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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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決着



 敵旗艦を目前にして、ブラックアウトした視界に、アレスは眉をひそめた。
 停電かと一瞬思い、すぐに鳴り響くブザーで現状を把握する。
 試合時間が過ぎたのだろう。
 今までは一度たりとも時間切れにならなかったため、経験していなかった。

 しかし、戦いの最後にしては随分と緊張感のない終わり方だ。
 そこまで凝るお金がなかったのかもしれないが。
 固まっていた手をコンソールから離して、ゆっくりと背もたれに身体を預ける。
 疲れたと、小さく呟きながら考えるのは試合のことだ。

 勝てただろうかと。
 最初の時点では、こちらが不利であった。
 その後の艦隊戦はほぼ互角だろう。
 そして、最後か。

『マクワイルド候補生。どう思うね?』
 呟かれた通信は、ワイドボーンの言葉だった。
 どことなく調子の低い様子は、おそらくは彼も同じ結論を得たのだろう。
「負けですね」
 小さく呟いたアレスの言葉は、やはり勢いのない言葉だ。
 あと一分。

 一分ほど早ければ、結果は違ったものになっていただろう。
 そう思いかけて、首を振ったアレスの耳に届くのは、苦笑混じりの言葉だ。
『そうか。私のミスだな』
「負けて気が触れましたか?」

『下手な慰めよりはマシだが、もう少し優しい言葉をかけてほしいものだ』
「そう……ですね。別にワイドボーン先輩だけのせいではありませんよ」
『今更遅い。だが、私の決断が遅すぎた。前回はあまりに遠すぎて、違いがわからなかった。だが、今回は後一歩だった』
 吐き出された言葉を、アレスは黙って聞いていた。
 沈黙に――ワイドボーンの言葉を待った。

『なぜだろう――あの時よりも今の方が遥かに悔しいな』
「俺もです」
 短く呟いた言葉とともに、筺体がゆっくりと開いた。
 選手だけが存在する試合会場に、騒々しさはない。
 ただ筺体が空気を吐きだす小さな音と。

『……星系の戦闘結果。青軍、マルコム・ワイドボーン総司令官。赤軍、ヤン・ウェンリー総司令官。損耗率、青軍58.7%、赤軍59.0%。よって、ワイドボーンチームの勝利です』

 + + + 

 静けさの中からざわめきが生まれた始めた。
 筺体から身体を持ちあげて、視線が集中するのは大型モニターだ。
 最初は聞き間違いかと思った。
 周囲でかわされる視線――そして、繰り返される機械的な音声が、ワイドボーンチームの勝利を告げている。

 見守るような視線の先で、ゆっくりとモニターに文字が映った。
 

 損傷率 青軍58.7%  赤軍59.0%
 損傷艦艇 青軍8,805隻 赤軍8,850隻
  ワイドボーン艦隊2,882隻、ウェンリー艦隊2,721隻
  ローバイク艦隊 2,132隻、アルドワン艦隊1,951隻
 そして。
  コーネリア艦隊   470隻、ジェイガン艦隊2,000隻(全滅)
 

「あ――」
 テイスティアが呟いた、その肩をぎゅっと握られた。
 振り返った先で、形だけ笑顔を作るコーネリアがいる。
「まさか、私を忘れていたってわけじゃないわよね?」

 忘れていた。
 と、誰も言えずに、慌てて視線をそらして、モニターに目を向ければ、間違いない。
 本隊同士の戦いでは、ヤン艦隊が優勢であった。
 およそは1,500隻ほどであろうか――ぎりぎり負けたと表現した結果がそこにある。
 だが――。

「すみません」
 謝罪の言葉が、遠くから聞こえた。
 ヤンを中心にするチームの中で、一人大きく頭を下げている。
 その様子に、ヤンはゆっくりと首を振っていた。
「いや、もともと偽装艦を主体としていたんだ。この結果は仕方がない。原因を探すとすれば、最初に攻めきれなかった私のせいだ」

 それでも謝り続ける三学年の生徒。
 彼が全滅をしたことで、戦いの結果は逆転していた。
 そこまでを理解して、ようやくワイドボーンは拳を握った。
「う、うおおおおおっ!」
 獣の様な咆哮をあがる。

 声をあげようとしていたワイドボーンが驚いて隣を見た。
 ローバイクだ。
 柄にもなく拳を握って、喜びを表現していた。
 肩を掴まれたコーネリアをテイスティアが抱きしめる。
「ちょ、ちょっと」

 困った声をあげながら、しかし、コーネリアも嬉しそうに微笑んだ。
 そして。
 ガシャンと自動販売機から、アイスコーヒーを取り出しながら、アレスは一人輪から外れる。
 まるで葬式会場の敵チームと、結婚式会場の様な味方チーム。
 その対照的な姿に、小さく笑い――一口。

「にがっ」
 呟いて、疲れたと壁に肩を預ける。
 戦い前の高揚感はどこへやら、今すぐにでも布団にもぐりたい気分だ。
 一方のヤンチームが、泣きだした三学年の生徒を慰めながら、ゆっくりと戦場を後にする。
 と。

 ヤン・ウェンリーの視線が、アレスに向いた。
 視線があう中で、言葉はない。
 無造作な黒髪の、冴えた姿を見せない顔立ち。
 それがゆっくりと笑み、頭を下げて――退場していった。
 悔しいのだろうか。

 そんな表情を一切見せないで、すぐに視線を戻すと視界の端から消えていく。
 英雄か。
 結果として勝つ事はできた。
 しかし、艦隊同士の戦いではとても勝てたと言えない。

 ワイドボーンが、ローバイクが、テイスティアが――そして、コーネリアがいたからこその勝利だ。
 五人そろってようやくぎりぎり勝てるなど、化け物もいいところだ。
 まだまだだと小さく呟けば、コーヒーを握っていた手が握られた。
「ほら、何してるのよ。今日のMVPがそんなところにいちゃだめでしょう」

「貴様は相変わらず終わったら、すぐにコーヒーブレイクだな。もっと協調性というものを考えろ、マクワイルド候補生」
「まさか、ワイドボーン先輩から協調性という言葉を聞く事になるとは思いませんでしたね」
「いいから、ほら。きなさいよ――テイスティア、アレスのコーヒーを取って」
「はい」

「おい、何を考えている」
 コーヒーを奪われて、戸惑いながらアレスが進む。
 その先には、ワイドボーンとローバイクの体格のいい二人だ。
 その動作に、嫌な予感を感じながらアレスはコーネリアに押される。
「ちょっとまて、何かを考えているかは理解できた。だが、やめ――」

「大丈夫だ。俺一人でも人を投げるなど簡単なことだ」
「……問題ない」
「俺が問題あ――ああっ!」

 言葉を最後まで言うことなく、アレスは宙を舞った。

 + + + 

『優勝 ワイドボーンチーム。君らは第一回戦術シミュレート大会において……』
 シトレが直々に表彰状を読み上げる。
 背後には士官学校の学生たちが並び、視線が集中する中での授与式だ。

 居心地悪そうにアレスは身体を動かした。
 ワイドボーンがシトレ学校長から賞状を受け取り、続いてローバイクがスレイヤー教頭から記念品を受け取った。
 並んでいる一人一人に、シトレから声がかかる。

 最初にワイドボーンが、そして、ローバイクが。
 最後の戦いに対して、自分の意見を交えて、柔らかな雰囲気で話しかけていた。
 そして、コーネリアに。
少しずつ動きながら、やがてはアレスの前に立った。

 差し出された手を握る。
 軍人らしい武骨な感触とともに、力強く手が握り締められる。
「おめでとう」
「ありがとうございます」

「――君は私が最初に送った言葉を覚えているかね」
「は……は、はぁ?」
「君が入学した時だ。私はこういったな、英雄と呼ばれるのは君ら一人一人の頑張りだと」
「え、ええ。そう伺いました」

「士官学校までであれば、それで良い。だが、戦場にあがれば一人が頑張ってもどうしようもない現実が待っている」
 握りしめられた手と、真剣な表情にアレスは一瞬戸惑いを見せた。

 だが、すぐにシトレの言葉を待つ。
「自分一人の頑張りなど、無意味だと――そんな事を皆に伝えるわけにもいくまい。だが、君にだけは伝えておこうと思う。一人で頑張り過ぎるな、死に急ぐな、マクワイルド候補生」
「はい」
 頷いたアレスの肩を小さく叩けば、手を離してテイスティアに向かった。
 それを視線で追えば、先ほどまでの強い視線はなくなり、朗らかな様子でテイスティアの判断力を褒めていた。

 いまだ感触の残る手を見れば、目の前に立つ影がある。
 スレイヤー教頭だ。
「困ったお人だ」
「えっと……」

 答えに窮したアレスに、スレイヤーは苦笑で答えた。
「めでたい席くらいは、めでたいままで終わればいいだろうに。そういうのを老婆心というと思うのだがね」
「はぁ」

「ま、それだけ期待しているのだろう。シトレ学校長は二分遅いと言っていた、だが、結果は一分ほどあの人の予想を上回っていたということだ。この一分を、君は大したことがないと思うかね?」
 そう尋ねられれば、頷くことが出来るはずもない。

 静かに首を振ったアレスに、小さく笑いを見せて、スレイヤーは手を差し出した。
 握り締めた手は、やはり固く――。
「おめでとう。もはや難しいことも言う必要もないだろう。君は勝った」
「ありがとうございます」

「頑張れ」
 一言。アレスの肩を叩くと、スレイヤーは立ち去った。

 隣を見れば、ワイドボーンと目があった。
 嬉しそうに笑う姿に、アレスは苦笑する。
 酷く疲れた一日ではあったけれど――だが、楽しかった。
 掌の感触を握りしめて、アレスは唇を持ちあげた。

 
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