レンズ越しのセイレーン
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Mission
Last Mission アルケスティス
(4) マクスバード/リーゼ港 ③
前書き
わたしは歴史の必然に従っただけ
「がっ…! なん、だ、これ…!」
「エアプレッシャー…!? ミュゼ!?」
「私じゃない! これは…!」
全員が不可視の重さに這いつくばる中、一人、悠々と輪の外に出た人間がいた。
「ユティ!? 何で…!」
ユティは握っていた手を開く。掌から現れたのは、幾何学的な模様が入った、起爆ボタンに似た物。
「ボタン一つで高威力の算譜術が誰でも使える黒匣は便利。源霊匣よりずっとね」
用はすんだとばかりに、ユティはボタン型の黒匣をぽいっと投げ捨てた。
軽い音を立てて黒匣は転がり、ジュードたちの手の届かないギリギリの位置で止まった。
「ヘリオボーグのテロで分かった。ワタシのいた分史には源霊匣はない。医療黒匣の改良で高名なDr.マティスJrは、もともと源霊匣の開発してて、でもやめたからだったのよ。おかげで黒匣は正史に比べてずっと精密で使いやすい。その分、精霊の消費量も増えてるけど」
ユティはミュゼの苦悶にいかな感慨も浮かべていない。彼女の分史では、こんなものは日常茶飯事だったといわんばかりに。
ユティは全員を見渡せる位置まで歩いていって、ショートスピアを取り出した。
「ワタシが正史くんだりまでわざわざ来た本当の目的はね、
過去のとーさま――ユリウス・ウィル・クルスニクを殺すためなの」
呆然とするルドガーたちにはお構いなしで、少女はとくとくと語り始める。
「ワタシの世界では、ルドガー・ウィル・クルスニクは死んでるの。カナンの架け橋になって。叔父貴は頭を銃で打ち抜いた。即死できたけど、見てたとーさまには、えぐかったみたいだよ。噴水みたいに穴が開いて血がぴゅーって飛んで、すぐ勢いなくなって、叔父貴の白い髪が真っ赤になってったって。何度も何度も聞かされた。叔父貴がどういう状況で、どういう方法で、どういう表情で、どういう言葉で死んだのか。毎晩。毎晩。それが寝物語だった」
ユティは胸の中にあるものを大事に抱くように両手を交差させる。
「とーさまは叔父貴を死なせたのをすごくすごく後悔した。こんなことなら無理にでも遠ざければよかった。閉じ込めてでも一族の宿命に関わらせなきゃよかった。いいえ――自分がとっとと先に死んで『橋』になっておけばよかった、って」
――それだけで充分だった。
ルドガーにも、ミラにも、
ジュードにもレイアにもアルヴィンにも、
ローエンにもエリーゼにも、
ガイアスにもミュゼにも。
皆がユティのせんとする処を理解した。
「だからね、とーさま、ワタシにずーっと言ってたの。今度は間違えないでくれって。ルドガーが命を絶つ前に自分を殺して、『橋』にしてくれって」
ユティはルドガーの、銃を持った手を踏みつけた。昨日とは裏腹の、軽蔑もあらわなまなざし。
「今、その銃で自殺しようとしたね」
「くっ…!」
「話に聞いてたよりずっと我が強いアナタだったから、ひょっとしたらワタシの出番はないかなとも期待した。ルドガーが自分の意思でユリウスを殺してくれるのが、とーさまの一番の理想だった。でもルドガーの強さは、ユリウスへの劣等感に依るところが大きかった。だからミラやエルみたいな、別の人間に愛着持たせて、生きる意欲を持ってもらおうと思った。それをユリウスを殺す動機にしてもらおうとした。でも、元からないモノはごまかしきれなかった。保険にユリウスを殺してくれるヒト用意したけど、使えなかったし」
痛みに喘ぐ間に、もう一丁の銃がホルスターから抜き取られる。
銃だけではない。双剣もハンマーもユティは奪い去り、ルドガーの手の届かないところへ投げ捨てた。
「叔父貴はエル姉もとーさまも選べなくて自分を生贄にすることで逃げ出した。今のアナタと同じ方法、同じ場所で。歴史はくり返した。ワタシが手を加えても、ルドガーが自殺を選ぶ展開は変わらなかった」
淡々とした武装解除が終わった。ユティはくるりとふり返ってユリウスに歩み寄っていく。
「だからワタシも、ユースティアが生まれた理由を果たす。とーさまの言いつけ通り、ルドガーを生かすために、今この場でこそ、きっちりユリウスを殺してあげる」
少女はまるで知らない人の背中をして、兄にショートスピアを突きつけた。
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