東方虚空伝
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第二章 [ 神 鳴 ]
二十六話 神々の戦 風雨の軍神
激しくぶつかり合う剛剣と大剣。一合斬り結ぶ度に衝撃で地面に亀裂が奔る。
須佐之男とルーミア。
二人が放つのは剣戟だけでなく無数の刃や闇色の獣達。須佐之男が放つ装飾の無い剣を黒い虎が噛み砕けばその虎を地中から伸びる白刃が切り裂く。
天照と諏訪子の戦いと同じくこちらも必殺の機がないままずるずると拮抗した状況が続いていた。
「一つ聞きてー事があんだがよ!」
そんな中須佐之男が攻撃を仕掛けながら突然私に問いかけてくる。
「なにかしら!」
振り下ろされてきた剛刀を弾き返しながら須佐之男にそう返す。須佐之男は弾かれた剛刀を瞬時に引き戻し再び斬り込んできた。
それを今度は正面から受け止め鍔迫り合いになる。
「てめー妖怪なのになんでこの戦に関わってんだ!」
「こっちにも事情があるのよ!」
この戦に参戦している理由は虚空との取引、だった。でも今は少し違っている。多分私はおかしくなったのだろう。
でなければ闇の妖怪ルーミアともあろう者が諏訪の都で過ごすぬるい生活に心地良さなど感じない筈だ。
西の大陸での生活に飽き、ただフラフラと旅をしていたらこの島国に辿りついた。一番最初の変化は頭の悪そうな妖怪に襲われていたにとり達を気紛れで助けた辺りか。
ただ寝床として河童達の集落に腰を落ち着けた筈なのに、何時の間にかその一帯の頭領の様な扱いを受けていたのだ。
まぁやる事も無いし別にいいか、とその時は割り切っていた。それが間違いだった。私は彼女達とあまり深く関わりあわない様に冷たくあしらっていたのだが、にとり達はそんな私に優しく接してきた。そして何時の間にか彼女達のお節介を受け入れていた。
認めたくは無いが私は彼女達に情を抱くようになっていたのだ。だからこそ虚空が妖怪討伐をする様になり、敵対する妖怪達が縄張りに近寄らなくなって平穏になっていく状況に恐怖を覚えた。
私は面子の為に虚空を襲ったんじゃない。敵と戦う事でしか此処に居る意味が無い自分の居場所を守る為に虚空を消したかったのだ。その相手に負ける所か助けられる始末だったが。
その後のゴタゴタで都に住むようになり気紛れで面倒を見た子供達に懐かれたのも失敗だったのかもしれない。
でも今の生活は気に入っている、それを壊されたくはない。つまり今私は自分自身の意志でこの戦に参加している。
「事情ね、まぁいいやっと!」
須佐之男はそう言うと力任せに私を押し返した。
「おい妖怪、いい加減けりつけようぜ!」
「そうね、何時までもアンタに構ってられないしね」
「言ってくれるじゃねーかよ!」
私の返答を聴いた須佐之男の周囲に大小様々な剣が現れその切っ先が私に向けられる。それに対し私は持っていた大剣を消した。
「来なさい」
私が一言呟いた瞬間、突如足元から漆黒の猛火が吹き荒れ目の前に一本の剣が現れる。長さ二メートルの三日月型をした赤黒い大剣。刃幅は六センチもあり刀身には無数の呪詛が掘り込まれている。“魔剣ダーインスレイヴ”ルーミアの奥の手である。
剣を手に取るのと同時に足元から吹き上がっていた黒い猛火が私の身体を包みローブの様になった。
「さぁ覚悟はいいかしら?こうなったら優しくできないわよ!」
私はそう宣言すると須佐之男の返答も待たずに斬りかかる。
「おもしれーじゃねーか!」
須佐之男の周囲に浮いていた剣の群れが一斉に私目掛けて飛来するが、その事如くを生き物の様に伸びたローブの裾が弾き返した。
そして須佐之男に向け剣を一閃させる。剣から溢れ出す闇色の猛火が剣閃の軌跡をなぞり巨大な斬撃となって撃ち出された。
「なっ!?くそが!!」
その斬撃を剛刀で受け止めた須佐之男が威力に負け押されていく。私はその隙に須佐之男の側面に回り込み即座に第二撃を叩き込んだ。
「がぁっ!!」
闇の奔流に飲まれ須佐之男が吹き飛ばされていく。此処が勝機。私は吹き飛ばされた須佐之男に向け意識を集中する。
瞬間、須佐之男を巨大な闇の檻が包み込んだ。虚空に使ったあの闇の結界だ。あの時は油断と虚空のおかしな能力のせいで破られたが今度は最初から容赦無しだ。
私は檻に捕らえた須佐之男に向け四方八方から闇色の獣達を嗾けた。視界の利かない暗闇の中、黒き獣達の牙や爪が獲物である須佐之男を蹂躪する。須佐之男は剛刀と無数の剣を操り抵抗しているが多勢に無勢、徐々に傷が増えていく。
「くっ!…まさか妖怪相手に本気を出す嵌めになるなんてな!!」
負け惜しみのかと思った瞬間、突如須佐之男の周囲からあふれ出した水の様な物に私は闇の結界ごと飲み込まれた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
少し時間を遡り。
虚空と神奈子の戦いは神奈子が有利に進めていた。
「これはどうだい!」
彼女の周りを囲むように二十二本の柱が現れる。長さが四メートル幅三十センチの六角の柱。その柱が一斉に僕目掛けて放たれた。あんなのに打ち付けられたら唯じゃすまない。
高速で尚且つ空間を縦横無尽に荒れ狂う御柱を掻い潜りながら神奈子への反撃を考える。確認の為に神奈子に向け光弾を放つが、柱が壁の様に束になりこれを防いだ。
攻守に使えて柱自体の強度も相当なものだ。厄介すぎる手札。
嫉妬を使って吹き飛ばすか、いっそ暴食を使うか、僕がそんな風に次の一手を考えていた瞬間、さっきからまったく動かなかった神奈子が間合いを詰め棍を振り下ろしてきた。
ガキィィィ!!!なんとか受け止める事は出来たが反応が遅れたせいだ上から押さえつけられる形になってしまった。
でもこれだけ接近していれば迂闊に御柱で僕を攻撃できない筈だ。
「…あんた本当に大した人間だよ!いや本当に人間か?」
棍に込める力を強めながら神奈子が僕にそう問いかけてくる。
「さてね、一応人間に分類できるはずだよ!まぁいろいろ混ざってはいるけどね!」
押し込む圧力に抗しながら軽い口調で答える。
「まぁいいさ!悪いけどそろそろあんたに付けられた汚名を返上させてもらうよ七枷!」
神奈子の言葉に合わせる様に僕達の周囲に次々に御柱が突き刺さっていく。等間隔に円陣を組むように。
「っ!?」
それを見た瞬間頭に警鐘が鳴り響く。すぐにここから逃げろと。神奈子を振り払う為に能力を使おうとした時、物凄い圧力が僕を締め上げた。
「がっ!はっ!」
身体を見ると風が蛇の様に僕に纏わり付き締め上げる様に流動している。気付けば神奈子が僕から離れ手を頭上に掲げている。視線を上に向けると僕の上空で無数の雷が一点に向け集められていた。
やばい!あれは喰らっちゃいけない!締め上げられる中、持てる全力を振り絞り拘束を緩める。
「色欲!弾けろ!!」
僕の目の前に色欲が現れそして音を立てて砕け散った。
「さよならだ!七枷!」
神奈子が掲げていた手を振り下ろすのに合わせ上空のプラズマが眩い雷光を放ちながら僕に降り注いだ。
耳を劈く様な轟音と目を焼く程の光を放ちながら凄まじい衝撃と熱量で大地を穿ち破壊する。
神奈子が持つ切り札の一枚。勝った、神奈子はそう確信したが爆煙の中から現れた虚空を見て驚愕した。あの攻撃が直撃して無事な訳が無い、と。
僕の身体を青白い濃い霧状の靄が覆っていた。
色欲の霧はあらゆるものを狂わせる効果がある。しかし即効性は無くあくまで狂わせるだけなので無力化や無効化している訳ではない。
だが使用時間を犠牲にする事で物理攻撃以外のあらゆる現象を無効化する事が出来る。ただし効果時間はたったの十五秒間。使い所は難しいけれど今の様な状況では絶体絶命を覆す切り札になる。
僕は動揺して動きが鈍っている神奈子に全速力で斬り込んだ。神奈子は僕を迎撃しようと御柱を放ってくるが僕に纏わり付いている靄に触れた瞬間霧散した。諏訪子の鉄輪と一緒で神力で具現化した物だったみたいだ。
「なっ!?」
柱が霧散した光景をみて防御が遅れた神奈子に右袈裟の一撃を放つ。神奈子は棍で受け止めようと構えたがさっきの光景を思い出したのかすんでの所で回避に切り替えた。だが躱しきれずに僕の刀は神奈子の左肩を浅く斬り裂く。
神奈子はそのまま距離を取り左肩を押さえながら僕に鋭い視線を向けてくる。
「……世辞抜きで本当に大した奴だよ七枷。部下に欲しいくらいだ」
「……いきなり求婚されるとちょっと困るな」
「してないだろ!って危ない危ない、あんたの空気に呑まれる所だったよ」
そんな会話をしながら互いに次の一手を考える。すると唐突に神奈子が僅かに微笑んだ。
「悪いね七枷どうやら勝負がつきそうだ、こっちの準備が整った」
準備だって?まだ何か隠し玉があるのか。僕の表情から察したのか神奈子が話し出した。
「人間のくせにあたしに全力を出させるなんてね本気であんたの事が気に入ったよ。ここで討たないといけないとは運命ってのは皮肉なものだね。でもあんたを認めるからこそ本気で討たせてもらうよ!」
神奈子がそう言うと空に黒雲が広がり雨が降り出した。雨脚は徐々に勢いを強め豪雨に変わる。
「さぁ終わりにしようか!」
神奈子はそう宣言すると自分の周りに数十の光弾を展開しそれを一斉に僕へと撃ち出した。その光弾に紛れて御柱も襲い掛かってくる。再び防戦に追い込まれ始めた僕の身体に変調が起こり始めた。
最初は気のせいかと思っていたが徐々に身体が重く感じる様になっていく。その所為で神奈子の攻撃を躱し切れず身体のあちこちに傷が増えていった。
変調はそれだけではなく少しづつ視界がぼやけ始め周りの音も聞き取り辛い。そしてとうとう御柱の一本に吹飛ばされ光弾の追撃で滅多打ちにされてしまう。
だがおかしな事に衝撃はあったのにあまり痛みは感じない。いや痛みを感じる事ができなかった。
「……な、何なんだこれ?」
僕の疑問に神奈子が答える。
「この雨はね、あたしの『乾を創造する程度の能力』で降らせた特別なもので打たれた相手の身体機能を徐々に封じていくのさ。身体の自由、視覚、聴覚、触覚、痛覚とかね。発動に時間と力を使うもんでね余程の相手じゃないと使わない力なんだよ、光栄に思いな」
乾…確か天を指す言葉だった筈だ。神奈子の能力は天候を操る力だったのか。とりあえずこの雨をどうにかしないといけないな。
僕は刀を杖代わりしてなんとか立ち上がり霞む視界で空を見上げあの雲を全部かき消す方法を考える。まぁ一つしか思い付かない、というかそれしかない。
「どうしたんだい?降伏でも考えているのか?」
僕の様子を見ていた神奈子がそんな事を聞いてきた。
「…まさか、ここからの逆転の一手を考えていただけだよ」
「ほう?この状況で何が出来るんだい?…いや、あんたを侮るのは止そう。何を仕出かすか分からないからね!」
そう言うと神奈子は棍を構え攻撃態勢に移った。悪いけど遅いよ。
「神奈子さっきの“終わりにしよう”って言葉、熨斗を付けて返してあげるよ!暴食!!」
僕は左手に現れた青龍刀を頭上に掲げその切っ先を空へと向ける。そして僕の頭上五十メートル辺りに黒球が生まれ一気に膨張し十メートルを超えた。
そして黒球が吸引を開始する。その凄まじい吸引力は空を覆っていた黒雲を根こそぎ飲み込み一瞬にして青空が広がる。地上では木々が巻き上げられ、地面は剥がされていく。
その暴食の乱流の中、神奈子は神力を振り絞り結界を張って抗っていた。並みの妖怪や神なら抵抗も出来ずに引きずり込まれる程の吸引力なんだけどな。
暴食の嵐の中、徐々に身体の感覚が戻ってきたが御柱で受けたダメージが思っていた以上に大きく全身を激痛が走る。これ以上長くは戦えない。このまま一気に勝負を決めないと。
二分程で暴食は砕け散り上空の黒球も消滅した。残ったのは青空と僕と神奈子の周り意外大きく削り取られた大地だけ。
「はぁっ!はぁっ!こ、こんなふざけた隠し玉を持っていたなんてね!」
嵐を耐え切った神奈子が大きく息を乱していた。相当に消耗した様だ。消耗したのは僕も同じだけど。
だけどここでへばってはいられない。悲鳴を上げる身体に鞭を打ち次ぎの行動に移る。
「残念だけどまだ終わりじゃないよ!憤怒!」
左手に憤怒が現れるのと同時に空には再び黒雲が広がり僕の周囲の地面から灼熱の溶岩が溢れ出し瞬く間に周りの森を飲み込み紅蓮の湖を造り出した。森の木々はその湖に焼かれ一瞬で炭と化す。
神奈子は溶岩に飲まれる前に上空に逃れ変貌した世界に驚愕していた。
「……あんた本当に何なんだい?」
神奈子の口から出たそんな純粋な疑問に僕は、
「僕は僕だよ。それ以上には成れないしそれ以下にも成る気はないよ」
ヘラヘラ笑いながらそう返した。
「ねえ、お互いもう余力が無いから一発勝負で決めない?最後の全力の一撃同士で」
僕は神奈子にそう提案する。
「……あぁ構わないよ。確かに余力も無いしね」
神奈子は少し笑いながら承諾し距離を取った。互いに最後の一撃の為に集中する。
僕は憤怒の切っ先を天へ向ける。するとマグマから這い出た紅蓮の蛇達と黒雲から落ちて来た雷の蛇達が頭上で集合し風刃を撒き散らす三十メートルの巨大な星になる。
神奈子が短く何か言葉を唱えた瞬間、目の前に布に包まれた棒の様な物が現れる。そしてその布を剥ぎ取ると中から長さは二メートル程で刃は二十センチ刃幅三センチのなんの装飾も無い質素な槍が姿を現した。
それを見た瞬間僕は戦慄した。何故ならその槍から神奈子と同等以上の神力を感じたからだ。
「……そんなふざけた切り札を持ってるなんて人が悪いな…この場合は神が悪い?」
そんな僕の問いに神奈子は、
「切り札は隠すものだろ?これは天逆鉾って言う神器さ。それに人が悪いなんてあんたにだけは言われたくないね」
「非道いなー…でもそうかもね」
「だろ?」
「「 アハハハハハハハッ!! 」」
殺伐とした空気がほんのひと時霧散した。もしかしたら僕と神奈子は結構気が合うのかもしれないな。でも今は敵同士、倒す事だけ考えよう。
そして神奈子が槍を投槍のフォームで構えるとその槍が暴風と激しい雷撃を撒き散らし始めた。
僕の頭上の星もそれに合わせる様に荒れ狂う。
合図など何も無かったが僕と神奈子はほぼ同時に攻撃を繰り出した。暴威の星は彗星となって、神槍は流星となって互いを目掛けて翔けていく。僕と神奈子が放った攻撃が正面からぶつかり合う。
暴力が塊となった凶星と轟風雷威を纏う神槍が凄まじい轟音と衝撃を放ちながら互いの存在を打ち消しあいながら狂乱する。
しかし激しくぶつかり合っていた凶星が何かが砕け散る音と共にいきなり消失した。
「はっ?」
それ見た神奈子が間の抜けた声を出す。
槍は幾らか威力が衰えたがそれでも尚凄まじい力を放ちながら目標である虚空に迫るが――――何か目に見えない力場に弾かれその軌道を大きく狂わしながら虚空を掠る事もないまま彼方へと飛んでいった。
その光景に唖然となっている神奈子を僕は引力で引き寄せると同時に自身も踏み込むと刀と嫉妬を一気に振り抜いた。
一瞬遅れて神奈子の身体に十字の剣閃が奔り鮮血が舞う。
「君の言う通り、切り札は隠さないとね」
「ガフッ!!……やって…くれる…じゃないのさ……」
神奈子はその言葉を吐くと意識を失い地上に落ちていった。
憤怒での攻撃は元々囮。一撃勝負なんて言ったのも神奈子に隙を作る為だ。卑怯な方法だけど今更取り繕う様な尊厳も無い。僕は狡賢い人間なのだ。
こうして僕と神奈子の戦いは決着した。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
虚空と神奈子の決着がつく少し前。諏訪子と天照の戦いは諏訪子が押し始めていた。
地上から放たれる無数の杭が天照が造った炎壁を貫通し傷を負わせていく。諏訪子自身も傷を負ってはいるがそれ以上に天照の消耗は激しかった。
このまま諏訪子が押し切るかと思われた時予想もしないものが戦場になだれ込んできた。それは波濤、いやもはや津波だ。
三十メートルを超える巨大な津波が森の木々を薙ぎ倒し、飲み込みながら諏訪子に迫ってくる。
諏訪子は咄嗟に上空に飛び上がり津波を回避するが―――――――その津波の中から飛び出してきた須佐之男が放った一本の剣に背後から貫かれた。
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