蕎麦兄弟
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第三章
「明治九年だったでしょうか」
「それはまた随分古いな」
「代々ここにありまして」
「建物もその頃のままかい?」
「いえ、空襲で一回焼けています」
大阪大空襲だ、これまた歴史を感じさせる話である。
「けれどそこからです」
「ずっとこの店かい」
「戦前から」
「はい、もういい加減ガタがきてますけれどね」
苦笑いだがそこには懐かしい思い出が含まれていた、義国はそれを強く噛み締めながら彼の店の客達に話していく。
「味は確かですよ」
「親父さん以上のか」
「凄いんだな」
「そうです、話をするより実際に食べてみるべき」
百聞は一見に然ずの別のパターンの言葉である。
「そういうことですから」
「よし、じゃあ今からな」
「中に入って」
「この時間なら空いてますから」
義国は客達にこのことも話した、そしてだった。
彼が店の扉を開けた、そうして中に入ると。
義国の店と似た感じだが彼の店よりも遥かに古さを感じさせる店の中だった、夜なので強い灯りに照らされている。
その店の中に入ってだ、彼はすぐにこう言った。
「お兄ちゃんいるかな」
「何だ御前か」
すぐに店の入口から見て左手にあるカウンターの中から声がした、、そこにいたのは。
厳しい顔に太い眉、目の光は強い。その目はやや長方形になっている。顔の皺は深い。
黒髪は白いものがなく豊かだ。蕎麦打ちの服を着ている。
体格は一七八程度であり均整の取れた体格をしている、その彼が義国を見て低いハスキーと言っていい声で言ってきたのだ。
「もう少ししたら閉めようと思ってたんだがな」
「ちょっといいかな」
「客としてか?」
「うん、うちの店のお客さん達と一緒に来たんだ」
義国はカウンターの中の彼に対して話していく。
「それでだけれど」
「ああ、じゃあ座れ」
彼は自分の前のカウンターの席を指差して言った。
「お客さんはもういないしな」
「この時間はね」
「もう少ししたら閉店時間だぞ」
しかももう夜だ、オフィス街では人が少なくなる時間だ。
「それは御前もわかってるだろ」
「そうだよ、だからこの時間にしたってこともあるから」
無論それだけが理由ではない、彼の客達の勤務時間も考えてだ。
「だからね」
「わかってるな、じゃあな」
「今からね」
こうしたやり取りをしてだ、そしてだった。
義国は客達と共にカウンターに座った、そうして義国は彼の客達にこう尋ねた。
「何を頼まれますか?」
「そうだな、ざるそばにな」
「あとかけそばかな」
その二つだというのだ。
「ここはね、蕎麦の味を味わいたいから」
「その二つにするよ」
冷たい蕎麦と温かい蕎麦の両方を味わってそのうえで確かめるというのだ。
「ここはな」
「そうさせてもらおうか」
「はい、それでは僕も」
義国も客達の言葉を受けて頷いた、そして彼の兄にこう言った。
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