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Two Kids Blues

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第二章


第二章

 それが変わるなんて思いもしなかった。あの時までは。本当に変わった。
 酒場で飲んでいた時だ。飲むのは強いだけでとんでもない酒だ。スラムの酒場にはこんなものしかない。俺はそれでいいから酔いたくて飲んでいた。ウイスキーか何かわからないのをあおってた。するとそこに隣から声をかけてくる奴がいた。
「なああんた」
「何だ?俺に何か用か?」
「ああ、そうさ」
 そいつは俺と同じ位の奴だった。いきがってリーゼントをしたソバカスの顔の奴だった。この街じゃ見ない顔だった。
「あんた、ヤクをやってるんだよな」
「打ったりはしてないさ」  
 まずはこう答えた。
「それはしてないぜ。売るの専門さ」
「じゃあ俺と同じか」
「同じ!?」
「あんたがやってるのはコカインか」
「そうだったら何なんだ?」
 これが随分と金になる。入手ルートは内緒だ。だから儲かる。
「俺はマリファナなんだよ」
「商売敵ってわけでもないんだな」
「それでだ。どうだい?」
 そいつも安いウイスキーを飲んでいた。それを飲みながら俺に声をかけてきた。
「俺と組まないか」
「組むってか」
「ああ。コカインとマリファナだ」
 またヤクの名前が出た。
「丁度いいと思わないか。利益は山分けでな」
「それで儲かるのか?」
「俺もコカインをやってあんたもマリファナをやる」
 今度の言葉はこうだった。
「普通に考えて倍になるよな」
「そういえば言われたな、客に」
 俺はここでふと思い出した。
「マリファナはないのかってな」
「じゃあ丁度いいじゃないか。俺もコカイン頼まれたことあるしな」
「お互いそれも売って仲良く儲けようってわけか」
「悪い話じゃないだろ」
「まあそうだな」
 俺もそれに頷いた。
「俺にしてもな」
「じゃあ決まりだな」
 そいつは今の俺の言葉を受けて微笑んだ。それで決まりだった。
 それから俺はこいつと二人で商売をすることになった。部屋は別々だったがやることは同じだった。しょっちゅう打ち合わせをしてヤクを売り合った。それまででもかなり儲けていたがそれが本当に倍以上になった。笑いが止まらなかった。だがそれ以上に俺は満足していた。
 俺達はいつも二人でいるようになった。起きればすぐにどっちかのアパートに言って朝飯を食いながら仕事の話だ。それから仕事をはじめて晩飯も一緒だ。飲むのも一緒だ。何時の間にか完全にコンビになっていた。
 そんなある日のことだった。仕事の後で二人で俺の部屋で飲んでいた。ビールにソーセージでささやかな乾杯だ。その時にそいつが俺に言ってきた。
「なあ、金大分あるよな」
「まあな」
 そいつの言葉に答えた。伊達にヤクを売ってるわけじゃない。金なら腐る程ある。こいつには困ったことはない。
「だったら考えがあるんだけれどよ」
「何がだよ」
 俺は缶ビールを飲みながらそいつに尋ねた。
「どっかにでも行くのか?」
「ああ、そうさ」
 それでこう俺に言ってきた。
「俺、この商売止めようと思ってるんだ」
「止めるのか」
「ああ」
 俯いて。少し思い詰めた顔での言葉だった。
「何だかんだで悪事だよな、これって」
「まあそうだな」
 そんなことは百も承知だった。これで壊れる奴がいるのもわかってる。けれどこれも生きる為、金の為だ。少なくとも俺はそう割り切ってやってきた。
「だから。足を洗おうと思ってるんだ」
「足を洗ってこの街を出るのか」
「ここにいる限り足洗えないだろ」
 そいつは言った。
「だからさ。ここを出て真面目に暮らそうと思ってるんだよ、俺」
「真面目にっていうとあれか」
 俺は少し茶化して言ってやった。ビールを飲みながら。
「タイヤ工場とかで働くのか?デトロイトとかの」
「悪くないな」
「おいおい」
 思わず笑って突っ込みを入れた。
「マジかよ。金なんて全然入らないぜ」
 少なくとも今やってるヤクの売人よりはずっとだ。それがわかってるからはっきり言ってやった。
「それでもいいのかよ」
「いいさ。とにかくもうこの仕事から足を洗いたいんだ」
「本気なんだな」
「ああ」
 思い詰めた顔で答えてきた。
「考えたけれどな」
「そうか。本気か」
「本当にこの仕事辞めようぜ」
 俺にも言ってきた。
「それでせめて人様に迷惑かけないでやっていこうぜ」
「迷惑をか」
「ヤクで壊れた奴ばっかりだからな」
 特にスラムじゃそうだ。どいつもこいつも酒かそれに溺れて廃人になっちまうか撃ち合ったり刺し合ったりで次から次にくたばっていく。それがスラムだ。
「そういうのから離れたくなったんだよ」
「金はいらないんだな」
「もう。いいさ」
 言った。はっきりと。
「俺の金は寄付しようと思ってる。せめてもの罪滅ぼしにな」
「汚れた金はもういいってわけか」
「奇麗事かな」
「まあそうだな」
 本気でそう思った。俺達の商売じゃ何もかもわかってることだ。壊れる奴がいるのも売って手に入る金が汚れてるのも。全部わかってることだった。
 
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