| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

樹界の王

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

7話 アルラウネ

 粘着性の葉を持つ草たち、そしてギロチンのような葉を持つ植物。これらが群生する地域を避けて大きく迂回する。
 今まで以上に慎重に周囲の植物を観察し、初めて見る植物があれば、その特性を捉える為に観察を行った。そしてやはり、虫や鳥類は発見できない。菌系も見られず、植物を捕食する存在が一向に見られない。空を見上げると、二つの太陽がある。この二つの太陽がもたらす熱と紫外線が、それらの生存を困難にしているのだろうか。恐らくは気温の下がる夜に活動するものが多いのだろう。
 お腹が減っていた。蒸散によって得た水を飲んで、空腹を紛らわす。もう丸一日何も食べていない。生存そのものにはまだ問題はないが、集中力、体力の低下は予想外の危機を招く恐れがある。ある程度のリスクを負ってでも、食べられそうなものを探すべきか。
 と言っても、果実らしきものはまだ一度も見ていない。食べるとしたら、柔らかい新芽などに限られてしまう。虫がいればある程度の指標になるが、それも見込めない。
 自然と焦りが生まれる。体力のあるうちに、とりあえず試してみるべきか。しかし、取り返しがつかない事になる可能性もある。明確な答えが見つからない。
 考えながらも、周囲、特に足元の警戒を怠らない。今のところは無害と思われる植物だけが続いている。そして、ボクはそれを超えて前へと探索を続けていく。
 ふと足を止める。先に何かが見えた。木。とても大きい。そして、人影が見えた。
 とくん、と心臓が跳ねた。
 足元への警戒を怠らないままに、ゆっくりと足を進める。
 進めば進むほど、その木の大きさが判明していく。
 異常な大きさ。
 世界一大きいとされるシャーマン将軍の木。高さは八十四メートルにもなり、その直径は十一メートルに達する。その大きさに匹敵、あるいは超えるほどの巨大な木だった。見上げても、林冠を突き抜けていて、周囲の枝葉が邪魔になり頂上が確認できない。そして、その巨大な根本に女の姿があった。ぐったりとした様子で、吊るされたような格好。木があまりにも大きいため、女の姿が酷く小さく見えた。
 女の姿がはっきりと見える距離になり、何の衣類も纏っていない事に気づく。肌は植物に同化するように緑がかっていて、その髪も深い緑色になっている。
 ボクはそこで、足を止めた。吊り下げられるような女の姿と、その色合いが危機感を抱かせたからだ。まるで、その大樹が女を捉えて捕食しているように見えた。
 周囲の林床は大樹によって一帯の養分が吸い取られているせいか、他所よりも雑草が少なく空き地のように開けている。ボクは警戒しながらも、その大樹に近づいた。女はぐったりとしたまま動かない。
「……生きていますか?」
 意を決して声をかける。
 しかし、女は動かない。
 更に足を踏み出し、女の生存を確認しようと顔がはっきりと確認できる距離まで接近する。
 綺麗な女の人だった。すらりとした体躯。鼻筋の整った人形じみた顔。
 そして、気がつく。肌が人のそれではない。女の姿をしているが、まるで木質化したような見た目。そして、膝下が大樹と同化し、まるでそこから生えるように存在している。
 アルラウネ、と呼ばれる怪物が真っ先に頭に浮かんだ。ゲームで見たことがある、植物性の怪物。伝承上の怪物から徐々に外れた架空の存在。
 まさか、という思いと、どこか納得するような感覚が綯い交ぜになった。
 この森林における今までの植物たちを思い返せば、こんなものが奥地にいたとしても不思議ではないように思えた。
「……聞こえますか?」
 もう一度問いかけると、女の顔が僅かに動いた。声の主であるボクを特定しようとするかのように、その瞳がゆっくりと持ち上がる。
 吸い込まれるような瞳だった。若竹色の、透明な双眸。それがボクに向けられる。
 驚きの感情が伝わってくる。そこに敵対心は見られない。
 それから、苦痛の感情。この女の形をした何か、仮にアルラウネと名付けるそれは、何かに苦しんでいるようだった。
 ふと、大樹を見上げる。その巨大な大樹全体を締め付けるように蔦が絡まっていた。
 ――シメコロシノキ。
 全ての植物が、土の中で発芽するわけではない。鳥類によってばら撒かれる種は、土に届かず樹木の枝や幹の割れ目に入る事も多い。このシメコロシノキは別の植物の幹の割れ目などに入るとそのまま発芽し、地面目指して素早く根を伸ばすと、それから宿主(しゅくしゅ)の幹に絡みついて、幹全体を包み込んでいく。そのまま宿主の成長を抑えつけ、周囲一帯の養分を奪い、そして宿主に絡みついて上へ伸びる事によって宿主の樹冠、つまり葉がなる部分を覆うようにして自身の葉を茂らせ、光を独占する。こうしてあらゆる栄養分を奪われた宿主が死に至る事例も存在する。
 目の前のアルラウネに絡みつくそれは、シメコロシノキに酷似していた。それに加えて、アルラウネの樹幹に花が点在しているのが見えた。ネナシカズラか。
 ネナシカズラ。名前の通り、根が存在しない。葉も退化して葉緑素がない為に自分自身で光合成をすることができない。根によって水分を取り込む事も、光合成によってエネルギーを作り出す事もできない植物。ならば、どうやってそれは成長するのか。答えは簡単で、他の植物から奪うのだ。寄生根と呼ばれる突起を他植物の維管束の中に突き刺し、そこから養分を直接奪う寄生植物の一つだ。このネナシカズラは奪った養分で花を咲かせ、同時に宿所を死に至らせる事も多々ある。樹幹に見られる花は、そのネナシカズラと同系統の寄生植物に見える。通常は高木に寄生することはないが、この森特有の進化を遂げているのだろう。
 シメコロシ植物と寄生植物。その二つの存在がこのアルラウネの巨大な樹木から養分を奪い、弱らせているようだった。
 そして、寄生植物が存在するその上方。樹冠に果実が見えた。膨大な数の果実。
「他の植物に養分を奪われているようだけど、排除してもいいかな?」
 大樹としてアルラウネの中で本体に属する、あるいは何らかの擬態装置としてセンサーが豊富であろうと思われる女に向かって問いかけると、女は弱々しい肯定の感情を放った。
 バックパックからナイフを取り出し、周囲を覆うシメコロシノキの根を切っていく。樹があまりにも大きい為に、その周囲の長さは三十メートルは超えているだろう。下手をすれば現存で確認されている記録を超え、四十メートルはあるかもしれない。その周囲に絡みつくシメコロシノキの大きさも相当なものとなり、その全てを断ち切っていくのは骨が折れる。流れる汗を拭いながら、一つ一つの根を確実に切り取っていく。
 全て取り除くまで長い時間がかかりそうだった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧