ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
地底世界ヨツンヘイム
見上げると、薄闇の彼方に煌く幾つもの光があった。
星ではない。広大な天蓋から垂れ下がる無数の氷柱が、内部から仄かな燐光を発しているのだ。
つまり現在地は洞窟の底という事になるが、問題はその規模だった。
遥か彼方に屹立する壁から壁までの距離は、リアル単位置換でおそらく三十キロを下るまい。天蓋までの高さも最低で五百メートル。
そこには無数の断崖や峡谷が刻まれ、白く凍りついた湖やら雪山、さらには砦や城といった構造物まで散見できる。
こうなると、洞窟などという規模では到底ない。
地下空間、いやもはや《地底世界》と呼ぶべきものだ。
実際、それそのものなのだ。
ここは妖精の国《アルヴヘイム》の地下に広がるもう一つのフィールド。
恐るべき邪神級モンスターが支配する闇と氷の世界。
その名も────
《ヨツンヘイム》
時は、旧《冥界の覇王》、現《終焉存在》である紅衣の衣を待とう少年ががALOの世界よりその存在を離脱した時間より二時間ほど遡る。
「ぶ、ぶぶ、ぶ、ぶえーっくしょい!!」
という女の子にあるまじきパワフルなくしゃみを炸裂させてから、シルフ族の少女剣士リーファは慌てて両手で口元を押さえた。
素早くクーの流動する背の端っこににじり寄り、周囲を見渡す。
今のを聞きつけたはぐれ邪神の馬鹿でっかい顔がぬっと現われるのではないかと想像したが、幸いだだっ広い雪原の彼方に時折見える、巨大な邪神の影の緩慢な動きに違いは見当たらない。
いくらレンの使い魔、巨大な黒狼であるクーであっても一対一だったらともかく、複数の邪神級相手ならばさすがに分が悪いというものだ。
それ以前に、動物好きのリーファとしてはクーにそんなおんぶに抱っこであるこの状況すらも好ましくないわけだが。
厚手のマントの襟元をかき合わせながら、クーの背の漆黒の体毛を緩く握り直す。
ふう、とため息を一つ。じわり、と身体の芯から忍び寄ってくる眠気に耐えながら、リーファは後ろを見る。
背の上で器用にあぐらをかいた状態でバランスを保っているリーファの同行者は、実に穏やかな────あるいは間の抜けた顔でこっくりこっくりと船を漕いでいた。
一瞬苦笑し、腕を伸ばす。
「おーい、起きろー」
小声で言いながら尖った耳を引っ張るが、同行者はむにゃむにゃ言うだけだ。その膝の上では、もう一人の中まである小妖精が、こちらは丸くなってくうくう寝息を立てている。
「ほら、寝ると落ちちゃうよー」
身体を反転させて、もう一度耳を引っ張る。
すると同行者はそのままこてんとリーファの太腿の上に頭を転がし、あまつさえもぞもぞ動いて、いいポジションを探るではないか。
ひゃっと背筋を伸ばしてから、どうやって叩き起こしてやろうかと両手を中でわきわき開閉させる。
とはいえ、居眠りするのも無理はない状況ではあるのだ。
何せ、視界右下端に表示された現在のリアル時刻は、すでに下前二時を回っている。リーファ自身もいつもならとうにログアウトし、ベッドで熟睡している時間だ。
はぁ、とため息をもう一つ吐き出し、リーファは心を鬼にして左手で拳骨を作ると、それを同行者の、ぴんぴん尖った黒い髪の真ん中目掛けて落下させた。
ヴォクシッ、というような割と爽快な効果音とともに肉弾攻撃特有の黄色いエフェクトフラッシュが閃き、同行者が奇妙な声とともに飛び起きた。
両手で頭を押さえてきょろきょろ首を巡らせる顔に向かって、リーファはにっこり微笑みかけた。
「おはよー、キリト君」
「………お、おはよう」
おはようございますパパ、ヴルル、という二つの挨拶を聞きながら、同行者、浅黒い肌に黒い髪を持つ影妖精族の剣士キリトは、少年漫画の主人公めいたやんちゃな風貌にそぐわないしょぼくれた表情を浮かべて訊いてきた。
「……俺、寝ちゃってた?」
「あたしの膝の上で、ね。小パンチ一発で済ませてあげたのを感謝しなさいよね」
「そりゃ失敬。何ならお詫びに、リーファも俺の膝枕で…………」
「要りません!」
大きく顔を逸らせてから、横目でじとっとキリトを睨む。
「あほなこと言ってないで、夢の中で思いついたナイスな脱出アイデアでも披露したら?」
「ない!」
「威張って言うな!」
訊いたあたしがバカだった、と肩を落としたリーファは、もう一度首を伸ばして辺りを見回した。
雪原の彼方にさっきはうっすらと見えていた異形の影の姿は、もう影も形も見えない。見渡す限りの深い闇の向こうに見えるのは、身体の芯から凍らせるような風によって巻き上げられた雪が舞うのみだ。
振り返って見ても、あるのは降り積もった雪にどこまでも点々と付いているクーの巨大な肉球の足跡だけだった。
スイルベーンを出発したのが今日────正確にはもう昨日の夕方。
広大な森林地帯を飛び越え、長い鉱山トンネルを駆け抜け、オマケに敵対するサラマンダー達の襲撃をも虐殺────もとい退けて、シルフ領主サクヤとケットシー領主アリシャ・ルー、フェンリル隊等と別れたのが午前一時過ぎ。
途中で何度かトイレ休憩を取ったとは言え、その時点で連続ダイブも八時間に達していた。
央都アルンはまだ遥か彼方に霞み、とてもすぐには到着できそうにはなかったので、今日のところはここらで切り上げて最寄の宿屋でログアウトしようということになり、リーファ達はちょうど視界に入った森の中の小村にこれ幸いと降下した。
謎の村に降り立ったリーファとキリトは、まず住民────NPCの姿がまるでないことに首を傾げた。
それでも宿屋の店主くらいはいるだろうと、なぜか空中に留まっていたレンとカグラを放っておいて最も大きい建物に入ろうとした。
その瞬間。
村を構成していた三つの建物が、全部同時にどろっと崩れた。
ぬるぬる光る肉質のこぶになってしまった宿屋にあんぐり口を開ける暇もなく、足元の地面がぱっくり左右に割れた。その奥にあったのは、うねうね蠕動する暗赤色の洞窟。
そう、リーファ達が村と思って入ったのは、地面に埋まっていた恐ろしく巨大なミミズ型モンスターが、口の周りの突起を変化させて作った寄せ餌だったのだ。
リーファとキリト、その胸ポケットに入っていたユイは、強烈な吸引力によってひとたまりもなく丸呑みされた。
巨大ミミズのぬるぬる滑る消化管にぐびりぐびりと運ばれる間に、このまま胃酸に溶かされるのだとしたら、まず間違いなく一年間のアルヴヘイム・オンラインプレイ歴で最悪の死に方だ!と確信したりもした。
しかし幸いながらもリーファ達はミミズの口に────正確には胃に合わなかったようで、およそ三分近くも続いた魅惑の消化器ツアーの末に、どこかにぽいっと放り出された。
全身に纏わりつく粘液の感触に鳥肌を立てながら、とりあえず背中の翅で落下を止めようとして、リーファは再び戦慄した。
飛べなかったのだ。
どれほど肩甲骨に力を込め、翅を震わせようとも揚力が生まれない。いずことも知れぬ薄暗闇の中を、続けて排出されたキリトとともに割と本気な悲鳴を響かせながら一直線に落下し、いよいよ覚悟を決めた時、身体を包んだのは、ぼすん!という柔らかくて艶やかなクッションの山に突っ込まれたような感触のみだった。
じたばたもがいてから顔を引っ張り出したリーファがまず最初に視認したのは、こちらを食い殺さんばかりの────もとい、気遣わしげな視線を向けてくる巨大な黒狼、正式名称《フェンリル・ラウンダー》で、リーファ達とスイルベーンから旅をしてきた猫妖精のレンの使い魔であるクーの姿だった。
ご主人様であるレンは、巨大ミミズに飲み込まれなかったはずなのに、なぜクーだけがついて来ているのかという疑問をひとまず棚に上げておいて、リーファが次に見たのは、月や星の輝く夜空の代わりに果てしなく広がる岩の天蓋だった。
うへぇ洞窟か、道理で飛べないわけだ、と顔をしかめながらぐるりと視線を巡らせた途端、目と鼻の先の雪原をゆっくり移動していく、見上げるような異形の姿が眼に飛び込んできた。
それが、スクリーンショットくらいでしか見たことのない恐るべき《邪神級モンスター》であることは疑いようもなかった。
すぐに顔をクーの背の体毛に突っ込んでいたキリトが顔を出し、何かを喚こうとしたその口を全力で押さえながら、リーファは悟った。悟ってしまった。
自分がALOにダイブして初めて、広大無辺の地下世界、最難度フィールドたる《ヨツンヘイム》にやって来てしまったのだということを。
とりあえず、五階建てのビルほどもある多脚型の邪神モンスターを屠ってくれたクーのペルシャ絨毯のような背の上に非難し、移動をしながら善後策を練る事にした。
しかし飛行不能なこの場所ではお手軽な脱出方法などあるはずもなく、もう一時間近くこうして一定のリズムで揺すられているわけだ。
「ええと………脱出以前に、俺ってこのヨツンヘイムっつーフィールドの知識ゼロなんだよな………」
ようやく眠気を追い払ったらしきキリトが、鋭さの戻った瞳を雪原の彼方の暗闇に向けながら言う。
「確かここに来る前、シルフの領主さんが言ってたよな。俺の手持ちコイン渡した時、『この金額を稼ごうと思ったら、ヨツンヘイムで邪神を狩らないと』とかなんとか……」
「あー、うん。言ってたね」
そんなことも。
「いや、だからさ。領主さんがああ言ってたってことは、このフィールドで狩りをしてるプレイヤーもいるってことだよな?」
「いるにはいる………みたいね」
「じゃあ、さっきのデカミミズみたいなトラップ的なルートじゃなくて、ちゃんと双方向で移送できる正規のルートも存在するわけだ」
そこでようやくキリトの言わんとするところを察し、リーファは少しだけ眼を見開く。それににやりと笑みを返し、黒衣のスプリガンは己の膝の上で寝息を立てている小妖精を突っついて起こした。
しばらく寝ぼけ眼で周囲を不思議そうに見回していたユイだが、幸いなことにすぐに立ち直ってくれ、ナビゲーションピクシーならぬプライベートピクシーの博識っぷりを披露してくれた。
「あるにはあるみたいです。ええと……、央都アルンの東西南北に一つずつ大型ダンジョンが配置されていて、そこの最深部にヨツンヘイムに繋がる階段があるようです。場所は────」
言いながら、彼女は簡易マップを呼び出し、二人でユイ用にちっこくなっているそれを覗き込む。
ほぼ円形をしたヨツンヘイムの平面図が表示されるが、自分達は全くの未踏破と言っていいため、最初に落っこちた場所から現在地までの道のり周辺以外の全てが灰色に塗り潰されている。
そののっぺりとしたマップの上を、小さな指が上下左右を順番につつく。
「こことここ、ここ、ここのあたりのはずです。今私達がいる現在地が中央から少しだけ南西の方向に行ったところなので、最も近い正規ルートは西か南のルートですね。ただ────」
少しだけ小妖精は表情を困ったようなものに変え
「ルートには全て、そこを守護する強力Mobがいるようです」
言った。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「寒いねー」
なべさん「ねー。まったくだねー。クーラーつけてんのにいっこうにあったかくなんないよ」
レン「僕はそれで凍死しなかったお前に驚きだよ」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー!」
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