箱庭に流れる旋律
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歌い手、同行する
境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営の大広間。ゲームの参加者が此処に集められていると聞いて、僕は皆を探しに来た。
「あ、奏さん!ご無事でしたか!?」
「黒ウサギさん!うん、僕はなんともないよ」
少し歩き回っていたら黒ウサギさんが見つけてくれたので、そのまま皆のところへ向かう。
「お、奏。おまえはなんともないのか?」
「強いて言えば二人を抱えて走ったから腕も足も限界が近いけど、それ以外はなんともないよ」
「それくらいで限界って、どんだけやわなんだよ」
「僕はただの歌い手だよ?むしろ、二人も抱えて走れたのがかなりの奇跡」
こうして下らないことを言えるってことは、今現在、僕の体は問題ない。
なら、どうにかなるはずだ。いつも通り、歌が歌える。
「にしても、状況はかなりきついな・・・春日部は満身創痍、お嬢様にいたっては行方不明だ」
「え、飛鳥さんが!?」
飛鳥さんがいないのは・・・やっぱり・・・
「・・・ゴメン。僕が飛鳥さんをおいて行ったから・・・」
「いや、御チビに聞いたが、あの場におけるお嬢様と奏の選択は正しい」
「でも、もし僕が残っていたら・・・」
「まず間違いなく、奏とお嬢様は行方不明になっていただろうな」
冷静に考えてみれば、その通りだった。
「たぶん、今の僕は冷静さを欠いてるんだと思う」
「だろうな」
いっそはっきり言われて、少し気が楽になった。
「白夜叉様の伝言を奏さんから受け取り、すぐさま審判決議を発動させたのですが・・・」
黒ウサギさんは、言いづらそうに声をかけてくる。
「少し遅かったようですね・・・」
ここで、僕が伝えるのが遅れたからというのは、さっきの繰り返しになるから言わない。
「そもそも、審判決議って何なの?」
というわけで、気になったことを聞くことにした。
「それは俺も気になるな。どうなんだ、黒ウサギ?」
「“主催者権限”によって作られたルールに、不備がないかどうかを確認する、ジャッジマスターが持つ権限のひとつでございます」
「ルールに不備というと・・・白夜叉さんが言ってた、クリア条件がないとか?」
「それは最悪の例ですが、その通りです。今回で言えば参加者側のゲームマスターである白夜叉様からそのように意義申し立てをされましたので、“主催者”と“参加者”で不備がないかを考察する必要があります。そういった場合に使うのが、審判決議ですね。他には、奇襲を仕掛けてきた魔王に対抗するための手段、という側面もあります」
「確かに、一度始まったゲームを強制中断出来るんだから、奇襲しかしてこない魔王を止めるのにはもってこいだよね」
「それだけじゃねえ。無条件でゲームの仕切り直しが出来るなら、今回みたいに全員がボロボロの状況では、体調を含めて戦況を整えるのにも使える」
そう考えるとかなり強力だと思うんだけど、黒ウサギさんは複雑な表情で首を振った。
「それが、ただ便利なだけとは限らないのですよ。審判決議を行ってルールを正す場合、“主催者”と“参加者”の間に、ある相互不可侵の契約が交わされるのですヨ」
ある契約・・・?
「ルールを正すってことは・・・お互いに、今回のゲームに対して遺恨を残さない、とか、そんな感じか?」
「それって・・・今回のゲームで負けても、報復行為を理由にギフトゲームを挑んではいけないとか、そういうこと?」
「YES。ですので、負ければ救援はこないものと思ってください」
「ハッ、最初から負けを見据えて勝てるかよ」
「だね。要するに、勝てばいいんだ」
話が一段落すると、大広間の扉が開いてサンドラちゃんとマンドラさんが出てきて、僕たち参加者に告げた。
「これより魔王との審判決議に向かいます。同行者は五名です。――――まずは“箱庭の貴族”である、黒ウサギ。“サラマンドラ”からはマンドラ。そして、魔王陣営から“音楽シリーズ”のギフト保持者を指定してきましたので、“ノーネーム”の天歌奏です」
ん?今、僕の名前が挙がった?
「えっと・・・何故相手側は僕を?」
「分かりませんが、向こうにも何かしらの意図があるのでしょう。それに乗るのは躊躇われますが、人数が増えることは助かりますので、この交渉には乗ることにしました」
ふむ・・・謎しかない・・・
「大方、オマエの様子を把握しておきたいんだろ。向こうはオマエのことを白夜叉に並ぶ脅威だと考えてるみたいだしな」
「それも本当かどうか怪しいけどね・・・分かりました。では、同行させていただきます」
逆廻君のいうことにも一理あるので、僕は同行することにした。
「では、残りの二名についてですが、もしも今挙がった以外の者で“ハーメルンの笛吹き”に詳しいものがいたら、交渉に協力して欲しい。誰か立候補するものはいませんか?」
サンドラちゃんがそう声をかけると、他の参加者の中にどよめきが走った。
まあ、童話なんていくらでも広がっていくものだし、翻訳されるたんびにその人の感じ方で新しい物語が出来てしまう。そういった細部まで把握している人は、そうそういるものではない。
ただ、一人知っていてもおかしくない人に心当たりが・・・
「逆廻君、立候補しないの?」
「ん?そうだな。確かに俺はハーメルンの笛吹きの細部まで知ってるが・・・コミュニティの名前を広げるには、俺よりも適しているやつがいる」
そう言って、逆廻君はジン君のところまで歩いていき、その首根っこをつかみ、
「“ハーメルンの笛吹き”についてなら、このジン=ラッセルが誰よりも知っているぞ!」
「・・・は?え、ちょ、ちょっと十六夜さん!?」
そう、高らかに宣言した。
「めっちゃ知ってるぞ!とにかく詳しいぞ!説明こそ出来ないけど、とりあえずこの件で“サラマンドラ”に貢献できるのは、“ノーネーム”のリーダー・ジン=ラッセルを措いて他にいないぞ!!」
「ジンが?」
ひたすら大声で宣言する逆廻君に、サンドラちゃんがそう返す。
キョトン、とした顔を向けているので、子供っぽさが出ているけど、すぐに表情を戻す。
「では、他に申し出がなければ“ノーネーム”のジン=ラッセルを同行者の一人としますが、よろしいか?」
そして、サンドラちゃんがそう問いかけをすると、参加者の間にまたどよめきが走った。
まあ、ノーネームにこんな大役を任せるなんて、普通はしないから、当然ではあるんだよね。
さて、ジン君の説得は逆廻君がやってるみたいだし、こっちは僕が担当しますか。
「この二人の身分、知識量については僕が保証させていただきます。ジン=ラッセルや逆廻十六夜は僕と同じ“ノーネーム”に所属していますし、書庫にはかなりの量の書物が保管されていました。もちろん、その中には魔王対策として“グリム童話”の資料、“ハーメルンの笛吹き”の伝承についての資料もありましたので、今回の決議でも役に立つはずです」
「と、“音楽シリーズ”の“歌い手”ギフト保持者も言っていますので、よろしいでしょうか?もちろん、この人の身分に付いては、“サラマンドラ”が今回依頼した相手ですから、私達が保証します」
サンドラちゃんがそう言ってくれたことで、その場は纏った。
さて、何故僕が呼び出されたのやら・・・
「オイ奏。今回の一件で御チビの名前が売れたら、これからオマエに依頼があった際にチラシを配ってくれないか?」
「また急だね・・・どんな?」
「“魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡ください”って感じか?」
「絶対嫌だって言ったでしょう!?というか、なんで名前を入れることにこだわるんですか!?」
「まあ・・・“ノーネーム”じゃあ意味がないから、ジン君の名前は必要だよね・・・」
「奏さんまで!?」
「はあ・・・仕方ねえ。なら一文字伏せてやるよ。“魔王にお困りの方、ジン○ラッセルまでご連絡ください”って感じでも、」
「お か し い で し ょ う!?そこを伏せたところで何が変わるんですか!?」
「というか、僕が名乗りの中でジン君のフルネーム出してるし、伏せたところで何の意味もないけど」
この状況でもこんな会話が出来る逆廻君のことを、少しすごいと思いました。
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