レンズ越しのセイレーン
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Mission
Last Mission アルケスティス
(6) マクスバード/リーゼ港 ⑤
前書き
ごめんなさい 言いつけ 守れなかった
ぽた、ぽた。穂先から血が石畳に落ちて染みる。
水色のカーディガンも枯葉色のワイシャツも真っ赤に濡れていく。
「これ、しか、思い、つかなか、った。ユティ、あたま悪い、から」
傷んだホイッスルじみた空気の音。ガラガラに濁った声。
全ての挙措が、一撃で取り返しのつかない機関を損ねたと、否応なく彼らに教えた。
「できる、はずだったのに。ここに来る、前も、とーさま、殺して、練習、した、のに」
算譜法の効果が消え、正しい重さが体に戻った。ルドガーは真っ先に、こけつまろびつ駆け出した。
ふうっ。ユティの体が軸を失って倒れる。ルドガーは辛うじて受け止め、自身も尻餅を突いた。
刺さったままのスピアのせいで上手くユティの体を支えられない。かといって抜く度胸もない。
「ユティ! ユティ!!」
「ユースティア…! どうして…」
ジュードたちがバタバタと駆けてくる。
ジュードは槍は放置して患部に治癒孔をかけ始める。それに合わせて、じわじわ、じわじわ、とアルヴィンがスピアを抜いていく。
「スキ、に、なっちゃった、の。ルドガー、が、ユリウスが、いる時間、が、とても、楽し、かった、か、ら。産まれて初めて、だった。タノシイって、感じた、の。だか、ら、考え、た。ずっと、ミンナ、そろって、タノシイまま、で、いられる方、法。ここの『橋』を、架ける人、変える、こと」
ルドガーもっとユティの上体起こして、とジュードに指示を出される。ルドガーは急いでユティの腹を抱え、ユティを半起き状態に持っていく。
動くごとにユティが声にならない悲鳴を上げるのが、聞いていて痛かった。
「ユティ、は、とーさま、と、叔父貴、がいない、世界なんて、これっぽっち、も、たの、しく、ない…ふたりのどっちか、が、死んだ、世界になる、なら、世界、なんて、滅んでい、い、のに」
ユティがポケットから懐中時計を取り出した。ユリウスと同じ銀色。夜光蝶の時計。
「クルスニク、は、みんな、カナシ、イ。だれだって、死ぬのは怖い、のに、だれか死ななきゃいけない、ように、できて、る」
スピアを抜いていたアルヴィンの手を、ユティは血まみれの手で外させた。
「も、いい、よ。ユティが死なない、と、カナン、の地、入れ、ない」
ユティは首を貫くスピアの柄を両手で掴んだ。まさか、と慄然とするも遅かった。
ユティは残る力を振り絞り、刺さったままだったスピアを完全に引き抜いた。
からからん、と血の痕を引いて転がるスピア。ユティの首の二つの穴からぼたぼたと先以上の鮮血が流れ出し、ルドガーのワイシャツを濡らした。
「ユースティア!!」
「や、めろ…死ぬなよ、ユティ! 死ぬな!」
ユティは口をぱくぱくさせるだけで、どんなに呼びかけても声での答えは返って来なかった。
エリーゼは涙し、ローエンに抱きついて嗚咽を漏らす。
ジュードは悔しさを隠しもせず治癒功を当て続け、レイアがその拳を両手で包みながら泣いている。
「俺だって、お前のこと友達だって…一緒にいて楽しいって…! だから…頼むから…!」
もはやルドガー自身、何者に懇願しているか分からなかった。
すると、ユティは震える腕を持ち上げ、震える指で天を指した。
指の先には、不気味に浮かぶカナンの地。
腕が血だまりに落ちて赤い水滴を跳ねさせた。
それを最後に、ユティは動かなくなった。
――橋が架かる。
――あの禍つ月と同じ、闇色の橋が。
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