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京に舞う鬼

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第七章


第七章

「尻尾を掴む時点で厄介になるってことですね」
「そしてそれを掴んでからも」
「まあやってやりましょうよ」
「気合が入ったかな」
「ええ、ようやくね。明日からガンガンいきますよ」
「そうか、では期待している」
 役はそれを聞いてすっと笑った。
「明日から私は暇になればいいな」
「そうなったことってありましたっけ」
「残念だがない」
 今度は苦笑いになった。
「ましてや魔王が相手ならばな。暇になるとは思えないな」
「だったら二人で真夏の京都巡りといきますか」
「暑いだけだがな」
 役のぼやきが最後の言葉になった。二人はこうして真夏の京都を歩き回ることになった。
 夏の京都は暑い。本郷はタオルで顔を拭きながら炎天下の街を役と二人で歩いていた。
「暑いですね」
「そうだな」
 汗だくの本郷に比べて役は表情が変わっていない。涼しい顔である。
「本当ですか?」
「うん」
 応えはするがやはり同じである。
「暑くて困る」
「あまりそうは見えませんが」
 本郷が言うと説得力があった。彼は今もタオルで顔を拭いているのだ。
「これでも参ってはいる」
「って汗かいていないじゃないですか」
「これは体質なんだ」
「本当ですか!?」
 汗かきの本郷には信じられない言葉だった。
「そうだ、体質だ」
「はあ」
 見たところあまりそうは思えない。流石にコートこそは着てはいないがスーツを着ていてそれは説得力がないように思えたからだ。
「私は殆ど汗をかかない体質なんだ」
「何でですか?」
「まあそこは色々とあってな」
 だがその答えはぼかしてきた。
「氷の剣を使っているせいかな」
「羨ましいですね」
「君も水の術を使えるだろう?」
「おっと、そうでした」
 言われてようやく気付いた。
「それを使えば多少は涼しくなると思うが」
「そうですね。それじゃあ」
 本郷は術を使った。
 隠し持っている刀や短刀等に氷を貼る。すると急に涼しくなってきた。
「ふう」
「ただし、塩には気をつけるんだ」
「ええ、わかってますよ」
 氷に塩が付くと急激に気温が低下する。それだとかえって身体に悪いのである。二人はそれについて言っているのだ。
「何事も程々にね」
「うむ」
「ところでですね」 
 本郷はさらに話を続けた。
「どうした」
「その華道と茶道と香道の師匠って一緒なんですよね」
 被害者の話に移してきていた。
「ああ、そうだな」
 そして役もそれに頷いた。
「そちらの世界じゃかなり高名な人らしい」
「名前は何ていいましたっけ」
「忘れたのか?」
「すいません、そこまでは見ていなくて」
「仕方ないな。まあいい」
 だが役はそれは不問に付した。
「もうすぐそこに着くからな」
「さぞかしでっかい家なんでしょうね」
 二人は今祇園を歩いていた。舞妓さん達がいる場所でもある。
「こんなところに家があるってんですから」
 古い町並みである。左右に木造の家や屋敷が立ち並んでいる。そしてその横を和服を着た女性達が歩いている。彼女達がその舞妓さんである。昼は流石に化粧もああいったみらびやかな服も着てはいない。
 この古い場所に住んでいるのはやはり古い人達である。本郷や役の様に北に住んでいる人間を余所者と認識する程の古い人達である。本郷はふとそれを思った。
 そしてその中にある屋敷の一つの前に来た。見れば古風でかなり趣きのある門であった。
「ここですね」
「そうだな」
 二人はその門の前に立った。そして入り口を見た。
 名前は竜華院という。かなりものものしい名前だ。
「如何にも京都って感じの名前ですね」
 本郷はその名刹を見て言った。
「じゃあ入りますか」
「ああ」
「お待ち下さい」
 だがここで家の方から声がした。
「!?」
 二人はその声に気付き顔を声がした方に向けた。見ればそこには一人の妙齢の美女がいた。
 黒い髪を上で束ね、そして細くやや吊り上った目を持っている。その目の光は鋭く、何もかも射抜くようであった。
 姿勢はよくスラリとしていた。そして立ち居振る舞いも落ち着いており気品を感じさせるものであった。着ているのは絹の和服であり淡い赤の光沢と花の模様で飾られていた。日本の古きよき香りのする、そんな美女であった。
「貴女は」
「この家の主でございます」
 美女は落ち着いた気品のある高い声で言った。その声は実に張りがあるものだった。
「竜華院貴子と申します」
「竜華院さんですね」
「はい」
 その美女は本郷の言葉に頷いた。
「実は御聞きしたいことがありまして」
「わかりました。ではこちらでは何ですから」
 そう言って屋敷の方に顔を向ける。見れば古風な、門と同じく趣きのある屋敷であった。木造でしかもかなり大きい。見れば檜で作られていた。
「中で。お話しませんか」
「宜しければ」
 役がそれに応えた。
「わかりました。それでは」
「はい」
 こうして本郷と役は竜華院の屋敷に入った。そしてその中にある茶室に案内された。
 屋敷の中は実に広かった。廊下も檜であり途方もなく長い。二人はその木の廊下を貴子に案内されながら進んだ。
 その左右には庭や部屋の入り口、そして襖が見える。襖も美しい絵が描かれ、庭は緑と水で覆われている。かっては日本にも多くあった奥ゆかしい屋敷であった。
「こちらです」
 貴子は狭い入り口の前で立ち止まった。
 それは茶室の入り口だった。そこで話をしようというのだ。
「お茶をお入れ致しますので」
「申し訳ないです」
「それでは」
「はい」
 まずは本郷、そして役が入った。最後に貴子が。三人は茶を飲みながら話をすることになった。
「!?」
 二人は茶室に入ると肌で違和感を感じた。だがそれよりも先に貴子に案内されてそれは胸の中にしまいこむことになったのであった。
 茶室の中は簡素であった。それまでも奥ゆかしさよりも茶室そのものといった感じであった。静かで、そこには所謂侘び寂びといったものがあった。京都の伝統的な落ち着いた茶室であった。
「表でしょうか裏でしょうか」
 役はその部屋の中に正座すると貴子にそう問うた。
「表ですが」
「そうですか」
 この場合は表千家か裏千家かという意味である。茶道の世界はその二つの勢力が大きいのである。
「それではどうぞ」
「はい」
 二人は貴子が入れたお茶を飲んだ。作法に従いゆっくりと飲む。
「それではお話のことですね」
「はい」
 二人はまず茶を置いてからそれに応えた。
「実は」
 役が口を開いた。
「この前ある寺で事件がありまして」
「はい」
「その事件のことは。御存知でしょうか」
「勿論です」
 貴子は二人と正対した。そしてそれに応えた。
 
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