キャラメル
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第一部
第一章
キャラメル
文化祭で合唱のコンクールがあるのですが、歌いたい曲はありますか?と、
背面黒板に黄色のチョークで、右下に濃く書いてあった。何人かの女子が、
宮本乃愛さんの「夏の月」を歌いたいと言っていた。
宮本乃愛、金星の如く現れ、次々にヒット曲を生み出し、
天才的な幅のある声で世界中の人々を魅了した女。
彼女の歌は、テンポがゆっくりなものから、早すぎて一般人だったら絶対歌えないものもある。
しかし、すべての歌に決定的な共通点があった。
それは、言葉を脳裏に、心身に、しみ込ませてくるという点。
一度聴いたら二度と忘れられない歌声とでも言おうか。
彼女のことを、世界で一番大きく強い樹木だ、と表現した小説家がいた。
私は彼女の様に強い人間になりたいと思う。
こんな甘ったるい世界で人混みに流されて本当の自分を消滅させたくない。
そして人に私自身を、一人の人間として認めてもらいたい。
私は火曜日が好きだ。
なぜなら、学校の図書室にいらっしゃる司書の方がその日だけ、
若いお姉さんに変わるから。
いつも図書室にいるのはとても規律に厳しい4、5十代のおばさんなのだ。
だから私は火曜日が好きなのだ。
そのお姉さんは背中の真ん中辺りまである長い髪をハーフポニーテールにし、
黒と白のシュシュで、止めている。
そのシュシュがお姉さんの着ているワンピースに合っていてとても美しく、
本のページをめくる手つきは、とても優雅で私を虜にする。
そんな美人のお姉さんに会うために私は毎週火曜日の放課後図書室に通っている。
先月初めて知ったことだが、あのお姉さんはこの中学校の卒業生で、当時、
成績優秀、美人でスポーツ万能性格もいい。と、評判が良かったらしい。
そして、この県では一番偏差値が高い高校に入学したそうだ。
が、高校生の時出会った、本が大好きな先生の影響により、小説家になると決めたらしい。
そして、今は小説家としてアルバイトもしながら生活をしているということだ。
なぜ、小説家がこの図書室にいるのかはご想像にお任せします。
ペンネームは和才メイ。本名は和才沙月といった。
私が小説を書くのが好きだと言ったら、次の火曜日に一冊の本をくれた。
題名は「TODAY」著者はもちろん和才メイ。
その本は麗紋文庫発行だった。
その本を家に帰って早速開いてみた。
ちょうど55ページに薄ピンク色のメモが挟んであった。
それを見つけた私は、その紙に書いてあった内容を口に出して読んだ。
「こんにちは、澄田奈乃さん。あなたがこの本を読んでくれると嬉しいです。
中学生の時にはいろんな職業を知ることが大事だと思います。
小説家は大人になってからでも遅くはないからね。
ありきたりなことしか書けなくて悪いけれど、応援しています!
追記
宮本乃愛さんをご存知ですか?ぜひ一度聴いてください。「丘をかける炎」おススメです。」
へぇー、沙月さんも乃愛さんが好きなんだ。
私は、いつかクラスで話し合うであろう文化祭で発表する歌の候補にいったい何曲
宮本乃愛の曲が挙がるのだろうかと、心の中で呟いた。
その日の夜何気なくテレビをつけてみたら偶然にも 宮本乃愛の歌っている姿が映し出された。
今回歌っていたのは、デビュー曲の「アサナギ」という、落ち着いた雰囲気のモノだった。
私はこの女性を見るたびにいつも同じことを考えた。
幼い頃どんな生き方をし、どんな気持ちを味わってきたのだろうかと・・・。
沙月さんがくれた本は、宮本乃愛の様な歌手を主人公とした恋愛小説だった。
歌か恋か、これからの人生に大きく関わる選択を迫られた主人公。
歌を選んでくれとせがむ彼女のマネージャー等のスタッフ一同。
俺なら、君を絶対に幸せにして見せると言い切った彼氏。
なら、二つとも選ぶと言った主人公・・・。
私は沙月さんがこんな話しを書くのか!と、目を疑った。
そして、中学生にこんなベタな恋愛小説を読んで欲しいと
考える大人がいるということに少々驚いた。
あなたの夢は何?
大人はよくそう質問する。
幼稚園児だった頃は、シンデレラみたいなお姫様と答えても、
不審な顔一つされず、逆に可愛い夢だね。などと言われ、
自分も愛想を振り撒きまくってた。
小学生になり、少し成長したこともあり、お花屋さんとか、ケーキ屋さんとか、
女の子が一度は(一般に)口にしたことがあるような
お姫様と比べて随分現実味がある職業の名前を挙げるようになり、
高学年になるころには、周りには弁護士や、医者になりたいという子もそれなりに増え、
私も、表では学校の先生になりたいと言うようになった。
裏では、何故なりたいと思っていたのかは今となってはよく分からないが、
その頃の私は本気でなれると思っていたのか、ただ、夢を見ていたのか、
それさえも分からないが、
ただ、小説家になりたかった。
そして、中学生になり、将来の夢は薬剤師と、言っている今も、心の片隅では
小説家になりたいと本気で思っている。
そしてそんな時に出会った小説家のメイさん。
この人が私にとてつもなく大きま影響を与えたのは言うまでもない。
もし、小説家になると親に言ったらどんな顔をされるだろうか?
そんな不安定な職業は向いていないと呆れて言うだろうか?
そんな才能は無いでしょと冷たく突き放されてしまうだろうか?
でも、その前にある程度の結果を出しておけばいいのだ。
それなら中学生でも応募できるコンクールに挑戦してみよう!
そうよ、私は小説を書きたいの!
趣味を仕事にしたいの!
目を移した先のカレンダーには今日の日付の所に「中間テスト2週間前!」と、書いてあったが、
ナノの目にはその情報は映ってなかった。
あと、一か月で私は十四歳になる。
それまでに一作書上げられるだろうか?
いや、書かなきゃでしょ。
間に合わせなきゃでしょ。
いけるでしょ。
よし、決めた。
中三になったら、高校受験があるし、自由な時間が減っちゃうでしょ。
だから、今のうちに!
そう思ってパソコンを開こうとして気が付いた。
・・・そういえば、お母さんにテスト近いからって没収されてたんだった。
中間テストも終わり、文化祭に向けて各クラス着々と準備が進められている頃、
ナノは合唱コンのために指揮の練習をしていた。
まさか、二年間連続で指揮者に推薦されるなんて思ってなかったけど
音痴だしこれで良かったかもなぁ・・・。
宮本乃愛の歌だから歌いたかったけど・・・さ。
結局多数決でクラスの半分以上を占める女子達の団結力により、
宮本乃愛の「金木犀と銀木犀」という歌に決まったのだった。
「澄田さん、やっぱし歌いたかったんでしょ?」
少し寂しそうな笑顔で伴奏担当の「五十里」さんが話しかけてきた。
「なんで?あたし、歌下手だし。まぁ、乃愛さんの歌は確かに好きだけどさ。」
ナノは不思議そうに五十里を見た。
それを聞いた五十里は少し真剣な顔をしながら、そっかと言った。
「そっか。えっと、なんか去年より元気が無いっていうか何というか・・・、
あ、そう、ピシッとしてないって言えばいいのかな、とにかく楽しそうに指揮してよ。
才能はあると思うし・・・
そして、顔をあげ、ニコッと口角を上げると
・・・よし、一緒に頑張ろう。」
ナノは五十里の言いたかったことを理解すると、小さく頷き、
深呼吸をして再び指揮の練習を始めた。
「文化祭まであと二週間もないんだよ!いい加減真面目に歌ってよ!!女子ももっと大きな声出してよ!!!」
学級委員の女子がいくら声を張り上げても、反抗期の男子生徒は聞く耳をもつ筈が無い。
なんで分からないのだろうか? 宮本乃愛の歌は確かに上手いよ。
でも、それは、宮本乃愛が歌っているからね。中学生が、しかも初心者集まりの私たちが
歌いこなせるレベルじゃないのだ。分かんないのかなぁ?そのうえでこの歌選んだんじゃないの?
そんなことを五十里さんが隣りでずっとぼやいている。
まぁまぁ。と言って笑うけど、内心では皆に聞こえやしないかと冷や冷やしていた。
どうせなら皆に向かって言えばいいのに、そう言いかけた時、
「ねぇ、あんた達さぁ。」
と、キレかけた五十里さんの声が聞こえた。
「別に歌いたくないなら歌わなくていいけどさぁ、邪魔なんだよね。誰かが注意すると、
伴奏もしててつまらなくなる。マジでテンション下がる。だから、出てってくんない?
で、委員長さんもさぁ、いちいち中断させんでよ。大きな声で歌え、とかの指示は
澄田さんの役目でしょ?違うの?推薦したのあんたでしょ?
で、歌いたくない奴は出てけ!以上。」
「五十里さんて、意外と口悪いんだね。まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど、
澄田さん指揮始めてくんない?」
し~ん、とした空気を破ったのはさっきまで一番ふざけてた男子だった。
「あ、はい。」
腕をあげると皆の足が肩幅に開き、視線が一点に集中する。
五十里と、目を合わせ、指揮を始める。顔を皆の方に移した時、五十里の言葉の強さを思い知った。
一斉に呼吸をする音が響く。
そっか、歌は最初の言葉だけ揃えようと思ってもダメなんだ。
「スっ」と、息を吸うタイミングも揃ってるとこんなにキレイなんだ。
指揮って合唱ってこんなに楽しいんだ。
ナノは今までで一番きれいな合唱の練習中に思い浮かんだのがそんなことだった。
「みんなやればできるのに。」独り言なのか、皆に向かっていったのか、曖昧な声の大きさで
五十里が言った。
みんなやればできるのに・・・か。確かにその通りだね。
あと、二週間もしないうちに文化祭が始まる。
それまでに何とかなりそうで良かった。
本当に何とかなるとは決まったわけじゃないけど。
「あの、とてもきれいだった。今までで一番。」
シンとした雰囲気の中で自分の意見を言うのは少々苦手だが
後書き
初めまして楪です。
一応中学女子です。
よろしくお願いします。
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