ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
Standing
「いいのですか?レン」
遠くに見える天空への唯一の門がゆっくりと開かれ、その中に二人の人影が入っていくのを確認してから、巫女装束の闇妖精は言った。
その視線は、瓦礫の山の上に寝転がっている傷だらけの紅衣の少年に向けての言葉だ。
「いいんだよ、これで。管理者コードを受け取ったのはキリトにーちゃんだ。これも……、運命ってやつさ」
「運命ですか」
「うん」
グルル、と鼻先をこすりつけてくるクーを撫でながら、レンはこくりと頷いた。
「神様はきっと、《鬼》に堕ちた僕なんかより、キリトにーちゃんを優先した。なら、黙って譲るのが筋なんじゃない?」
「その《黙って》がこの有様ですか……」
若干声色に呆れの色を混ぜながら、カグラは周囲を見渡した。
アルヴヘイムの中央、央都《アルン》は今や完全に瓦礫の山々となってしまっていた。どれだけ眼を凝らそうとも、プレイヤーも、ましてやNPCの姿すら見えない。
ゴミの処理場のほうがまだマシなのではないか、と思うほどに幾多の物が散乱し、山となっていた。さらに、最後の激突の余波で天高く巻き上げられた瓦礫の破片が、いまさらのように重力落下をし始め、雨のように降り注いできているのだ。危ないことこの上ない。
カグラは時折避けているが、動けないレンはクーに包まれて保護されていた。
ゴゴン、という音が耳朶を打つ。
キリトとリーファがくぐった扉が重々しく閉じた音だろう。そしてその扉は、これまで幾千回もレンが涙を飲んで挑み続けた場所でもある。
こんな滅茶苦茶な状況でも、あの大樹は少しも動じなかったのか。
そう思いながら、カグラは憎しみとほんの少しの畏怖を込めて仰ぎ見る。
「……今頃運営側は慌てふためいているでしょうね。何せ央都が全壊など、前代未聞で未曾有の大問題でしょうから」
「だろーね。………いや、そうでもないみたいだね」
「え?」
「見てごらん」
再度見渡した。そしてカグラは気が付いた。
辺りの空間に、いっせいに黄色いウインドウが浮かんだ。そこに浮かぶのは『メンテナンス中』のテロップ。同時に、辺りの瓦礫が細かいポリゴンの欠片となって次々に宙空に溶け消えていく。
同時に、剥き出しとなった地面から建物が生えてき始めた。
いや、建築物がそのまま生えてきているのではない。まるで理科の授業で見る、植物が成長する動画を早回しで見ているかのような速度で樹木がメキメキと地を割って現れる。
それらは身を寄せ集め、互いの身を削りながら一軒の建築物を成していく。
その様子を呆気に取られたように見ていたカグラだったが、レンの言葉に我に返った。
「運営も必死なんだねぇ。これだけの短時間で対応してくるなんてさすがだよ。あと数時間はこのままだと思ってたんだけど」
「………ならばレンとキリトのアカウントが消されるのでは?」
「かもね。だけど、アナウンスも流さずに強制介入するってことは、あっちもこの事は隠したいんじゃないかな」
レンの言う事は一理ある。
通常、これほどの被害をこの短時間で対応するなど異常な事態だ。普通はいったんサーバーを停止させ、原因追及を行うことが先決だ。事態に対する本格的な対応は二の次と言ってもいい。
「前代未聞の事態に焦っている?………いえ、違いますか。何かを隠したがっている、とか?」
「さぁてねぇ~。ユイちゃんが言ってたことも気になるし……」
「あの、アスナと同座標上にある謎のコードIDの事ですか?」
「うん」
紅衣のケットシーは、こくりと頷く。
次いで、脱力したように頭を地面に乗せた。
「でも、まぁそれと向き合うのは僕じゃない。勝者が得る特権だよ」
「レンは負けてなどいません。体調が万全なら、最初の一手で勝っていました」
「負けたさ」
「負けてません」
「………………………」
「負けてません」
正座をしたまま、頑固に言うカグラに、思わずレンは黙り込んだ。
こちらを真っ直ぐ見る視線に、思わず目線をずらす。
見ていられなかったから。
そんな、真っ直ぐに信頼を寄せられている目線を。
「………そんな目を向けないでよ。僕は弱い。たった一人の女の子すら、守れないんだから」
そして、救えもしないんだから。
「レンは強いです。力を持っていたのに、それを傷つける事にしか向けられなかった私なんかとは、比べ物にならないほどに」
「………………………」
今は遥か昔に思える、あの城での出来事。
あの城の主であり神でもあった男が、カグラの元の《持ち主》であった。神、カーディナルは己の地位を根底から揺るがし、かつ万物の法則を知りたいという己の知識欲を満たしてくれる《ブレインバースト・システム》の発動キーであるマイを《使う》ために様々な者の所へ送り込んだ。
しかし、システムを使った人間はことごとく脳を、脳細胞を死滅させて死んでいった。
暴走した彼らを止めるために送り込まれたのは、カグラだった。
腰に吊り下げられた大太刀《冬桜》の放つ、妖気とも取れる圧力は何も気のせいではない。実際、それほどの数を彼女は屠ってきたのだ。
否定する精神を抑えながら。
拒否する心で叫びながら。
人を、殺した。
「昔の話だよ。それに、《人の心を持った人形》になるって決めたんでしょ?《人》にはなれなくても、操られる《人形》じゃなくて、糸の切れた自由な《人形》に……」
「…………はい」
頷いた闇妖精はしかし、と続けた。
「分からなくなってきたのです。私が、本当に《人》になれているのかどうかを」
「そんなの知ーらない」
「え?」
地面に伏したまま、なおその存在感は衰える事を知らない紅衣の少年は、傷だらけの顔を億劫そうにカグラに向けた。
否、実際に苦しいのだろう。あれだけの戦い、元から弱っていたレンの身体が耐えられた訳はないのだ。
現在、レンの体には二重の意味で痛覚が働いている事だろう。
一つは、仮想世界方向からの痛み。
心意での攻撃は、システム上で規制されている痛覚制御を透過する。脚を斬られれば脚を斬られる痛みが、手を引っこ抜かれればそれだけの痛みが神経を苛む。
二つ目。
これは言わずもがな、現実世界からの痛みだ。衰弱しきった脳は、痛覚に痛みという形で警告を送る。
その二重の痛みが、レンを苛んでいるのだ。その痛みは尋常ではないだろう。
それでも、少年はカグラを見る。
常人ならば、一瞬でショック死するほどの激痛に襲われながらも、顔を歪めたりせずに。
見る。
「カグラは、《人》なんでしょ?なら《人》じゃん」
「私は………人……」
「人は……ううん。どんな生き物でも、自分をどう認識しているかで、簡単に何にでもなれるんだよ。それがたとえ、どれだけおかしな物でもね」
「………………………」
よっこらせ、と少年は立ち上がる。
空から降ってくる瓦礫も、あらかた降り終わったのか、地面に衝突するガラカラという衝撃音も聞こえなくなっていた。
クーがのそりと立ち、寄り添うように傍らにとどまる。
「これから………どうするおつもりですか?」
「さぁて、ね。僕は僕で勝手にやるさ。カグラはキリトにーちゃんの手伝いでもしに行ったら?マイを助け出すためには、今となってはあっちのほうが可能性高いわけだし」
「私が剣を捧げるのはあなただけです」
「強情だね~」
「申し訳ありません」
律儀に頭を下げたカグラは、顔を上げた後で、それに、と言った。
「あなたにはまだ、やるべき事があるはずです」
「やるべきこと?」
はい、とカグラは縦に首を振る。力強く。
これ以上ないほどの意思を瞳に宿らせながら。
「今すぐキリトを追い、手助けをするのです。そして可能ならば、あなたも一緒に……」
「やめてよ」
ひび割れた声が、それを遮る。有無を言わさぬ声色で。
しかし、それを発する口許と目線は地面に深い影を生み出している。
「それは、ただの負け惜しみだ。そこまでして、僕は恥をさらさな」
い、と言おうとした時、レンは頬に熱と衝撃を感じた。
パァン!という乾いた音が遅れて鼓膜を震わせる。
頬を張られた、と認識したのは、それよりも更に後だった。
目を見開き、なすすべもなく地面にべしゃっと倒れた。しかし、胸倉を細くて白い手にむんずと掴まれて、すぐに上半身だけ起き上がらせられる。
間近で見るカグラの目は、轟々と猛り狂った焔が爛々と輝いていた。
「………恥、ですって?」
「う、うん……」
乱暴に胸倉を揺らされる。ぐらぐらと首が危なっかしく前後に振られる。
「ッ!どうしてしまったんですかッ、あなたはッ!!マイを助けたくはないのですかッ!」
「……助けたいよ」
「ならどうしてそのために動かないッ!立って歩け!前を向け!一筋の光があるのなら、それに向かってなぜ足を止めるッッ!!」
心に突き刺さる、言葉の数々。
返す言葉も、何も浮かんではこなかった。
黙り込むレンを突き放し、《炎獄》と呼ばれる巫女は射殺すような視線を、再び地に臥せったレンに向ける。
「私達は行きます。あなたはどうするのですか?」
「ど、どうって………」
「どうするのですか?」
「……………………」
黙り込み、沈黙する紅衣の少年の前で、カグラは静かに立ち上がった。
……………ん?
「私達?」
はい、とカグラは頷く。
その背後の空間が揺らいで、多量の影が姿を現した。ぶわっ、と突風が顔を叩く。
「おまたせ~っ、レン君!」
「待たせたな、《終焉存在》殿。《炎獄》殿」
カグラの背後に、風妖精、猫妖精の軍隊が出現していた。
その先頭にいて、カグラの隣に並び立ったのは、それぞれの領主達。
《軍神》アリシャ・ルーと、《戦律》サクヤ。
「ルーねーちゃん、サクヤねーちゃん………」
不敵に微笑んでくる二人の顔を見回しながら、レンは呆然の言葉を紡ぐ。その顔を直視しながら、カグラもまた口を開いた。
「行きましょう」
吐き出されたのは、短い言葉。
だけれども、その言葉は何よりも強くレンの心に響き渡った。
そして同時に差し出されてくる手。
それを、《終焉存在》と呼ばれる少年は────
「…………うん」
しっかりと握った。
ゆっくりと身体を反転させる。
その小さな背に、あまりにも大きなものを背負って。
両眼が見据えるのは、二人の妖精が迷い込んだ天空への階段。
全ての者達が放つ闘志という名の見えざる力が空中にスパークした時、レンは静かに言った。
「突撃」
聖戦の火蓋が落とされた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「アルン完全崩壊、キリト先生達は一足先に攻略し始めてるよ!な回だね」
なべさん「おっしゃる通りで。それから、カグラの姐さんがキレる稀有な回でもあります」
レン「う~ん、怪我人になにしてんだろ」
なべさん「自業自得。さてさて話は変わりますが、何だか今、他の大御所SAO二次作者様方が祭を開いているらしいですな」
レン「あぁ、そーいや話題になってたね」
なべさん「ま、まぁ、それを期待してたりしてなかったり」
レン「期待してるんだろ。何で微妙にツンデレ属性で言うんだよお前。気持ち悪い」
なべさん「飴を貰いたいんです私は!何故なら、私のメンタルは豆腐並だから!」
レン「威張って言うことじゃねぇし主張をするんじゃない」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
──To be continued──
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