ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
対話のお時間
少年はゆっくりと目蓋を開けた。
音が消えている。
まずそう思った。
あれだけ耳元でわめいていた、目障りな耳鳴りがすっかりなりを潜めている。
次いで少年は、己の周囲を見回した。
少年が座っているのは、結構大きな長方形の部屋の中央に置かれたティーテーブルに据えられた西洋風の椅子だった。
椅子もテーブルも天板はもちろん、脚の先っぽまでもが、まるで漆でも塗りたくられているかのように真っ黒なのが異様に印象的だった。
それを言うなら、部屋の壁面の方もだった。全部が全部、艶消しの黒で覆われている。
その奥には、眼にも鮮やかな血色のビロードが垂れ下がっており、向こう側が見えそうで見えないという状態を作り出している。そして、その傍らにはよく磨き上げられたグランドピアノ。
なんと言うか、心理学的に不味いような部屋だった。
少年はその視覚情報だけで、自分が今どこに、どんな状況下に置かれているのかを把握したようだった。
しかし、それでも少年は首を傾げる。なぜなら、絶対にそこにあるべきものが消えて、消失してしまっているのだ。
そう。この部屋と外界をつなぐ唯一のもの。
ドアが、ない。
この部屋に入る時にあった、ノブに鬼の顔の細工がしてあるアンティークなドアが、まるで初めからそこには何もなかったかのように消えていた。ドアがあった位置には、ただただのっぺりとした壁があるだけである。
「どぉにか、間に合ったみてぇだな」
声が響いた。
錆びた金属を無理矢理震わせているような、そんないらえが。
「………毎回違うの?この部屋は」
そう言いながら、少年は振り向いた。
その時、奥のビロードが左右に払われ、そこから一人の青年が長身気味のその姿を現すところだった。二つの蒼い眼光が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「そりゃぁアレだ。この部屋ぁ手前ぇの精神から創られたモンだからな。小僧、手前ぇの心の持ちようが少しでも変わりゃぁこの部屋の景色もその都度簡単に変わる」
「ふぅ~ん……」
意外なくらいに詳しい返答に少しだけ驚きながら、レンは気のないような返事を返した。
そのまま、直前までの記憶を頭の中で洗ったが、その直前で鋭い鈍痛が脳内を駆け巡る。ぐ、と呻き声を上げてうずくまる少年を、夜の海を連想させる青い瞳をたたえた青年は静かに見下ろしていた。
見下ろして、見下していた。
「かっかっか、さすがのお前ぇもこれ以上は無理そうだな」
「うる、さい。もう少し……、もう少しなんだ。もう少しで、マイを………助け、られる…」
途切れ途切れに紡がれる言葉の数々。
それを見ながら青年の心の中に浮かんだのは、気持ち悪い、という感情だった。
素直に、単純に、気持ちが悪い。
気持ちが悪くて、気色が悪い。
「………なんで手前ぇはそこまで……、あのガキを助けようとする…。《人間》は自分の命が一番なんじゃぁねぇのかよ。……お前ぇにとって、あのガキはそこまでする価値があるのかよ………!」
頭上より叩きつけられる言葉。
それに、少年は答える。
考えるまでもなく、即答した。
頭を上げ、こちらを見下ろして見下す蒼き瞳を、真正面から射抜く。
「決まってる。僕が……助けたいから助けんだ!文句あっか!!」
びり、びり、と部屋全体が少年の血の吐くような叫びに呼応するかのように、あちこちが軋んだ。
部屋の中央に据えられたグランドピアノから、ピン!というデンジャラスな奇音が響く。
「…………だが、今のお前ぇにそれだけの力ぁねぇよなぁ」
「…………………………」
キッ!と睨みつけるが、しかし自分でもその視線に力が入っていないのは明確に理解していた。それでも、いやだからこそ、少年は真っ直ぐに睨みつける。
それを受ける二つの蒼い瞳も、また何の感情も揺らぎも浮かんではいなかった。ただそれでも、決して視線を外そうとはしなかった。
その膠着状態が数秒間持続した後、先に折れたのは狂怒と名乗る青年のほうだった。
はぁ~っ、と肺の中に溜まった空気全てを吐き出すような溜め息をつく。次いで、ガシガシと髪を鬱陶しげに掻いた。
しょぉがねぇなぁ、という声が口許から漏れる。
「小僧、身体の所有権、いったん俺に明け渡せ」
「………とか言って奪い取る気じゃないだろうね」
少年の疑わしげな声に、かっかっか、と青年は再度呵呵大笑した。
「心配すんな。言ったろ、俺にはアイツみてぇな精神感応力はねぇってよ」
なおも食い下がって睨みつけていたが、どうやら男の言葉には嘘や虚言といった要素は感じられない。そもそも、今のこの状況ではこの粗野な言動の目立つ青年に頼る他はないか、という結論に至り、少年は腰を上げかけた。
その前に、気が付いた。
今の男の言葉の内容。《アイツ》、確かに目の前の青年はそういった。
蒼い瞳を持つ青年は、そう言った。
「アイツ。それが……、アスナねーちゃんに憑いているモノの正体なの?」
「あぁ。だが憑いてるっつっても、実際はんな大層なモンじゃねぇ。あの嬢ちゃんの上っ面の精神を取り囲んでるだけで、その本質にはおいそれと短時間で突っ込めることなんてできねぇ」
「……でも逆に言えば、長時間、腰を据えてじっくりやったんなら、《できる》ってことなんじゃないの?」
鋭く飛んだ少年の返答に、しばらく青年は答えなかった。右手を持ち上げ、あごの辺りを痒くもなさそうにポリポリと掻く。
それは、この沈黙の場では充分過ぎる答えだった。
それを受け、レンは沈黙を保ったまま静かに瞑目した。次いで、スッとあごを持ち上げて天井を閉じた目蓋越しに見る。
やがてのどから吐き出された声のいらえは、とても少年のものとは思えないほどに掠れていた。
掠れていて、そして────
覚悟を決めた者の声だった。
「……………わかった」
「………いいんだな?」
この期に及んで律儀にも確認を取ってくる《鬼》に、レンは静かに苦笑を返した。
「それが、マイのためなら」
「良い答えだ」
スッ、と《鬼》は手を上げ、差し伸べる。
愛する者を救いたいという少年を救うために。
「そして、良い顔だ」
逆境にも折れない少年に敬意を表すために。
「俺の名は狂怒。災禍より生まれし、三兄弟が次男」
少年も、手を差し出す。
《鬼》と言われようが、《殺人鬼》と罵られようが関係ない。
ただ、愛する少女を助けたい。
それだけだ。それ以上は、何もいらない。たとえ自分の命であっても、いりはしない。
「僕の名はレン。六王第三席《冥界の覇王》」
今更ながらの自己紹介は、それで充分だった。
あとは血で血を洗う、コロシアイの場にて済ませよう。
もう、あの古びたドアは開いている。
もう、開始のゴングは鳴っているのだ。
部屋に雪崩れ込む光の奔流の中、二人の《鬼》は固く手を握り合った。
狂楽は高らかに嗤いながら、倒れこんだまま指先一つ動かない紅衣の少年へとゆっくり歩を進めていた。
といっても、そこまで広い空間スペースは存在しない。彼我の距離は約三メートルといったところか。
途中、膝を屈して固まっていた巫女装束の女が飛び掛かって来たが、寸前で割り込んだ黒衣の剣士に阻まれた。沈黙が、鋭い金属音によって粉々に粉砕される。
「キリト!眼を覚ましてください!あなたの想い人は、アスナはあんなモノではないはずです!!」
何かをわめいていたが、《鬼》は無視して足を踏み出す。
だが、それも腰の辺りに走った軽すぎる衝撃によってまたしても阻まれた。
「レンには……、手を出させないんだよッ!」
殴った。
紫色の障壁によって手傷は負わせられないが、それでも吹っ飛ばせることはできるようだ。白い髪が宙を流れ、小柄な身体が檻の反対側まで吹き飛んだ。
距離、一メートル。
黒い前髪に隠されて見ることのできない瞳を見、アハッと狂楽は再度に渡って嗤う。
なんて弱い。
なんて脆い。
これが人間という生物か。
右手を上げ、そこに意識を集中する。ズズ、と瘴気の如き漆黒の過剰光が身体の各所から滲み出て、手のひらの上に球状に集まっていく。
属性は、自身の最大の力。
《精神感応》
精神という、もはやゲームを激しく逸脱した物へ半強制的にアクセスし、乗っ取る事さえも可能である禁断の力。
親である《災禍の鎧》は、装備した者の精神を確実に蝕み、破壊の化身として発現させていた。例外だったのは、あの奇妙な口調のダガー使いだけだっただろうか。
その力を受け継いだ自分もまた、それと同様の力を要していた。他人の深層心理にまで潜り込み、大切な部分をゆっくりと引き千切る。あの感触は、堪らなく心地よかった。
SAO────ソードアート・オンラインがクリアされ、意識が覚醒した時に目の前にいたのは、ごてごてと眼を引く装備を身体に纏った男だった。
男は言った。
その力、我々の研究のために貸してはくれないか、と。
そこからの日々は、はっきり言って退屈な毎日だった。毎日毎日、代わる代わる人間の脳にアクセスし、そのデータを取られる日々。
今となっては、我ながら何を馬鹿げた事をしているのだろうと思う。あの時、あの時点で、目の前の男の脳味噌を引きずり出して従わせれば良かったのだ。
だが、まぁ。
今となっては詮無きことだ。
あの男も、あれだけ適当に術を掛ければ、十中八九廃人コースは確定だろう。もし廃人になっていなかったとしても、あとで海馬の辺りをまさぐったら絶対に《終わる》し。
ニィ、と《鬼》は口角を吊り上げ、引き裂くような、焼け爛れたような笑みを浮かべた。
『コレデ、終ワリダ』
手のひらの上に浮かぶ球体。それを開放するために、最後のフェーズを実行する。
『……呪法《傀────』
ドッッ───グンンッッッッッ──────────!!!!!!
空気が、震えた。
ビリ、ビリ、と帯電したように重力が逆流する。
空間がミシミシ、と軋むような音を発する。
その中で、狂楽は浮かべていた笑みを数段濃くした。堪らえ切れないといったように、呼気が吐き出される。
『…………………来タカ』
ズッ、と紅衣の少年の背が、もたれ掛かっていた格子から離れた。
少年の小柄な身体がゆっくりと起き上がり、前傾姿勢で止まった。何も持っていない両腕が、身体の前でだらんと力を失ったように垂れ下がる。
俯き加減で、長めの前髪に隠された両の瞳が、ヴン!という音とともに強く発光した。
その色は────蒼。
『兄様ァ………ッ!』
喜びに震える《鬼》の前で、覚醒した《鬼》は────
嗤った。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「さ、まーた主人公がヒャッハーしてる今回だね」
なべさん「しょうがないじゃないか。第一、俺に“人間“の主人公が書けると思うのかね」
レン「胸を張って言うんじゃない」
なべさん「エッヘン」
レン「擬音語も言うな」
なべさん「はい、自作キャラ、感想、コラボ立候補を送ってきてください!」
──To be continued──
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