緋弾のアリア-諧調の担い手-
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そして時を刻む夜は舞い降りた。
眠る子と語らう大人
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《???・???》
どうも、暮桜霧嗣改め“倉橋時夜”です。
俺が無事に転生して、新たな肉体を得てから既に三週間が経過した。
生まれてから暫くの間は不自由であった。何よりも目を開く事が出来ないのがもどかしかった。
まぁ、赤子として一からのスタートの為に文句はないが。
だが、漸く目も開けられる様になった。聴覚で周囲の状況を確かめるだけではなく、瞳でも視覚情報を得られる様になった。
そして、初めて目を見開いて見たその世界。
それは前世で見ていた光景と変わらないのに、何処か感慨深いものがあった。
「…あら時夜、お目覚めですか?」
眠り眼を開いて周囲を見回していると、目上に自身の母親の顔がある事に気が付いた。
柔らかく、暖かいその腕に俺はしっかりと抱かれている。
優しく慈愛の微笑みを俺に向けて浮かべているその女性こそ、“倉橋時深”。俺の母親に他ならない。
その容姿は母親と呼ぶにはあまりにも若く、美しく端整である。
白と緋の袴を纏い、長い色素の薄い艶髪を腰まで伸ばし、緋色の装飾品で束ねている。
―――倉橋時深。
前世の俺の記憶の中に、彼女の存在は残っている。
永遠神剣シリーズといった作品郡に登場する人物なのだが。どういう訳か俺はその人の息子という位置づけにいる。
よく二次創作で見る世界観の融合、クロスオーバーというヤツなのだろうか?
俺が転生先に選んだのは“緋弾のアリア”の世界だ。それは間違えない、他の転生先にも其処は無かった。
作中では彼女に子息がいる等という設定はなかった。
それに彼女は、永遠神剣第二位『聖賢』の所持者が“生まれる前”から彼に恋をしていた。
俺の父親の様な存在は、文字通り存在していなかった。
俺の選んだ特典。そして俺というイレギュラーな存在が出でた事によって、世界が変貌しているのだろうか?
「―――どうしたのですか、時夜?」
意識の外側からのその声に、意識が現実に引き戻される。
考え事をしていたせいか、思案顔にでもなっていたのだろう。
お母さんが首を傾げて俺を見ている。よく前世ではおbsn等と不名誉な呼び方をされていたが、その仕草が容姿も相まってか、とても可愛く見える。
本当にこの人が俺の母親で、更には人妻には見えない。
その旦那であり、俺の父親である“倉橋凍夜”は今現在、仕事で出かけている為にこの場にはいない。
思考の海に浸っていたせいか、お腹が減ってきた。
それに伴い、俺の中の赤ん坊の意思が元気よく泣き始める。
今現在。
俺の中には二つの意識がある。赤ん坊の俺と、前世の記憶を継ぐ俺。
二つはまだ上手く融和していないが、精神は身体に引っ張られる為。
その為に赤ん坊の意思の方が強い。
「お腹が空きましたか?……ちょっと待ってて下さいね、今お乳をあげますから」
そう言い、お母さんは着ている袴に手を掛けて胸元を露にしようとする。
1
けふっ…と、自然とゲップが出る。
お腹は一杯になったが、未だにアレには慣れない。
身体は幼いが、精神年齢が二十歳な為に、色々と感じるモノがあるのだ。
まだ離乳食が食べれる時期でもないし、歯も生えて来てない為に固形食を食す事も出来ない。
その為、羞恥プレイだが耐える事しか出来ない。かといって、食事をしなければ生きる事は出来ない。
嘗ては人ならば一度は通った道、そう割り切るしかないのだ。
食事をしたら、段々と眠気が俺を襲ってきた。
俺の赤ん坊としての意識が眠ろうとしている。それに対し、前世の記憶を持つ俺も引き摺られる様に、眠くなってくる。
「寝てもいいんですよ、時夜?」
うつらうつら…としているとお母さんがそう語り掛けて、子守り歌を歌い始めた。
それに誘導される様に、俺はその自らの意識を手放した。
0
夢を、夢を見ている。
それはここ最近ずっと見続けている夢。
誰かが、何かが語り掛けてくる様な、そんな夢を。
2
寝る子は育つというけれど、俺もただ赤ん坊として日々を過ごしている訳ではない。
最近は心身共に慣れてきたのか。赤子の意識と身体が眠っても、俺の意識だけが覚醒しているという事がある。
何となくだが、身体から精神が剥離していく様な感覚だ。
ここ数日は神様、ユーミルから授かった神器“心剣創造”の能力を心中で使用するイメージを描き、
剣を精錬する流れを作っている。
そして、最近だが一本の刀剣を心の中で具現出来る様になった。
流石に、赤ん坊が刀剣を取り出すという芸当は他の人間には見せられない。
俺の作り出す事の出来る唯一の刀剣。人の持つ感情の一つである喜。
それを象徴するかの様な一振りの長刀。それを得たのはあの日、この世界に生を受けた時の事だった。
心の内から溢れ出る程の新たな生への歓喜。その歓喜に、身が震え、魂が震えた。
心剣創造で創り出した感情武装は、自身のその時の感情の力に左右される。
心の力が強ければ強い程、強度と力は増し、逆に弱ければ強度と力は弱くなる。
そして、この神器には欠点がある。
自身の心剣が砕かれ、破壊されるという事は、自身の感情が破砕されるという事である。
その場合。傷付いた感情を癒して復元するまでの間、その感情は心の中より失われる。
中々に癖のある神器である為に、使用どころを間違わない様にしなければならない。
それにまだ具現出来る武装は一本の為に、当然ながら禁手化などに至るまでにはいかない。
まぁ、身体を自分で動かせる年頃になってから色々と試してみようと思う。
不意に、意識が急に浮上して行くのを感じ取る。
俺のもう一つの意識と身体が目覚めようとしている様だ。
3
「おっ、起きたか時夜」
柔和な男性の声が聞こえてきた。
いつもの柔らかな腕の感触ではなく、男の筋肉質な腕に抱かれている事に気が付いた。
朧気な瞳を開くと、そこには久しぶりに目にする男性の姿が広がっていた。
男性にしては艶のある、肩まで届く青み掛かった銀髪に。
氷の様な、深海の様に引き込まれる程の蒼穹の瞳。
見た目から入って冷たい印象を受けるが、これまた以外に親バカな俺の父親、倉橋凍夜だ。
視線を左右に動かすが、母親の姿は見えない。
「んっ、お母さんか?今ちょっと出掛けててな、もう少ししたら帰ってくると思うぞ。それまでお父さんと居ような」
俺が思っている事を的確に射抜き、お父さんはそう告げる。
それに伴い、泣き始める俺。
これは俺自身でも止める事は出来ない。俺がなまじ言葉を理解している為。
赤ん坊の意識が事態を理解して母親を求めて、泣いているのだ。
今度はそれに伴い、お父さんが今度はどうしたらいいのかと、おろおろ…とし出す。
「…うわっ、困ったな。時深はまだ帰ってこないだろうし…泣き止んでくれよ時夜」
不器用な慣れない手付きで俺をあやそうとするが、一向に泣き止む事はない。
というか、逆に悪化し始めている気がする。
『ご主人様も、普段の仕事の相手とは打って変わって、時夜様には勝てない様ですね。』
『“絶刀”に同意だな。それに、泣き止まないのは普段から相手をしてやらないからだろう。それに数日ぶりで顔を忘れられている可能性もある』
「仕事の相手とは対応の仕方がまるっきり違うだろう“絶刀”。“継承”それは解ってはいるが、俺も忙しくてなぁ」
『典型的な、家庭を顧みない駄目亭主の様な発言ですね』
「……酷いな、お前ら」
その様子を見守るかの様に、屋敷の豊かな自然が覗く、縁側に立て掛けられた二本の趣向の異なる双剣。
それらの存在が、主である凍夜にしか聞こえぬ声で辛辣に言葉を告げる。
「どうされましたか、凍夜様?」
「…ああ、綺羅か。」
時夜の泣き声に反応して部屋を訪れたのか、そこには袴を纏った“綺羅”と呼ばれた少女が存在していた。
犬耳と尻尾を生やした、犬神と呼ばれる人間ではない種族の少女だ。
その少女は時夜にとっても見慣れた存在であった。時夜は彼女の事を、綺羅お姉ちゃんと称している。
「時夜が泣き止まなくて、どうしたものかとな…」
「…ちょっと失礼してもよろしいですか?」
「…んっ、ああ」
凍夜より優しく時夜を抱き上げて、あやす綺羅。
その手際は何処か手馴れている様に思える。
「よしよし…大丈夫ですよ、時夜様……大丈夫です」
そう綺羅が優しく語り掛けてあやすと、自然と泣き止む時夜。
少女のその顔には優しげな母性が宿っていた。それを感じて、時夜の心を不思議と安堵感が包む。
「……むっ」
「…どうしましたか、凍夜様?」
「いや、父親の俺よりも綺羅の方に懐いている事に、ちょっとショックがな…」
「仕方ありませんよ。凍夜様は普段より武偵としての仕事でこの出雲に殆ど居られませんし、私や母親である時深様、環様に懐くのは当然かと」
「……よし、しばらく仕事を減らそうかなぁ」
意思を決した様に言葉にして、本気でそう考える凍夜。
その会話に耳を傾ける様に、腕の中で聞きに徹する時夜。
今話題に上がった通りに、父である凍夜は武装探偵、通称武偵を生業としている。
戦闘技術やそれに伴うものに秀でており、武偵としてのランクはRランク。
武偵において。
Rランクというのはこの世界規模で今現在、たった四人しかいない。父はその四人の中に属している。
その殆どが、既に人間を辞めた化け物、人外クラス。人外魔境なのだ。
更にお父さんは、複数の永遠神剣の所持者でその中でも一線を駕しているらしい。
これは、そう前に語り聞かせてくれた話だ。
その話を聞いて俺はここが“緋弾のアリア”の世界だと確信した。多少変異しているだろうが、変わりはないだろう。
最初はあの神様の事だから、転生先を間違えたとすら思ったものだ。
そんな風に思考をしていると、暖かな腕の中で安心感に包まれて、眠気がさして来た。
欠伸を噛み殺し、瞳を閉じる。すると、優しく頭を撫でる手の感触を感じた。
「おやすみなさいませ、時夜様」
その暖かく柔らかな声に、俺は意識を手放した。
4
「やっほー!可憐な美少女、ナルカナ様の登場よ」
時夜が眠りに就いた後。和室の扉を開けて、そこに異彩な服装を纏った少女が現れる。
否、少女と言ったがその存在は人には在らず。
現れた黒髪の存在は、永遠神剣第一位『叢雲』の化身。
「…ナルカナか、久しぶりだな。それにしても珍しい、お前が俺の部屋を訪れるなんて」
「ええ、久しぶり凍夜。時夜の顔を見たかったのと、ちょっと気になる事があってね。此処になら居ると思ったのよ」
ナルカナと名乗った少女は、綺羅の腕に眠る時夜の元まで赴き、そう部屋の主である男に答える。
「ふふっ、眠ってる姿も可愛いわね…綺羅、抱っこさせてもらってもいい?」
「はい、落さない様に気を付けて下さいね」
「解ってるわよ。うわ~、相変わらず可愛いわ」
綺羅より時夜を預かり、抱き締めながら女性としてはどうなのか、その破顔させる少女。
黄色い音色をナルカナは上げる。正に天使の様だと、時夜の事をそう比喩ではなく言葉にする。
それには全面的に同意する凍夜であった。親バカと言われ様が、構わない。時夜は確かに可愛いのだ。
「お~い、気持ちは解るが…お前、酷い顔になってるぞ?」
「失礼ね。でもいいじゃない、こんなに可愛いのだもの!」
「確かに可愛いのは解ります、ナルカナ様。ですが、頬擦りをされては時夜様が起きてしまいます」
そう告げて、頬擦りをするナルカナ。そしてそれを咎める綺羅。
女性というのは総じて可愛いものが好きなものらしい、咎めてはいても、綺羅もナルカナ同様、異口同音でそう口にする。
「それで、気になる事って言うのは?」
「ええ、そうね。そっちの方が重要ね…」
そう口にして、壊顔状態から一転。次の瞬間には真剣味を表情になるナルカナ。
「ここ最近、この出雲でほんの僅かにだけれど、上位と思われる永遠神剣の気配を感じるのよ」
そう、それはほんの僅かとも言える力の残滓。
それは同属である自身ですら、見落としてしまう程の微々たるものだ。
「……上位の、“永遠存在か”?」
険しい表情で問う凍夜。それにナルカナは、やんわりと頭を振る。
「その確認をする為に、此処に来たの。……この子よ」
「…時夜様がどうかしたのですか?」
「この子より、ほんの僅かに先程話した永遠神剣が干渉した痕跡があるのよ」
「……時夜に」
そうナルカナは宣言した。……上位の永遠神剣か。
それがどれ程のものか、身を持って知っている為に、下向きな声音で凍夜は呟いた。
5
夢を見ている、それはここ最近見る夢。
誰かが、何かが語り掛けて来る様なそんな夢。
現実に引っかかりがなく、思い出す事の出来ない夢を。
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