、キミはヒトじゃぁなくなっちゃうんだよぉ?それにぃ、脳細胞だってタダじゃぁ済まないだろうしねぇ~』
アハァ、と《鬼》が、狂楽が引き千切れるように嗤う前で、前屈みの体勢で立ち尽くすレン────
ドロリ、と。
右眼左眼鼻右耳左耳口歯茎舌
顔面のあらゆる場所から鮮血が溢れ出した。
ごぷ、という鈍い音とともに喉元から唾液と血が混じりあった液体が迸った。
それらは真下に落ち、底知れぬ暗闇の中にゆっくりと消えていった。
その時、思わず踏み込んだ足首にも硬質なサウンドエフェクトとともに亀裂が刻まれた。精巧な人形のように、煌く砂粒が宙を舞う。
そこまで見、初めてレンだったモノの口が開かれた。
『/m;dvgvimimo殺gv\PJ』
人外の声が、発せられる。
ゆらり、と。
非常に緩慢な動きで《尾》が蠢いた。
そう狂楽が視認した次の瞬間、この閉鎖された空間そのものが消し飛ばされるほどの衝撃が襲った。体が千の破片になってバラバラになっても、まだかなりのお釣りが来そうなほどの。
操り人形になっている、黒衣の剣士を《動かす》暇さえもまるでなかった。
音など軽く振り切り、光の速さまで迫るほどの速度で吹き飛ばされた栗色の髪を持つ少女の身体に、二対の致死の翼が死神の鎌のように振り下ろされた。
『────ッッッ!!!ごォぉあアアああああぁぁぁぁっッッっっっっっッッッッ!!!!!』
その瞬間になって、ようやく脳から発せられる神経信号が指の先にまで到達した。
ピクリと人差し指が動き、その動きに従って黒衣の剣士が虚ろな顔をしたままで加速する。
だが、その身体が両者の間に滑り込む前に、グルリと首を巡らせ、漆黒のコートの裾を翻しながら向かってくるキリトの姿を目視したレンは────
『────────────ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!』
無音の咆哮を放った。
それは物理的な力を伴い、反則的とまで言える衝撃を黒衣の剣士に叩きつけた。
埃のように吹き飛ばされる身体。
それでも吸収されなった、余りものの衝撃は空間を不気味に軋ませた。ミシミシ、という家鳴りのような音がそこかしこから響き渡る。
もう一度首を巡らせ、改めてレンは狂楽と対峙した。
ノドが、干上がったように痛かった。
今や、潮風のように途切れることなく吹き付ける殺気は抗い難いものとなっていた。気を抜けば一瞬で正気を保っていられなくなるような、そんな異常な空間。
その中で、一人の《鬼》は思考する。
目の前の存在は、一秒を万の単位で割けた時間で自分を殺せるだろう。
ならば何故、今自分はこうして呼吸をしていられ、あまつさえ真正面から対峙できているのだろうか。
《尾》による波状攻撃。
《翼》による双方向斬撃、及び飽和爆撃。
どれも己の命を消し飛ばすことなど簡単だ。オーバーキルと言ってもいいほどに。
ならば何故?
命を消す事に躊躇いを覚えているのだろうか。あるいは、自分ではなく、今宿主としているこの少女を殺したくないという事か。
《鬼》はそう考え、すぐさま胸中でイヤイヤと首を横に振る。
今のこの少年に、そこまでの心理的、倫理的な概念があることすら疑わしい。
そもそもこの少年は、SAO時代に「力を得たいから」という理由のみで二百人を超える殺人者達の命を刈り取った《冥王》だぞ?
第一、先程の攻撃の最中、こちらを射殺さんばかりに睨みつける二つの瞳には、殺意以外の何物も存在してはいなかった。
ならば、人を殺すのに躊躇が無く、さらに相手は殺したいほど、消し去りたいほど憎悪する敵。このシチュエーションで《殺す側》が動かない矛盾。
それは何だ?
ソレに気が付いた時、《鬼》の口元に浮かんだのは心の底から嘲るような笑みだった。
そこから導き出せられる唯一の絶対解。
アハァ、という囁きが思わず漏れる。それほどに単純で、明快な回答だったのだ。
つまり、殺せたくても殺せないのだ。
いくら目の前のモノをこの世から抹消したくとも、それを為す体力が無い。
いくら目の前のモノのすべてをを否定したくとも、それを叶える力が無い。
それでも、レンだったモノは足を前に踏み出し、歩を進める。
一歩ごとにアバターを構成する外殻がひび割れ、砂粒のように消えていっているのにも関わらず、下を向こうとしない。
根本的な所で人間であることを止めようとまでしているのに。
生命活動など当たり前のように絶望的だとわかっているのに。
下を向こうとせず、前を向き
『ljf;wa死sfjsdgっmv/b:\04』
言語でない言葉を喋る。
口を開くだけで、頬がひび割れ、崩壊していくのも気に留めずに。
《尾》を。
《翼》を。
振るう。
それは人が反応できる域など軽く振り切れていたけれど、超速戦闘の中では明らかに先程よりも動きが悪かった。言い表しにくいのだが、キレがないとでも言うべきか。
どちらにせよ、それは両者間の戦闘では致命的な物だった。
キリトという手駒を失った狂楽に有効な攻撃方法はないが、時間とともに崩壊していくという事が判っていればそれで充分すぎる。逃げるだけで勝てるのだ。
全力で漆黒の空間の中に設定した《床》を蹴り、狂楽はバックダッシュした。
数瞬という言葉でも足りない刹那の後、音という名の衝撃が全身を叩く。
『ご…………ォあッ……!!』
金属バットで全身をくまなく殴打されたような感覚。
あまりの痛覚に神経が着信拒否を起こし、痛みさえもトンだ。
今にもどこかへ旅立ちそうな意識の端切れをがっしと強引に掴み、《鬼》はそのまま床を蹴った勢いで漆黒の虚無の空間へと飛び出した。ここから先は、本当に何も設計していない。ただただ、目の前に広がる闇が真実で本質の空間だけが無限に広がっている。
自らから勢いよく離れていく《敵》の存在を認知し、やっとレンも逃げられるという思考が浮上する。
口元から理解不能な言語を叫びながら、砲弾のような速度で後を追った。
人ならざるモノたちの戦いを見、純白の少女の伏せられた瞳から流星のような煌きが落ちて消えた。
「………ト!……キ…ト!…キリト!!」
頬を張られたように、冷水をぶっかけられたように、俺は唐突に意識を覚醒させた。
途端に、「パパッ!!」という叫びとともに、胸の辺りに軽い衝撃と重さが加わる。
見ると、俺の胸に顔を埋めたまま嗚咽を漏らすユイの姿があった。小さなピクシー態ではなく、本来の、十歳ほどの少女の姿だ。
「ユ…イ……?ここは………」
俺の疑問に答えたのは、ピンと張った糸を爪弾いたかのような凛とした艶やかな声だった。
「まだ仮想世界です。ALO………かどうかは正直微妙なところですが」
首を巡らせると、少し離れたところに律儀に正座をしている巫女装束の女性と、黒いゴシック調のワンピースを着る少女の姿があった。少女の方の年齢は、ユイと同じくらいだろうか。
その二人のことを、俺は知っていた。
「カグラ…さん。マ…イ……ちゃん」
俺の呼びかけに、マイは伏せていた顔を上げた。その両目は、泣き腫らしたように真っ赤になっていた。
その眼を見、やっと俺の脳みそが本来の正常な思考を取り戻していた。ギアが上がり、冷え切っていた頭の芯を溶かし出す。
そしてそれは、意識が忘れようとしていた記憶を呼び起こすのに充分な出力であった。
目を見開き、俺は雪崩れ込んでくる拒否できない記憶の奔流に呑み込まれた。
「────……………ッッッッ!!」
ガバッと思わず上体を上げようとすると、神経そのものが身をよじったかのような激痛が全身を襲った。呻き、堪らず身体を硬直させてしまう。
だが俺は、それらの傷みを全て無視して傍らに座り直ったカグラに訊く。
「アスナは……、レンは………どうなったんですッ!あれから何が──── ッッ!」
「……アスナとレンならば、あそこですよ」
闇妖精の巫女は、食い殺さんばかりの俺の気迫にたじろぎもせずに、その端正で流麗な顔を巡らした。方向は、ちょうど俺の左後ろを捉えている。
つられたように首を曲げ、己の背後を見た俺は絶句した。
無限に広がる虚空。
真っ黒に塗り潰されたその先で、眩くばかりの閃光が爆発していた。
大きさは一抱えくらいの小さなフラッシュだったが、ビリビリと空間が軋み、頬をなぶる衝撃の余波がその圧倒的な規模をまざまざと伝えてきた。
────これが……、人間の戦いなのか…………?
ありえない。
これはもはや、介入するとか助けるとかの次元を二つか三つ軽く飛び越してしまっている。
コンマ一秒でもまだ足りない。一秒を万の単位で分けた速度域の中を生きていなければ、この戦闘に介入する資格など存在しない。
だけど────
立ち上がった俺を、カグラとマイは引き止めはしなかった。
ただ静かに、視線を向けてくる。
「行くのですか」
「あぁ。助けに」
「無駄かもしれないよ?」
「それでも、助けに行く。行きたい」
「キリト。真の意味で彼女を助けたいのならば、”今の”彼女を殺さなくてはいけません」
「あなたに……それができるの?」
純白の少女の発した問いに、俺は笑みを浮かべた。
本心からの、無色透明な笑みを
本心からの、無邪気な笑顔を
「当たり前だ」
浮かべた。
それに呼応するかのように、俺は右手を上げた。
純白の神装。
《潔白》を持っていないほうの腕を上げた。
その先に黒い過剰光が集まるのを見、俺は必死に心の中で叫んだ。
───頼む!俺に、俺にアイツを殺す勇気をくれ!!
返答は無かった。
だが、無限の力の奔流が右手のひらから生まれ出でた。
それはゆっくりと形を成し、最初に柄、次に鍔、最後に刀身を形成した。
黒い直剣が、俺の右手の中で誕生した。
伝わってくる振動が、手に伝わる感触が、これは宿命なのだと俺に告げる。
「パパ………」
心配そうに見上げてくる娘の頬を撫で、俺はコートの裾を翻した。
もう振り返らない。
「行くぜ、《憎悪》」
潔白と憎悪。
善と悪。
白と黒。
二つの相反する属性を両手に持った、一人の剣士は言う。
「今すぐに、殺してやるよ!アスナ!!」
後書き
なべさん「はい、始まりました。そーどあーとがき☆おんらいん」
レン「あのさ、何度も言うようだけどさ」
なべさん「皆まで言うな!分かってますとも」
レン「え?ホントに?さすがは作者だ────」
なべさん「カブトムシとカナブンって似てるよね」
レン「なんの話だ!?」
なべさん「え?これじゃないの?」
レン「まるで普段から僕が、そんなド田舎の小学生が抱くような素朴な疑問を口にしてるように言うな!主人公のことだよ!」
なべさん「あぁ、うん。何を今さら。主人公はキリト先生じゃないか、何を言っているんだね君は」
レン「じゃあ僕は!?今の今まで主体的に動いてた僕の立ち位置は!?」
なべさん「…………えっと、外伝?」
レン「まさかの爆弾発言!」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
レン「主人公させろー」
──To be continued──
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