京に舞う鬼
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第十四章
第十四章
「遺体を下ろすぞ。そして署で解剖だ。いいな」
「わかりました。では」
「君達はまたここに残るんだろう?」
「はい」
二人は警部の言葉に頷いた。
「また色々と調べさせてもらいます」
「何かと気になることがありますので」
「そうか、では宜しく頼むぞ」
こうして警部と数人の警官が遺体を下ろして署に戻り、後には本郷と役、そして現場調査にあたる数人の警官が残った。二人はそのまま調査にあたった。
「今回は少し捜査の方法を変えるか」
「どうするんですか?」
「これを使ってな」
懐から数枚の札を取り出した。
「協力してもらう。行け」
札を投げる。するとその数枚の札は忽ち数匹の子鬼になった。そして寺のあちこちに散った。
「彼等なら私達の気付かないものも気付くからな」
「鬼には鬼ってわけですか」
「そうだ。さて、何が見つかるかな」
役は子鬼達を見ながら言った。
「若しかしたら何も見つからないかも知れないがな」
「どうでしょうかね」
二人は鬼達を見守っていた。その中の一匹は遺体があった木に登っていた。その鬼が暫くして役の下に戻って来た。
見ればその手には何か白いものを持っていた。それは花びらだった。
「花、ですか」
「そうみたいだな」
役はそれを子鬼から受け取る。そして手に取って見る。
「・・・・・・・・・」
彼はその花びらを見てすぐに顔を顰めさせた。まるで見てはならないものを見てしまったような顔になっていた。
「どうしたんですか?」
「この季節にこの花とはな。妙なことだ」
「その白い花びらがどうかしたんですか?」
「どうかしたもない。この花は」
「はい」
「椿の花だ。夏にな」
「椿、ですか」
「そうだ。明らかにおかしいだろう?」
「そういえば」
本郷はここでふと気付いた。
「最初の事件はスイレンの池でしたよね」
「ああ」
「二番目は藤の蔓を使っていた」
「そうだったな。まだ取り調べは終わっていないが」
それには紫の花びらまであった。間違えようのない藤の花である。
「そして今度は」
「椿だ。服も花も」
「はい」
「花が三つだ。これはどういうことかな」
「その花ですけれどね」
本郷は考えながら述べた。彼にしてはあまりないことであったが熟考していた。
「スイレンは夏ですよね」
「そうだ」
これは今も咲いているからすぐにわかる。
「けれど藤は春です」
「うん」
歌舞伎の舞踊で『藤娘』というものがある。春を踊ったものであり歌舞伎の中でも人気の演目だ。昔から美貌の女形が踊ってきたものであり坂東玉三郎のそれはこの世のものとは思えない程の幻想的な美がそこにある。
「そして椿は冬」
「そうだな」
「季節がバラバラですよね」
「これが実に妙なことだ」
役もそこに気付いていた。
「季節が一致していないな」
「ええ」
「今は夏だというのに普通に藤や椿の花が出ている」
「今は栽培技術の発達のせいで何時でも見られるようになったにしろ」
「ここに謎があるのかもな」
「花にですか」
「そうだ。わざと季節を無視した花を出したりもする」
役は言った。
「鬼は。そこに何かを見出しているのかもな」
「季節の異なる花を演出に使うことにですか」
「それと同時に少女だ」
また被害者に目を戻した。
「長く黒い髪の良家の美女ばかり襲う」
「はい」
「おそらく生娘ばかりをな。異様な趣味だ」
「そこに茶に花に踊り」
「さらに限られてくる」
京都にそうした家は多いにしろだ。それでもこうも事象が重なれば自然と物事が狭まってくるものだ。二人は今それを感じていた。
「鬼が何者か、ですね」
本郷は呟いた。
「ここまで演出に凝れるのだ。相当そちらに造詣の深い者だ」
「それに同性愛者でしょうね」
「そうなるか?」
「はい。どうも今までの演出ってのを見ますとね」
本郷は遺体がかけられていた清水の木を見て言った。そこにも演出があったからだ。
「どうもそこに感じるんですよ、そうしたものを」
「そうしたものを、か」
「はい。女の子ばかり狙うのはね。ある意味独特なんですよ」
「女でありながらか」
「男だってそうなんですよ。同性にしか興味がない奴になるとね」
何時になく真剣な面持ちであった。
「自分の世界を絶対に侵されたくはない、っていう強烈な意識が出て来るんですよ」
「詳しいな」
「そういう道の奴に知り合いがいるもんでしてね」
「ほう」
「おっと、だからといって俺がそうだってわけじゃないですよ」
「それはわかっているつもりだ」
この言葉には思わず苦笑してしまった。
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