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季節の変わり目

作者:naya
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私の中の気がかり

 
 私は今塔矢さんと一緒に塔矢先生の家の玄関の前にいる。塔矢さんが玄関の鍵を探している間、私は後ろに広がる庭を観賞していた。落ち葉はそのままにされて、黄色、朱色、赤、茶色の葉っぱが土の表面が見えないほど、こんもり地面に積もっていた。池からはこけの匂いが漂っている。鼻をつまむようなものではなくて、日本を感じさせる澄んだ匂いだった。塔矢さんが門を開けてすぐ女の人が出てきた。なんだか大和撫子を彷彿とさせる人だなあ。

「はじめまして、行洋の妻の明子と申します」

「お母さん、こちらは藤原佐為さん」

塔矢さんが紹介してくれたけれど、明子さんは私のことを何度か聞かされているようだった。

「藤原佐為です。よろしくお願いします」

庭に面した廊下を渡って、奥の部屋に辿りついた。外は寒く、ガラス窓はすべて閉められていた。塔矢さんは障子の前に立って塔矢先生に私が来たことを伝えた。

「入りなさい」

塔矢先生は抹茶色の着物を着て、上座に座っていた。部屋には塔矢先生の他に誰もいなかった。碁をしているときとは違う、温かい目がこちらを捉えた。

「よく来てくれたね、藤原君。今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとう」

「そんな、私なんかが相手で・・・」

「謙遜はしないでくれ。私は君と本当に対局したかったんだ」

座るように言われて塔矢先生の真ん前の座布団に正座した。塔矢さんは私と先生の間の、碁盤の前に腰を下ろした。碁を打つことが目的だが、他に今日は聞きたいことがあった。あの、意味深なあの時の発言・・・。私の表情で察したのか、塔矢先生は息子の塔矢さんを一瞥してこう言った。

「打ち終わってからでもいいだろう。さあ、始めよう」

碁盤の上に置かれた碁笥を開けて、黒石の方を私にやった。

「置石はなしで」

その言葉に緊張から唾を飲んだ。一瞬塔矢さんと目が合った。何かを伺っているような、何とも言えない瞳だった。息をするのが辛くなって、すぐに目を逸らして碁笥を右に置いた。そして中から碁石を取って、一手目を右上スミ小目へ打ち込んだ。
 
 ヒカルに借りた秀策の本は隅から隅まで読んだ。読んでいる間何度も、不思議な感覚を感じた。まるで私が秀策であるかのように、懐かしく、しっくりときた。読み始めた時は、私の打ち方は少しも秀策に当てはまらなかったが、段々と魅力に取りつかれていった。私もこう打つかもしれない。学んだだけで取り入れられるものではないのに、ごく自然に私は秀策と同じような手を打つようになった。でも、ヒカルはそれを気に入らないようだった。ヒカルに会うたびに自分のスタイルを変えている私に対し、ヒカルは何も言わなかったが、時々眉間に皺を寄せた。私には何故だか分からない。最初は秀策を気に入って真似ているだけだったが、今では秀策の打ち筋がまるで自分のもののように身近に感じる。何故だか、分からないけれど・・・。
 
 塔矢先生と打っている途中なのに、私は秀策のこととヒカルのことに気を取られっぱなしで全く集中しきれていなかった。そう、秀策のことだけではなく、ヒカルのことも・・・。私はヒカルのことを、少しも分かっていないのかもしれない。塔矢先生にあんなに評価されているヒカルとは何なんだろう。そして、ヒカルが私に入れ込む理由は何なんだろう・・・。
 
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