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真剣で武神の姉に恋しなさい!

作者:炎狼
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鬼神vs伝説

 
前書き
今回は予告していたとおり千李と鉄心の死合いでございます

戦闘描写下手かもしれませんがどうぞ 

 
 ついにやってきた鉄心と千李の死合いの日。

 川神院では朝から結界作りに修行僧達が追われていた。なんといっても鉄心と千李が本気で戦うのだ、結界を何重にもしておかねば周囲にも甚大な被害が出る。

 因みに千李はというと庭で一人、目を閉じながら呼吸を整えていた。彼女からは静かに気が溢れ出し、周囲にはピリッとした空気が張り詰めている。

 そのせいか彼女の周りに飛んでくる鳥もいなければ、虫の一匹さえも飛んでいない。それだけこの空間が異質なのだ。

 するとそこへ、

「おかあさん」

 瑠奈がおずおずといった様子で縁側からやってきた。

「瑠奈、どうしたの?」

 千李はそちらに目をやると瑠奈に微笑みかける。だが瑠奈はそんな千李の顔を確認することもなく、一目散に抱きついた。

「おっと、瑠奈?」

 怪訝そうに聞く千李の耳元で瑠奈が呟いた。

「おかあさん……どうしておじーちゃんとたたかうの?」

「……瑠奈は、戦って欲しくない?」

「うん。わたしはみんななかよくしてほしいから」

 瑠奈の声は少しだけ震えていた。千李はそんな瑠奈を安心させるように背中を撫でる。

「瑠奈よく聞いてね、私とおじーちゃんは何も喧嘩をするわけじゃないの。これは死合い。互いの全力を尽くす決闘」

「けっとう?」

「そう、決闘。確かに決闘は瑠奈から見れば喧嘩をしているように見えるかもしれないけど。武術家からすれば己の力を試すことのできる絶好の機会なの」

 千李は抱きつく瑠奈を一旦体から剥がし、自らの前に立たせるとその両肩を持ちながら優しく告げた。

「いい、瑠奈。貴女には見ていて欲しいの。私が戦う姿を、それを見て瑠奈が嫌だと感じれば今やってる武術の鍛錬はやめてもいいわ」

「……」

 彼女の言葉に瑠奈は目に涙を溜めつつもしっかりと見つめていた。

「見ているときは辛いかもしれない、逃げ出したくなるかもしれない。だけど見ていて。今日ばかりは私の我侭、聞いてくれる?」

「……うん。みてる、おかあさんがたたかうところ」

 目にたまった涙を流すまいと瑠奈は目を擦る。千李はそんな瑠奈の頭を優しく撫でる。

「ありがとう瑠奈。じゃあもう一回抱っこしてあげるから、ホラ」

 千李は両腕を広げ瑠奈に促す。それに答えるように、瑠奈も千李の胸に飛び込んだ。そして瑠奈は千李の胸の中で小さく告げた。

「けが、しないで」

「ええ。約束ね」

 千李は少し強めに瑠奈を抱きしめた。





 瑠奈と手をつなぎながら舞台のところまでやってきた千李は、そこの広がっていた光景に顔を引きつらせた。

「あ、千李姉さん」

「大和……なして君がここにいるのかな?」

「学園長に来てみるかって誘われたんだ。京たちもきてるよ」

 大和が後ろを見ながら言うとそこには風間ファミリーの面々が話していた。

「……あのジジイ……。ごめん、大和。瑠奈よろしく」

「え、ちょ!?」

 千李は瑠奈を抱き上げ大和に預けると鉄心の方にかけていった。

 鉄心の元まで行った千李は顔を引きつらせつつ鉄心ににじり寄った。

「なぁおいジジイ。コイツァ一体全体どういうことなのかしらねぇ……。揚羽さんの時から妙だとは思ったけど、もしかしなくても言いまわってるでしょ?」

「うむ! 言いまわっておる!!」

「馬鹿だろ!! アンタ馬鹿だろ!! ただでさえ私とジジイが戦ったら被害が出るかもしれないのにこんなところに大和たちを置いとくなんて……」

 千李が溜息をつきながらファミリーの皆を見ると、鉄心は小さく笑いながら、

「なぁに心配するな。そこまでこの結界は弱くありゃせんよ。心配も杞憂に終わるじゃろうて」

「……だったらいいけど。っとこの気は……」

 ため息をついた千李が空を見上げた。すると上空のヘリコプターから二人の人影が飛び出した。

 一人目は例によってやって来た九鬼家長女、九鬼揚羽である。そして彼女の後ろからは執事服に身を包み頭に鉢巻を巻いている青年が降って来た。

 そしてパラシュートなしで着地した揚羽は千李と鉄心のところまでやって来た。

「約束どおり来たぞ千李!」

「どーも、ヒュームさんは来てないみたいですね。代わりに来たのは――」

 千李がそこまで言うと、揚羽のあとから飛んできた青年がパラシュートを使い降下してきた。

「お待たせしました! 揚羽様!!」

「遅い!! 九鬼の従者たるものあの程度の高さでパラシュートなど使うな!!」

「申し訳ありません!! 揚羽様ああああああ!!」

 揚羽は青年の声を聞き終わると青年を蹴り飛ばした。青年の方も見事に後ろに吹っ飛んでいたが顔はなぜか幸せそうだ。

「――やっぱり小十郎ですか」

「ああ、どうしてもといったのでな連れて来たのだ。まぁ今日の死合いをみて小十郎が静養するかもしれんからいい機会ではあるだろう。ということでよろしいですか?」

 揚羽は鉄心に促すと彼も頷いて返した。

「さて……ではあらかたそろったようじゃし、そろそろはじめるかの?」

 鉄心が千李に告げると彼女は小さく息をつき、

「ええ、そうね。じゃあ揚羽さん、百代たちと同じところに居てください」

「うむ。小十郎! 早くしろ!!」

「はい! 只今!!」

 小十郎も足早に揚羽についていくが、ふと振り返り千李の下に来ると、

「千李さん! がんばってください! 今日は勉強させてもらいます!!」

「ええ。がんばるわ。もしかしたらジジイと私がぶつかることで危険なことが起きるかもしれないからそのときは皆をよろしくね小十郎」

「はい! お任せを!」

 それだけ告げると小十郎は揚羽の元に駆けていった。
 
 見送った千李が舞台のほうに目を向けると既に鉄心が準備を完了していた。千李も舞台に上がると鉄心と対峙する。

「ルールは昨日説明したとおりじゃ。どちらかが負けを認め降参するか、または気絶するかじゃ」

「了解。じゃあさっさとはじめましょうか」

「うむ。ではルー頼んだ」

 鉄心に言われ舞台脇にいたルーが頷いた。

「それでハ、これより川神鉄心対川神千李の死合いを始めまス!!」

 ルーの声と共に千李が構えを取る。鉄心は構えを取らず自然体でいる、決して千李を過小評価しているわけではなく、この態勢が彼の構えなのだ。

 二人の間に流れる数瞬の沈黙。

 しかし、その沈黙はあまりにも長いものだった。いや、実際は一秒にも満たない時間だろう。だがそれだけの時間をあまりにも長く感じさせるような空気が張り詰めていた。

 そして沈黙は破られる。

「始め!!」

 ルーの合図と共に千李は縮地を行い一瞬にして鉄心の背後に回りこむ。

「フッ!!」

 力をこめた右足の蹴りが鉄心の側頭部を捉える。

 が、

「ふむ、やはり力は以前より確実に上がっておるのう。速さも申し分ない」

 鉄心は涼しい顔でそれを防いでいた。だが、千李もそれに驚愕することはなく冷静に足を引き、その場から離脱する。

「やっぱあんな力じゃ無理ね」

「やはり手加減しておったな? まぁ髪紐をしとるからそうだとは思うたが」

 鉄心は小さく笑いながら千李を見据える。

「では次はこちらからじゃ。耐えてみせろよ?」

 言うと鉄心が消えた。いや、先ほど千李がやったような縮地を使ったのだろう。だが、鉄心が表れる方向がわからない千李ではない。

「右!」

 言い放ち千李が右を向いた瞬間、鉄心が現れるが再度その姿が消えた。連続縮地である。

 だが千李はそれに小さく笑う。

 瞬間、千李の後方から鉄心が出現し拳を放つ。

 しかし、その拳は千李の手により止められた。

「やはり止めるか。さすがじゃの」

「準備運動はこれくらいでいいでしょ。ジジイ、そろそろ本気で行きましょうよ」

 千李はにやりと笑い後ろの鉄心を一瞥する。それを見た鉄心も千李の手を振り払い離脱する。

「久々に骨がおれそうじゃわい」

「冗談。そんなこと微塵も感じてないくせに」

「そんなことはないぞ? これでも中々きついんじゃ」

 すると鉄心は先ほどまでの柔和な笑みを消し、千李を見据える。

「覚悟を決めろ千李。気を抜いたら一気に終わりにするぞい?」

「上等!!」

 鉄心の提案に千李は頷くと髪をまとめている黒い髪紐に手をかけた。





「すっご……」

 ファミリーの面々がいる中で大和がそんな声を漏らした。だがみなが驚く中でも揚羽と百代だけはその顔を緩ませていた。

「何いってんだ。あんなのまだまだ序の口だぞ?」

「そうだな、あんなものではないだろう」

 揚羽と百代の声にぎょっとする一同。何せ目のいい京でさえあの二人の動きをたら得られることはできなかったのだ。

 剣聖とまでいわれた父の元で剣術の指導を受けてきた由紀江でさえ、二人の動きに息を呑んでいた。

「どうだまゆまゆ? 見えるかー?」

「多少は見えますが……。あれでもお二人は本気ではないんですよね?」

「ああ、どちらも本気のほの字も出していないだろうさ。……っと、姉さんめ髪紐を解くつもりだな。お前らちょっと私の後ろにいろ。揚羽さん少し手伝ってもらっていいですか?」

「うむ。具体的にはどうする?」

「簡単ですよ、姉さんが髪紐を解くと同時に気を前に放出してください。それで防壁ができますから」

「了解した」

 百代と揚羽がそろって前に立つ。

 その瞬間だった。舞台上にいる千李が髪紐を解いた。

 同時に天を二つに裂かんばかりの猛烈な気が放出される。

 だが、それは張られた結界で結界内にとどめられた。しかし、完全には留めることはできずその余波が川神を駆け抜ける。

 それは当然大和達にも飛んでくるが、前に立った揚羽と百代の気の放出のおかげでそこまで大きな余波はくることはなかった。

 そして気の奔流が止まった時百代と揚羽は大きく息をついた。

「ふぅ……。大丈夫かお前ら」

「う、うん。何とかね……凄いね千李姉さん」

「ああ、実際今のは結界と私達の防護壁でかなりゆるくしたヤツだからな。もし私達がいない状態であれを喰らえば全員吹っ飛ばされてたぞ?」

 百代の言葉に全員が苦笑いを浮かべる。

「まったく、あきれるほどの気の多さだな。気の量だけで言えば鉄心殿をゆうに超えているだろう」

 百代の隣の揚羽も感嘆の声を漏らす。

「でもモモ先輩? あれだけの気を放出したまま千李先輩は戦うんだったらこれからもあんな衝撃が?」

「来るだろうな。まぁ安心しろそのつど私が守ってやるさ」

 京の問いに百代が鼻で笑いながら宣言した。

 しかし、またも衝撃が皆を襲う。

「始まったな」

 またしても千李と鉄心がぶつかったのだ。今度は手加減なしの本気の力が。





 千李が封印をを解放したことによりさまざまなものたちがそれを感じ取った。

「やれやれ、相変わらず化け物じみてやがるなぁおい。だが、それだからこそ戦ってみたくもあるが」

 川神の親不孝通りでは黒のワイシャツに袖を通した釈迦堂が川神院の方角を見つめながら、口元をにやりと歪ませていた。



「あれー? ねぇねぇ天ちゃーん。さっきなんか感じなかったー?」

「なんかってなんだよ辰姉?」

 工業地帯の一角にある板垣家では辰子が首をかしげながらゲームをしている天使に問うた。

「んーっとなんかピリッとした感じの何かが」

「はぁ? 寝ぼけてたんじゃねーの?」

「そうかなー?」

 辰子は最後まで腑に落ちなさそうに首をかしげていた。




 しかも千李の気は川神だけではなくさまざまな地に届いたようだ。



「んあ? なんだいまの?」

「ボーっとしてんじゃねぇ皆殺しぃぃぃぃ!!」

「うっせぇ!!」

「ぎょえへー!!」

 湘南。海岸で不良たちと喧嘩をしていたマキもピリッとした感覚に襲われていた。

 そのせいで動きが止まったマキにモヒカン頭が殴りかかるが見事に星にされた。

「まぁいいや。今はこいつ等蹴散らすだけだし」

 マキは大して気にも留めず不良たちに向き直った。



 そして同じく湘南でもう一人まきと同じ感覚に襲われているものがいた。

「……」

「? どうかしました愛さん?」

「ん、ああいやなんでもねーよ」

 久美子の問いに湘南三大天の一人喧嘩狼、辻堂愛は小さく笑って返した。だがその胸中は、

 ……なんだ? さっきの感覚。腰越とも違うし……。

 先ほどの感覚が気になっているようだった。



 そして京都の街角でも一人の少女が千李の気を感じ取っていた。

「おおー。なんかすごいなーこの感覚」

 彼女はビクつくこともなく、むしろ楽しそうにその口元を緩めていた。

 知的な雰囲気を溢れさせている少女はにこやかなまま妙な歌を口ずさみながら、その場から立ち去った。



 そして千李の気は日本を越え世界にも延びていた。

「ほう……。この気はやはりヤツのもののようだ」

 彼は老人だ。だが、老人であるにもかかわらず、彼の体は鍛え上げられ服越しにもその隆起した筋肉のすさまじさが感じられる。

 そして、彼からも膨大な量の気を感じられる。

 彼は口元を歪ませ面白そうに一人ごちた。

「おもしろい。以前会ったときよりもかなり成長したようだな……千李」

 千李の名を呼ぶ金髪の老人は笑みを浮かべていた。



 この他にも千李の気を感じたものは全世界でいたらしい。それだけ彼女の力はとんでもないものなのだ。




 場所は戻って川神院。

 髪紐を解き鉄心と対峙する千李は鉄心を見据えながら呟いた。

「じゃあ本番開始と行きましょうか?」

「うむ、かかってこい」

 鉄心の声と共に千李は駆ける。

 その速さはもはや視認できるものではなかった。

「ハッ!!」

「ぬん!!」

 互いに気合の声を込めながら拳を放つ。それだけですさまじい衝撃が結界、さらには外界を襲う。

 既に第一の結界にはいくつかの綻びが見え始め崩れ去るのは時間の問題だろう。

 だが二人はそれをに気を使うことはなく拳を交えていく。決して周りを心配していないわけではない、自分たちが本気で戦ったとしても修行僧たちが結界を持たせてくれると信じているからこそ、そんな彼らに恥じないように本気で戦うのだ。

「蠍撃ち!!」

 千李が鉄心の体を抉るような強烈な拳を放つが鉄心は難なくそれを受け止めると、

「こんなものではあるまい!!」

 その手を離し、体を捻りながら千李の懐に潜り込むと腹部に掌底を放つ。

 が、千李はそれを腹部に当たるギリギリのところで後ろに飛び退き逃れる。

「あっぶなー……」

「よく避けたのう。洞察力もさすがじゃ、さっきの蠍撃ちは試しで撃ったな?」

「ご名答。久々に封印を解放するから鈍ってないかと思ってためしでね」

 小さく笑みを浮かべながら千李は手をプラプラと回す。

「じゃあ次からはもうこんな休息はなしで畳み掛ける!!」

「かまわん。もとよりそのつもりじゃろう!!」

 今度は二人が同時に駆けた。

「「川神流!! 無双正拳突き!!」」

 同時に放った奥義の影響で結界内に紫電が迸る。そしてついに第一の決壊が損傷に耐え切れず崩壊する。

 だが、二人は拳を放ち続ける。

「はあああああ!!」

「おおおおおお!!」

 互いに一歩も引くことはなく、拳をぶつけ合う。

 そして拳の嵐が止まったと同時に鉄心が飛び上がる。

「九の顕現 天津甕星!!」

 鉄心の声と共に彼のいるはるか上空から高速で巨大な隕石が落下してくる。だが千李はそれに焦ることはなく、

「川神流!! 星殺し!!」

 右の拳に気を限界まで溜めそれを極太のエネルギー砲として放射する。

 そのレーザーは百代のものとは比べ物にならないほど巨大なものだった。

 隕石に衝突した瞬間、星殺しと隕石は大きな爆発を起こし爆散した。

「いくわよジジイ!! 星殺し・散!!」

 間髪入れず千李は星殺しを放つ、だがその星殺しは鉄心に直撃する直前に四散した。だが四散したそれは確実に鉄心を捉えていた。

「ぬっ!?」

 今までみたこともない星殺しの形状に鉄心は顔をゆがめるが冷静に対処し、全てを叩き落す。

 しかし、その瞬間鉄心の上に影が躍り出る。

「天の槌!!」

 言わずもがな影の正体は千李だった。

 彼女は片足を大きく振り上げると強烈な踵落としを叩き込む。

「甘い!!」

 だがそれすらも鉄心は片腕で受け止め、逆にその勢いを利用したまま千李を地上に叩き落とす。

「かはっ!?」

「悪いが千李! ここで終わりにさせてもらうぞ!!」

 鉄心は今だ空中にいたまま千李に宣言する。

 しかし、千李は先ほどの衝撃のせいか未だに動けずにいる。

「終わりじゃ千李!! 顕現の参・毘沙門天!!!!」

 言うと同時に千李の上に鉄心の闘気によって具現化された毘沙門天の巨大な足が現れた。

 そう見えたのもつかの間。その巨大な足は一瞬にして千李を踏み潰した。

 その場にいた全員が息を呑んだ。

 が、鉄心はある異常に気付いた。

 ……まさか!?

 驚愕の表情に顔を曇らせる鉄心の目にした光景は、

「……!!」

 自らを踏み潰そうとしている毘沙門天の足を肩膝をつきながらも受け止めている千李の姿だった。

 彼女の体からは闘気が溢れだし、その体の回りを炎のように取り巻いている。

「ああああああ!!!!」

 雄たけびと共に千李は気を両腕にためる。

餓皇双狼刃(がおうそうろうじん)!!」

 千李が叫ぶと彼女の腕から現れた狼の形をした気が、毘沙門天の足を喰いちぎる。その姿はまるで飢餓状態にあった狼が、獲物を見つけたときにそれを貪っている様だった。

 あっという間に喰いちぎられ、ボロボロになった毘沙門天はその姿を維持することができず、崩れ去る。

 そして舞台に降り立った鉄心は千李を見据えながら問う。

「今のはお前のオリジナルか? 千李」

「ええ。まぁね、ジジイの毘沙門天を見て私も気を形にできないかと思った結果生まれたのがアレ」

 千李はアレだけの攻撃を受けたのにも関わらず、外傷はさほどおっていない。だがそれでも擦り傷や切り傷は少しあるようで、頬には血が流れていた。

「なんと……その歳で気を形にできるまでになるとは恐れ入ったのう」

「まぁでもかなり大変だったけどね。できる様になったのは日本に帰ってくる直前。私は『気獣(きじゅう)』って呼んでるけど」

 頬を伝う血を指の腹で軽くぬぐいながら千李はにやりと笑う。

「さて、第二ラウンドと行きましょうか?」

「まったく……想像の上をいきおってからに」

 呟く鉄心も別段嫌そうではなく、むしろ孫娘の成長を喜んでいるようだった。 

 またしても二人はぶつかった。





 二人から少し離れた場所、ファミリーの皆は口をあんぐりとあけていた。

「なぁモロ……これはアニメの世界なのか?」

「いや違うぜガクト……これはアニメの世界じゃなくきっと格ゲーの世界なんだ」

「ちょ! 二人とも落ち着いて!? 現実逃避しないでこれは現実だから!! 僕も信じたくないけど!!」

 岳人と翔一の現実を逃避した発言に卓也がツッコミを入れるが、彼自身今現在起きていることが信じられないでいる。

「おー、やっぱりこうなるよなぁ……。大和やワン子たちは大丈夫かー?」

「なんとかこれが現実だということは受け止められてるよ……」

「一応あたしもー……目がついていかないけど」

「ギリ……」

「自分もあれは見切れない……」

 百代の問いに四人は苦笑いしながら頷いた。それもそうだ、今は鉄心が放った毘沙門天を千李がかき消したあと、すなわち第二ラウンドが行われている真っ最中だ。

 それでも最初の方から動き回っているくせに未だに二人の動きが衰えている節は感じられない。

 また二人が蹴り合ったり拳をぶつけ合ったりする度に気同士のぶつかり合いで紫電が走っているため、みなが現実逃避したくなるもの頷ける。

 だがそんな中でもただ一人、千李の戦う姿を瞬き一つもせずに見つめる幼女の姿があった。

 瑠奈である。

 彼女は死合いが開始された当初から二人の戦闘をジッと見つめている。

「瑠奈? 大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶ」

 百代の問いに瑠奈は静かに頷いた。そして言葉をつむぐ、

「おかあさんとやくそくしたの。おかあさんがたたかうすがたをみてるって。だからわたしはみなきゃいけないの」

 彼女の声はか細いものの、確かな力がこめられていた。

 それをみた揚羽は微笑を浮かべる。

「強いなその子は」

「そりゃあ姉さんの娘ですからね。十分肝が据わってますよ」

「フッ、そうだな……」

 揚羽と百代は再び千李と鉄心の戦いに視線を戻した。





「顕現の壱・摩利支天!!」

 鉄心の声と共に舞台上及び、周りの景色が歪む。

「この温度は……陽炎ね」

「そうじゃ、陽炎のせいでワシの姿がわかるまい?」

「小賢しいことをしてくれるじゃない」

 百代であればこの陽炎を大爆発で吹き飛ばしたあと瞬間回復を使って反撃に出るのだろうが、生憎千李はある事情から瞬間回復は使わないことにしているのだ。

 何処から鉄心の猛攻が来るかもわからない陽炎の中で千李は全神経を使い周囲を観察する。

 ……何処から来る? 右か左か上かそれとも下か……。

「顕現の弐・持国天!!」
 
 突如として聞こえた声に千李は反応するも、その方向を向いた瞬間、巨大な拳が千李を襲う。

「くっ!? ……て、あら? 全然痛くない」

「当たり前じゃ、持国天は絶対命中するが威力は格段に劣る。じゃが……」

 そこで止まった鉄心の声に千李は身構える。だがその刹那、上から超重量が加わった。毘沙門天である。

「ぐっ……!! 餓皇双狼刃!!」

 直撃した瞬間両手から再び二匹の気で作り出した狼を毘沙門天の足に喰いつかせる。だが、直撃した衝撃は抑えきれず、千李は再び舞台上に急降下する。

 だが今度は叩きつけられることはなく、何とか地面に立つが、

「隙だらけじゃぞ? 零の顕現 天之御中――!!」

「させるかってーのよ!!」

 鉄心が言い切る前に千李は鉄心に突貫する。

幻魔懺狼穿(げんまざんろうせん)!!」

「ぬっ!?」

 駆け抜けざま千李は両手に気を溜め込んだまま、鉄心の胸を×字に穿つ。

 千李の攻撃のため発動準備段階であった天之御中主は不発に終わった。

「ぐぅ……やるのう……。天之御中主を出す前に防ぐか」

「はぁ……はぁ……、結構ギリギリだったけどね」

 肩で息をする千李はにやりと笑う。先ほどの千李の攻撃は鉄心の体にも相当なダメージを負わせたはずだ。

 その証拠に、鉄心自身千李ほどではないが息が上がっている。だが食らっているダメージでは千李のほうがまだ大きい。

 するとそのとき、

「おかあさん!! がんばって!!」

「っ!! 瑠奈……」

 結界の外、百代の隣で瑠奈が声を張り上げて叫んでいた。その双眸には涙も伺える。それを見た千李は微笑を浮かべ。

「悪いわねジジイ。この勝負やっぱり勝たせてもらうわ」

「かっかっか、やはり子の力は凄いのぉ。だが千李、ワシも瑠奈がいるからと言って手を抜く気は毛頭ないぞ?」

「わかってるわ。本気のアンタに勝ってこそ私はあの子に胸を張れるんだから。手を抜くなんて許さないわ」

 拳を打ち鳴らす千李の瞳は今まで異常に熱く、そして強い光に満ち溢れていた。

 そして千李は体勢を低くし鉄心に一気に詰め寄る。

 ……先ほどよりも速い!?

 千李の速さに鉄心が目を見開くが、次の瞬簡には既に千李の姿が目の前に迫っていた。

 彼女は四肢に気を溜めると猛烈な速さで拳を放つ。

「ハッ!!」

 それを受け止める鉄心だが、先ほど以上の重厚な一撃に鉄心の顔が苦悶に歪む。

銀狼牙錬撃(ぎんろうがれんげき)!!」

 受け止められたのを皮切りに千李は拳の連打を叩き込む。それは無双正拳突き以上の拳の嵐だ。

「くっ!?」

 さすがの鉄心もその拳の嵐をさばき切ることはできないのか大きく後ろに飛び退いた。

 だが、飛び退いた瞬間、先ほど喰らった幻魔懺狼穿のダメージが鉄心の顔を曇らせる。

 ……やはり先ほどの技は相手の体の内部にダメージを残すものじゃったか。

 鉄心が冷静に分析するが千李がそれを見逃すはずもなく、

「傷が痛むからって手加減はしないわよ!!」

「当たり前じゃ! ワシとて手加減はせん!!」

 向かってくる千李に対し鉄心は、

「顕現の七 神須佐能袁命 八岐斬り!!」

 声と共に鉄心の闘気で具現化された神須佐能袁命が現れ、千李に向かい斬撃を放つ。

爪刃狼影斬(そうはろうえいざん)!!」

 だが対する千李も負けておらず、その斬撃を自らの両手に作り出した気の爪で斬撃で返した。

 二つの技がぶつかり結界内に爆風が起きる。同時に、相殺し切れなかった斬撃が結界を切り刻んでいく。

 しかし、二人はそれもお構いなしに戦闘を続ける。

「うらあああああ!!!!」

「はああああああ!!!!」

 互いに雄たけびを張り上げながら、拳を放ち、蹴りを放ち、結界を次々に崩壊させていく。

 そして、最後の結界に達した時、二人の猛攻が突如としてやんだ。

 二人は互いに肩で息をしながら、互いの姿を睨みつける。

 先ほどまで鉄心のほうが余裕があったように見えたが、現在は千李と同じ状態になっている。

 互いに満身創痍の状態だった。

 するとそんな状況で千李が口を開く。

「次で終わりにしてやるわ。ジジイ……」

「奇遇じゃの。ワシもそう思っていたところじゃ……」

 二人は再び構えを取ると、互いに闘気をあふれ出させる。

「行くぞ千李!! 喰らえ!! 最大気力の毘沙門天を!!」

 鉄心が叫ぶと同時にあふれ出た闘気がかたまり、巨大な毘沙門天を作り出す。巨大すぎるためか踏みつけに速度は見られないが、その巨大さは今までのものを軽く越している。

 それを見た千李は臆することなく、毘沙門天と対峙する。

「正真正銘これで最後にしてやるわよ!!」

 言い放つ千李は毘沙門天を睨みつけると、右腕を高く掲げ叫ぶ。

「我が手に宿れ!! 冥皇の剣・イザナミ!!」

 宣言と共に千李の右手に気が収束していく。そして長大な大剣が精製された。

天魔崩墜終焉剣(てんまほうついしゅうえんけん)!!!!」

 大剣を振り下ろしながら千李は叫ぶ。

 直後、毘沙門天とイザナミが衝突した。

 瞬間、毘沙門天の体にイザナミが喰いこみ、その体を割っていく。

「ぶった切れろおおおおおおおおお!!!!!!」

 千李は声を張り上げながら渾身の力をこめて剣を振り下ろし続ける。

「ぐおっ!?」

 その衝撃は鉄心まで伝わりその顔が歪む。

 ……だがここで押し負けるわけにはいかん!!

 鉄心も残っている全気力を毘沙門天に注ぎ込み、イザナミを砕こうとする。

「負けてぇ……たまるかってぇのおおおおおお!!!!」

 しかし千李も己の全力を込めて大剣に気を送り込んでゆく。するとついに、毘沙門天の方に亀裂が入り始めた。

 その亀裂はだんだんと広がっていき、ついには毘沙門天が割れた。

「これで……終わりだああああああああ!!!!!!」

 この好機を見逃さず、千李はイザナミを振り下ろす。

 そしてついにイザナミは鉄心の体を薙いだ。同時に毘沙門天もその姿を消していく。

 鉄心はイザナミに貫かれると同時に、大きく後ろに吹き飛ばされた。しかし、その顔は苦悶には染まっておらず、清々しい笑みに染まっていた。

 ……見事!!

 心の中で千李に賞賛する鉄心は舞台上に仰向けに倒れた。

 イザナミを消した千李は片膝を突き倒れている鉄心を見据える。

 すると鉄心は片腕を上げ告げた。

「まいった。ワシの負けじゃ……体が動かん……」

 鉄心は顔を向けず、空を見上げたまま静かに告げた。そして、

「勝者!! 川神千李!!!!」

 審判であるルーが高らかに宣言すると、舞台を覆っていた結界がついに限界を向かえ崩落した。

 結界はキラキラと光を反射させながら崩壊していく。その光はまるで千李の勝利を祝福しているようだった。

「強くなったのう……千李……」

「ご指導……ありがとうございました……」

 鉄心の賞賛の声に感謝の言葉を返しながら、千李は仰向けに倒れこんだ。

 すると、

「姉さん!!!!」

 百代の声と共にファミリーの皆が駆け寄ってきた。勿論瑠奈もだ。

 皆の方に顔を向けながら千李はぎこちない微笑を浮かべる。

「お疲れ様、千李姉さん」

「さすがだな、姉さん」

「ええありがとう。百代、大和ちょっと肩貸してくれるかしら。動けなくなっちゃった……」

 千李の頼みに二人は苦笑しながらも肩を貸す。千李は二人に持ち上げられ舞台の端に座らせられる。

「お疲れ様でした千李先輩!」

「凄い戦いでした。やはり千李先輩はすばらしい!」

 普段おとなしい由紀江でさえも興奮冷め止まぬようで、気分も高揚しているようだった。クリスはと言うと由紀江以上に興奮していたようで鼻息が荒い。

「ありがとね、二人とも」

 小さく笑みを見せながら千李は返す。

「いやーそれにしてもやっぱ凄かったぜ千李先輩の戦いは! 本当に興奮したぜ!!」

「だな! 俺様も興奮しすぎて危うくちびっちまうところだったぜ!!」

「ガクト!! 下品だからやめなっって!! でも本当に千李先輩かっこよかったよ」

 翔一たちも同じようで周りでにぎやかに騒いでいた。それを笑いながら見つめている千李の下に、

「お疲れ様です。というわけで、お飲み物をどうぞ」

「ああ、ありがとね京」

 京はいつの間にか買っていたのか、スポーツドリンクを千李に手渡した。

「でも、キャップたちが騒ぐのも頷けるよ。私も先輩の戦い見てて手に汗握ったもん」

「ハハッ。それだけ危うかったってことかもね」

「そうともいえるかも」

 京はクスリと笑うと由紀江達と話しに行った。

「千姉様おめでとー!!」

「おっとと、ありがとう一子」

 飛び込んできた一子の頭を撫でながら千李は苦笑した。

「もー、じーちゃん奥義喰らった時はダメかと思ったけどそこはさすがの千姉様だったわー」

「ギリギリだったけどね。だけど応援してくれてありがとね」

「うん!」

 快活な笑みを浮かべながら一子は頷いた。その頭を撫でていると、

「おかあさん!」

 舞台の上に上がってきた瑠奈が千李の下までやってきた。

「瑠奈……。途中で声かけてくれてありがと――」

 千李がそこまで言ったところで千李の頬からペチン、という可愛らしい音が聞こえた。瑠奈が千李の頬をビンタしたのだ。戦闘が終わり、静かな舞台上にはそれが異様なほど大きく聞こえた。

「おかあさん……やくそくやぶった。けがしないってゆったのにけがしてる!!」

「あー……っとこれはそのなんというか……。すみませんでした……」

 痛いところを突かれ千李は頬を掻きつつも、数秒後には瑠奈のかもし出す異様な威圧に負け頭を下げた。

 だが頭を下げた先から聞こえてきたのは瑠奈の小さな笑い声だった。

「ありゃ? 瑠奈怒ってないの?」

「おこってないよ。へんなこといってゴメンねおかあさん。ほんとうはすっごくかっこよかったよ! おかあさんのたたかってるところ!!」

 瑠奈は先ほどとは打って変って人懐っこい笑みを浮かべながら千李の頭を撫でている。

 小さく柔らかい手が自らの頭をなでるのが気持ちが良いのか千李は満足げな笑みを浮かべている。と、そこへ、

「すばらしい死合いであったな千李! 我からも賞賛の言葉を送ろう!! 見事だったぞ!!」

 揚羽が胸のところで腕を組みながら高らかに宣言していた。

「ありがとうございます。揚羽さん」

 瑠奈を自身の膝にちょこんと乗せながら千李は礼を述べる。

「うむ! 小十郎、お前も勉強になったのではないか?」

「はい! ……実際のところはあまり見えていませんでしたが……」

「この愚か者があああ!!」

「申し訳ありません!! 揚羽様ああああ!!」

 小十郎の聞こえるか聞こえないかという呟きを聞き取った揚羽は小十郎を吹っ飛ばした。

 だが、小十郎はすぐに回復すると、

「ですが、千李さんの戦いは凄いということは伝わってきました!!」

 体の前で拳を握り締めながら言う小十郎の目はとても真剣なものだった。

「では、我達はこれで帰るとしよう。行くぞ、小十郎!!」

「はい!!」

 揚羽と小十郎はそのまま振り返ることなく川神院を出て行った。

 するとそれと入れ違うように、川神院に大勢の人が詰め掛けてきた。その人たちを見るとカメラやマイクなどを持っている。どうやら報道陣のようだ。

 おそらく、川神院で起こっている事がバレ、取材のチャンスと思ってやってきたのだろう。まぁあれだけの激闘を繰り広げておいて、ばれないほうが奇跡だが。

「すまんが千李、報道の相手はお前に頼む。ワシはもう動けんわい」

「ちょ!? 普通そういうのは総代であるジジイの仕事でしょうが!!」

「何を言っておる? 次期総代はお主なんじゃ。これぐらいには慣れておけ、では頼んだぞー」

 鉄心はルーにおぶられながら本堂の方に消えていった。

「ふ、ふ、ふふざけんなああああああああああ!!!!!」

 千李のむなしい叫びが試合の終わった川神院にこだました。




 その後千李が報道陣にもみくちゃにされ質問攻めにあったのは言うまでもない。






 地球某所。

 金髪の老人ははるか遠い日本で起きていた戦闘が止んだことに気付いていた。

「ふむ……鉄心が負けたか。……おもしろい、次はこのオレが相手になってやるぞ千李」

 金髪の老人は口角を上げ心底楽しそうに笑っていた。 
 

 
後書き
千李さん……
厨二病ですねwww
ええ、すいませんいろいろとすいません

因みにネーミングは某格ゲーの某諜報部の某緑髪のお兄さんの技を参考にしましたwww

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