ネギまとガンツと俺
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第18話「京都―決戦④」
全てが終わっていた。
もう、誰もいない。
リョウメンスクナノカミも、ネギも、木乃香も刹那もアスナも……誰も。
儀式が行われた橋の広場。
そこに、一人の男が立ち尽くしていた。
ただ、静かに水面を見つめている。
静かに、ゆっくりと呼吸を繰り返し、最後の英気を養っているのだ。
――持ってくれ、俺の体。
張り詰めた糸のように、細く、鋭く。ただ最後の一戦に向けて。
「来る」
体を伏せて、その途端に先ほどまで体があったはずの箇所をまばゆい光が通過した。対象を外した光はそのまま山に直撃。遠くから見て、一目で分かるほどに大きな穴を開けた。
あれを食らえばひとたまりもない。
ゾッとさせられる思いと共に、其は遂にその姿を現した。水面から徐々に。頭は前後に顔を持ち、腕も一対。それぞれの手には弓矢が握られ、腰には2振りの刀を、足もやはり前後に1対。
自然に腕が震えた。
――強い。
「ふむ、お主が大和猛か。なかなかに強者のようだな……楽しみだ」
身の丈は約3M。完全な人間サイズ、というには少し大きいがとにかく人間のようなサイズになったようだ。水面を跳ね、両面宿儺がタケルの目の前に降り立った。
「宿主がお主を殺せと煩いのだ。ふむ、では一戦、拙者と――」
――ドン。
容赦もなく響いた。
宿儺を押しつぶさんと猛威を振るう。周囲の地面が円状に凹み、潰れる。まるで重い何かが乗りかかったように、宿儺は膝をつく。
だが、それだけ。
ドドン
立て続けに放たれ、地に穴を開け、それは押しつぶされる。
「ふむ……小ざかしい」
何事もないかのように立ち上がった宿儺に、タケルは困ったように頭を掻く。Zガンを放り、ソードを構えなおす。
「ふむ、拙者と打ち合おうというのか、面白い」
「……ふうっ」
それには答えず、息を吐く。
Xガンで戦うのは無謀。先ほどの光は恐らく、宿儺の中~遠距離攻撃。だったら近距離しかない。Zガンも効かなかったことから効果も薄いだろう。
「ふむ、行くぞ」
宿儺が動いた。
「!?」
消えた。
慌てて首をめぐらせようとして、反射的に首を引っ込めていた。その直後、ヒュンと風切り音と共に髪の毛が数本地に落ちた。あと僅かでも反応が遅れていたら首と胴が離れていただろう。
「……うしろ、いつのまに?」
見えないどころか、知覚することすら出来なかった。慌てて距離を取る。
「ふむ、良く今のを避けた」
宿儺は喜色を満面に浮かべて、今度はしっかりと構えて、タケルを見据える。
――コレは無理だな。
「……はは」
抗う気にすらなれない圧倒的な力に。
慎重に戦う必要がある敵だが、そんな体力は既にない。残った体力に許された手段は真っ向勝負、ただそれだけ。
不利過ぎるこの状況に、ついつい笑みを浮かべてしまう。
絶望的なこのタイミング。ここで笑う人間は気が触れたか、それとも完全にあきらめたか。
だが、もちろん。
おかしくなったわけでも、本当に諦めたわけではない。
乾いた笑いは、次第に獰猛な笑みに。
「む、う?」
宿儺の顔が引き締まる。タケルはただ、静かに宿儺を見つめている。
「ふぅ……ふぅ……ふっ」
呼吸を繰り返し、ただ眼前の敵を見据える。
そして
タケルと宿儺が同時に動いた。
2つの影が交差した。
闇に踊ったそれらは一瞬だけ光を閃かせ、そして同時、崩れ落ちるように膝を突いた。
「ふむ、見事」
クルリと振り返り、肘から先がなくなってしまった2本の腕を見つめながら、宿儺が呟いた。
「……」
タケルは呆然とした顔で振り向き、そのまま声もなく地に伏した。脇からは大量の血が噴出し、干からびかけていた彼の体をさらに枯渇させていく。いや、それどころか大きく開いた傷口からは腸がその顔を覗かせている。少しでも力を入れればおそらく腸がその頭を出すことになるだろう。
とはいっても、タケルには最早立ち上がる力など残されていない。
既に失血死の状態になりかけていた彼がこれほどの血を流し、深い傷まで負わされて立ち上がれるはずがなかった。
「ふむ、まさかただの人間にここまでの傷を負わされるとは……だが、お主の命もここまで」
ゆったりと、それでも油断なく歩み寄る。左腕のXガンを忍ばせていたタケルだったが、両面宿儺のその隙のない動きに、遂に諦めた。
――そもそも失血の状態で勝てる星人じゃないな。
「いざ、さらば」
――スマン。
それは誰に向けての謝罪だったのか。
振り下ろされる刃をおぼろげな視界に残し、意識を完全に手放した。
「■■■■『■■■』」
どこかで聞いたことのあるような、ないような。
理解の出来ない言葉が聞こえた気がした。
……妙だな。
風呂を出たばかりで顔をホコホコさせていたエヴァンジェリンは妙な気配を感じ、眉をひそめた。
ネギたちは既に力尽きて就寝。今、起きているのはエヴァンジェリンとその隣に座している絡操茶々丸の2人のみ。
どうかされましたか、マスター?」
「いや……何でもない」
歩き出す。背に茶々丸がついてくる気配を感じながらも、思考はやはり先ほど感じた違和感にとぶ。
先ほど彼女自身の手できっちりと片をつけたはずのリョウメンスクナノカミの気配を感じたのだ。
――気のせいか? それとも魔法力の残骸が……?
確かに、気配はほんの一瞬。おそらく彼女でなければ気付くことのできないほどの僅かな間だろう。
そのまま、勘違いだと切り捨てることも出来るほどのものだった。
だが、何百年もの間、命を狙われ続けてきたことにより得た勘が告げていた。
間違いなくリョウメンスクナノカミだと。
一瞬だが、膨大な殺気。それに加えて以前よりも明らかに明確で指向性を持った、よくも悪くも意思のある気配。
「……何が起こっている?」
今の彼女は、一時的にだが呪いの枷がなくなっている状況だ。
……理由は原作でどうぞ。
とにかく、何者にも縛られない彼女は最強の存在に近い。転移魔法を使えば、気配のあった位置にまで一瞬で行くことが出来る。
少しだけ考えて、面白そうだと考えたのか、足を止めて茶々丸に言う。
「茶々丸、先に休んでいいぞ」
「……マスターは?」
常に忠実な従者の言葉に、真祖の吸血鬼は唇の端をゆがめた。
「少し遊んでくる」
「……なに!?」
突如、背後から大きな石の槍が両面宿儺に襲い掛かった。背後にも顔があったため、それは避けられてしまったが、石の槍を放った本人―フェイトは全く気にした様子もなく、佇んでいる。
「やれやれ、少しだけ気配がしたから、転移魔法で戻ってきてみたけど」
――まさかこんなことになっているとは、ね。
呟き、ほとんど死体にしか見えないタケルの姿に眉をひそめた。
「君はリョウメンスクナノカミ……というよりは両面宿儺と言ったほうが正しいのかな?」
「ふむ、隙に呼んでもらって結構」
面白そうな獲物をまた見つけた、と身構える宿儺に対し、フェイトは何の反応も見せない。
「そこで斃れているタケルには、まだ生きていてもらわないと困るんだ。僕は今の君が何をしようと興味がないし、どうだろう取引をしないか?」
「……取引とな?」
「タケルの治療をさせてもらいたい。その代わり、君をこのまま見逃してあげるから」
宿儺が考えるように目を閉じ、少しの沈黙が流れ、そして目を開けて、答えた。
「……拙者、最早大和猛の命には興味がない」
「じゃあ、そこを通して――」
「――だが!」
フェイトの言葉は遮られ、宙に舞う。
「拙者、お主と戦いたくて仕方がない。宿主も大和猛に止めを刺せと煩くてかなわん。よって――」
――ここを通すわけにはいかん。
足を大地に揺るがせ、既に残り2本となった腕で剣を構える。その威風堂々たる姿に、フェイトは無表情に、だが困ったようにため息を吐いた。
「……早く、あの傷を塞がないといけないんだけどな」
フェイトほどの魔法使いでもあの傷を全快させるような呪文などない。ましてや少しでも手遅れになって死んでしまったら手を施すことなど出来なくなってしまう。今は一分でも早く、彼自身が行使しうる最大の治癒をタケルにかける必要があった。その後に然るべき人間に治癒をかけさせなければならない。
相手が『なかなかの実力者』程度なら眼前の敵など石化でもさせてしまえばそれだけ決着がつく。だが、目の前の敵は『なかなか』程度では済まされない。
――リョウメンスクナノカミの時よりは弱くはなっている。けど意思がはっきりと感じられる。意識の覚醒のせいで、タチが悪くなっているな。
ざっと宿儺との戦闘を想定する。が、あまりいい結果は見えてこない。
要するにパワーダウンの代わりに頭が良くなって、理性的な戦闘が可能になった存在。それが目の前にいる両面宿儺というわけだ。
それでも本来のフェイトの実力ならば油断さえなければ苦になるモノでもない。だが、それは出来ない。なぜなら、今ここにいるフェイトは幻像だから。
そもそも彼がここに来たのは『何となく気配を感じた』という程度だったのだ。しかも、真祖の吸血鬼たるエヴァンジェリン・AK・マクダウェルがこの地の近くに滞在している。直接出向いて気配を察知でもされたら面倒で仕方がない。
当然、魔法で作れるような幻像を送りだす。
――今のままじゃ勝てないか……本体と入れ替わるしかないな。
ちらりとタケルに視線を送る。ピクリとも動かないその様子に、フェイトは腹を決める。
「……いいよ、やろ――」
「――ほう、なかなか面白いことになっているな」
その言葉に、向かい合っていた両者が弾かれたように上を向いた。
彼等の上空、長い金の髪を闇に躍らせ、黒きマントをはためかせ。そのマントの中には浴衣姿という、いかにもつりあいの取れていない格好で。
高さ約10Mの位置に彼女は佇んでいた。
「ふむ、小娘……ではないな」
一目見て実力を見抜いたのか、ニヤリと唇の端を吊り上げる宿儺。
「……エヴァンジェリン・AK・マクダウェル」
呟き、何かを考えるように黙り込むフェイト。
「さて、これは一体どういうことだ? ケリをつけたはずのリョウメンスクナノカミと逃げたはずのガキ……それに、まだいるな?」
エヴァンジェリンが玩具を見つけたような、ゾッとするほどの笑顔で言う。
――隠しても無駄だ。
まるで、そう言っているかのような言葉に、反応したのはフェイト。
「大和猛もそこで倒れている」
「……何?」
上空からで分かりにくかったのか、さっと地に降り立った。まるでフェイトや宿儺の動きなど警戒するに値しないかのように無造作な動きだった。
フェイトの横を素通りし、宿儺を通り過ぎようとして、だがそれは敵わなかった。
「ふむ、ここを通りたくば拙者を倒してからだ」
「……貴様如きが」
つまらなそうに、そして不愉快そうに吐き捨てた真祖の吸血鬼が戦闘態勢に移る。
「ふむ、面白い、面白いぞ、娘!!」
叩きつけられた殺気に、子供のような純粋な顔で笑う。
「一瞬でケリをつけてやる!」
そのエヴァンジェリンんの言葉を皮切りに、両者が弾かれたように動き出す。
宿儺の爆発的な脚力に大地が抉れ、いくらかの土が倒れたままのタケルに降りかかる。全く反応のできていない彼女に、一瞬で肉薄した宿儺の斬撃が振り下ろされ、その瞬間に彼女自身が幾多もの蝙蝠と化して姿が消えた。当然、刃は空を斬り、当たったと確信していた宿儺はその光景に戸惑いを覚え、僅かに動きが硬直した。
そして、気付けば背後に転移していたエヴァンジェリンが腕に魔法力を宿らせ、振りかぶっていた。
「む、ぐう!」
どうにか一本の腕でそれの直撃を防いだ宿儺だったが、その余波に吹き飛ばされ、フェイトを飛び越え、そのまま池に着水した。
「……っち、なかなかにしぶといな」
今の一撃で決めるつもりだったのか、不満げに唇を尖らせる彼女にフェイトは「やれやれ」と呟く。
「エヴァンジェリン・AK・マクダウェル」
「む、何だ貴様も消されたいのか?」
今更ながらに思い出したような彼女の言葉には答えず、言う。
「両面宿儺は僕が止めておく。君は早く大和猛を連れ出して、近衛木乃香に治癒させたほうが良い」
「……何?」
「でないと間に合わなくなる」
それだけ呟き、エヴァンジェリンの反応を待たず、駆け出す。
「おい、待て貴様!」
「ヴィシュ・タル リ・シュタル・ヴァンゲイト」
既に呪文を整えだしているフェイトがそれに答えるはずもない。ブツブツ呟き、その詠唱がおわるとほぼ同時。
「ふははは、まだまだだぁ!!」
水面から飛び出してきた宿儺に「石化の邪眼」
フェイトが対象を石化させる高等魔法を発動した。指先から放たれた光線が宿儺に一直線に向かう。
「ふむ、次はお主か!」
負けじと弓矢を番え、放つ。
魔法と光の矢がぶつかり、激しく振動を打ち鳴らす。
大きな光が弾け、そして全ての目を焼き尽くした。
其は信じられない思いで目の前の少年を見つめていた。
せめぎあっていた矢と魔法は、確かに矢が打ち勝ち、小さな彼を貫いたように見えたのだ。
だが、貫かれたそれはすぐに水のように溶けて落ち、また現れたときには別人の如き威圧感を備えていた。
このままではマズイ、そう考えた其は逃げようと宿儺の命を捨てることを考えた時だった。
――……にげられねぇ!?
気付けば石化していく体。
元々、視認できないほどに小さな体なので石化するのも一瞬。何かを考えることも、恐怖を覚える間もなかった。
――あ?
気付けば永久石化の魔法にかかり、生を奪われた。
其は生命としての活動を永久に失ったのだった。
太陽が山々の間から顔を覗かせ始めていた。
徐々に広がる光が新しい一日の始まりを告げ、それに答えるように世界が動き出す。
木々が新鮮な酸素を吐き出し、深緑の匂いを際立たせる。鳥がさえずり、生物達の朝を知らせる。湖の中にまで浸透しだした光が暗き湖の底をまばゆく映し出す。
昨夜の戦場が、今では静かに日常を向かえていた。
ただ違う点は2つだけ。
まず、一つ目。誰もいないはずのその場所に、朝の光に似合わぬ黒い存在がそこに佇んでいた。
「……これが永久石化、か」
呟き、目の前に立ち尽くす石像を眺める。
違う点の2つ目がそれ、つまり石像だ。
顔が前後に一つずつ。足も対になって前後に存在している。知る人ぞ知る両面宿儺の像。だが、一つだけ伝承と違うことがあった。
腕が2本しかない。伝承では足や顔と同じように前後に2本ずつで計4本あるはずだ。
だが、それはどうでもいいこと。
実際に何の像であるかを知る人間は2,3人しかいない。それに今からこの像は跡形もなく消えさるのだ。そんな些細なことに目を配っていても仕方がない。
あまりにも精巧に作られたそれは見るものが見れば頬ずりをしたくなるほどになめらかに存在していた。
「これで、エヴァとフェイトに借り1つずつ」
エヴァンジェリンには「ぼうやとの一件で貸し借りは無しだ」と言われていたがネギの時はただ手を出さなかっただけなので、タケルとしてはチャラにしてしまうには心が重い。
ちなみに、ぼうやとの一件とはいわゆる「桜どおりの吸血鬼」の時のこと。ネギに手を貸さないでほしいといわれて頷いた。ただそれだけの一件だ。
どうやって借りを返せばいいのかはわからないが、いつか返すときが来るだろうから、今はいい。
無言に無音で。
タケルはZガンを掲げた。
――微塵すら残さずに消し去る。
それは朝のほんの一幕だった。
いくつもの鈍撃が山に降り注いだ。
昨日の夜、エヴァンジェリンが意識のないタケルを助けるため木乃香のもとへ連れ帰ろうとしたとき、それは起きた。
まず、タケルが目をゆっくりと開いた。
数秒の後、彼なりに状況を理解したのだろう。
目の前でオタオタする少女に「先に宿に帰ってる、心配ない」とだけ告げてエヴァの目の前から徐々に、それこそ頭部からゆっくりと消え去ったのだ。
つまり、石化でミッションクリアをガンツが認めてくれたということだ。点数は加算されていなかったが減点もされていなかった。
最後の仕事を終えた彼がゆっくりと歩きだす。
少しずつ明るくなる山道に、自分も生きているという実感が深くなる。
――今頃、ネギたちは自身の親の手がかりを探している頃だろうか?
心を飛ばして、まばゆい空を見上げる。
その顔は無表情だが、晴れやかだった。
こうして、彼等の修学旅行はどうにか無事に終わったのだった。
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