P3二次
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Ⅳ
「はぁ……」
退院してからもう何度目――何どころか何百回目の溜め息と共に携帯を仕舞う。
四月の二十日に連絡を取ったのが最後。
忙しいからと言っていたからメールを控えていたけど……もう五月に入ってしまった。
二、三回くらいはメールを送ってみたのだけど、返事はない。
嫌われたくないからこれ以上しつこくはしたくないけど――もしかしてもう嫌われちゃった?
そう考えるだけで震えが止まらなくなるほどに私は彼に心を奪われてしまっている。
「うー……あー……」
自分でもどうかと思う。
四月、こっちにやって来た初日に出会った裏瀬くん。
一目惚れなんて信じてなかったけど……信じざるを得ない。
見た瞬間に胸が高鳴り、言葉を交わして好きだと気付く。
幾ら何でもおかしいと思うけど――――これが運命なのかもって思ってしまう。
少女漫画じゃあるまいし、ゆかりにはそうツッコまれたけどそうとしか思えないのだ。
"私は彼に出会うためにこの街へ来て、彼は私に会うために生まれて来た"
…………うん、痛い妄想だと分かっている。
けど、そう思ってしまうくらい私は彼にぞっこんなのだ。
初対面の時以来、直に会ってもいないし話してもいないのに……
ううん、それが余計に気持ちを高めているのかな?
「はふぅ……」
見上げれば白い天井、もうこの部屋にも慣れた。
学校にだって上手く馴染めている。
ペルソナ、影時間、S.E.E.S、色々と厄介なこともあるけど概ね私生活は充実している。
なのに――――胸にポッカリ穴が開いたような気がする。
きっと、彼に出会わなければ私は今の生活を楽しんでいたと思う。
けど、出会ってしまった。
私の胸に消えない穴を開けてしまったのだ。
「んにゃ!?」
まだ九時前だけどどこのまま不貞寝してしまおうと思ったその時だった、携帯が鳴ったのは。
ちょっと古いラブソング、裏瀬くん用に設定した着信音だ。
急いで携帯を開くと短文で一言だけ書いてあった。
今日から時間作れる――と。
「ど、どどどどうしよう!? お化粧――ってしたことないから分かんないし、そもそも道具ないよ!」
あたふたと部屋を駆け回っているとノックの音が耳に入る。
「公子? 何かやけに騒がしいけど黒いアレでも出たの?」
「あ、ゆかり? ううん、違う違う。アレが出たなら多分大声で叫ぶだろうし」
「じゃあ何があったのよ?」
「えっと……裏瀬くんからメール来たの」
「マジ? だったら桐条先輩に知らせた方が良いんじゃ……」
「あ、そっか。忘れてた」
退院した後に桐条先輩から説明を受けた時、裏瀬くんのことを話したのだ。
ペルソナを使ってシャドウを撃退した――ん、あれ?
そう言えば裏背くんって召喚器使ってなかったような……
「忘れてたってアンタねえ……まあいいや、先輩達なら一階のラウンジに居ると思うし、一緒に行く?」
「うん!」
ゆかりと二人で一階へ行くと読書に勤しむ桐条先輩が居た。
「あれ、ハムっちどったの? 部屋に戻ったんじゃなかったっけ?」
順平や真田先輩も居るし……期せずして全員集合?
ああでも、理事長が居ないや。
「うん、ちょっと桐条先輩に話があってね」
「私にか?」
「はい。さっきメールが来て、裏瀬くんと連絡がついたんです」
「本当か?」
「はい! 今日から時間作れるそうです。で、今何処に居るのか聞いてみたらクラブエスカペイドだそうです」
交番の近くにあった店だったかな? まあ、行ったことないんだけど。
「そうか。わざわざすまないな」
「いえ。私、ちょっと会いに行こうと思うんですけど……ついでに伝えときましょうか?」
S.E.E.Sへの勧誘、私も一緒に戦えるなら嬉しいし。
「あのぉ……マジで勧誘するんすか?」
「ん、どうした伊織?」
「いや、こう言うのもアレだけど裏瀬って結構……なあ、ゆかりッチ」
「ちょ、私に振らないでよ」
一月も学校に行ってれば噂なんかも耳にするようになる。
本人も言ってたけど裏瀬くんは不良で、よくない噂もチラホラ聞いた。
順平が言いたいのはそう言うことだろう。
実際にそれは本当のことかもしれない。
だけど、何か理由があってのことだと思うのだ。
「大体私も面識とかあるわけじゃないし。そう言うアンタもないんでしょ?」
「いやまあそうだけど……」
「じゃあ会ったことない人間のことなんてどうこう言えないじゃないの」
「ふむ、よく分からないが――有里、私も同行しよう」
それが礼儀と言うものだと桐条先輩は言う。
何とも大人びた人だと思う。
スタイルも良いしカッコいいし……はぁ、ちょっと泣きそうだ。
「だったら俺も付き合おう。女の夜歩きは危ないからな」
さらりとそんな台詞吐けるのに、女の子の扱いは下手なんだよね真田先輩。
ファンクラブの子達とどう接すれば良いか分からないみたいだし。
「…………」
「な、何だよゆかりッチ?」
「べっつにー。ただ、モテる男とモテない男の差ってこれなんだなって思っただけ」
「酷くない!?」
「岳羽、伊織、留守を頼むぞ」
二人の漫才をスルーし桐条先輩が外へ出る。
私と真田先輩もその背を追って寮の外へ。
「有里、私の方でも色々調べてみたが――君の目から見て裏瀬と言う男はどう映る?」
「色々よくない噂があるし、現に不良だけど……悪い人じゃないと胸を張って言えます」
根拠も何もないが、素直にそう思えるし、実際に正しいとの確信がある。
「そうか。ならば問題はない」
ふと、疑問に思ったのだが桐条先輩はどうしてS.E.E.S.に居るのだろう?
「俺からも質問だ。お前と出会った日に裏背はペルソナを召喚して、一撃でシャドウを葬ったんだったな?」
「は、はい。雑魚シャドウだったけど……」
「それでも一撃でと言うのは中々難しいだろう。ふふ、楽しみだな」
真田先輩の場合は凄く単純だ。
強くなりたいからなのだろう、どうして強くなりたいかは知らないが。
「っと、着きましたね」
夜道を駄弁りながら歩いているとすぐだった。
クラブに入るのなんて初体験だからドキドキしていたが、先輩方は躊躇いなく扉を開けてしまう。
…………うん、別に良いんだけどさ。
「ん、赤目の女の子?」
煌びやかな音と照明に満ちたホールは居るだけで酔ってしまいそうになる。
面食らっている私の前にバーテンさんが近づいて来て、ガン見されてしまう……え、何?
「えっとさ、君って有里さんって子?」
「は、はい……そうですが……」
「裏瀬さんが奥で待ってるよ。ほら、そこの通路抜けてって一番突き当りにある部屋だから」
と言うか裏瀬くん、私のこと赤目の女の子って言ってたんだ……
いやまあ、確かに私の目は赤いけどさ。
「ありがとうございます」
礼を言って歩き出そうとするが、
「ちょ、おたくらは駄目だって! 通して良いって言ってたの有里さんだけだし」
先輩二人が止められてしまう。
「何? 私達は彼女の同行者だぞ」
純粋に疑問なだけだろうが、威圧しているように見えるのはどうしてだろう?
やっぱり女王様! って感じだからかな。
「いや、そう言われてもねえ……OKOK、ちょっと待ってて。聞いて来るからさ」
バーテンさんは桐条先輩の雰囲気に圧倒されたのか、そそくさと通路の奥に消えて行く。
「あー、そっちのツレの方々もOKだってさ」
少しして戻って来たバーテンさんが許可を出してくれた。
私達は軽く礼を言って奥へと進む。
「――――よう、直接会うのは一月ぶりくらいかい?」
一番奥の扉を開けると上半身裸の裏瀬くんがソファーに腰掛け煙草を吹かしていた。
「え……そ、それ……」
久しぶりに会えた喜びは一瞬で消えた。
布で吊られているギプスが着けられた右腕、左わき腹の酷い火傷の痕。
「ああこれ? 十日くらい前にちょっとやんちゃしてね。その代償さ」
ケラケラと笑っているその姿は初めて会った時と同じ軽さを滲ませていた。
「それより、公子ちゃん。俺も聞きたいんだけど、その御連れさんとはどう言う関係?」
「え?」
「全然行ってねえ我が校の生徒会長様に、ボクシング部のヒーロー様まで――豪華な面子って言うべきかな?」
あ、そっか。
桐条先輩も真田先輩も有名だし、裏瀬くんが知っていても不思議じゃないよね。
「知っているようだが一応自己紹介をしておこう。私は桐条美鶴、今日は君に話があって来たのだが……」
「が?」
「未成年の喫煙は感心しないな」
顔を顰めて苦言を呈する桐条先輩だが注意された当人はどこ吹く風だ。
「ハハ、そいつは悪かった。あれかい、停学かな? つってもどの道辞めるつもりだったからどうでも良いがね」
「え!? ど、どどどう言うこと!?」
辞めるって退学するってことだよね? でも、何でそんな……
「元々新学期入ったら退学届出すつもりだったのさ。まあ、ゴタゴタしてて出せなかったが」
「な、何で辞める気なの?」
私の問い掛けに裏瀬くんの顔が真剣なそれへと変わる。
「俺の求めてるもんがそこにはないって分かってるからな。居る必要がないのさ」
そしてすぐに薄ら笑いに戻った。
裏瀬くんが求めるものって何なんだろう?
「俺のことはいいんだよ。それより、俺に用事って何なのか教えてくれんかい?」
「あ、ああ。すまない。実は君にお願いがあって来たんだ」
「お願い?」
「君は一日が二十四時間ではないことを知っているな?」
「あー……はいはい。影時間とペルソナ関係の話か」
「知っているのか!?」
少なくとも初めて会った時、彼は影時間とペルソナの名前は知らなかったはずだ。
よく分からないものとして捉えていたのは間違いない。
けど、今の裏瀬くんはそれらを知っている。
忙しかったって言うのは……そう言うことなのかな?
「名前とちょっとした知識はね。まあ、偏りがある知識だろうから……おたくらよりは詳しくないだろうけど」
偏りがあるってどう言うこと?
どうにも裏瀬くんは謎めいている。
秘密がある女はイイ女とか言うけど、男の子もそうなのかな。
「俺が知ってるのは名前と、一日と一日の間に影時間ってものがあって、
そこで殺された人間は影時間が解除されれば事故として処理されるってことぐらいだ。
ついでに言うならペルソナに至っては名前ぐらいしか知らねえ。使えはするが、詳しくはさっぱりだ」
え……影時間で殺された人間はって……
ふと真田先輩に視線をやれば青い顔をしていた。
「それで、おたくらは結局何者なのかな?」
「……私達は特別課外活動部と言う組織に属している」
聞きたいことは多々あるのだろうが、それらを飲み込んで桐条先輩は説明を始める。
内容は私や順平にしたものとまったく同じものだ。
「成るほど、それで俺の勧誘にってか。質問はOK?」
説明を聞き終えた裏瀬くんは特に驚いた様子もなく――がっかりしている?
ちょっと私にはよく分からない。
「ああ、答えられることなら答えよう」
「タカヤ、ジン、チドリ――そんな名前の連中はおたくらの仲間か?」
「? いや、そんな人間は居ないが……どう言うことだ?」
「だろうとは思った。やっぱりアイツらは別の枠組みか。会長様が居る組織があんなことするわけないだろうし」
質問と言うよりは確認のようなものだったのだろう。
裏瀬くんは一人で納得して頷いている。
「すまない、説明してもらえないだろうか?」
確かに裏瀬くんの言葉は聞き流せるものじゃなかった。
その、タカヤ? とか言う人達が私達の仲間かどうかを確認したと言うことは……
その人達もペルソナ使いと言うことになるのだから。
「御察しの通り連中もペルソナ使いだよ。
俺はそいつらと殺り合った時に影時間やらペルソナって名称を知ったんだ。
この腕と腹も連中にやられたもんでね。いやまあ、火傷に関しては傷口を焼いた時のだからちょっと違うかな?」
…………殺り、合った?
身体にある痛ましい傷もその時につけられたもの?
「まあ何で殺り合ったかについてはプライベートなことだから答える気はないがね」
「……その者達は一体何者なんだ?」
「さあ? 分からないから、一応聞いてみたのさ。ああでも一つだけ」
「何かあるのか?」
「連中妙なこと言ってたな。やってる最中は余裕なかったから聞き流したが、確かそう……」
桐条先輩も、真田先輩も、真剣な面持ちで裏背くんの言葉に耳を傾けている。
それは私も同じだけど……でも、私の胸の中は黒い感情が渦巻いていた。
彼に怪我をさせた人間が居る、そう考えただけで……モヤモヤするのだ。
「――――流石は自ら目覚めたペルソナ使い、と」
自ら目覚めた? ちょっと意味が分かんない。
「すまん、それが何だって言うんだ?」
真田先輩が疑問を呈する、それは私も同じなのでじーっと目で問いかけてみる。
「会長様は気付いたみたいだぜ? 俺だって思い返してすぐに――いや、俺の場合は妙な先入観がないからか」
「裏瀬、詳しい話を聞かせてくれないか?」
桐条先輩の顔が険しくなっている、ちょっと怖い。
「詳しくも何もそれだけだよ。俺はそっから想像しただけで、アンタの方が詳しいんじゃねえの?」
「あの! 私も分かんないから置いてけぼりにしないで!」
質問するのは恥ずかしいことではない、だからちゃんと聞く!
「いや何、言葉面を素直に受け止めりゃ良いのさ。自ら目覚めたと奴は言った。ならば逆も然りだろう?」
逆? 逆って――――
「あ……」
「気づいたな。目覚めさせられた、そう言う可能性もあるわな。出来るかどうかは知らんがね」
じゃあその人達は私達のように自然に目覚めたペルソナ使いじゃないのかな?
「後、俺が気付いたことと言えば……あれだな、変わり種のペルソナが居たってことだ」
「変わり種?」
「そう。俺のペルソナも、タカヤとジンのペルソナも戦闘特化と言って良いタイプだった」
大怪我を負うような戦いでよくもまあ、色々と観察出来るものだ。
今更ながらに感心してしまう。
「が、一人だけちょっと違うのが居た。戦いを始める前のことなんだがな?
"タカヤ、アイツもペルソナ使いよ"って言いやがった。
その後の状況から察するにタカヤとジンはそれに気づいていなかったようだ。
となると、奴には……探知? みたいな能力があるのかもしれない。
いや、あるいは天然ものじゃない劣ったペルソナ使いだからタカヤ達は気付けなかった?
だとすればチドリは天然もの、あるいは人工の中でも優れている。けど、その可能性よりゃ探知って線のがありそうだけどな」
すらすらと推測を述べる裏瀬くん、桐条先輩に視線を向けると何やら難しい顔で考え込んでいるみたい。
「……情報提供、感謝する」
「どーいたしまして」
新しい煙草を取り出して火を付けてるけど……ホントにお構いなしだね。
桐条先輩が居る前で堂々と喫煙するなんて、今更ながらに驚きだよ。
「改めて君に要請しよう、私達に力を貸してくれないだろうか?」
好きな人と一緒に居たいと言う気持ちもあるけど、それを抜きにしても桐条先輩の提案には賛成だ。
少なくとも三対一での戦いを繰り広げ、有益な情報をさらった上で生き延びる。
尚且つ、頭の回転も早い。
多分、色んなことをよーく観察しているからだろう。
そんなな裏瀬くんがS.E.E.S.に加わってくれるならば非常に心強い。
「特別課外活動部、ねえ……なあ会長さん」
「何だ?」
「関係ない話だが――――俺達、前もこんなやり取りをしなかったか?」
「前も何も……私と君は初対面のはずだが……」
困惑を隠せない桐条先輩、けど――
「公子ちゃんはどう思う? 何時かどこかで、こんな話をした覚えはないかな?」
感情を読ませない瞳が私を見つめている。
彼の言葉は、ともすれば妄想にも取れるようなことなのに、
「わ、分からない」
既知感と呼ぶべきものを一瞬感じたのは何故だろう?
「そっか。まあ、忘れてくれ。ちょっと酔ってたんでね。それで……ああ、協力だっけか?」
「あ、ああ」
「見ての通り今の俺はこんなもんでね。一応ペルソナは出せるが」
その言葉と同時に室内を突風が発生する。
風が収まると裏瀬くんの背後に白い外套を纏ったペルソナ――カルキが居た。
「本調子じゃなから、力も十全じゃないし……俺自身、この有様だ。即戦力と言うわけにはいかないぜ?」
本調子じゃない? これで?
私の使うペルソナの中でもトップクラスのそれと同じくらいの威圧感を放っているのに?
「それは……了承と受け取っても?」
桐条先輩も召喚されたカルキの発する力に驚きながら問い返す。
「ああ、構わない。こうなるのが予定調和と言うべきだろうし」
「ん?」
「何でもない。まあ、これからよろしく頼むよ」
こうして、特別課外活動部に新たな仲間が加わった。
それは個人としても喜ぶべきことだ。
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