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蕎麦兄弟

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第一章

             蕎麦兄弟
 その店ではいつも店頭で蕎麦打ちを披露している。
 その店頭ではいつも大柄でプロレスラーの様な男が蕎麦を打っている、店の客達は彼が打った手打ちの蕎麦を食べてこう言うのだった。
「美味しいよな、この蕎麦」
「ああ、手打ちだけはあるよな」
「味だけじゃなくてな」
 何といってもだった。
「コシが違うよな」
「ああ、凄いコシだよ」
 そのコシの凄さがこの店の蕎麦の最大の売りだった。
「やっぱり蕎麦って力か」
「そうだろうな、蕎麦打ちにはな」
「やっぱり力だよ」
「全くだよな」
 こう話すのだった、、誰もが蕎麦打ちは力だと思っていた。それでだった。
 常連の客達が店のカウンターでその蕎麦を打っている彼、古田義国にこう言うのだった。
「親父、やっぱり蕎麦は力だよな」
「蕎麦打ちはそれだよな」
「親父の力があってこそあの蕎麦になるんだよな」
「そうだよな」
 こう彼に言う、だがだった。
 義国はその彼等に苦笑いを見せた、そのうえでこう言った。
「いや、それがですね」
「それが?」
「それがっていうと?」
「違うんですよ」
 苦笑いと共の言葉である。
「蕎麦打ちっていうのは」
「ああ、つゆだね」
 客の一人がすぐに察した様に言った。
「この店はつゆもいいからね」
「上方のつゆだよな」
 別の客も笑顔で言う。
「昆布に鰹にな」
「そうそう、あのつゆがいいんだよ」
「つゆも大事だよな」
「蕎麦にはな」
「いや、つゆも大事ですけれどね」
 義国は蕎麦にはつゆも必要だということはその通りだと言った、だがだった。
「今は蕎麦の話でして」
「じゃあ薬味でもないのかい?」
「それでも」
「はい、蕎麦ですけれど」
 あくまでその蕎麦打ちの話だった、彼が今話すのは。
「これは力じゃないんですよね」
「けっ、けれど親父は物凄く大きくてな」
「しかも力が強いだろ」
 義国の二メートルはある巨大な身体を見ての言葉だ、筋骨隆々で体重も百二十キロは優にある感じである。
 その巨体を見てだ、彼等は言うのだ。
「その力で打つんだろ」
「違うのかい?」
「はい、それは違うんですよ」
 義国は苦笑いと共にまた言った。
「力よりも技なんです」
「技?」
「技なのかい」
「そうなんです、蕎麦打ちは技なんです」
 そちらが重要だというのだ。
「よくお兄ちゃんにも言われています」
「へえ、あんたお兄さんがいるのか」
「そうなんだな」
 客達は彼の今の言葉に目を少し見開いて応えた。
「それそのお兄さんがか」
「あんたに言うのかい」
「実はこの店暖簾分けなんですよ」
 義国は客達にこのことも話した、和風の店の中に今いるのは彼等だけだ、まだ昼になっていない開店前なので客達はまだ少ないのだ。
 それでだ、彼等の注文を受けてざる蕎麦を出して食べてもらいながら話しているのだ。
「お兄ちゃんの方が本家で」
「ああ、それであんたは暖簾分けで自分のお店を出して」
「それでここにいるんだね」
「そうなんです、お兄ちゃんは凄くね」
 大柄な身体に似合わない表現を使いながら話していく。 
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