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思い出は共に

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第二章

「海のあちこちを進んだんだよ」
「海のあちこちを?」
「東から西に。雨も嵐も津波も越えて」
 このこともだ、イアソンは懐かしい目で話すのだった。
「多くの英雄達と一緒に乗り越えていったんだよ」
「凄い船だったんだね」
「そうさ、金色の羊の毛を手に入れて二つの打ち合う岩も越えて」
「そんな岩もあるんだ」
「海にはな。色々な怪物もいたけれど全て退けて倒して」
 その冒険のことも話す。
「魔女とも巡り合いね」
「色々あったんだね」
「あったさ。遠い昔はね」
「それでどうして今はここにあるのかな」
 ヘライトクレスはその多くの冒険を経てきた船を見上げた、そのうえでイアソンに対して問うた。
「こんな寂しい岸辺に」
「航海が終わったからだよ」
 イアソンはこのことは寂しい顔で答えた。
「だからだよ」
「それでなんだ」
「はじまることは絶対に終わるんだよ」
 イアソンは言う。
「そして集まった仲間も」
「皆も?」
「別れてしまうんだ」
 最後はだ、そうなってしまうというのだ。
「誰もが」
「そうなんだ」
「永遠のものなんてないんだ」
 イアソンはこうも言った。
「絶対に」
「それでこの船は航海も終わって」
「そうさ、乗る英雄達もいなくなったからな」
 誰もだ、一人もだというのだ。913
「もうこの船はずっとここにあるんだ」
「港にもいないんだ」
「海にでなくなった船は港にいても仕方ないさ」
 イアソンは遠いものを見る悲しい目でヘライトクレスに語った。
「そうなっては」
「そうなの」
「そうさ、港は海に出る船の為の場所だからな」
 河や湖でも同じだ、とにかく港は動く船の為のものだというのだ。だからもう海にも川にも出ることのないこの船はというのだ。
「ここにいるだけだ」
「そうなんだね」
「そうさ、そういうものだよ」
 今も遠くを見る目で語る。
「船は。そして」
「そして?」
「もうこの船も」
 イアソンは船の方にも顔を向けた、そのうえでの言葉だった。
「終わりだろうな」
「今にも壊れそうだよ」
「そう、そして私もな」
「お爺さんも?」
「ずっと病を得ていた」
 見れば顔色も悪い、痩せ方も尋常なものではない。
 その顔でだ、こうも言ったのだ。
「その病のせいで」
「お爺さんもなの」
「ああ、そうなるな」
 こうヘライトクレスに語る。
「だからここに来た」
「ううん、よくわからないけれど」
 ヘライトクレスはイアソンの言葉がわからず首を捻る、そして。
 イアソンの顔を見てだ、こう言ったのだった。
「お爺さんは今ここに来たかったんだ」
「そうだよ」
 その通りだとだ、イアソンは痩せて年老いた顔で答えた。
「その通りだよ」
「そうなの」
「さて、夜になるか今すぐか」
 イアソンの言葉は達観したものだった、そしてその達観した感じの言葉で。
 静かにだ、こうへライトクレスに言った。
「あんたはここから離れるんだ」
「危ないからだね」
「ああ、本当に何時船が崩れるかわからないからな」
 だからだというのだ。 
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