皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第23話 「ドキッ、寵姫だらけの宰相府(ラインハルトもいるよ)」
前書き
貴腐人なアンネローゼと宰相府の寵姫たち。
第23話 「人に歴史あり?」
アレクシア・フォン・ブランケンハイムでございます。
今朝は珍しく皇太子殿下が、皇太子の間で朝食をとられています。
何ヶ月ぶりでしょうか?
皇太子殿下がゆっくりと食事をしている処を見るのは、ここ一、二年ばかり、急いで食べるか、それとも食事を取らないことも多かったのです。
お体を心配しておりました。
「あ~本当に久しぶりだなぁ~。ヴァイスヴルストも」
皇太子殿下はヴァイスヴルストがお好きなのですが、午前十時を回ると食べないという風習を守っており、その結果数ヶ月ぶりという事になってしまいました。
皇太子殿下の現状を物語っていますね。
以前はこれほど忙しくなかったのですが……。
帝国の改革。
それがこれほど大変なものだとは、わたくしには想像できませんでしたよ。皇太子殿下は分かっておられたようですが、だからこそ今まで誰もやりたがらなかったのでしょう。
それでもなお、皇太子殿下は改革に乗り出された。
『一生分の勇気を使い果たした気分だ』
そう笑って仰ります。
そう言って笑う皇太子殿下が、わたくしは好きです。
思い返せば、わたくしが皇太子殿下付きの女官になったのは、もう十年も前のことです。
皇太子殿下とわたくしは同い年です。
初めてお会いしたときの皇太子殿下は、夜宴の会場の片隅で、ジッと貴族達の様子を窺っていました。どことなくイラッとしたご様子で、見つめながら何かを考えていました。
今なら何を思っていたのかが、分かります。
分かりますが、皇太子殿下は迷っていたのかもしれません。
改革を断行するか、それとも何も考えずに、その饗宴の中で埋もれてしまうのか、を。
ときおり皇太子殿下が仰る、自堕落で酒池肉林な生活という言葉は、もしかして選ばなかった選択肢。その中で生きる皇太子殿下の事ではないでしょうか?
あの時、ああすれば良かった、こうすれば良かった。
そう思う事は誰にでもあるでしょう。
まだ幼かった頃、饗宴の席で、皇太子殿下と皇帝陛下の視線が合う事が度々ございました。
親子ですもの。陛下も皇太子殿下の事をお気になされていたのでしょう。その度にイライラしていた皇太子殿下のご様子に、どこか楽しげな目をしておられました。
そして皇太子殿下が自ら、改革に乗り出されたときの、あの嬉しそうな目。
「ルードヴィヒの好きにさせよ」
と仰る際の喜びに満ちた口調。
どこか疲れたような印象のあった陛下が、楽しげに仰るのは、皇太子殿下の事だけです。
そして皇太子殿下は帝国宰相となり、帝国全土にそのご意向を届かせております。
「皇太子殿下が動くという事は、帝国が動くという事じゃ」
リヒテンラーデ候がその様に言い。
ブラウンシュヴァイク公爵、リッテンハイム侯爵という帝国でも、二大巨頭の大貴族どころか帝国軍すら皇太子殿下の命に従う。
「帝国とは本来、このように動けるものだ」
ブラウンシュヴァイク公爵も奥方様にお尻を叩かれながらも、改革に邁進しています。
「貴族達を纏めるのは大変だが、遣り甲斐はある」
リッテンハイム候爵は、自慢の口ひげを整えつつ、楽しげに話されておりました。
この方々は陛下のご息女。皇太子殿下の姉上達を奥方に迎えられていますから、皇太子殿下とは義兄弟なのです。
フリードリヒ四世陛下が望まれた、理想の帝国の姿がここにあるのかもしれません。
帝国宰相である皇太子殿下が決断し、臣下が実行し、帝国が動く。
意向とご威光は帝国全土に広がり、臣民がそれを仰ぎ見る。
もしかするとルドルフ大帝ですら、今の皇太子殿下の事をさすが我が子孫と、お褒めになるかもしれませんね。
帝国の現状には眉を顰めるでしょうが……。
ああ、皇太子殿下がヴァイスヴルストを食べ終わり、プレッツェルを千切っています。
そろそろ食事の時間も終わりでしょう。
料理を作っていた者達が、柱の影から心配そうに、皇太子殿下を見守っております。
なにをそんなに……と思いましたが、彼らからしてみれば、食事を取らない皇太子殿下のことが、心配なのでしょう。
皇太子殿下がお倒れになる=改革が遅れる。
という図式が彼らの脳裏で、成り立っているのかもしれませんね。
自分達にできる事を、と思っても身分の低い彼らにはさしたる事もできません。そのためせめて食事ぐらいはと考えても、皇太子殿下は中々食事を取る時間も取れない。
だからでしょうか、今朝の食事の力の入り具合は……。
朝食ですから凝った物ではありませんが、もの凄く丁寧で手間が掛かっています。
皇帝陛下の食事でさえ、ここまで手間を掛けないでしょう。それも朝食に。
慕われるというのは、こういう所に現れてくるものなのでしょうか?
「うまかったな。……では、今日も馬車馬みたいに働きますかっ」
「はい」
席を立った皇太子殿下にわたくしも従いました。
さて、皇太子殿下の仰るように今日も一日頑張りましょう。
彼らの期待を裏切らないためにも。
■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■
今朝は皇太子殿下とあの女が一緒に部屋に入ってきました。
あの女の笑顔がにくい。
ムカつきます。
この怒りを仕事にぶつけるわたしは、なんて健気なのかっ!!
目の前にある書類。
なんですか、これ?
この貴族用の金融機関というのは。金利も低いですね。まああっても不思議ではありませんが。
「返済率が低すぎるっ!!」
これが財務省から殿下のところに来たということは……。
はは~ん。財務省の役人では貴族達に返済を迫っても、身分を盾に踏み倒されがちなのですね。
殿下のご威光で貴族達に迫ろうとしているのでしょう。
『皇太子殿下のご命令です』
それを切り札にしようという事でしょうか?
借金の取立てすら、殿下に頼らねばならないとは、役人が情けないのか、それとも貴族達が横暴すぎるのか……どちらも貴族階級でしょうに。
腹が立ちます。
これは皇太子殿下の要決裁っと。
次は……。
ほほう~汚職ですか。
軍の基準以下の軍用レーションが配給されているらしい?
軍の食事というのは、伝統的にまずいらしいのですが……。
ふむふむ。中抜きされているらしい、と。そしてリベートを貰っているのは基地の大佐。ヘルダーさんですか?
だから、どうして軍内の汚職問題まで、皇太子殿下に決裁してもらわなければ、ならないのかっ。
帝国三長官はいったい、何をしてるんですかぁ~。
「がぁ~っでむ」
「うぉっ。アンネローゼ、何騒いでんだ?」
「アンネローゼさん、はしたないですよ。まったく恥ずかしい人ねぇ~」
「こじゅうとめがっ」
「誰がこじゅうとめですかぁ~」
「だから、なんなんだ?」
「これ見てくださいよぉ~」
わたしは書類を振り回しつつ、皇太子殿下の席まで向かいました。
「ほー。軍の汚職問題か」
「どうして汚職に関するものまで、殿下に決裁を求めるんですかぁ~。ただでさえ忙しいのに」
「こらこら、よく見ろ。これは内部告発だ。こいつ、いまその基地にいるんだ。軍務省に書類出したら、即、ばれるだろうが」
「あ、そうか。だから皇太子殿下に知らせてきたんですね」
「別ルートから調べて欲しいんだろうな。直接監査が入ると、下手すりゃこいつの口を塞ぎかねん」
「どうなさいますか?」
小姑であるアレクシアさんの言葉に、皇太子殿下がしばし考え込んでおられました。
やがてお顔を上げられ、仰ります。
「MS開発局の連中がな。ザ○の耐久試験をしたがっていた。宇宙空間ではなく、極寒地帯、すなわち氷や雪山での試験だ。ここ氷の惑星なんだろ。ちょうどいい、連中の試験のついでに監査に入らせろ。MS実験のついでということでな」
「なるほど、どこの惑星でもザ○の実験ともなれば、疑いませんね」
「何も無いような基地に監査に向かうのは、定期監査でもない限り誰かの密告を疑われますが、ザ○のついでと言われれば、そんなものかと思われますか」
「ただし、基地側にはザ○の実験を行うとだけ、伝えておけ」
「了解です」
わたしは部屋で雑務に従事しているラインハルトを呼びます。
今日の服装は、クリーム色の薄い絹のメリヤスの少女用ドレスです。
ネックラインとスカートは、緑のサテンのバイアステープで装飾されているんです。スカートの前面はプリーツ。背面には細かいギャザー。背中の白い留めひもがかわいらしい。
わたしが選んであげました。
きゃぁ~ラインハルト。とってもかわいいわ。
ところがラインハルトってば、最近わたしの事を怯えるんですよ。失礼だと思いませんか?
ああ、以前はこんな子じゃなかったのにぃ~。
よよと泣き崩れるわたし……。
「姉上、わざとらしい泣き真似はやめてください」
「ずいぶん生意気な口を叩くようになりましたね、ラインハルト」
「姉上もお変わりになってしまいましたし、ね」
どうやら親離れならぬ、姉離れが進んでいるようです。
良い事なのでしょうが、すこし寂しい気もします。
しかしラインハルトの皇太子殿下を見る目。
その目が少し気になります。何がとは申しませんが、何かが気になる。そんな感じです。
う~む。どうしたものでしょうか?
ふと、ジークの方を見ると、マルガレータちゃんと仲良く遊んでいました。
幼い女の子を手玉に取るなんて、ジーク。貴方も変わってしまったのですね。
「腐った妄想してないで、何の用ですか、言ってください」
「ラインハルト、この書類を事務局に届けてください。オーベルシュタイン少将が戻ってきています。あの方に渡すのですよ。他の方ではいけません。いいですね」
「はい」
「腐った妄想に関しては、いずれきちんと話し合いましょうね」
「遠慮します」
「ラインハルトっ!!」
まったくラインハルトにも困ったものです。
どうしてあんな風になってしまったのでしょうか? 以前は姉さん、姉さんとわたしの後ろをちょこちょこ付いて来たのに……。
「アンネローゼ様が貴腐人になってしまわれたからです」
遠くの方でジークがなにやら、ぼそりと呟き、マルガレータちゃんが首を傾げて、ジークを見つめていました。二人ともすいぶん生意気になってしまったようです。
いったいどうしてでしょうか?
わたしには分かりません。
マルガレータさんとエリザベートさんが、呆れたような目で見ています。
不思議ですねー。
■宰相府 マルガレータ・フォン・ヴァルテンブルグ■
アンネローゼがまたもや、おかしな妄想に耽っている。
初めて会った頃はまともな女性だと思っていたのに、いったいどうしてこうなってしまったのか?
不思議でなりません。
エリザベートの方はいまだ、ジークを見ては、はぁはぁしてますし、この先宰相府はどうなってしまうのでしょう……。
特にエリザベート。(独身のアンネローゼはどうでもいいです)
彼女は二児の母なんですよ。
家でもこんな感じなのでしょうか?
こどもの教育に大変悪いと思います。
これだからショタはっ。
「おまえもなー」
皇太子殿下の突っ込み。
聞いていないようで聞いている殿下。
うかうかと愚痴も零せませんね。
ですが、いいんですか、皇太子殿下?
私は知っている。
皇太子殿下とアレクシアさんができているという事をっ。
「べつに秘密でもねえし」
ですよねー。
一〇才ぐらいのときから一緒にいたんですから、そうなっても不思議じゃないですよねー。
ですが、士官学校時代のご乱行は如何なものかっ!!
「あ、それかぁ……」
「あの頃はひどかったですね。そりゃもう~えらいことになっていました」
ひどいときは十又、二十又は当たり前。といった感じでしたね。
しかも別れる理由が、全員覚えきれねえ、ですからひどいもんです。
「あの頃は荒んでたからな……。で、何で知ってんだ?」
「皇太子殿下の乳母からお聞きしました」
「あのばあさんっ、なに話してんだ」
「あのばあさんっ? あの方まだ四十代ですよ?」
「えっ? そんなもんだっけ? ほんと、小さい頃から知ってるもんだから、もっと年上かと思ってた」
「皇太子殿下の乳母をやっていた頃は、二十二、三だった筈です」
「ということは、四十二、三か……」
「ですねー」
「まあバカな話は、これぐらいにして仕事に戻るぞ」
「了解ですー」
乳母の方からお聞きした皇太子殿下のお話はまだあるんですが、そのうちにばらす時も来るでしょう。アンネローゼの反応が楽しみです。
くっくっく。
今のうちに夢だけ見てなさい。
ただ、士官学校時代同室だった友人が、サイオキシン麻薬で亡くなったそうです。
あの当時も、密売組織を炙りだそうとしたらしいのですが、皇帝周辺の貴族達に止められてしまったそうです。
当時はまだまだ覚悟が決まってなかったそうで、皇太子殿下も眼を瞑ったらしい。
でも、絶対見つけてやろうと思っていたんですね。
サイオキシン麻薬関係は全部、潰すと言っていましたから。
■ミューゼル家 セバスチャン・フォン・ミューゼル■
「……クラリベル」
酒に逃げる事しかできない私を許してくれ。
娘と息子を失った。
相手は皇太子殿下だ。
断る事などできようもない。
しかし、しかしだ。
「息子のあんな姿は見たくなかった!!」
酒に逃げるしかない。
私達の子は姉弟ではなく、姉妹だったのか?
もう自信が無いんだ。
「教えてくれ、クラリベル」
そしてアンネローゼはわたし達が出会った頃の、君に似てきたよ。
私は怖いのだ。
君に似てきたアンネローゼがっ!!
皇太子殿下はご無事だろうか?
心配なんだ。皇太子殿下を守ってくれ。
クラリベル……。
後書き
アンネローゼにこき使われるラインハルト。
なんだかシンデレラぽくなってきました。
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