港町の闇
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第二十二章
第二十二章
緑の蔦が館を覆っている。それはまるで蛇の様に見えた。
「今にも動きそうですね」
「ああ」
制服の警官の一人の言葉に七尾刑事が頷いた。その時だった。
「ンッ!?」
不意に蔦が動きはじめたのだ。そして本郷達に襲い掛かって来たのだ。
「やっぱりな!」
本郷がそれにすぐに反応した。そして刀を抜く。
それで蔦を切っていく。切られた蔦は地に落ちるとヒクヒクと動物の様に蠢いていたがやがて枯れて茶色になって動かなくなってしまった。
本郷はすぐにその蔦を全て切り落としてしまった。こうしてまずは第一の敵を倒した。
「ほんの出迎えだな」
彼は刀を収めてそう言った。
「何かあるとは思っていたが」
「これはまだ序の口だろう」
役もそれに言葉を合わせた。
「おそらく中はもっと凄い筈だ」
「でしょうね」
「これでですか」
大森巡査が枯れた蔦を恐る恐る見ながら問うた。
「ええ、俺達が戦った時はこんなもんじゃなかったですし」
「それは巡査も御存知ですよね」
「それはそうですが」
中華街でのことを言っているのである。あれには巡査もかなり驚かされていたのである。
「何ならここは俺達二人でいきますよ」
本郷はここでこう申し出てきた。
「どうされますか」
「ご冗談を」
まず神父がそれに応えた。
「私も行かせてもらいますよ。仕事ですからね」
「私もです」
署長がにこりと笑ってそれに続いた。
「私も仕事ですから」
「では私も」
七尾刑事が続いた。
「これでも体力には自身があります」
これで決まった。警官達も上司が行くのならばついて行くしかなかった。一同はあらためて家の門の前に立った。もうここでは彼等を阻む存在はなかった。
「さて、行きますか」
「ええ」
神父の言葉に頷いた。そして家の扉の前に役が立つ。
「ムンッ」
刀を抜いて一閃させた。居合いの要領である。
それで扉を断ち切った。扉は後ろに大きく開かれた。中には闇が拡がっていた。
「うっ」
警官達はその中から漂ってくる匂いに思わず顔を顰めさせた。それは血の匂いであった。
「何て匂いだ」
署長が顔を顰めながらそう述べた。刑事もである。
こうしたことには慣れている筈の彼等でさえ顔を顰めさせる。この屋敷はそれ程までに血の匂いに満ちていたのである。
「凄いですね」
神父もそれは同じであった。だが彼は表情を変えはしなかった。
「何、こんなのは予想通りですよ」
本郷は冷静にそう言葉を返した。
「この位はね。まだまだ」
「まだまだ、ですか」
「はい」
本郷は答えた。
「今までこれ位の場所は何度も来ていますから」
「それは神父様も一緒ではないですか」
「ふふふ、確かに」
神父は笑って頷いた。
「これ位はね。では気を取り直していきましょうか」
「はい」
三人を先頭に中に入った。警官の一人が電灯で屋敷の中を照らそうとする。だが役がそれを制止した。
「その必要はありませんよ」
「何故ですか?」
「これがありますから」
彼はそう言うと目の前に火の玉を一つ出した。そしてそれを複数出してきた。
「これで暗くはないでしょう」
「はあ」
火の玉は一人に一つずつついた。これで屋敷の中は明るくなったのであった。
一向はあらためて中を見回した。そこは荒れ果て、まさに廃墟であった。
壁は朽ち絵が床に落ちていた。その床も苔や虫食いだらけであり赤絨毯は妙な色に変色してしまっていた。
階段の手摺りの木々もまた同じであり腐り一部破損していた。階段ももう一歩踏み込めばそれだけで底が抜け落ちそうであった。
「雰囲気が出ますね」
「ええ」
シャングリラも所々割れている。中には床に落ちて完全に割れてしまっているものもある。暗がりの中に見える部屋の扉も腐り、穴が開いているものもある。確かに何かがいてもおかしくはないような屋敷であった。
「あの吸血鬼だけじゃなく他にも何かいそうですね」
「いそうではなくいますよ」
役が警官の言葉にそう応えた。
「えっ」
「ほら、そこに」
役がある場所を指差した。するとそこに何か得体の知れぬ者達がいた。
「ひっ」
その警官はそれを見て思わず悲鳴をあげた。それは一匹の狼であった。
役はその狼を拳銃で撃った。それにより狼は動き出す前に額を撃ち抜かれその場に崩れ落ちた。後には血溜まりだけが残されていた。
「あの吸血鬼の使い魔ですよ」
役は拳銃の銃口から煙を出させたままそう答えた。
「あの吸血鬼は自分の血から使い魔を出すことができましてね」
「使い魔を」
「はい。今の狼もそれです。ファミリーパークでも戦いましたから」
「そうだったのですか」
「おそらくこうした連中はまだまだ出てきますよ」
「ですから気をつけて下さい」
「わかりました」
そんな話をしながら中を進む。実際に蝙蝠や蛇、烏等が彼等に襲い掛かって来た。だが彼等はそれを何なく退けていった。
本郷と役だけではなかった。神父もいた。彼は十字架と手に持つ巨大な剣でアルノルトの使い魔達を退けていった。その剣は面白い形をしていた。見たところ巨大な十字架に見えるのである。
「トゥハンドソードですね」
「はい」
本郷に対して答えた。これはドイツでよく使われた大型の剣である。本来は両手で使うのだが彼はこれを片手で使っていた。そしてもう片方の手で銀の十字架を投げていたのだ。
「これが一番ですよ。魔物を倒すのは」
だが今は屋内である。こうした巨大な武器を使うには不利な筈である。だが彼はこの剣を何なく使っているのである。恐るべき腕であった。
「けれど重くありませんか」
警官の一人が彼にそう尋ねた。
「そんな馬鹿でかい剣を片手で使うなんて」
「御心配なく」
彼はにこりと笑ってそう答えた。
「力はありますから」
そして片腕を見せた。見れば筋骨隆々の見事な腕であった。これなら使いこなせられると納得できる程の腕であった。
「それならいけますね」
その警官もそれを見て納得した。
「はい。それでは先を行きますか」
「ええ」
一行はさらに進んだ。やがて階段に足を踏み入れた。
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