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前書き
登場人物表
荒吹雪 駿豊 (24) 大相撲力士・関脇
有馬 雄心(27) 弁護士
長里 麻衣(21) 飲食店アルバイト
洸海 輝由(63)日本相撲協会理事長
双喜山 一郎(50) 日本相撲協会理事
田辺 太 (27) 序二段力士
天紫狼 明宝(24) 横綱
天翔 剣(あまかけるつるぎ)(23) 大相撲幕内力士
箕島 虎雅(たいが)(21)博愛大学医学部
箕島 亮太(56) 福岡県議会議員
高藤 護 (52) 弁護士
有馬 幸三(60) 同
○ 福岡国際センター・土俵
遠巻きの土俵。
場内アナウンス「この取り組みは幕の内優勝決定戦でございます」
観客席。
荒吹雪、天紫狼という声があちこちにあがる。
荒吹雪のM「13勝2敗同士の決定戦。こいつ には本割りで負けた。アマを通して17回目で初めて負けた。次は殺す」
西の仕切り線で仕切る荒吹雪駿豊(24)と東で仕切る天紫狼明宝(24)。
額がつきそうになるぐらい深く仕切る荒吹雪。
天紫狼は睨みをきかせる。
時計係の審判を振り返り頷く行司。
塩を取りに向かう二人。
場内から歓声があがる。
観客A「モンゴルに負けんなよ。細いにいちゃん」
失笑が場内に響く。
吊り天井に向かって二つの塩のアーチがかかる。
行司「ありません。たなし」
軍配を返す行司(62)。
仕切りの動作に移行する二人。
行司「手をついて」
先に両手をつく荒吹雪。
天紫狼がゆっくり手をつく。
行司「はっきょーい」
激しくぶつかり合う二人。
行司「ノコーッツァ、ナカッタ、ナカッタ」
左まえみつをひき頭をつける荒吹雪。
体をのけぞらす天紫狼。
髷を乱しながら出し投げをうつ荒吹雪。
地面に叩きつけられる天紫狼。
行司「勝負あり」
行司の軍配が西を指す。
土俵に落ちた天紫狼のさがりを拾う荒吹雪。
髷にべっとりと砂をつけた天紫狼が荒吹雪の手から下がりを奪う。
○ 土俵
行司「らーふぶきー」
数十本の懸賞金を荒々しく右手で取り花道へ下がっていく荒吹雪。
○ 西花道
悠々と花道奥に下がっていく荒吹雪。
観客の歓声が響き渡る。
西花道側の観客席通路で荒吹雪を見下ろす観客B。
観客B「このあと中洲のふろに行くから一本ちょーだい」
と叫ぶ。
花道奥の巨漢の付き人・田辺太(27)に左手でグータッチをして懸賞を渡す荒吹雪。
観客C「俺もいきたい」
と東花道側観客席から叫ぶ。
○ 東花道
花道奥から出てくる髷を整えた荒吹雪。
観客の拍手と歓声が次第に大きくなる。
観客D「よっ日本一」
○ 東の控え・幕入り階段
階段に荒吹雪の左足が乗る。
○ 土俵・中央
理事長・洸海 輝由(63)が荒吹雪に賜杯を手渡す。
洸海の顔が引きつってる。
割れんばかりの拍手。
複数の口笛。
賜杯を高く上げ、西の二階席にどや顔を見せつける荒吹雪。
○ 土俵下
マイクを持つ男性アナウンサー(50)と荒吹雪が立つ。
アナウンサー「おめでとうございます」
荒吹雪「ありがとうございます」
アナウンサー「見事な相撲でした。得意の左まえみつをひいた瞬間に勝ちを確信され
たのではないですか?」
荒吹雪「うん。でも横綱はそれだけでは勝たせてくれないと思ったのでとにかく早く攻めて攻めて二の矢三の矢ださなきゃと思ったら出し投げくってくれたんでラッキーと思いました」
アナウンサー「そうですか。話は変わりますが、幕下一〇枚目からデビューしてはや
二年。関取、次は大関取りの場所ですが意気込みは」
荒吹雪「大関は横綱になるまでの通過点です。しかし、みなさん強い強い人ばかりなので気を引き締めて江戸に臨みたいです」
○ 博多警察署・取調室
男性刑事(46)に取り調べを受ける荒吹雪。
刑事「田中さん。田中圭三さん。一般人に暴行したんでしょ」
荒吹雪「だから。やってねえって」
○ (回想)中洲界隈(夜)
ソープランドが出てくる荒吹雪と付け人田辺太(27)。
プラスチックの容器に入ってる納豆巻きをパクパクと歩きながら食べる荒吹
雪。
田辺「優勝したから納豆巻って。ふろの娘もしけてんな」
荒吹雪「あーもうないや。田辺さん捨ててきて」
田辺「はい」
と裏路地に容器を捨てに行く。
長里麻衣(21)が箕島虎雅(たいが)(21)と羅池翔(21)に囲まれている。
田辺「関取やばい」
と荒吹雪を呼ぶ。
荒吹雪「なに」
と語気を強める。
渋々裏路地に入る荒吹雪。
荒吹雪「にいちゃんたち何やってんの?」
虎雅「なんだよ。相撲取り。文句あんの?」
と後ろを振り向いて言う。
羅池「おい。デブ殺すぞ」
と若吹雪らを睨む。
田辺「はあ?」
荒吹雪「田辺さんはただのデブだけど俺体脂肪7パーだよ。7パーのデブなんている
か? このばかちんが」
と無い髪をかきあげる仕草。
羅池「うるせえよ」
と言いながらジャンパーのポケットからスタンガンを出す。
田辺「来いよ。こら」
荒吹雪「相撲取るより気合はいってますね」
羅池が田辺に突進する。
田辺「やっぱだめだ」
と荒吹雪のうしろにまわり込む。
荒吹雪「ふざけんな」
とうしろをちらっと見たあと羅池の攻撃をかわす。
荒吹雪のうしろにぴったりつく田辺。
虎雅が荒吹雪に殴りかかる。
虎雅に足をかけ攻撃をかわす荒吹雪。
荒吹雪「帯引っ張らないでよ。こっちいいからあの娘のとこ行って」
田辺「まじ」
荒吹雪「行け行け あの人の隣まで」
田辺「風、風背中をおしてよ」
とChatmonchy - 風吹けば恋を口ずさむ二人。
羅池「チャトモ歌いやがってふざけんなよ」
と荒吹雪に突進する。
羅池の攻撃をかわす荒吹雪。
スタンガンを振り回す羅池。
田辺「あっ」
スタンガンが荒吹雪の帯にかすめる。
荒吹雪「おっ」
田辺「おっ」
荒吹雪は体を痙攣させながら羅池の両手を押さえつける。
田辺「させねえよ」
荒吹雪の後ろから攻撃を加えようとする虎雅。
虎雅を田辺が突き飛ばす。
虎雅は閉まっている店のシャッターで腰を強打する。
羅池を地面に押さえつける荒吹雪。
田辺「関取。帯って電気通すんだね」
荒吹雪はスタンガンを羅池から取り上げる。
荒吹雪「でんじろうもびっくりだ」
羅池が虎雅に駆け寄る。
田辺「あの娘がいない」
荒吹雪「怖くてどっかいっちゃったんだろ」
田辺「あいつらどうしよう?」
荒吹雪「よかた[ 相撲界以外の一般人のことをさす]に手はだせんでしょ」
田辺「そうね」
羅池に肩を借りて虎雅が歩きだす。
虎雅と羅池が荒吹雪らから遠ざかっていく。
羅池「あいつ今日優勝したやつだわ」
虎雅「そりゃ勝てねえわ」
田辺が帯からスマートフォン取り出す。
田辺「スタンガンって高いのかな?」
荒吹雪「ほら」
と田辺にスタンガンを渡す。
田辺「新弟子の矯正道具にちょうどいいな」
と田辺は帯にスタンガンをねじ込む。
荒吹雪「ふろ入ってすこし運動したら腹減ったわ」
田辺「うどんズルっと行きたいね。でもここはくどいラーメンしかないんでそれで我
慢しますか」
とスマートフォンを操作しながら話す。
荒吹雪「あれ、稲庭があるぞ。電気ついてるし」
目線を上に動かす田辺。
田辺「稲庭、いわべえか。中州のオアシス見っけ。うわ高い。3万もする」
とうどん屋の看板からスマートフォンに目を移す。
スマートフォン画面にはスタンガンショップのページが表示される。
○ 博多警察署・取調室
刑事を睨む荒吹雪。
荒吹雪「田辺さんはまだなんですか? 田辺さんが来たら昨日の真実が明らかになり
ます」
刑事「さっき連絡入ったんだが田辺も被害者と同じ証言をしてる。田中さん。弁護士
呼んだ方がいいんじゃない」
目が点になっている荒吹雪。
荒吹雪「今東京からこっちに向かってます」
○ (回想)箕島宅・内(夜)
リビング。
扉が開く。
腰をくの字にして入ってくる虎雅。
虎雅に駆け寄る母・箕島 馨(44)。
馨 「たいちゃん。どうしたの?」
虎雅「相撲取りにやられた。今日優勝したやつに」
馨「腰を打ったの?」
虎雅「見ればわかるでしょ」
馨が慌てた様子でリビングから出る。
ソファーに腰かけテレビを見る父・箕島 亮太(56)。
テレビ画面・ゴルフトーナメントを伝えるスポーツニュース。
箕島「お前またあのチンピラと一緒になって変なことしたのか?」
虎雅「でも、力士が一般人に対しての正当防衛は過剰防衛になるんだろ」
箕島「どうせチンパンジー以下の事やってとめられたんだろ。パパは示談で余計な金使わなくて済むから感謝したいよ荒吹雪に」
馨が湿布薬を手にリビングに戻る。
馨 「そうね」
と湿布薬を虎雅に手渡す。
箕島「だが」
虎雅「だが。なに? あいつに仕返ししてくれるの?」
と湿布薬をテーブルに置く。
箕島「お前の報復じゃない。嫌いなんだ。パパの酌を拒否したんだよ。あいつは」
とテーブルに置いてあるスマートフォンを手に取る。
馨が箕島の隣に座る。
馨 「お酒弱いお相撲さんだっているわよ」
スマートフォンを耳にあてる箕島。
箕島「ああ。もしもし」
○ 福岡サンパレスホテル・スイートルーム(以下随時 カットバック)
高藤護(52)が若い女性とベットに入っている。
高藤「先生。どうしました?」
女性がベットから出て浴室に向かう。
箕島「悪いね。こんな深い時間に」
高藤「いえいえ。それでご用件は?」
とベットから下りて窓の方に向かう。
箕島「荒吹雪という力士知ってますよね?」
箕島が座るソファーの後ろにもたれながら通話を聞く虎雅。
虎雅の表情は明るい。
高藤「もちろんですよ」
箕島「そいつにやられて帰ってきたんですよ。うちのとらが」
テレビ画面を見つめる馨。
テレビ画面には荒吹雪の取り組み。
高藤「虎雅君またしたんですか?レイプ」
箕島「鋭いね。察しの通りなんだけど、相手は大物だ。すこし事を大きくしてほしい
んだよ」
高藤「いやあ厳しいですよ。相手もたぶんそれなりの弁護人つけてくるだろうし」
箕島「だから今頼んでるんだよ。得意の周りから固めるやつやってよ」
高藤「まあリスクはあります。ですけど、協会と本人叩いたらかなりのリターンはあ
りますね」
と窓に映る荒吹雪の幟を見て笑みを浮かべる。
○ 深紅山部屋九州場所宿舎・内(朝)
稽古場上がり座敷。
スポーツ新聞を広げる弁護士・有馬雄心(27)。
スポーツ新聞一面・荒吹雪の暴力事件
記事。
雄心「載ると知ってるとはいえショックはでかいな」
座敷奥から若吹雪があらわれる。
荒吹雪「なんでおたくがショック受けんの?」
雄心「俺達ここからは一心同体なんだよ」
荒吹雪「先生ほんとに大丈夫なの? やっぱっり幸三先生とかわったら」
と座敷にあぐらをかいて座る。
雄心「俺はね二年間アメリカで箔つけてきたんだから。任せてよ。このたぐいなら親
父より知識あるから」
と新聞を畳む。
荒吹雪「知識あるのに今のところフルボッコ だけど」
雄心「相手がやることはやいんだよ。田辺君あっちについてるし。ほんと意味わからん」
○ ウィズザスタイル福岡・大広間
日本相撲協会の記者会見。
理事長・洸海、理事達があらわれる。
洸海ら整列し、お辞儀。
お辞儀時間二〇秒。
頭を小刻みに上下させ数を数える洸海。
洸海らが着席する。
記者A「早速質問します。今朝の関東スポーツさんの荒吹雪関に関する記事の真意に
ついてお尋ねします」
左端の席に座る広報部長・双喜山一郎(50)がマイクを持つ。
双喜山「被害届けが出ているのは事実です。荒吹雪が警察の調べを受けているのも事実です。それから、本人に話を聞いたところ記事の内容を否定してます。それと荒吹雪の付け人が荒吹雪の暴行を認めています」
記者「では記事はおおむね誤りがないということですね」
双喜山「そういことになります」
記者「では処分は」
マイクが洸海に渡る。
洸海「先程処分について協議したところ荒吹雪は解雇処分とします」
記者達のざわめき。
○ (回想)同・会議室
席に着く洸海と理事達。
洸海「こないだの違法カジノの一斉逮捕のすぐあとだし、くびでいいよね?」
双喜山以外の理事「異議なし」
洸海「あいつ理事にも嫌われてんだ。〈自分は至宝です発言〉あれでかなりのファン離れたし、横綱になったところで客は呼べなかった。いいタイミングだよ。あ れっ双喜山さんなんか言いたそうだね」
双喜山「本人が否定してる訳だし。まだ逮捕されてないんですよ。それにある程度お
金を積んだら示談で終わるかもしれません」
スマートフォンをいじったり、談笑し
たりする他の理事たち。
洸海「カジノの時から何を学んだの君は。コンプライアンスを守れないマイ、マイノ
リティーが起こした事件で全協会員が迷惑してるんだ。ズルズル伸ばすべきではない。マジョリティーを守るために、それに明日からは孫と五島に旅行なんだよ」
理事B「マイノリピーに気をつけろ。失礼、切り捨てろ」
小さな失笑が聞こえる。
理事C「睡眠薬とノリピー混ぜるなよ」
と呟く。
理事Cの方を向く理事A。
理事A「親方。睡眠薬ってマイスリーの事だよね。家内がうつになったときちょっと
拝借して飲んだけどぐっすり眠れるね。いや起きたときも眠いんだよね」
理事B「マイスリーは強い薬ですよ。食事に混ぜ込まれないように気をつけてくださ いよ」
理事A「君、うちの家内に失礼だろ」
立ち上がる双喜山。
双喜山「人様の人生、そんなに簡単に決めていいんですか?」
○ 同・大広間
記者達のざわめき。
記者B「早すぎだろ」
記者C「どんだけ嫌われてんだよ」
理事たちが顔を見合わせる。
マイクが双喜山に移動する。
双喜山「以上で会見を終了いたします」
洸海らが立ち、一礼して退場する。
ドアが閉まる。
○ 同・記者席
記者A「まるで力道山だな」
記者B「プロレス転向か」
記者C「いや、あいつならUFCのヘビーのベルト巻けるよ」
○ 深紅山部屋九州場所宿舎・内
荒吹雪が大の字に寝転び、目を瞑る。
座敷の隅で雄心がスマートフォンに耳をあてる。
発信画面に〈父・有馬幸三〉(60)の文字が映る。
雄心「お疲れ様です」
有馬の声「お疲れ様です。じゃねえよ。お前、関取をお疲れ様でしたにしやがっな」
と語気を強くして喋る。
雄心「すいません。スピードについていけなかったです。でも、もう大丈夫です」
有馬の声「何がどう大丈夫なんだよ」
雄心「強姦されそうになった女の子探し出します。あちらはまだ見つけていないよう
なので」
有馬の声「絶対探せよ。死ぬ気で探せよ。それで今関取は?」
雄心「死んでる」
荒吹雪が大の字に寝転び、目を瞑る。
○ 箕島邸・内(夕)
ソファーに腰掛ける箕島、虎雅、田辺
高藤、馨。
寿司をほおばる田辺。
それを見つめる四人。
赤貝をのどに詰まらせる田辺。
箕島「ママ、お茶」
田辺の手元にある湯飲みを田辺の口元に運ぶ馨。
田辺「ごっつあんし」
と湯飲みを持ってお茶を口に流し込む。
田辺「貝はやっぱ噛まないとだめっすね」
馨の尻に手を伸ばす高藤。
虎雅「YES」
と笑みを浮かべる。
湯飲みをテーブルに置く田辺。
高藤「田辺関。ちょっといいか」
高藤が馨の尻を揉む。
田辺「関は十両以上の力士なので」
虎雅「へぇー。パパ知ってた?」
目が泳ぐ箕島。
箕島「常識だろ。そんなのは」
鼻で笑う馨。
高藤「田辺君。当分はここにいてもらう」
田辺「はい」
箕島がソファーの脇に置いたハンドバックから封筒を取り出す。
高藤「箕島さん。お願いします」
と箕島に目を向ける。
箕島「はいこれ」
と封筒を田辺に差し出す。
田辺「ごっつあんです。おお、立ってる」
虎雅が爆笑する。
他の三人はあきれた表情。
箕島「田辺君。とりあえず一本入れといたから」
田辺「はい。これ自分の一年分なんでなんか
緊張しますわ」
箕島「そうかい」
高藤は箕島に目を向ける。
高藤「箕島さん。まだ女の子が見つかりません。どうやらふろの女の子じゃないらし
いです」
寿司を三貫いっぺんに口に入れる田辺。
箕島「それなら相手も見つけれませんよ」
寿司をのどにつまらせる田辺。
自分のお茶を差し出す馨。
爆笑する虎雅。
お茶で流しこむ田辺。
田辺「うにだから大丈夫と思ったのに。のりがひっかかるんだよな」
高藤「感じるんだろ」
と馨の耳元で呟く。
感情を押し殺す馨。
○ 中洲界隈(夜)
数軒の飲食店に聞き込みをする雄心の
様子。
橋の欄干によっかかりながら休憩する
雄心。
スマートフォンに着信。
画面には〈圭三君〉の文字。
荒吹雪の声「お疲れちゃん」
雄心「ほんとに疲れた。そっちもマスコミがゴミのようにいるから疲れてるんじゃな
い」
荒吹雪の声「ドクターX録画したやつ見て気を紛らしてるわ。で、そっちはどう?」
雄心「全然駄目です。やはり爪が短いから飲食店というの無理があるよ」
荒吹雪の声「それだけじゃない小麦の香りもしたんだよ」
雄心「じゃあラーメン屋、イタリアン、うどん屋あたり重点的にやりますわ」
荒吹雪の声「お願いします」
雄心「久しぶりに敬語使ったね」
○ 新宿区中井・コーポイカナ206号室・ 内(夕)
ソファーに寝転び相撲中継を見る荒吹雪の様子。
荒吹雪の髪型はポニーテール。
荒吹雪のM「年が開け一月場所も七日目だ。八時半の前相撲から六時の打ち出しまでネット、テレビで相撲を見る。それが俺にとっては精神安定剤になってる」
インターフォンが鳴る。
荒吹雪「またばれたかもう三回も引っ越したのに」
とインターフォンに駆け寄る荒吹雪。
荒吹雪「はい」
インターフォンの声「僕です。僕々」
荒吹雪「僕々詐欺ですか?」
インターフォンの声「違うわ」
荒吹雪「そういうのいいから若先生。早く来てよ」
インターフォンの声「圭三君がボケたんでしょ?」
荒吹雪「そうだっけ」
○ 同・玄関(夕)
ドアを開ける荒吹雪。
雄心の後ろに長里麻衣が立つ。
雄心「勝手に引っ越す。電話出ない。メールレスポンスない。どういうこと」
荒吹雪「もう示談成立したからいいかなと思って」
雄心「まだ闘おうって約束したじゃん。それにね前のアパートで圭三君待っていたら
警察に連れて行かれたよ」
荒吹雪「それ不法侵入じゃん。合鍵勝手に作るとまあそういうことになるよ。普通は気づくけどね」
雄心「部屋のレイアウトが随分変わったのは気づいたよ。でも女を作ったんだなとしか思わなかった。圭三君を信じてたから」
荒吹雪「気持ち悪いな。信じるってなんだ。心を盲目にすることか」
雄心「そんな怒んなくても」
荒吹雪「でも、そのお気持ちはありがとう。あいしてるよ」
赤面する雄心。
麻衣「あのう」
と雄心を押しのける。
荒吹雪「誰っ。あっデリの子。七時って言ったじゃん。早過ぎるよまだ幕内はじまっ
たばっかだし」
麻衣「最低」
雄心「ほんと最低」
荒吹雪「最低な生活してるけど何か?」
麻衣「イメージと違う。清潔感がゼロ」
と雄心を睨む。
○ 同・内
テレビ画面・相撲中継。
ソファーにすわる雄心、荒吹雪。
部屋を見渡す雄心。
梯子のついてるロフトベット。
カーペットの床にすわる麻衣。
雄心「ロフトの1K好きだよね」
荒吹雪「中学の時から寮でずっと二段ベットだったから落ち着くんだよロフト」
麻衣「ロフトバナシは結構です」
と語気を強める。
雄心と荒吹雪、麻衣の方に目を向ける。
雄心「あっそうだ」
と足元にあるバックから封筒を取り出す。
荒吹雪「なに?」
雄心「ほい」
雄心は荒吹雪に封筒を手渡す。
封筒から紙ペラを取り出す荒吹雪。
荒吹雪「<荒吹雪怒りの聖戦開始>なんじゃこりゃ。俺はいつランボーになった」
と見出しをじっと見つめる。
麻衣「早く読んでください」
記事に目を向け、ちらっと麻衣を見る
荒吹雪。
麻衣が荒吹雪の冤罪を証言する記事。
× × ×
荒吹雪「ああ。あんときの。ほんとにデリ子じゃなかったんだな」
麻衣「この記事撤回できます?」
と雄心に目を移す。
雄心「勘弁してよ」
荒吹雪「これ出たら田辺さんはどうなるんだよ」
雄心「刑事事件にならなかったから偽証罪にはならないけど協会はクビにするだろう
ね」
荒吹雪「あいつらにそそのかされたって事にしてクビは免除されないかな? また一
緒に闘いたい」
麻衣「仲間想いなんですね」
若吹雪「まあ一ヶ月は嫌味、嫉みの言葉攻めはするけどね」
麻衣「性格が顔に比例してません。この人」
○ 箕島宅・リビング(夜)
ソファーに座る箕島と高藤。
箕島「やばいことになりましたね」
高藤「弁護士資格取り上げられるかもしれません」
箕島「策はないの?」
馨がキッチンからお茶を持ってくる。
高藤「万策尽きました」
箕島「尽きましたって。あのデブ連れて来ただけじゃない」
テーブルにお茶を置く馨。
高藤の右隣に離れて座る馨。
高藤「先生。その言い方はないでしょ」
と右手を馨の尻にまわす。
馨 「この不潔」
と高藤にお茶をかける。
高藤「ハッ。何すんだ」
箕島「おしぼり、ママおしぼり」
馨 「ねえよ。ハゲアンドハゲ」
高藤「これだから水商売あがりは」
箕島「私の妻になんて事言うんだ謝れ」
リビングが扉開く。
顔をのぞかせる田辺。
田辺「あのお世話になりました」
田辺に顔を向ける高藤・箕島。
高藤・箕島「うるせえ。デブ」
馨 「ふーちゃんに失礼だろうが」
と振り向いた高藤にお茶をかける。
田辺「ぐっちゃぐちゃ」
顎からお茶が滴る高藤。
箕島「田辺ってかわいいな」
と馨を見る。
馨 「でしょ」
○ 千葉県市川市市川・吉田ハイツ103号室・内
麻衣をおんぶして四股を踏む荒吹雪。
上半身裸の荒吹雪の体からは汗が吹き出している。
テレビ画面は昼の情報番組・荒吹雪の特集。
麻衣「ひゃっ。汗すごいけどなんか楽しくなってきた」
荒吹雪のM「あの記事が出て一気に形成逆転した。箕島は議員辞職。高藤は一年の業務停止。そんで俺は悲劇のヒーローとして連日テレビ、新聞、雑誌に取り上げられている。そして、もまなく相撲協会の俺に関しての会見。たぶん処分取消になる。ちなみに麻衣はあれから俺のとこにいついてる。実家は鹿児島で歌手になるため福岡の音楽専門学校を卒業したが今は月一回の小さいライブハウスでのステージ、あとはうどん屋〈いわべえ〉でバイト。そんな毎日が嫌で実家に帰る日にあの事件に遭った。実家に帰ったあとテレビであの日襲ってきた人物が嘘の証言をしているのを見て恩人の俺を助けることを決意。俺サイドとコンタクトを取るのに時間がかかったが麻衣は俺を救ってくれた。今はお手伝いとしてやとってるのだが態度がでかいし、性交はもちろんボディータッチも駄目だ。正直鹿児島に着払いで送り返したい。あと、田辺さんが行方不明だ。ちゃんと飯食ってんのかなあのデブ。それだけが心配」
麻衣「五百超えたよ」
荒吹雪「会見始まるまでやる」
汗が次々と床に滴り落ちる。
テレビ画面、洸海らが入場してきた。
荒吹雪「音量大きくして」
麻衣「一回おりなきゃ」
荒吹雪「スマホ」
スマートフォンをジーパンのポケット
から出し、タッチ操作する麻衣。
麻衣「はいよ」
麻衣をおんぶして四股を踏む荒吹雪の様子。
音量が大きくなる。
テレビの声「日は、報道各社の皆様方におかれ ましては、大変お忙しいところ、こう して記者会見にお集まりいただき誠にありがとうございます」
麻衣「もうやめたら」
洸海らが着席する。
荒吹雪「解雇取消っていうまで延長です」
麻衣「はいはい」
荒吹雪「返事は一回」
麻衣「はいー」
荒吹雪「伸ばすな」
双喜山がマイクを持つ。
麻衣「ひょろひょろ親方だね」
双喜山がマイクをポンポンと叩く。
荒吹雪「あの人の悪口言うな。俺らの一門の理事だぞ」
○ 東京・両国国技館の地下大広間
双喜山「えー。先ほど緊急理事会で協議した結果。深紅山部屋の荒吹雪の解雇取消は
認めないという結論がでました」
ざわめく記者達。
○ (回想)同・一階会議室
うな重を食べながらの会議。
双喜山の蓋の開いてない重箱を見つめる理事B
理事B「親方、食べんの?」
視線を洸海に向ける双喜山。
双喜山「私は納得いきません。論点すりかえるなんて。もうあいつをいじめるのはや
めましょうよ」
洸海と視線をぶつけ合う双喜山。
理事B「親方、うな重すりかえていいかな?あら聞いてない。よしすりかえよう」
理事Bが双喜山の重箱と自分の重箱をすりかえた。
理事C「うわ、やりやがった」
理事A「いいじゃない食べないんだから」
洸海「同じ一門だからやつを守るのはわかる んだけど、やつを戻したらやつのいいようにやられる。それに回復している社会的信用もまたゼロだ。わかるか。これは嫌がらせじゃない。リスク回避なんだ」
上唇を噛む双喜山。
理事Bがお椀をすりかえる。
理事A「肝吸いはやりすぎだよ。汁ぐらいは飲ませてやんなよ。たくさんしゃべんな
きゃいけないんだから」
○ 吉田ハイツ103号室・内
テレビ画面を見つめる荒吹雪。
背中からスルりと降りる麻衣。
麻衣「ふざけんな。バカ」
と首に巻いていたタオルをテレビに投げつける。
○ 両国国技館・地下大広間
双喜山「ちょっと静かにして。続けられませんよ」
ざわめきが次第におさまっていく。
記者B「理由、理由教えてくださいよ」
双喜山「まず、先日荒吹雪が福岡の大学生へ暴力を振るった事件はその大学生が虚偽の
証言をしたとしてこの事での荒吹雪の処分は撤回しました。しかし、解雇理由がそれだけではなく深紅山部屋、自分の部屋の付け人に数々の暴行を加えうつ症状を発症させた事も理由の一つでした」
記者D「あのう。解雇理由が一つ減ったということで解雇という処分ではなく出場停
止処分が妥当になると思うのですが」
双喜山「力士の本分は自己鍛錬であり激しい 稽古です。ぶちかましによって流血する
こと、張り手で失神状態になることがあります。極め技では骨が折れる事だってある。しかし、稽古場を離れるとルール、日本国の法律を遵守しなければならない。荒吹雪はその線引きを無視した。その行為は立派な暴行罪です。今質問されたあなた」
と記者Dに視線を落とす。
記者Dがその場から立ち上がる。
記者D「はい。なんですか?」
双喜山「あなたの会社で暴行の罪を重ねたらどうなるでしょう?」
記者D「立件されると解雇だと思います」
と着席。
双喜山の両目が充血している。
双喜山「そうですか。本件の場合は被害力士が荒吹雪を気遣い、今のところは届けを出さない意向です。よって協会としましては大関候補の問題児を切り捨て被害力士を守る選択を選びました。以上です」
○ 同・一階会議室
各々がくつろいでいる。
理事C「被害力士が偽証に加担した力士だとばれなくて良かったですね」
理事A「混乱してたんじゃないか。みんな」
窓から記者達が帰るのをのぞく双喜山。
理事Bが双喜山に近づく。
理事B「お疲れ様。親方も嫌いなんでしょ。じゃなかったらあそこまで言えないよ」
双喜山が理事Bを睨む。
双喜山「あいつを小学4年から見てきました。スカウトしてきました。もう甥っ子ですよ。甥っ子を崖から突き落としたんだ。そういうの察してくれません。現役時代、引き技の名人でしたよね」
理事Bが双喜山を睨みつける。
洸海が双喜山に近づく。
双喜山の肩に手をのせる。
洸海「八つ当たりか。若いね。でも年寄りは敬わないと、君には期待してるよ。君頭
いいから次は事業部長やってもらおうかな」
理事A「50でナンバー2か。うらやましい」
○ 吉田ハイツ103号室・内
テレビの電源を消す麻衣。
テレビの前で立ち尽くす荒吹雪。
胸、腕を中心に鳥肌が立っている荒吹雪。
麻衣「一緒にお風呂はいろ。それからHしよ。そのあと晩御飯の買い物に行こ」
と荒吹雪に抱きつく。
○ 行徳駅・駅前通り(夕)
通行人はまばら。
麻衣と手をつなぎ歩く荒吹雪。
麻衣「なんかカップルみたい」
荒吹雪「……」
向こう側から幕内力士・天翔剣(あまかけるつるぎ)(23)が歩いてくる。
麻衣「右に曲がろうよ。肉屋のコロッケ食べたい」
荒吹雪「ご挨拶。ご挨拶だ」
と天翔に歩み寄る。
天翔「お疲れさんでございます」
とお辞儀する。
荒吹雪「敢闘賞と新三役おめでとう」
二人の周囲に人だかりができはじめる。
天翔「ありがとうございます」
荒吹雪「場所終わったばっかだし今日は谷町[ 後援してくれる人]と飯か?」
天翔「いいえ。実家ここなんです」
荒吹雪「そうなんだ。俺も今はここに住んでるんだ」
天翔「光栄ですよ。尊敬してた人が実家の近所に暮らしてるなんて」
失笑する荒吹雪。
荒吹雪「ごめん」
天翔「いえ。あの、人が滞って来たのでそろそろ失礼します」
と頭を下げてその場から立ち去る。
麻衣「あいつ。絶対腹黒い」
荒吹雪「もう過去の人扱いか。おい行くぞ」
と進行方向に歩き出す。
その後を追う麻衣。
○ 有馬法律事務所
雄心が有馬に書類チェックをしてもらっている。
判子を押す有馬。
有馬「これでいいな」
と書類を雄心に渡す。
雄心「すごいぞくそくします。いろんな人の因縁やら怨念が渦巻いているので」
数回深く頷く有馬。
○ 東京地方裁判所・法廷
裁判長席に女性裁判長。
脇に男性裁判官二人。
傍聴席は満席。
荒吹雪サイド有馬・雄心・荒吹雪
日本相撲協会サイド弁護士A(50)・弁護士B(45)・理事A・箕島
すこし落ち着きのない様子の裁判長。
書類手続きの様子。
裁判長からの説明。
荒吹雪のM「一回目はあなたたちは法廷で争うことになりますよという意思確認と次回の争点。争点は解雇はふさわしいものだったか、付き人田辺が荒吹雪に受けた行為は暴行か指導の範囲内か、付き人田辺のうつ症状発症の因果関係だ。それから、驚くことに箕島は協会側の弁護士として出席した。40歳で議員になる前は凄腕法廷弁護士として活躍。九州には龍のような恐ろしい弁護士がいると噂になった程である。協会側は当初、箕島自身からの打診を裁判に不利になるとして断った。しかし、洸海の鶴の一声で起用となった」
○ 有馬法律事務所
打ち合わせをする有馬・雄心・荒吹雪。
荒吹雪のM「第二回、三回とやりとりは平行線をたどった」
雄心「ちょっと。聞いてんのかい」
荒吹雪「聞いてる。聞いてる」
有馬「次、原告尋問なんだからしっかりね。いつもみたいに俺自身が法律だからとか言
ったらアウトよ」
と荒吹雪に顔を近づける。
○ 東京地方裁判所・法廷
箕島から尋問を受ける荒吹雪。
箕島「原告、あなたは相撲の稽古以外で田辺太氏以下田辺氏に手をあげたことがあり
ますか?」
荒吹雪「田辺うじは」
雄心「バカふざけるな」
と雄心が荒吹雪に向けて原告席から小さな声で言う。
荒吹雪は雄心に軽く会釈する。
荒吹雪は視線を正面に戻す。
荒吹雪「田辺氏に暴力をふるったことはございません」
箕島「では田辺氏は嘘をついていて証拠で提出してるあなたに殴られたとしてできた
あざの携帯画像はあなたが殴ったものではないと言うのですね」
荒吹雪「私は田辺氏が掃除をさぼりゲームセンターに行ったことを注意し竹箒で彼の
太ももを叩いたことがあります。たぶんその時の画像なんだと思います」
箕島「叩いたこと、あざを作ったことを認めるんですね。相撲部屋というのは十両以上の力士の地位というのは幕下以下の力士とは雲泥の差、言葉は悪くなりますが奴隷と雇い主の関係に似ています」
女性裁判長が首をかしげる。
裁判長「そうなのですか原告?」
荒吹雪「そこまでではありませんが指導をする立場なので平等とはいきませんね」
裁判長「そうですか。弁護人続けて」
箕島「平等ではない」
と傍聴席を見渡し、視線を荒吹雪に戻した。
箕島「平等ではないもの、嫌とは言えない弱い立場のものに対して箒であざをつくる程
に強く叩くこれは暴行または傷害ですよ。指導ではない」
有馬「裁判長」
裁判長「なんですか?原告弁護人」
有馬「先ほど、被告側は稽古以外で手をあげたとおっしゃいましたね。では稽古の時手
をあげることは問題にしないという解釈でよろしいのですか?」
箕島「まあ、稽古時は度が過ぎないもの意外は指導として認められるという解釈をし
ています」
有馬「そうですね。日本相撲協会では幕下以下の力士というのは二十歳を過ぎても一
人前と認められません。結婚もできないそうです。これはどうしてですか」
あきれた表情の箕島。
箕島「十両昇進までは修行とい解釈であるからですよ。修行の身で子供いたらまずいでしょ」
有馬「修行、いい言葉です。修行というのは起きてから寝るまでが修行です。もちろんそうじもです。その修行の時間にサボり叩かれるこれは稽古時同様認められますね」
箕島「でも原告の場合はやり過ぎでしょ」
と目をきょろきょろさせる。
○ 焼き肉屋
肉をほおばる雄心、荒吹雪。
日本酒をグラスで飲む有馬。
肉と野菜を焼く麻衣。
麻衣「若先生椎茸とってよ」
雄心「間に合ってます。でも、よかったよかった。乗り切りましたな」
荒吹雪「余力残した感じするな。あのハゲ。次の尋問は田辺だからそれにかけてるよき
っと」
有馬「鋭いね。雄心バッチあげろ」
荒吹雪「ごっつあんし」
と隣に座る雄心のジャケットの左襟から弁護士バッチを外そうとする。
雄心「やめてよ。父さん。圭三君に獲物あげちゃだめ。動物、アニマルなんだから麻衣
ちゃんみたく食べられるよ」
麻衣「わたしは食べられてません。食べさせてあげたの」
と雄心のさらに椎茸を3個いれる。
荒吹雪「いうなって言ったろバカ。」
と雄心を睨む。
雄心「ごめん。うわっ」
とおもむろに椎茸を口に入れる。
○ パキスタン料理屋
箕島、馨、田辺、虎雅がカウンター席で食事をする。
ナンとカレーを食べる田辺の様子。
虎雅「ナンの上にタンドリーチキンのせてからのカレーかけて端から巻く。それを口
につっこむ、つっこむ、つっこむ。そして、つまらせる」
むせる田辺。
水を差し出す馨。
箕島「とら、おもしろいけどやめなさい」
水を口に流し込む田辺。
馨 「ターメリックライスも食べてね」
田辺「ごっつあんし」
虎雅「ねえ。ふー君はまだ力士なの?」
箕島「あたりまえだろ。今は休戦中だ」
馨 「裁判終わったらいなくなるのか寂しいね」
虎雅「ふー君来てからうちが明るくなったよ」
カウンターの下で手をつなぐ馨と田辺。
馨 「そうね。たいちゃんはレイプしなくなったしパパは悪い事しなくなった。いい事尽くめ」
ジョッキに入ったビールを飲む干す箕島。
顔を赤くする箕島と田辺。
カウンター下に目をやる虎雅。
箕島「ふー君。明日は頼むぞ」
○ 東京地方裁判所・法廷
証人席につく田辺。
女性裁判長が田辺に目線を合わせる。
裁判長「田辺さん。あなたに二三聞きたい事があります」
田辺「はい」
裁判長「まず体調はいかがですか?」
田辺「体調はいいです」
裁判長「そうですか。では、次です。あなたは原告と同じ釜の飯を食べた仲であり原
告を前にしてしゃべりにくい質問があると思いますが正直に答えてくださいね」
田辺「はい」
裁判長「最後にマスコミに取り上げられたことなのですが原告、田中圭三が起こして
もいない事件を作り上げることに加担したと書かれていましたがあれは本当ですか?」
田辺「加担はしてません。あの時私はお酒を飲んでいて田中うじ田中氏が女性を助け
ているのを暴行したと勘違いして証言してしまいました。田中氏には大変申し訳ないと思ってます」
裁判長「本日は真実だけをおっしゃってくださいね」
田辺を睨む原告席の荒吹雪。
田辺「はい」
裁判長「では原告弁護人お願いします」
雄心が立ち上がる。
雄心「はい。それでは始めます。田辺さんあなたうそついてますね」
立ち上がる箕島。
箕島「何言ってんだ。いきなり。裁判長注意して下さいよ」
と裁判長に詰め寄る。
ざわつく傍聴席。
裁判長「まあ、まあ戻ってください。傍聴者も静粛に。原告弁護人続けてください」
他の弁護士に連れられも席に戻る箕島。
雄心「田辺さん。これ聞いてください」
雄心はポケットからICレコーダーを取り出した。
箕島「申請してなでしょ。そんなの」
裁判長「開廷ギリギリでしたが申請は受け付けました。サインされましたよね」
弁護士Bに目を向ける。
箕島「お前何で言わないんだ」
と隣にいる弁護士Aを押しのけて弁護
士Bのむなぐらをつかむ。
裁判長「箕島弁護人退場を命じます」
法廷をあとにする箕島。
原告側を睨む箕島。
雄心「ここには洸海理事長、箕島弁護士、田辺さん、田辺さんの診断書を書いた医師
の声が収められています。ではどうぞ」
と再生ボタンを押した。
医師の声「はい。書きましたよ」
箕島の声「今日から君は統合失調症だからね」
洸海の声「あなたに頼んでよかった。他の弁護士にはここまでやる度胸がないから」
箕島の声「ありがとうございます」
田辺の声「お医者さんのペンって怖いです。かかってない病気を処方するんだから」
雄心がICレコーダーをとめる。
ざわめく傍聴席。
お互いの顔を見合わせる裁判官達。
落胆する様子の被告サイド。
テーブルの下で握手する有馬と荒吹雪。
すっきりとした表情の田辺。
荒吹雪のM「このあと、裁判長は静粛を促すも傍聴席のざわめきをしばらくはとめられ
なかった。そして、協会側が証拠提出していた診断書は無効。裁判が打ち切れ和解協議へと移行することになった」
○ 北品川 メゾンみほ3号室・内(夜)
ロフトのベットに入り抱き合う荒吹雪と麻衣。
荒吹雪「攻めと守りのセミダブルいかせるわれら相撲道」
日本相撲協会錬成歌の替え歌を口ずさむ荒吹雪。
麻衣「ここセミダブルじゃないしね。それにもう戻れるんだからそんなの唄っちゃだ
め」
荒吹雪「腐った団体の替え歌ぐらい唄わせろよ」
インターフォンが鳴る。
○ 同・外
SE・セミの鳴き声。
外で待つ田辺。
ドアが開く。
荒吹雪「あっ裏切り者だ」
田辺「どうも、裏切り者です。殴る?」
荒吹雪「田辺さん。殴ってもいたくないでしょデブだから」
田辺「そうだね」
笑みを浮かべる荒吹雪。
それを見て笑みを浮かべる田辺。
荒吹雪「今日のレコーダー田辺さんでしょ?」
田辺「俺っていうより箕島の奥さん。馨姫が開廷ギリギリにバイク便経由で渡したんだ」
荒吹雪「姫。姫っておばさんでしょ。いつからロリータ卒業した。時間の経過ってこええなあ」
田辺「まあそれはおいといて、これ返すよ」
と半ズボンポケットから封筒を出す。
荒吹雪「何それ慰謝料?」
田辺「母さんが倒れた時借りたやつ」
荒吹雪「あげるって言ったじゃん。田辺ママに」
田辺「そうなんだんけど。俺力士辞めるからけじめとして返すわ」
荒吹雪「だからそれはママの金なの。しまって」
ポケットに封筒をゆっくり戻す田辺。
荒吹雪「それから、辞めんな。俺の空気清浄機になってよ。相撲場はいろんな意味で
きたねえからさ」
田辺「関取と協会裏切っといて力士続ける義理はないよ。それに川崎くんだりで姫と
元レイプ魔の息子とでスナックやるんだ」
荒吹雪「まじかよ。骨の髄まで熟専になっちまったのか。ロリータ同盟まで裏切るのかよ」
麻衣が部屋から玄関口に来る。
麻衣「そこつこっむなよ」
田辺「あの時のロリータ。関取、抜け目ないね」
と麻衣を指差す。
麻衣を見る荒吹雪。
田辺を睨む麻衣。
○ 国技館・地下大広間
理事長選挙。
候補者演説の様子。
投票権のある全年寄と力士代表、立行司が席についている。
荒吹雪のM「協会との和解が成立した。和解は俺の行き過ぎた指導も加味した上で東
十両筆頭での復帰。それと解雇は行き過ぎたものとして1000万の慰謝料を協会側が支払う事で片がついた。一年の長い闘いだった。それから、俺の師匠・深紅山が裁判中に定年を迎えたので一門の理事である双喜山の双喜山部屋移籍することになった。そんで今は理事長更迭に伴い理事長になるための相撲の真っ最中だ」
理事Aの演説が終わり、双喜山が壇上にあがり一礼をする。
双喜山「皆様、お疲れさんでございます。立候補者の双喜山です。えー。私は本来で
あれば立候補できる立場ではありません。理事長というのは大関、横綱だった人がなるもです。どこにも書いてありませが」
有権者席から失笑が沸く。
双喜山「随分前に一度私と同じ前頭筆頭の方がなにかの間違いで理事長になられたみ
たいです。なぜこんな事を言うかのかというと私はこの前頭筆頭という現役時代の成績がネックになり理事長選に出るお墨付きを一門からいただけませんでした。負けたら一門を破門になり独立しなければならないみたいです」
双喜山の対抗馬・理事Aの表情が凍りつく。
双喜山「タブーを言ってしまいました。もうあとには引けません。引きませんよ私 は。では、本題に入ります」
凍りついた空気を察知し有権者席・前列の理事Bが目を覚ます。
理事C「おはようございます。その前によく寝れますね。この空気で」
と隣に座る理事Bに呟く。
額の汗がライトで輝く双喜山。
双喜山「この協会。まあ臭い。カビが生えてる。私はここを喚起しますそうじをしま
す」
会場脇の選挙管理委員会席の年寄達が顔を見合わせる。
双喜山「原因は国技のプライドです。大昔から将軍、大名お抱えのこの相撲という文
化またはスポーツ。長い時間の中でいつのまにか国技になり、そして日本相撲協会が誕生しました」
選挙管理委員会席の年寄達が立ち上がる。
双喜山「まだあるんで着席願います。続けます。日本の国技なのをいいことに。しか
し、実際はお国の正式なお墨付きはないのですが。国や国営放送におねだりばかりしてきました。そうして育ったこの協会。馬鹿ばっかです。前の理事長が違法カジノの力士一斉逮捕時の会見でこうおっしゃってました。〈国技を守る〉守るって守ったのは自分のイスです。屋台骨を支える力士を切り捨てただけです」
選挙管理委員会席の年寄達が壇上に上がってくる。
双喜山「それ以上近づくな。続けます。ついこないだ私の弟子になった荒吹雪も同じ
ようなことをされました。トカゲの尻尾切りはもうおわりです。私達がアクションを起こしてこの協会を動かさないと潰れるぞ」
後方の若手親方達がまたきをせず真剣に聞く。
前列の理事B、理事Cはまわりをきょろきょろと見渡す。
双喜山「潰したくない。潰さない。その想いがある人は今錬成歌をうたいましょう」
後方の数十名の親方達が立ち上がる。
双喜山・数十名の親方達「肌も凍てつく寒稽古、夏にはまわしに玉の汗、初心の大志
一筋に鍛える我等、生きるは我等相撲道」
後方から拍手が響き渡る。
双喜山「私には協会員全員を乗せた少々重い船の舵を取る覚悟がある。私に命を預け
たい人は双喜山と書いてください。お願いいたします」
と深々と頭をさげる。
○ 国技館・出口前
マイクを持つ女性アナウンサーが立つ。
女子アナ「こちら出口前の近藤です。只今、情報が入り、僅差で双喜山親方が理事長
になりました」
○ 報道番組のスタジオ
キャスター席の女性。
キャスター「双喜山理事長は協会内部の刷新が急務となります。頑張っていただきた
い。それではCMです」
○ 屋外土俵
T・一年後
桟敷席の客。
土俵上、泥だらけの荒吹雪に天翔が胸を出す様子。
荒吹雪のM「復帰した俺は負け越し勝ち越しを繰り返し、幕内下位の番付にとどまっ
ている。すぐに上位に戻ってまた優勝かっさらうつもりだったが人生そんなにあまくはない。今は巡業で横綱になったばっかの天翔にかわいがられている。情けないがもうすぐパパだし頑張ります」
土俵で倒れ、横綱・天紫狼にバケツで水をかけられる荒吹雪。
双喜山が土俵下のパイプイス席に腕を組んで腰掛ける。
その後方の席に妊娠中の麻衣。
双喜山「ほらあ、押さんか。でれっとすな」
〈fin〉
後書き
相撲は押せば押せ 引かば押せ押せ 近場押せの精神をぼくに教えてくれました。
この精神で真摯に相撲に向き合ってないから日本相撲協会は変な方向にいってしまった。
日本相撲協会よ。
もういちどここに原点回帰せよ。
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