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京に舞う鬼

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第十一章


第十一章

 これを本郷が知らない筈がない。そうした妖怪達を倒すのを生業としているのであるから。だがこの時は少し事情が違っていたのである。
「けれどですね」
 彼の方でもそれを言ってきた。
「あのろくろ首ってこんなに鋭い刃物、使いましたっけ」
「聞いたことはない」
「ですよね。それで札のことを考えると」
「やはり鬼の仕業だな」
「そうですね。それも間違いなく同じ鬼だ」
「美しい少女ばかり狙う鬼か」
「一体何者なのか。まあ碌でもない奴なのは確かですね」
「まあそうだな」
「そもそも人間でもないですし」
「それを言ったら御仕舞いだがな」
「おっと、これは失敬」
「しかしだ」
 役も顔を顰めさせていた。
「寺でのことといいこの橋でのことといい」
「どうやらかなり悪趣味な奴みたいですね」
 二人はそんな話をしながら現場を調べ続けていた。やはり血は殆どなく、証拠らしきものはその鬼の気配以外何もなかった。結局何もわからないのと同じであった。
 捜査を終えて署に戻る。するとやはり警部が声をかけてきた。二人はすぐに個室に案内された。そしてそこで警部から話を受けた。
「被害者のことで色々とわかったよ」
「身元等もですか?」
「ああ。今度は大学生だった」
「大学生ですか」
「地元の学校に通う、な。そしてやはり良家のお嬢様だった」
「またしても、ですか」
「そしてこれも同じだな」
「お茶やお花をやっていたんですね」
「もうわかっているか」
「何となく勘で。正解でしたか」
「その通りだ。そのものズバリだ」
「こりゃどうも」
 本郷は正解とされて本来なら笑うところだがそうはしなかった。こんな事件の現場を見た後ではとてもそんなことは出来なかったからである。そうした心も心配りも彼は彼なりにわきまえていた。
「そして踊りもな」
「踊りも、ですか」
「日本舞踊だ。これは違ったと思うが」
「どちらにしろ日本的なものですね」
「そうだな。そしてもう一つ面白いことがあった」
「それは何ですか?」
「若しかして血のことでしょうか」
 今度は役が尋ねた。
「血か」
「違いますか?」
「よく気付いたな、確かにそれもある」
「それもあるとは」
「今回は別のことだ」
「一体何なんですか?」
「被害者の腕に巻き付けられていたものだ」
「被害者の!?ああ、あれですね」
 本郷はそれを聞いてふと思い出した。被害者の遺体を橋から吊り下げていたあの紐だ。
「あれがどうかしたんですか?」
「あれは只の紐ではなかった」
「只の」
「そう、藤の蔓だった。どうだ、変わっているだろう」
「変わってるも何もまたえらく妙な話ですね」
 本郷はそれを聞いて顔を露骨に歪ませた。
「藤の蔓で被害者を吊るし上げるなんて。よくそんなことが出来ます」
「そしてその蔓には紫の花が咲いていた」
「花が」
「そうだ、これはどういうことかな」
「明らかに季節外れですが」
「何か思うところはないかね」
「その蔓の事ですが」
「うむ」
 まずは役が尋ねてきた。警部はそれに応える。
「取調べはされましたか?」
「それは今行っているところだ」
「左様ですか」
「それの判定次第でさらに面白いことになるだろうな」
「その蔓、拝見させて頂けるでしょうか」
「蔓をか」
「はい。宜しければお願いします」
「わかった。ではこっちに来てくれ」
「はい」
 二人は警部について署内の地下に向かった。暗い階段を三人で降りていく。
 カツーーーーン、カツーーーーンという靴の音が響く。固いコンクリートを一段一段三人で降りていく。
「ところで血のことですけれど」
 本郷は階段を降りながら警部に声をかけてきた。
「それか」
「被害者の遺体には殆ど残っていなかったでしょう」
「その通りだ」
 彼は本郷の言葉に頷いた。
「やっぱりそうですか」
「殆ど抜き取られていたな。見事なものだ」
「どうやって抜き取ったかとかはわかりますか?」
「傷口からだ」
「傷口から」
「腹に縦に大きく切られた傷があったな」
「はい」
「そことは別に。もう一つ傷があったのだ」
「それは何処ですか?」
「喉だ」
 役に答えた。
「喉」
「そう、喉だ」
 今度は二人同時に言った。そして警部は二人に応えたのである。
「喉にな。こう傷があった」
 指で喉を横に掻き切る動作をしてみせた。
「スパッとな。どうやらそこから抜き取ったらしい」
「そうだったのですか」
「腹の傷は。また別の用途だった」
「別の?」
「中からな、内臓を取り出していた。一つ残らず」
「内臓を、ですか」
「まるで動物を食べる時の様な話ですね」
 本郷は嫌悪感を、役は表面上は何もないようで、それでいて内面に露骨に憎悪を露わにさせていた。
「だろうな。血はどうやら吸ったようだし」
「吸ったのですか」
「ただし、唾液やそういった証拠は残してはいない」
「綺麗に拭き取ったと」
「そもそもその傷自体が小さくて見つからなかった。一見しただけではな」
「また徹底してますね」
「指紋も何もない」
「それはまた」
「被害者の身体には証拠は何もなかったよ」
「寺での首と同じですね」
「そうだな」
 三人は自然に俯くようになっていた。話が袋小路に入ろうとしていたからだ。
 足取りが重くなるのがわかる。そして地下室へと歩いて行った。
「わかっていると思うが」
 警部は地下室の前で二人に対して言った。
「かなり酷いぞ」
「わかってますよ」
「こちらも慣れています」
「そうか、そうだったな」
 警部は二人の言葉を聞いて納得した。彼等の以前の仕事を知っていたからだ。
「済まない。詰まらないことを言ったな」
「いえ、お気遣いなく」
「それでは入りますか」
「うむ」
 二人は警部に案内あれる形でその地下室に入った。そこは解剖室であった。
「もう解剖は今日は終わっていてな」
「はい」
 二人は警部の説明に応えた。
「とりあえずおおよそのことがわかっただけだ」
「紐のことと血のこと、そして内臓のことですか」
「そう、大体そんなところだ」
 暗い部屋の周りには様々な医療器具や機械が置かれている。三人はそれに気を着けながら中央にあるベッドを囲んだ。
 そのベッドには白いシーツがかけられていた。警部はそのシーツに手をかけた。
 
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