| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

雪原の戦闘



 ブリザードが吹き荒れる中で、男達が叫び、雪の壁に潜ませる。
 分隊長バセット伍長が指で合図を送り、左右から男達が飛び出した。
 左から飛び出した男は、敵の集中砲火をくらい、雪に埋まる。
 だが右から飛び出した男は、左に集中した男に一撃を入れるや、前方の壁まで走ってたどり着いた。
 荒い息を吐きだして、集中する攻撃に耐える。

 僅かばかりの雪壁は、攻撃によって次々と削られていった。
「援護しろ」
 吹雪の中で、バセットの声ははっきりと聞こえた。
 繰り返されるバセットからの攻撃に、男へと向けられていた攻撃がやんだ。
 即座に男は両腕に武器を握りしめて、走り出す。

 狙いは陣地の中で、こちらを攻撃していた敵兵だ。
 敵陣地に飛び込むや両の手から放たれた攻撃は、狙いたがわず敵の頭部を捉えた。
 雪に埋もれる兵士には構わず、すぐに男も雪の中へと身体を差しこんだ。
 直後、頭の上を攻撃が駆け抜ける。

 やばいやばい。
 小さく呟きながら、ごろごろと身体を回転させて攻撃を避けた。
 そこへ再び味方からの援護があった。
 敵の攻撃が弱くなる。

 ならばと再び男は身体を跳ねるように起き上がらせて、走った。
 敵の陣地に靡く旗。
 そこまでは雪の壁一つ隔てだけでおり、味方の援護によって、攻撃は少ない。
「全体、突撃!」

 バセットの号令とともに、歓声をあげて、後方から兵士が続いた。
 攻めどきだと。
 そう判断しての行動であろう。
 敵陣に一人先行した男も、同様の意見であった。

 突撃最中は無防備であり、敵から攻撃があれば、一たまりもない。
 だから、男は走った。
 既に限界を告げる肺に力を込めて、相手の攻撃を少しでも減らすために。
 直後。
 自分の身体が沈んで、一瞬にして、男は下半身を雪に埋めた。

 何がと思う間もなく、男の高笑いが聞こえる。
「はっはっは。馬鹿が罠にかかりよったわ。それ、全員攻撃じゃ!」
 笑った言葉とともに、カッセルの雪玉が男の顔面を直撃した。
 死亡。

 続く陣地からの攻撃に、突撃の最中であったバセットを初め、第二分隊の兵士達は誰も止められない。
 次々と繰り出される雪玉に、男達は撃破されていった。
「そこまで。第二分隊全滅のため、第一分隊の勝利とする」
 防寒着を着こみながら、白い息を吐いて、アレスが脇から現れた。

 いまだに高笑いするカッセル軍曹に近づいて、小さく苦笑する。
「相変わらず悪辣な爺さんだ」
「まだまだ若い者には負けてられんわい」
「バセット伍長にも爺さんの半分くらいの悪辣さがあればな」

「それは勘弁じゃな。第一分隊の連勝記録は、相手が馬鹿だから成り立っているものだからの」
「その第二分隊に背中を預けるって事を忘れるなよ、爺さん」
「そりゃますます勘弁じゃな。わかった、今度少し話をしておこう」
 大きく笑う様子に、アレスは小さく苦笑した。

 特務小隊に与えられた任務は、主として訓練活動であった。
 攻撃を任せるにも、守備を任せるにも不安がある。
 そのため時間を稼ぐためにも訓練を主体として、雑用の任務が与えられた。
 こうして午前中は雪合戦を、午後は車両の整備が彼らの日課だ。

 雪合戦をしながらも、アレスはそれぞれの特徴を頭に入れていた。
 カッセル本人は不適格者の集団と言葉にしていたが、訓練が始まって一カ月ばかりの様子を見れば、決してそれだけではない。
 第二分隊を預かるバセット伍長は確かに頭が少し足りないところはあるが、戦闘能力自体は優れている。突撃のタイミングや動きなど、一流と呼んでも差し支え使えない。

 相手がカッセルでなければ、おそらくは今回の突撃も上手くいっていたはず。
 他にも何人か。
 やる気がないなどの性格的欠点がなければ、兵士としては十分過ぎる。
 いや。

 眉を細めてカッセルを見れば、首を傾げて、こちらを見る。
「ほっほっ、何かな」
 この爺さんに至っては、単に兵士だけにおいておくのはもったいない。
 相手の行動を上手く読み、冷静に目的のものを見極める。
 口も達者だ。

 参謀としても十分活躍できただろう。
 そう考えれば、もっとやる気になれよと思わなくもないが、もはや退役寸前の老兵にそれを求めるのは今更の話であった。
「しっかり後輩に教えておいてくれ。じゃ、全員風呂に入って、午後から車両の整備だ。風邪をひかないようにな」

 手を振って、アレスは感覚のなくなり始めた手をポケットに入れて、歩く。
 そんな背中をカッセルは小さく笑い、振り返った。
「よし。全員三分で撤収だ。遅れるなよ、凍死しても放って戻るぞ?」

 + + +

 基地内に設けられたシャワールーム。
「エリートさんだから厳しいかと思ったが、案外そんなことはないな」
「毎日が雪合戦だけどな」
「同じ雪に埋まるなら見張りでじっとしているよりはましさ」

「そら、そうだ」
 一斉に起こる笑い声。
 一時の休息の和やかな雰囲気をかき消したのは、バセットの怒声であった。
「何分浴びてるつもりだ」

 苛立たしげな声に、雑談していた兵士達が慌てたように素っ裸で外に飛び出した。タオルで体を十分に拭かず、軍制服に身を包む。濡れた髪から水滴を垂らしたままで、男達は慌てたように敬礼をした。
「失礼しました。伍長!」
「ああ。風邪をひかないように、乾かしておけ」

 それだけを兵士達に告げれば、バセットも服を脱いだ。
 引き締まった筋肉を露わにして、首元には認識票が二つ下がる。
 それを小さく手でもて遊べば、不愉快そうにシャワー室の扉を開いた。
 目隠しもなく、固定式のシャワーが横に並んでいる簡素な部屋だ。

 湯気のところ室内に入り、無造作に蛇口をひねれば、熱い湯がシャワーから飛び出した。
「随分と荒れているようだな。伍長」
「あ……? 軍曹」
 眉間にしわを寄せて見れば、それが遥か年上の上官であった事に気づく。
 慌てたように敬礼を行えば、カッセルは苦笑を浮かべた。

「手を頭に持っていくよりも、先に隠すものがあるだろ」
「し、失礼しました」
「よいさ」
 小さく笑い、バセットの隣に立って、カッセルも蛇口をひねった。

 湯が噴き出す音と水が排水溝へと流れる音がする。
 しばらく二人は無言で髪を洗えば、カッセルが口を開いた。
「荒れている原因はマクワイルド少尉かな」
「言わなくてもわかるでしょう」

「ふむ。それは期待のし過ぎだな。誰もが自分と同じように思っていると思いこむのは危険だぞ?」
 壁面に備え付けられた鏡で、自らの顔を映してカッセルは呟いた。
 取り出したのは、T字型のカミソリだ。
 カッセルが髭を整える様子を、鏡越しに見ながら、バセットは息を吐いた。

「あの訓練に何の意味があるのです。ただ遊んでいるだけにしか見えません。馬鹿な兵士はその方が嬉しそうですがね――人気取りのつもりですか」
「そうかな」
 カッセルの否定の言葉に、バセットは眉をひそめる。
 しかし、そんな様子を気にした様子もなく、カッセルは丁寧に髭を整えていく。

「人気取りなら訓練自体させないだろう。伍長からすれば遊びかも知れんが、部下達は雪原での行動に少しずつは慣れてきている気がするがね」
「あれだけ外で走りまわれば、馬鹿でもなれるでしょう」
「それだけでも訓練の成果はあったと思うがね。それとも伍長は一日目のように雪に足を取られて、突撃中にこける部下を持ちたいか?」

「雪原での行動など基本中の基本です」
「それが出来ないから特務小隊なのだろう」
 カッセルはかかと笑い、バセットは憮然と口を尖らせた。
 分が悪いと思う。

「では、午後の整備はどうです」
「整備がどうかしたかな」
「少尉は装甲車の脳波システムについて、随分と御執心の様子。今更、緊急時には手動に切り替えられないかといわれて、整備兵が随分と困ってました」
「ああ。脳波による認証だったかな」

「それを手動に切り替えられるようなら、何のための認証なのです。上にまで改善要望を出したそうです、あっさりと断られたそうですが。まったくそれに何の意味があるのですか」
「さてな。上の考えることは私らにはわからんよ」
「そこです」

 シャワーの蛇口を閉めて、バセットが苛立ったように呟いた。
「上の考えとやらは、こちらの事を何も考えない。それで間違えて死ぬのは私らだ。だから上は信用できないというのです」
「ふむ。お前の気持ちもわからない事はない。だが、いまの現状にお前は何が不満なのだ」

「全てです。遊びのような訓練に、勝手に変えようとするシステム――ここは戦場だ。三次元チェスに興じる文官など必要ない」
 怒りを込めて呟いた言葉に、しかし、返ってきたのは冷ややかな視線だった。
 老兵の青い瞳が、鏡越しにバセットを捉える。

 その視線でバセットは冷水を浴びせられたように、言葉に戸惑った。
「訓練と整備だけで一日を過ごす。敵の攻撃されたら真っ先に死ぬ見張りや偵察をする必要もない。もう一度聞くが、それの何が不満なのだ」

「それは……」
「私はもう退官まで死ぬ気はない。君が向上心を持って、不満や不平を述べるのはかまわん。好きにしたまえ。だが、部下やわしらまで巻き込むまれるのは困るね」
「私も上を信頼しているわけではありません」

「そうは見えんがね。もっとこうしてくれれば良いと、そう望んでいるように聞こえるが」
「……失礼しますっ」
 老兵に対する答えはなかった。
 身体を洗っていた手ぬぐいを手にすれば、カッセルの隣を通って、勢いよく扉を閉めた。
 元より立てつけの悪い古い施設。

 衝撃によって、大地が振動して、カッセルの手元がぶれた。
 その背を見送れば、カッセルは冷ややかな視線をやめて、どこか郷愁を思わせる表情を見せた。
 目を細めて、息を吐く。
「やれやれ、怒るくらいに私も若くはありたいものだな」

 無理だろうがと呟けば、視線を鏡へと戻した。
 そして、悲しげな表情を見せる。
 あの当時の年齢で、同じように思っていた自分は、随分と老けた。
 そして。

「まあ、それよりも――私のこの髭……どうするの」
 カッセルは振動によって半ばまで剃り込まれた髭を、悲しそうに撫でた。

 + + +

「ここにいたのですか、ラインハルト様」
 呟いた声に、装甲車の下部にもぐり込んでいたラインハルトは顔だけを声へと向けた。
 豪華な金髪も、そして美しい顔も、オイルで汚れている。
 下部から這い出して、切れ端で手を拭う。

「訓練はもう終わったのか」
「ええ」
 微笑する表情に若干の硬さを感じて、ラインハルトは息を吐いた。
「また何か言われたのか?」
「いえ、何も」

「何もなかったようには見えないな。何があった?」
 厳しく尋ねるラインハルトに、キルヒアイスは首を振った。
「本当に何もありませんよ。軍のしごきという奴もたいしたことありません」
「あいつら。次からは私も訓練に出ることにする」

「おやめください。ラインハルト様」
「なぜだ?」
「ラインハルト様はそのような事よりも、やるべき事があります。ここで何をされていたのですか?」

 ラインハルトは不満げな顔を浮かべたが、穏やかに尋ねるキルヒアイスを無視することも出来ず、装甲車を見上げた。
 それは帝国軍の型とは違う、同盟軍から鹵獲したものだ。
 だが、認証システムのために動かす事が出来ないでいる。

 これを動かす事が出来れば、兵を偽装することだってできる。
 そう思い立ってきたのは良いが、いまだ帝国の整備兵が誰も解析できない現状であれば、簡単には動かせそうもなかった。
 そう伝えれば、さすがですといって、キルヒアイスは残念そうな顔を浮かべた。

「残存するデータは以前の基地のもの。せめて、動くと良かったのですが」
「帝国の整備兵がそこまで無能とは思いたくないな。それに収穫がなかったわけではない」
「何です?」
「装甲車の基本構想こそ違いはあるが、一部システムに一致が見られた。それには認証システムも含まれている。どちらもフェザーンのアース社製だ」

「大企業ですね。工事用の車両や惑星開発用機材を主に手掛けていると聞きます」
「表向きはな。裏から軍からも受注を受けて、作っている聞く――そこに装甲車のシステムで偶然の一致があったわけだ。帝国の装甲車を調べれば、同盟の装甲車も無効にできるかもしれない」
「さすがですね」

「褒めるのは、成功してからだな」
「ええ」
 頷いたキルヒアイスに、ラインハルトは再び装甲車を見上げた。
 鋼鉄の塊が狭い整備室に鎮座している。

 何も任務を与えられず、ただ時間だけが過ぎていく姿に、ラインハルトは自分のようだと思った。
「行こうか、キルヒアイス。ここは少し冷える」
「はい、ラインハルト様」
 従うキルヒアイスを伴って、ラインハルトは歩きだした。

 ラインハルトは待たない。

 鹵獲された装甲車のように、用がなくなったとただ朽ち果てることなど彼には許されてはいない。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧