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ソードアート・オンライン 穹色の風

作者:Cor Leonis
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アインクラッド 後編
  激闘、第五十層フロアボス攻略戦

 
前書き
 一話でまとめて書くつもりが、予想以上に長くなったので二話に分割して投稿。 

 
 それから数十分が過ぎて。マサキは一人、灯りの消えた会館を後にした。石造りの扉を開けた途端、夜になって一段と冷たくなった木枯らしが吹き(すさ)び、身体を貫く。
 表通りに出ると、街に並ぶ建物にはまだ灯りが灯っていたが、日中道に溢れていた出店や屋台の類は綺麗さっぱりたたまれていて、この街独特の猥雑さは、今は少々鳴りを潜めているようだった。

「……流石に寒いな」

 街道を寒風が吹き抜け、マサキは吐息を白く染めながら堪らず呟いた。ワイシャツ(実際にはプラスコート)しか着ていないのだから当たり前だと思われるかもしれないが、実はそうでもない。ボスのLAボーナスである《ブラストウイングコート》はもとより、マサキが身につけているスーツ、これが実はかなりの高級品で、寒さ・暑さには強くなっている。尤も、冬も本番を迎えた一月の夜風を完全に防ぐことは、どうやらできなかったらしいが。

「あ! マサキくーん! こっちこっち!!」

 装備の更新を考えなくていい以上コルは貯まっていく一方なわけで、だったら防寒用にマフラーの購入でも検討してみようか……。そんなことを考えながら遅めの夕食に向かおうとすると、通りの向かいに立っていたエミから突然声を掛けられた。その周囲では四人のプレイヤーが、彼女と同じくこちらに視線を向けている。
 マサキは僅かに逡巡すると、小さく溜息を吐いてそちらに向かって行った。

「良かったぁ……、大丈夫そうで」

 マサキがエミに近付くなり、彼女はマサキの顔を数秒かけてたっぷりと覗き込み、安堵の息と共にそう言った。

「ああ。世話を掛けた」
「ううん。困ったときはお互い様でしょ?」

 マサキの社交辞令に返って来たのは、彼女らしい、いつもの天使の微笑みだった。そのせいか、もう太陽はとっくに沈んでいるというのに、どこか視界が明るく感じられる。

「……で、用件は?」

 得意のポーカーフェイスで顔を覆い隠しながらマサキが言うと、エミは少しだけ左側にずれた。その背後に隠れるように立っていた四人組の全体像が見えるようになる。

「…………」

 彼らに何かがあるのかとマサキが視線をそちらに投げるが、彼らはただ緊張と畏怖の混じったような顔で硬直するばかり。
 男女の比率は三対一で、年齢は顔立ちから察するに全員が同年代、マサキより数個下だろう。装備の種類はまちまちだが、グレードは攻略組の最底辺レベル。恐らくレベルも大して変わらないだろう。

 そこまで観察する間にも一向に喋らないため、仕方なくマサキがエミに彼らのことを聞こうとする。と――

「……あ! あの!! こ、攻略組のマサキさんですよねッ!? ……ず、ずっと憧れてましたッ!!」

 一番右端の刀使いが突如硬直から復帰し、目を輝かせながらそう叫んだ。

「……はあ?」

 あまりの脈絡のなさにさすがのマサキも追いつけず、説明を求めて視線をエミに移す。

「……ね、マサキ君。夕ご飯まだでしょ? よかったら、一緒に食べない?」

 すると、いつも通りの優しげな笑みを浮かべながら、天使様はそう誘ったのだった。



「……で、君はこの親睦会とやらをセッティングしたと」

 天井に吊るされた照明から柔らかな暖色の光が漏れるレストラン。BGMのシックな音楽を聴きながらマサキは言って、目の前のサラダを口に運んだ。

 このレストランに入ってから聞かされた説明によると、この四人組は以前エミがレベリングを手伝ったことがある、最近攻略組に上がって来た元中層ギルドで、全員が(中でも先ほど大声を上げた刀使いの少年が特に)マサキに対して強い憧れを抱いているらしい。
 今回彼らはボス戦に初招集されることになり、世話になったエミと食事会を開こうとしたのだが、彼らがマサキに憧れていることを思い出したエミが急遽マサキを席に誘うことを提案、会館の外で待ち伏せて出てきたところを捕縛、連行した、と。よくもまあそんなところにまで気が回ることだ。

「そういえば……」

 そろそろメインディッシュも食べ終わろうかという頃になって、大声を上げた刀使いの少年――確か名前をジュンと言ったか――が、思い出したように口を開いた。

「今回のボス戦は、夜にやるんですね? 俺、ずっと昼にやるもんだと思ってました。何か意味とかあったりするんですか?」

 突然の質問だったが、他の三人も気になっていたらしく、「あ、確かに」だの「それ俺も思ってた」だのといった言葉が口々に上がった。彼らの視線が答えを求めてマサキとエミに集中する。
 この程度の質問ならどうせエミが答えるだろうと、マサキは無視して最後の一口分の肉を口に放り込もうとした。のだが。

「えっと……マサキ君、何でだっけ?」

 こともあろうか、エミは話をこちらに振ってきた。攻略組の中でもベテランの部類である彼女なら、知らないはずはないのだが……。
 自身に集中した答えを催促するような視線に負け、マサキはエミを一瞥してから渋々解説を始めた。

「……この層のフィールドにポップするモンスターは、昼よりも夜のほうが攻撃力と敏捷性が高く、逆にHPと防御に劣る。それに、夜のほうが単独行動する種類が多い。ボス討伐隊クラスの集団なら夜のほうが被害を抑えられると、攻略組の首脳連中は踏んだんだよ」

 前述したとおり、マサキが解説したのは特に難しいことでもない。むしろ攻略組なら容易に想像できるだろう。が、憧れの人の解説というフィルター越しにそれを聞いてしまった彼らは、まるで世紀の大演説を聞いたかのような尊敬の眼差しを向けてくる。

「あ! じゃ、じゃあ俺からも!」
「ちょっ、リキずるい! 私からもいいですか!?」
「……ご自由に」

 ついでに、立て続けの追加質問まで。

(……なるほど)

 ここでようやく、マサキはエミの狙いに気付いた。恐らく彼女は、この場で殆ど発言していないマサキと四人組が話すきっかけを作ろうとしたのだろう。そして、どうやら事は彼女の目論み通りに運んだらしい。

「人気者だね」
「止してくれ」

 何が嬉しいのかニコニコと笑うエミに、やや憮然とした風でマサキは返すと、フォークに突き刺さったままの肉を口に投げ込んだ。

 騒がしい雰囲気の質問会は、その後彼らがボス部屋に辿り着くまで延々と続いたのだった。



「いよいよなんだ……」

 ボス部屋に通じる扉の前、マサキの隣で僅かに怯えたようにジュンが言った。初のボス戦、しかもその相手がクォーター・ポイントともなれば仕方あるまい。他のプレイヤーの顔にも、いつもより緊張が色濃く浮き出ている。
 張り詰めた緊張の中、真紅の鎧に身を包んだヒースクリフはおもむろに扉に手を当てて――。
そして、押した。
 半端な衝撃ではびくともしないであろう重厚な石扉が、床と擦れ合いながらゆっくりと開いていく。
 瞬間、部屋の四方に据え付けられているたいまつに一斉に火が灯り、中央に鎮座しているそれを黄金色に染め上げる。

 無機質な表情の奥で妖しく光る瞳をこちらに向ける、能面のような顔。重そうな鎧にその身を包んだ、太く精悍な胴。……そして、そこから伸びる十もの腕と、その全てに握られている槍や刀、槌などの武器。
 仏像の類を彷彿させる異形の怪物。その頭上で弾けた名前は、《The soul ruiner(魂の摘み取り手)》。

 ――ゴクリ。
 部屋中に響いた音と共に生唾を飲み込んだのは、一体誰だっただろうか。そんな疑問と僅かな怯えを振り切るように、攻略隊は喊声(かんせい)を上げて部屋になだれ込んだ。まずヒースクリフに率いられた、見るからに重そうな鎧と盾で身を包んだ重装備のタンクプレイヤーが前に出て、ボスと対峙する。

 今回の攻略に当たって攻略組首脳部が採った戦術はいたってシンプル。(タンク)装備のプレイヤーを前線に並べて攻撃を防ぎ、その隙にマサキたちのようなダメージディーラーが攻撃を行う。壁役はローテーションで回し、平均HPが下がったり回復アイテムが枯渇したりした場合は、五十層転移門に待機している壁役を多く揃えた援護部隊を投入するという、要するに持久戦だった。今回のボスは、HPはそれほどでもないものの防御力がかなり高いことが確認されており、防御力の低い攻撃特化編成で短期決戦を挑むよりも、持久戦を展開したほうが堅実だと考えられたためだ。

「タンク隊、構え! 攻撃来るぞ!!」

 いつになく厳しいヒースクリフの号令に従って、ボス正面で半円状に布陣したタンク部隊が、手に持った盾を一斉に突き出した。直後、振り上げられたボスの五本の腕がクロスするように薙ぎ払われ、タンクたちを襲う。だが彼らとて精鋭中の精鋭。卓越した盾捌きと鍛え上げた防御力で、見事にその一撃を耐え切ってみせる。
 そしてその瞬間、攻撃(アタック)隊を率いるアスナの指示が出るよりも早く、マサキは地を蹴った。コンマ数秒遅れて、アスナからスイッチの号令が飛ぶ。
 腕の数が増えればそれだけ攻撃間隔が短くなり、スイッチのタイミングはよりシビアになる。が、マサキは関係ないと言わんばかりに全速力でボスに肉薄する。

 誰よりも早くボスに接近したマサキは、その速度を殺さぬまま、右手に握った蒼風を一閃。敏捷一極化ビルドの本領を遺憾なく発揮してボスの周囲を駆け抜けながら、《疾風(はやて)》の六連撃を刻み込む。ごく短い硬直を挟み、今度はその場で跳躍。空中でもう一度任意の方向にジャンプが可能になる《軽業》スキル派生Mod《ダブルジャンプ》で高さを稼いでボスの頭に跳びかかると、防御貫通特性を持つ刺突技《吹断(ふきたつ)》を放った。狭い箇所に連続して攻撃するほどダメージにボーナス補正がかかる九連撃技を一寸の狂いもなく同じ場所に叩き込み、そのまま肩部分を足場にして飛び降りながら後退する。
 着地してボスに向き直ると、再び攻撃部隊の代わりにタンク部隊が前衛に出て、重そうな盾を突き出していた。ソードスキルの淡い光の尾を引いて、刀や薙刀などがそこに殺到する。
 マサキが思い出したようにチラリと目線を動かすと、あの四人組が緊張しつつも上手く役割をこなしているのが視界に入った。隣にはエミも付き添っているようで、あの様子ならちょっとやそっとでは崩れないだろう。

 マサキは無意識に安堵の息を吐くと、蒼風を今一度握りなおし、攻撃チャンスを見逃すことなく再びボスに向かって行った。



「せあっ!」

 《ダブルジャンプ》で部屋の天井近くまで跳び上がったマサキは、気合の入った掛け声と同時に蒼風を振りかぶった。ボスもそれを把握していたらしく、腕の一本が向きを変え、その先端に握られた刀が迎え撃つように進路を塞ぐ。もしそのまま双方がぶつかった場合、筋力に劣るマサキが負けるのは明白。運が悪ければ追撃を受けてしまうだろう。
 だが、そんなことは織り込み済みだったマサキは一瞬ニヤリと笑ってみせると、迷うことなく振り下ろした。マサキの持てる敏捷値を全てつぎ込まれた風の刃は空気を切り裂きながら肉薄し、迎撃にせり上がってきた刀をすり抜けてボスの頭に直撃した。刀身を一瞬風に変換することで防御などをすり抜けることができる単発技《胴蛇貫(どうたぬき)》が能面のような顔に傷を付ける。

「……チッ」

 しかし、攻撃を成功させたはずのマサキは、苦そうな顔で舌打ちした。攻撃時の手応えからして、あまりダメージを与えられていないように感じられたからだ。

 そもそも敏捷特化型のマサキは一撃辺りのダメージが極端に低く、一撃での与ダメージだけで比較した場合、マサキのそれは攻略組でも最低の値を取るだろう。それでも敵の防御力が低ければ、持ち前の敏捷性で連撃数を稼ぐことによりダメージを蓄積させられるのだが、今回のように硬い相手だと一回辺りのダメージが低すぎてそれも厳しい。《吹断》を使えば一度は防御力を無視できるが、AIに学習されてしまうためあまりそれ一辺倒になるわけにもいかない。……尤もその弱点は短時間ならば克服できるのだが……。

(……いや)

 僅かな逡巡の後、マサキはその案を否定した。確かにアレは優秀だが、その分脳に負荷がかかる。敵の腕が多いと言うことは筋肉演算の対象も増えるということであり、その負荷も踏まえるとやはりできる限り温存しておきたい。

「マサキ君! 後ろ!!」
「……ッ!?」

 マサキが考えを巡らせた一瞬の隙に付け込んで、ボスの持つ巨大な槌が後方から迫った。マサキは咄嗟に蒼風でガードして直撃だけは免れたが、筋力の差で吹き飛ばされる。

「くっ……」
「マサキさん!!」

 何とか体勢を立て直して着地することに成功したマサキは、駆け寄ってきたあの四人組にハンドシグナルで無事を伝え、回復結晶を取り出した。即座にヒールと唱え、安全域(グリーン)ギリギリまで落ち込んだ体力を一気に全快させる。

「範囲攻撃来るぞ! 構えろ!!」
「くそっ、喰らっちまった! 誰か、ローテ代わってくれ!!」
「よし、俺が行く! タイミング合わせろ……三、二、一……スイッチ!!」

 終盤戦に差しかかろうとしていた戦いは、今まさに熾烈を極めていた。ボスの頭上に浮かぶ、元々四本あったHPバーは残り一本と少し。一本減らすごとに敵の攻撃力と攻撃間隔が強化され、それに伴ってローテーションが僅かに崩れるなどのハプニングもあったが、臨機応変な対応で現在は完全に持ち直している。

 やがて、前方で一際大きな歓声が上がった。遂に三本目のHPバーが底を突き、ラスト一本に突入したのだ。攻撃のために前衛に出ていたアタッカーが後衛に戻り、タンク隊が入れ替わって前衛に入る。

 ――いける。このまま押し切れる。
 誰もがそう思った。確かに敵は強いが、勝てないわけではない。二十五層の悪夢は、油断していただけだったのだ、と。

 ――だが、しかし。

「キイィィィィィィエアァァァァァァァァッ!!!」

 突如、ボスは十本全ての腕を振り上げて奇声を張り上げた。すると、身体を覆っていた金属製の重鎧がバラバラと崩れ去る。これで敵は防御力と引き換えに、更なる攻撃力と敏捷性を得る。事前情報どおりの展開だ。

 ……だというのに。

「オイ……なんだよ、アレ……聞いてねぇよ……」

 前衛に出ていたタンク隊の一人が、震えた声で叫んだ。彼の顔に浮かぶのは、驚愕と疑問、そして恐怖。その目に映るのは、能面めいた無機質な顔と振り上げられた十本の腕、そして鎧の下から新たに現れた、四十本もの腕と武器。怪物は前衛の一人に対して狙いを定めたように凝視すると、全ての腕を振りかぶった。

「そんな……なんで……」

 視線の先にいたプレイヤーが、足を震わせながら僅かに後ずさった。だが、何もないはずの石床で転び、尻餅をついてしまう。

「止めてくれ……嫌だ、嫌だ! まだ死にたくない……!」

 だが、そんな嘆願を嘲笑うようにして、仏像は合計五十本もの腕を全て振り下ろした。握られた刀剣類が、禍々しい光を帯びて一人に叩きつけられた。

 ささやかな希望さえ踏み潰した異形の怪物は、四散した蒼い欠片の向こう側で、能面のような顔を歪めて不気味に笑った。 
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