木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
シノ
【 ザク・アブミ
VS
あぶらめ シノ 】
「ここで戦うなら、お前は再起不能になる。棄権しろ」
静かに淡々と、シノはそう勧告した。暗に、もし戦うなら俺はお前を再起不能にしてやると宣言しながら。ザクはその言葉に一瞬ムッとしたかのような、もしくはシノの静かな気迫に押されたかのような顔つきになった。しかし直ぐに彼はまたあの不敵な笑みを取り戻して、片腕を動かした。
「へっ、どうにかこっちだけは動くからなあ……!」
左腕を引き抜く。黙ったままなんの反応も見せないシノの方へと駆け去っていきながら、ザクは叫んだ。
「てめえなんざ、片腕で十分だ!」
拳が飛んでくる。すっとシノは右腕を持ち上げてザクの左腕をガードした。そして静かに、ごく冷静に告げる。
「片腕だけじゃ、俺には勝てない」
「一々うるっせえんだよ!!」
強がっているようには聞えないし、自惚れているようにも聞えない。ただ静かに淡々と、事実だけを述べる声だ。それはザクの神経を逆なでするには十分すぎるほどで、案の定早くもキレかかったザクが吼える。その手に穿たれた穴から空気圧が放たれ始めた。まるで片腕でも負けはしないということを、一刻も早く示したくてたまらないとでもいうかのように。
「くらいやがれ、斬空波!!」
爆風が起こり、シノの体が地面を転がる。キバ、ヒナタ、ナルトが驚きに目を見開いた。地面に倒れたシノの体から砂埃が上がっている。マナはめんどくさそうにがしがしと頭を掻いた。
「片腕でも威力抜群、ってかぁ? シカマルじゃねーけどめんどくせーなー、サスケもやんならてってーてきにやれっての」
「ほら、立てよ」
ザクがもくもくと立つ埃の中に向かって挑発的な言葉を投げかける。そしてまるでその言葉に応えるかのように、もくもくと立つ埃の中、黒い影がむっくりと起き上がった。――シノだ。
「な、なんだ……?」
ザクが戸惑いと不安を感じたのは、あんなに至近距離で爆風を受けてもまだシノが立ち上がれるからではない。そしてザクの感じた戸惑いと不安は、他の者たちも感じているものだった。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
それは何か得体の知れない音。その音を発している「もの」を使って常々シノを脅してきたマナには、それが何なのか直ぐにピンと来た。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
ザクが警戒した目付きであたりを見回した。サクラとナルトも不安げな顔であたりを見回し、キンとドスもまた、その音源を突き当てようと首を回す。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
不意に、その音源に気付いたザクが目を見開く。自分の正面にいる相手の顔を、服を、何か黒くて小さな蟲が這っていた。見ればシノの頬にはちょうどそれらの蟲が通れるくらいの小さな穴が開いている。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
その蟲は、奇壊蟲と呼ばれるそれは、シノの皮膚を穿ち、体内から溢れているのだ。気味が悪いと、本能的に思った。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
「どんなハッタリかまそうってんだ? ――ッ!?」
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
気付く。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
この音、シノの体から溢れてるものだけじゃない。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
振り返る。
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
そしてそこにいたのは、大量の奇壊蟲だった。胡麻を一面ばら撒いたかのように、床には大量の奇壊蟲が這っている。黒い点が幾つもこちらに向かってきていた。チキチキチキと、不気味な鳴き声を角笛の代わりに、蟲の大軍が行進してくる。どよめく黒は落ち着いていて、術者のシノを思わせた。
「こいつらは奇壊蟲と言って、集団で獲物を襲い、チャクラを食らう。――これだけの数で襲い掛かられれば、お前は間違いなく再起不能になる」
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
悔しそうに歯軋りしながら振り返ったザクに、シノは尚も淡々と告げる。
「嫌ならギブアップしろ。それが得策だ。……もし、左手の術を俺に使えば、それと同時に、背後から蟲に隙をつかせる。逆に術を蟲に使えば、それと同時に、俺が隙をつく。いずれにしてもお前は、ここを突破できない」
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
蟲の鳴き声が迫る。シノの両手が印を組んだ。
「――奥の手は、取っておくものだ」
――チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ
それはまるで、静かに勝利を宣言しているかのようで。
ギリッと、ザクの口内でその歯が音を立てた。
ずっと前、ザクは独りだった。
親も、家も、何もなかった。生きる為に、スリをするか、万引きするか、奪うか、盗むか、それくらいしか手段は残されていなかった。だからその日もザクは、食べ物を得る為に、近くのパン屋に入って、そして客のパンを奪って逃げ出したのだ。
――こらァア!――
――待ちやがれェエ!――
客と店主の怒鳴り声がザクの後を追う。子供の自分の足と大人の彼等の足ではあまりに差が大きすぎた。なんとか逃げ切って撒いてしまわないと、また腹を空かすことになる。でも、その足音はどんどんと迫ってきていた――丁度今聞える奇壊蟲の鳴き声同様に。怖くて、不安で、ただただ必死に走っていた。
丁度見えた曲がり角を曲がる。途端視界に飛び込んできたのは大きな壁、つまり行き止まり。黙して静かでありながらザクの進路を塞ごうとするそれは丁度シノに似ていてもいた。
――っやべえ、……!――
振り返った先に二人の男が仁王立ちしていた。恐怖と絶望に足が竦む。一歩後に下がれば、彼等は一歩前進した。二人の顔に冷徹な笑みが浮ぶ。
――あ、あ、あ、……うあぁああああああああ!!――
夕暮れの町にザクの絶叫が響き渡る。殴られ蹴られ、暴行を加えた後に彼等は去っていった。全身が痛む。悔しさと痛みに涙が滲んだ。そしてそれを、一人の男が見ていた。
親も家もなく路頭に迷うザクの窮状を察したか、それとも情けを垂れてやったつもりか、必死で守ろうとしたたった一つのパンだけは、取らずに残してくれた。あんな奴等に情けを垂れられたことと、そして結局ぼこぼこにされての対価がパン一つという結果に、悔しさと情けない、という気持ちがこみ上げてくる。やがてそれはふつふつと滾るような怒りにかわり、ザクは力任せにパンを引き千切り、がつがつと貪り始めた。
食べ終える。まだまだそれは、自分の飢えを満たすには足りなかった。涙の滲む目で前を睨みつける。無力な掌を握り締めて立ち上がった。
憎しみに目をぎらつかせながら、ねぐらとしている場所へ向かう途中、不意に声が聞えた。
――見込みあるわね――
口調は女のものだが、その声は明らかに男性のものだ。咄嗟に振り返るもそこには誰もいない。幻聴かと、半ば落胆したようなそして呆れたような気持ちで振り返れば、眼の前に黒い長髪の男が立っていた。
――っ!――
何時の間に現れたのだろう。漠然とした恐怖に襲われながら男を見上げる。男は銀杏の葉っぱのような色の浴衣を纏ってそこに立っていた。沈みかけた夕陽を背にして立っている。爬虫類めいた瞳がこちらを見つめた。
――さっきの君、気に入ったわ――
その言葉で、ザクの恐怖を期待に似た何かが取ってかわった。吸い寄せられるように、一歩近づく。
――私のところにくれば、強くなれるわよ――
そう言って、大蛇丸は長い黒髪を翻して歩き出した。ついてらっしゃい、とその声が告げる。どうしていいのかわからずに、ザクは数秒の間立ちすくんでいた。脳裏で大蛇丸の言葉がリピートする。強くなれるわよという声が脳裏で囁き、誘う。
そしてザクは心を決めると、走り出した。銀杏色の浴衣の背を追いかける。
脳では依然、大蛇丸の囁きがリピートしていた。
大蛇丸は、ザクにとっては恩人なのだ。彼はザクの手に風穴を穿ち、そしてザクはその力を使って、大蛇丸の為に修行して、大蛇丸の為に戦って、大蛇丸の為に人を殺したのだ。彼は一度死の森でサスケ暗殺に失敗している。これ以上失態を晒すわけには、いかない。
左腕を勢いよくシノに向ける。
「俺を、嘗めるなァアア!」
そしてザクは、三角巾で吊り下げていた右腕を破竹の勢いで伸ばすと、それを背後から迫る虫の大群に向けた。シノが僅かながら驚きを示す。長い間開いていないためか固まってしまっていた拳をこじ開けた。
「奥の手は……取っておくものだよなァ、あ゛あ!?」
チャクラを貯めて、そしてそれを勢いよく放出した。
「ああああああああああああああ!!」
しかし空気圧は、シノにも蟲にも影響を及ぼさなかった。両腕の真ん中からチャクラが吹き出て、片腕が吹っ飛ぶ。凄まじい激痛と、理解の追いつかない脳。
「ぐぁああああああ! 腕がァああああ!」
それはグロテスクな光景だった。ドスやキン、そしてシノと同チームのキバと担当上忍の紅もが大きく目を見開く。だらりと両腕が垂れ下がった。苦痛に悶えながら両掌を見れば、数匹の奇壊蟲が掌の風穴を塞いでいた。
「な、なんだと……!?」
「さっきお前にギブアップを薦めた時、念のため蟲たちにこう暗示しておいた」
素早く自分の背後に回りこんだシノが、淡々と告げる。
「あの厄介な風穴を、お前たちの体で塞ぎ、じっとしていろと。――真の奥の手とは、こういうことだ」
もともと負けん気の強いザクは、それでもまだギブアップしようとはしなかった。素早く振り返って頭突きを食らわせようとするも、動きはシノの方が早い。あっさりと両腕の使えないザクを殴り倒す。
「な、なんですかあいつは……! ネジ」
リーの視線と言葉には何の反応も示さず、ネジはシノが見えやすい位置に移動すると、白眼を発動させた。その目が驚愕に見開かれる。
「恐ろしい奴だ……口寄せで蟲を呼ぶなら兎も角、全身に蟲を寄生させている」
「な、なんですと!?」
「――あいつは、木ノ葉に伝わる蟲遣いの一族だが……」
ガイの言葉に、そう言えば聞いたことがある、とネジが呟いた。
「この世に生を享けるのと同時に、その体を巣として蟲に貸し与え、その蟲を使って戦うという、秘伝を持つ一族の話を……。彼等は蟲を自在に扱い、戦闘の殆どを蟲に委ねる。その代償として、自らのチャクラを餌として与え続ける契約をしているという……」
「そして、その蟲はチャクラの栄養価が満点で美味しいという……ぶふぉっ」
ごくりと傍らで生唾を飲み込んだマナの点穴に、ネジの指が突き刺さった。崩れ落ちるマナには目もくれず、彼はシノを観察している。マナの言葉を聞いたシノの蟲が一瞬ざわついた。
「蟲が美味しいかどうかは兎も角として、その一族の継承者が彼、ということですね」
ヒルマがザクにかけよった。白眼を発動して、担架に乗せられた体の状態を診る。先ほどの戦闘とこの状態からして、ザクはシノの宣言したとおり再起不能になるだろう。風穴には空気圧や超音波、チャクラを通すための管が繋がっており、ザクが術を使用する時、チャクラはその管を通って風穴に向かっていたはずだ。しかしその前にはシノの蟲が行った。逃げ場を失ったチャクラは逃げ場を求め、そして互いに反発して爆発を起こしたのだ。
「早く彼を緊急医療室に!」
いくら早く彼を治療しても再起不能になるのは確かだが、とりあえずそれなりの処置をしておかなければならない。この腕はもう使い物にならないだろう。一瞬脳裏に、寂しげな顔の師匠が――リンの姿が浮かび上がった。
――ユナトに童子先生の腕を移植させたの、正解だったかな――
直ぐにその思いを振り払って、チャクラでとりあえず一応止血させる。点穴を押してチャクラの流れを速め、医療班に担架を送っていってもらった。
「……では、次の試合を始めちゃって構いません」
ヒルマの言葉にハヤテは頷いた。
「えー、では、早速次の試合を始めたいと思います」
ヒルマはふと七班の方を見やる。先ほど来た医療忍者によると、サスケは既に病院に運ばれ、暗部の護衛つきで休まされているという。そして彼はもう既にいとめユヅルの方に向かっているということらしい。一人の医療忍者がそれをハッカにも報告し、頷いたハッカが煙りを巻き上げてそこから消える。あっ、と誰かの声がしたような気がして振り返ると、掲示板には次の対戦者の名が載っていた。
【 つるぎ ミスミ
VS
カンクロウ 】
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