皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第28話 「帝国の現状」
前書き
あれっ? 会議室だけで終わってしまった。
第28話 「どん底の人々」
リヒテンラーデ候クラウスである。
本日はブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム候、クロプシュトック候、ゲルラッハ財務尚書、カール・ブラッケ達、事務局の面々。
そしてわしが揃って、宰相府に呼び出された。
集まったのは会議室じゃ。
天井の高さは二階分。窓辺にはステンドガラスが、天井近くにまで取り付けられておる。
モチーフは竜退治の英雄の姿。
優美なU字型のテーブルの奥には、皇太子殿下が古風な黒壇のデスクに両肘を載せ、身を乗り出した格好で我らを見つめていた。
窓を背に座っておられる。逆光になっているため、シルエットしか分からぬが、いつもの儀礼服ではなく、高級そうなスーツを纏った実業家といった風情じゃ。
「卿らに集まってもらったのは、他でもない。今度の帝国の統治に関する方針を、伝えるためだ」
両手を合わせ、親指を突き出した姿勢。
親指に顎を乗せたまま、皇太子殿下が話し始めた。
空いたいくつかの席の前には、モニターが置かれてある。
そこに映っているのは、フェザーンにおる連中と辺境にいる貴族達だ。
アンネローゼなどの寵姫たちが、我らの前にコーヒーを配ってゆく。それを見届けた殿下が再び、口を開いた。
「前もって言っておくと、各有人惑星を統治するのは、貴族だ。貴族がそれぞれの領地を、統治していく事になる。それは今までと変わらない」
ガタッと椅子の軋む音が聞こえた。
ブラッケが血相を変えて、立ち上がろうとしておる。
「黙って座ってろ。意見があれば、後で聞こう」
「貴族が……」
「黙ってろと言ったぞ!!」
皇太子殿下に睨みつけられたブラッケが、顔面を蒼白とさせ、椅子に座り込んだ。
意見は後で聞くと言われたじゃろう。
こういう時は大人しく耳を傾けるものじゃ。
「平民たちに、それぞれ代表者を選ばせて、統治させようか。それとも政府から管理者を派遣しようかとも考えたが、二つの理由から止める事にした」
そこまで言って皇太子殿下は我らを見回した。
モニターの向こうでは、シルヴァーベルヒがあごを擦って、興味深げに見ておる。オーベルシュタインはなにやら考え込んでおり、辺境の貴族に至っては、うんうんと頷いておった。
「まず第一に、オーディンと辺境では教育に格差がある事。今の段階で代表者を選ばせても、中央に近い連中に、いい様にされて終わりだろう。それは拙い」
確かにその通りじゃ。
はっきり言って、オーディンにある帝国大学と、辺境の学校では格差がありすぎる。いや、そもそも辺境には、高等教育を行う大学はないじゃろう。有っても農業、工業系ぐらいか……。
政治関係はなかったはず。
「今から教育に力を入れても、まずは学校を建て、教師を呼び、教育を施す。いったいどれぐらいの期間が必要だ? そこまでの余裕はないだろう」
辺境の貴族達が頷いている。
彼らからしてみれば、現状通りなのだろう。はい、そうですかと平民に権利を与え、代表者を選ばせてもうまくは行かない。それが身に沁みて解っているらしい。
「次に管理者を派遣するという話だが、これはそのまま中央と辺境の争いになる。理由は先ほど、言った通りだ。それに統治に失敗しても、しょせん官僚だからな。失敗が即、収入に直結する貴族とは違って無責任になりがちだ。別の収入があるやつにさせても、今一、必死にはなりきれん。よってこれも却下する」
ふと気になって、ブラッケの方に目をやると、泣きそうになっておる。
やはり夢を見ておったのじゃな。平民に権利を与えれば、全てうまくいく。そんな夢のような事が現実にあるものか。
むしろブラッケ以外の事務局の連中は、真摯に受け止めているようじゃ。結構結構。
「ただ、平民達にも政治には参加してもらう。統治者である貴族は、領地の平民達から選ばれた代表者および専門家たちと協議を行い、政策を実行に移す。惑星単位ではあるが、平民達に自分達の代表を選ばせる。今でも平民達の中心になる奴がいるだろう? そいつらを正式に任命する事になる」
思わず息を飲んだわ。
平民達の中心人物を取り込むお積りじゃ。そうなれば平民達も自分達の意見を言う事ができよう。貴族も無視はできまい。その上で統治に協力させる。不平不満は、貴族よりもまず、自分達の代表者に向かうであろう。
「まず、ここまでで何か意見はあるか?」
皇太子殿下が席におる者たちをぐるりと見た。
「宜しいでしょうか?」
真っ先に手を上げたのは、オイゲン・リヒターじゃった。
「許可する」
「ありがとうございます。閣下は平民達に政治参加をさせると仰いましたが、今の段階では政治的発言というよりも、貴族へお願いするだけになると思われます。それではとても政治参加とは言えないでしょう」
リヒターはまっすぐ皇太子殿下を見つめている。
なかなか良い眼光じゃ。
「残念ながら、そうなるだろうな。しかし自分達の要望を述べる場ができた以上、遠からず意見を述べるようになると思うぞ。人間というのは強かなもんだ」
「しかし貴族による報復、いえ弾圧を恐れて、何も言えないのでは?」
「絶対にないとは言えんな。バカはどこにでもいる。だが正式な代表者である以上、政府に訴える権利を持つ。その時には調査が入る事になるだろう。そして調査は平民が行う」
「はあ~っ?」
思わず、わしを含め、部屋の中にいた者たち全てが、声を上げたわ。
すると何ですか?
統治は貴族。そして平民の代表者と協議。しかし事が起きれば、平民の調査が入る事になる。
いささかそれは貴族の方に、不利になりすぎではありませんかな?
「いいかよく聞け。統治は貴族が行う。平民は意見を述べる。問題が起きれば、平民の調査が入るが、最終判断は、皇帝もしくは帝国宰相が行う」
ふむ。最終的に皇帝の意志が判断、決定するのか。
一番上は皇帝陛下という事か……。
正統な統治者と正式な調査団。この両者の意見を判断、決定せねばならぬとは、皇帝は強くなければならぬな。意志薄弱では為せぬ事よ。
「基本的には法に則って判断するが、どうせこの手の事は、利害のぶつかりあいだ。訴える権利を持つ者を、一方的に弾圧を加えられるほど、これからの帝国は甘くない。それでもなお不当だと訴えるのであれば、調査が入る。貴族の側も専門家に依頼しても良い。同じ事柄を違う目線から見た場合、様相も異なるだろう。その結果、判断は皇帝にさせる」
それができぬほど、弱い皇帝など取り替えてしまえ、か。
それは幼くして即位せねばならなかった皇帝の、後見人にも同じことが言える。
「それができねば、後見人の資格もない」
皇太子殿下のお考えは、厳しい。
まず第一に帝国を背負う覚悟を持て、と仰っているのだ。
それができなかったから、今の帝国の有り様になった。
皇帝も意識改革をせねばならぬのだ。
「閣下」
冷静な声が部屋の中に響いた。
声の主はやはり、オーベルシュタインか。
「宜しいでしょうか?」
「許可しよう」
「では、この様な重大な案件は、一度各自で思考を巡らさねば、答えようもございません。意見の返答は次回にさせていただいても宜しいか?」
「なるほど、卿の意見には聞くべきものがある。俺も少し先走りすぎたな。次回までに意見を纏めておくように。他の者にも命じるぞ」
「御意」
辺境の貴族達も、ホッとしたような表情を浮かべておる。
基本的に皇太子殿下の意見に賛成しようが、平民達にも聞いてみなければ、ならぬな。
「では、次だ。こちらも厄介だぞ」
皇太子殿下が再び口を開いた。
部屋の中の誰もが緊張しておる。わしとても何を言い出すのかと、戦々恐々じゃ。
「帝国には現在、多数の農奴がいる」
ふむ。農奴問題か……。
これもまた厄介じゃのう。
「農工業の効率化を目指すとなれば、農奴たちの身の振り方を考えねばならん。ブラウンシュヴァイク公」
「はっ」
皇太子殿下に声を掛けられ、公爵も緊張しておるわ。
「公のところにも、農奴は多数いよう。農業、工業を効率化、機械化した際、農奴は必要か?」
必要かと問われるか?
うむ。必ずしも必要とはいえぬ。農奴とは基本的に単純労働者じゃ。
「必ずしもいるとは限りません」
「では効率化をした際、大量の失業者が増えるな」
そうか、農奴を解放すると、大量の失業者を生み出してしまうのかっ。
ゲルラッハが顔面を蒼白とさせておる。失業問題は、財務尚書としては見過ごせんか。
「人口の少ない惑星に移住させるとしても、現状でさえ、食糧問題は起きていない。むしろ余っているぐらいだ。戦争で大量消費しても、な」
「確かに、効率化してさらに大量の農産物ができたとしても、むしろ余剰となり、値崩れを起こします」
ゲルラッハが真剣な面持ちで言う。
う~む。効率化も一概に正しいとは言えぬか……。
厄介じゃのう。
「エタノール化して代用エネルギーにしても、消費量よりも生産量の方が多いかもしれん」
「突き詰めれば、人口問題に行き着きます」
「財務尚書の言うとおりだ。人口が少ない。これが最大の問題である。他の問題はこれに比べれば、たいした事はない」
「出産を奨励しても、戦争による人口低下、徴兵問題の所為で、出産率が低くなっております」
「どうせ、戦争で取られるんだから、産まなくても構わない。そう思う女性も多いという事だ。百五十年も戦争してりゃあ~そうなるだろうな、むしろ今まで、よく持ったもんだ」
事務局の連中が頭を抱えている。
連中は農奴の教育問題だと、考えていたのじゃろう。
わしもそうだと思っておった。
しかし皇太子殿下は、人口問題だと仰る。
生産量、生産品質を向上させても、消費者が少なければ、意味がない。
これは同盟側も同じじゃろう。
「ただし、農奴解放を行えば、一時的にではあれ消費者は増えるし、人口も増えるだろう。今まで結婚すら考えもしなかったような連中だ。できるとなればするだろう」
「やりますか?」
「やるさ。どうせ今まで、何もできなかったんだからな。できるうちにやろうとする。そして兵士の一部を民間に戻す。男女比が著しく偏っているからな。結婚できない女性も多いんだ」
結婚できない女性。
帝国は女余りじゃ。男性が戦争に取られ、少なくなっておる。
男が戻ってくれば、結婚できる女性も増える。そうなれば少しは出生率も増えるじゃろう。
「今のうちに再び、休戦状態に持っていきますか?」
シルヴァーベルヒが口を挟んできた。
「そうすると、同盟側も国力を回復させようとするだろう」
「リッテンハイム候の言うとおりだ」
ブラウンシュヴァイク公が言う。
「同盟を引っ張り出して、叩いておく必要がありますね」
クロプシュトック候の息子、ヨハンも言い出す。
「同盟側の一〇個艦隊のうち、半数は叩いておきたいな」
「主戦派を煽りましょう。あいつらを煽って見せます」
シルヴァーベルヒの言葉に、オーベルシュタインも頷いておる。
この二人、意外と相性が良いらしい。
「やるか?」
「やりましょう」
皇太子殿下の問いに、シルヴァーベルヒがにやりと笑ってみせる。
不敵な笑みじゃ。
皇太子殿下もそうじゃが、こやつも人を食ったところがあるわ。
「では、二年のうちに同盟側の宇宙艦隊を半数は叩く。そしてその間に、帝国は農奴解放と兵士を一部民間に戻す。そして産業の効率化と、出生率の向上。それらは五年を目処にする」
「御意」
「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候は、帝国の効率化を担当してもらう」
「はっ」
「クロプシュトック候には平民の政治参加を、辺境の貴族達とともに担当してもらおう」
「畏まりました」
「事務局の連中には、ゲルラッハとともに農奴解放とその身の振り方、および法改正」
「御意」
「フェザーン組は同盟を引っ張り出してもらおうか」
「任せてください」
うむうむ。楽しくなってきたわ。
基本方針を伝えた事によって、各自やるべき事を認識したようじゃ。
はて? わしはどうするのじゃ?
「卿は、対ばか親父だ。聞いたぞ、またろくでもない事を考えているようだな」
「知っておられたのか?」
「まーねー」
それにしても皇帝陛下の事を、バカ親父呼ばわりとは、皇太子殿下以外にはできぬ事よ。
残念でしたな、陛下。すでに悪事は露見しているようですぞ。
後書き
舞踏会のシーンを入れ損ねた。
ラインハルトとフレーゲルの再会とか、ネタはあるのに……。
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