京に舞う鬼
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第十八章
第十八章
美女の首を咥えて立つ鬼はぞっとする様な美貌と笑みをたたえていた。赤い目は邪悪に輝き貴子を見ていた。そして二人も見据えていた。
「そこの二人」
鬼は本郷と役に声をかけてきた。
「わらわに何用か」
「月並みな台詞だね、また」
「用があるから来ているのだ」
「ほう」
鬼は二人のその言葉を聞いて目を細めた。
「では。死合うつもりか?」
「ああ、それさ」
「貴様をこれ以上放っておくわけにはいかない。覚悟するのだな」
本郷は刀を、役は札をそれぞれ構えた。それで戦うつもりであった。
「よいのか、それで」
「今更命乞いか」
「主等には言うてはおらぬ」
だが影は二人を見てはいなかった。
「わらわよ」
もう一人の自分である貴子に声をかけてきたのだ。
「それでよいのか?」
「構いません」
貴子は自分自身の問いに対して毅然と答えた。声は毅然としたものであった。だがその顔は蒼白となっていた。
これは鬼となった自分自身を見ての為だと思われた。しかし真相は違っていた。二人がそれを知るのは全てが終わってからのことであった。
「貴女が倒せるのなら」
「そうかえ」
鬼はそれを聞いてその赤く光る目をさらに禍々しく光らせた。
「では。わらわも倒されるわけにはいかぬ」
「そういうのはどの化け物でも言うな」
「そこの者」
「何だ!?」
本郷は鬼の言葉に応えた。
「わらわを化け物と言うたか」
「それ以外の何だっていうんだよ」
本郷はその禍々しく光る目と耳まで裂けた口、そしてその中から見える血に濡れた牙の様に鋭い歯を見据えながら返した。唇もまた血で濡れ、それが紅の様であった。一条伝わり、白い顎に赤い糸を描いていた。その血は着物にも着いている。首は今は手に持ち、そこで空しく空を見上げていた。少女の首には感情は見られなかった。虚ろであった。
「人は食うし犯すしよ」
「当然のことよ」
鬼は平然とこう答えた。
「人の美を味わう」
彼女は言う。
「美しきおなごの身体を堪能することこそ最高の美よ」
「喰って犯すのがかよ」
「左様。主にはその芸術がわからぬか」
「生憎俺は只の人間なんでね」
構えを変えた。中段から八相になる。
「そんなことはわかりたくもねえな」
「無粋なことよのう。美がわからぬとは」
「今までの三つの事件も手前だな」
「そうじゃ」
鬼はそれを認めた。
「隠すこともない。あれはわらわがしたことじゃ」
首を自分の前にやる。そしてその唇に接吻した。
接吻しながら舌を入れる。もう動かない舌に己の蛇の様に長い舌を絡み合わせていた。
「味わってやった後で。飾ってやったのだ」
「あんなところにか」
「美しいじゃろう?この娘もそうしてやるつもりじゃ」
鬼は哂いながら言った。
「今度は。夏の花がよいのう」
「季節はどれでもよいのかよ」
「それは違うのう。どんな季節でも常に全ての花があるのがよいのじゃ」
これは貴子と同じ考えであった。やはり影だけのことはある。
「無粋よのう。美の道を解さぬ者は。嘆かわしいことじゃ」
「嘆かわしくてもそうじゃなくても関係ねえ!」
本郷は激昂した言葉を吐いた。
「手前がやったことが許せねえんだ!覚悟しやがれ!」
右手に持つ小柄を投げた。それは鬼の胸を狙っていた。
「これで!」
「無駄なことを」
だが鬼はそれを見ても落ち着いていた。うっすらと笑みを浮かべていた。
「その程度でわらわを倒せると思うておるのか。愚かな」
その小柄を掴んだ。それで終わりであった。
「なっ!」
「ふん」
その小柄を手に取って眺める。
「よい刀じゃのう。持っておる者は愚かじゃが形はまことに美しい」
どうやら鬼は刀の美もわかるようであった。まじまじと見ている。
「それに退魔の力も備わっておるか。じゃがな」
あえてその小柄を掴んだ。
「わらわには効かぬ。では返すぞ」
小柄の刃を掴んだせいでその手と指が切れる。手が己の鮮血で紅く染まるがそれすらもうっとりと眺めていた。どうやら血というものに対して倒錯的な欲情を抱いているようであった。
その血塗られた刃を投げ返す。それは一直線に本郷に向かって来た。
「チイッ!」
左手の刀でそれを打ち落とす。それで何とか防いだ。
「俺の小柄が効かないなんてな」
「あの程度では天邪鬼さえ倒せぬぞ」
鬼は妖艶にして残忍な笑みを浮かべてこう述べた。
「青いのう、まだまだ」
「それではこれではどうかな」
今度は役が仕掛けた。懐の札を掲げる。
「受けろ」
その札を全て投げる。するとそれは赤い炎の矢となった。
赤い矢達が襲い掛かる。だがここで鬼の姿が分かれた。
「!?」
「わらわを何だと思うておる?」
矢は空しく鬼の分身を通り過ぎた。それで矢をかわした。
「わらわは影。影は何時でも消えることも出来る」
「闇の中でか」
「左様。闇は影」
「闇」
本郷はふとその言葉に反応した。だが今はそれどころではなかった。
「闇はわらわの力の源。今それを見せてやろうぞ」
腕を一閃させた。するとそこに闇が一条姿を現わした。
それは薙刀となった。鬼は首の髪を口に咥えるとその薙刀を両手で構えてきた。
「この刃でな」
「気を着けろ、本郷君」
役は隣にいる本郷にそう声をかけてきた。
「あれは。只の薙刀ではない」
「鬼の力の薙刀ですか」
「そだ、闇だ」
彼は言った。
「その刃は刃であって刃ではない。受けるなよ」
「受けられるものじゃないってわけですか」
「そうだ」
役の言葉はこれまでになく強かった。
「受けると。その瘴気で死ぬ」
「この刀だって普通のじゃないんですけれどね」
「それでもだ。それに相手は薙刀だ」
「ええ」
「普通にやっても手強い。用心しろよ」
薙刀は女性が扱うものとされている。大奥等ではよく使われていた。それで一見か弱い武器だと思われるがそれはとんでもない間違いである。
それどころか薙刀程恐ろしい武器はないのだ。
まずはリーチが長い。槍に匹敵する。そして斬れ味も鋭い。日本刀よりもいい程だ。そして速さ。振り回すだけで相当な速さになる。突くのも斬るのもいい。だから薙刀を相手にするには相当な覚悟が必要なのだ。本郷も口では軽口を叩いてはいるがそれはよくわかっていた。
「それじゃあ」
「接近戦は避けるか」
「まずは挨拶にね」
今度は手裏剣を出してきた。八方手裏剣である。
「手裏剣か」
鬼もそれに気付いた。
「小柄と同じこと。愚かなことじゃ」
「生憎手裏剣ってのは特別でな」
だが本郷はそう言われても臆してはいなかった。
「小柄みてえに。直線だけじゃねえんだよ」
「ほう」
「それを今。見せてやるぜ」
まずは数個投げた。投げた直後に姿を消す。
「ムッ」
「気をつけな」
鬼が薙刀で最初に投げた手裏剣を払った時に本郷の声がした。
「手裏剣はこうした場所で真価を発揮するんだからな」
今度は横から手裏剣が出て来た。また数個だ。
「横か」
「さて、それはどうかね」
だが声は横からではなかった。上からだった。
「!?」
「言っただろ、手裏剣の動きってな独特だってな」
「妖かしの術を使うておるか」
「違うね」
だが闇の中の本郷の声はそれは否定した。
「これはな、俺のオリジナルなんだよ」
「オリジナルか。また舶来の言葉を」
「あんた、中々古風だね」
「日の本以外から来ておるものは皆舶来よ」
鬼は本郷のその言葉には笑みを作ってみせた。だがその笑みは余裕の笑みであった。本郷の攻撃を前にしても余裕であることの証であった。
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