ソードアート・オンライン　―亜流の剣士―

その後、「えーっ！おじいちゃんのお手伝いはっ！」と猛抗議するアカリを宥めるのに約十分、さらに行動を共にしようと言ったジン達の目的地へと主街区を歩くこと五分。俺達は路地を少し入ったところにあるなんだか寂れた料理屋の前に到着した。

「な、なぁアカリ…さん。そろそろ機嫌を治してくれないかなぁって…」
「…むぅーっ！知りませんっ！」

プクッと頬を膨らませアカリはいつもは丸っこい目を限界まで細めて不機嫌をアピールしてくる。

そんな俺達のやり取りをジンが実に面白そうに眺める。まるで他人事かのように。アカリが機嫌を損ねる原因の一端は自分が作ったということを自覚してほしい。

「おいジン！そんな奴らほっといてよ！僕はもうクエストを受けるからね！」

と、言うのはこちらも不機嫌極まりないアキ。アキが機嫌を損ねているのは…おそらく俺が同伴しているからだ。だとしたら、ジンはおあいこだとでも言いたいのだろうか。

いい加減ため息をつきそうになるのを飲み込み、やや乱暴に扉を開けたアキに続いて店内に入った。

予想通り、といってはなんだがやはり店の中は簡素なものだった。机と椅子二つ組が四セット。カウンターに椅子が四つ。だが、そのどれも現在は空席である。だが、窓際に一輪だけ飾られた白い花や壁に飾られた砂浜の絵はインテリアとして十二分に効果を発揮しており、店の状態がこれが普通なのかと納得してしまいそうなほど落ち着いた雰囲気を作っている。

そしてカウンターの向こうで一人の女性が笑顔で迎えてくれた。だが、その笑顔は何故か心ここにあらずといった感じだ。


「なぁジン。あの人に声かけたらいいんだよな？」
「うん、そうだけど。ちょっと待ってよ…」

というとジンはこちらを向いて空中に指を走らせた。俺の視界にパーティー勧誘のメッセージが表示される。

「一緒にクエストを受けてくれるなら、パーティー組んでおいた方がいいと思ってね。どうかな？」
「あぁ、なるほどね」

そういってすぐに承認の返事を返した。今から帰ってイモほり、の方がアカリの機嫌は治るのだろうがどうせ乗りかかった船だ。アカリの機嫌はそのうちどうにかしよう。

パーティーを受け入れたことで俺のHPバーの下の小さなバーが三本になった。上から《Akari》、《Jing》、《Aki》となっている。

「ふふっ、《kaito》ってそのままローマ字読みかよぉ」
「はぁ？」

何故か俺のキャラネームを鼻で笑ってくれたアキについ言い返した。

「自分だって《Aki》ってまんまだろ！」
「うっ、うるさいっ！そうするしかないだろ！カイトなら《Kite》にでもしとけ！」
「お前な、それじゃ《凧》じゃないか！」
「そーだよ、お前なんてフヨフヨ飛んでるのがお似合いだ！」
「な、何をっ！」
「はい、そこまで」

売り言葉に買い言葉でヒートアップした俺達をジンの一言が止めた。それでも睨み合う俺達をジンが肩を竦めながら諭す。

「アキ、君はすぐに人に突っ掛かる癖をやめなよ」
「だって、こいつがっ…」

アキの反論を遮るように視線がこちらに振られる。

「カイト君も、アキの挑発に乗らないでやってくれるかな？」
「でも！」
「でももだってもないよ。…それに君の可愛いパーティーメンバーの前で言い争うのはあんまり良くないんじゃないかな？情操教育的な面でさ」

《パーティーメンバー》と言われ振り向くとアカリと目が合った。が、なんだが怯えているようだった。気付くと服の袖を強く握られていた。

「あのっ…。ケンカはダメですよぅ…」

そういって目を潤ませるアカリに俺は上がり気味になっていた肩を下げた。ごめんな、と言いながら頭を撫でてやる。

「そうだな、ケンカはダメだよな」
「そーですよっ！」
「でも、さっきまで俺に怒ってたのは誰だっけ？」
「はぅ！……ごめんなさい…」
「…まぁ、俺も悪かったよ。これで仲直りな？」
「あっ！はいっ！」

手の下から笑顔で見上げてくるアカリの横でニヤニヤとジンに見られていたアキが俺と同じように肩を下げた。
カウンターの向こうで女性が苦笑のように笑ったのがトドメだったようだ。

「分かったよ、もう！悪かったな、突っ掛かって！」
「あぁ、こっちこそ――」
「じゃあ、さっそくクエスト受けよう！」
「悪かったな…っておい聞け！」

俺の言葉を半分以上無視してアキがカウンターに向かった。やれやれ、といったふうにジンが再び肩を竦めてみせる。

カウンターに右手を置いたアキはいきなりその女性に話し掛けた。

「なぁ、なにか困ってるのか？」

二秒ほど沈黙が続いた。その言葉をクエストの始点と捉えるのか、ＡＩが判断しているのだろう。やがて、女性の表情が物憂げなものとなり、その口が開いた。

「…実は困っています。主人を…この店の店主を探してはもらえないでしょうか？」