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文月学園の情報屋

作者:青葉
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第一話

 ――文月学園。革新的な学力低下対策を導入した試験校であり、進学校。また試験校と言う事があり、多くスポンサーが付いていて学費が安い。そして俺の通っている高校の名だ。
 そんな俺は今、入学してから二度目の春を迎えた。
 つまりは進級し、二年になったわけだ。俺はまた興味深い奴らと一年間を共に過ごせるかと思うと、校舎へと続く坂道の両脇に咲き誇る桜など目に入らず、無言で、内心が顔に出ているのかにやけているのを自覚しつつ歩いている。
 玄関の前で、おそらくは西村教諭がクラス編成を教えてくれることだろう。
 ――まあ、結果は分かりきっているんだけどねぇ。



 坂を登り終えたその先には予想通り、西村教諭が居た。遠目に見ても分かる浅黒い肌に短髪、そして筋骨隆々と言っても差し支えないだろう体格。分かりやすい特徴だ。

「いつもより早いじゃないか、氷川」
「おはようございます、西村教諭。そうですねぇ。たまには早く来てもいいんじゃあないかと思いまして」

 一度軽く頭を下げ挨拶をしてから答える。ここら辺をきっちりとしておかなければいろいろと面倒なのだ。俺の目の前にいるこの男は、生活指導の鬼と呼ばれるほど恐れられているのだから。それに『鉄人』とも言われている。理由としては、教諭の趣味であるトライアスロンから来ている。見た目と言うのもあるだろうが。

「それはそうと。クラス編成を教えてほしいんですが」
「ああ、ちょっと待て」

 そう言うと、西村教諭は持っていた箱から封筒を取り出し差し出してきた。どうやらこれに書いてあるらしい。宛名には『氷川直人』と俺の名前が大きく書かれていた。

「どうも」

 失礼のないよう、頭を下げながら受け取る。他の教諭にはこんな態度はとらないんだけどねぇと、どうでもいい事を考えていた。
 顔を上げると、西村教諭はどこか神妙とした表情で俺を見ている。

「どうしました?」
「……お前はこれでいいのか?」
「何の事です?これは公正なテストの結果で振り分けられると記憶していますが」
「それはそうだが……お前ならもっと上のクラスになれたんじゃないか?」

 その言葉を聞き、俺は考えるように間を開ける。そして封筒を開けながら、元から用意しておいた言葉を言った。

「優等生の集団の中に居ても、つまらないだけじゃあないですか」

『氷川直人……Fクラス』

「そうか……お前らしいな」
「お褒めにあずかり恐悦至極」

 俺はそう言い西村教諭の隣を抜け校舎の中に入る。
 と、その前に言い忘れていた事があった。一度振り返り既にこちらを見ていない西村教諭に話しかける。

「西村教諭」
「ん?なんだ?」
「あなたの使っているトレーニング器具のメーカー、もうすぐ不祥事が表に出て潰れますよ」
「……お前が言うのだから事実なんだろうな」
「当たり前です。俺のモットーは脚色誇張一切なしの、真実を伝える事ですから。まあ、相手にもよりますがね」



 西村教諭との朝の会話も終わり、今俺はコツコツと音を立てながら、俺のクラス――二年F組の教室を目指し廊下を歩いている。
 三階に足を踏み入れてすぐ目に入ったAクラスの大きさは、聞いていたよりも広く感じられた。そしてその設備もまた豪華なものだった。やはり、百聞は一見に如かず。自分で見なければ本当の事は分からない。
 また、どのクラスでもそこそこ人は集まっているようだ。いつもより早く来たが、他の奴も同じような感じらしい。進級して浮足立っているとでも言うのだろうか。
 そうやって周りを観察しながら歩いていると、二年F組と書かれたプレートがある教室の前まで来た。
 ――さて。最底辺クラスにはどれくらいいるのやら。
 俺は軽く扉をコンコンとノックし開いた。

「やあ、最底辺クラスの我がクラスメイト達。これから一年間よろしく」
「しょっぱなからケンカ売ってんじゃねえよ、直人」

 俺の挨拶にいち早く反応したのは、教壇に立っている大男。野性味あふれるゴリラの様な俺の友人の一人――坂本雄二だった。

「ん?ああ、悪いね。ゴリラかと思って一瞬驚いたよ。まさか底辺クラスには喋るゴリラまで居るのかと」
「お前……ケンカ売ってんだな?そうなんだろ!?」
「くくっ、朝から元気だねぇ本当。どうやったらそんなに育つんだろうね。やっぱりバナナ?」
「……はあ。お前はいつも通りだな……」

 肩をすくめてため息を吐き、呆れたように呟く雄二。今までと変わらずの光景がそこにはあった。なんだか無性に懐かしく感じる。教室が変わったからだろうか。

「当たり前じゃないか。俺がそう簡単に変わるとでも思っているのかい?それなら君は小学生の時から今まで、俺の事は何も分かっていなかった様だねぇ」
「分かってたっての。一応の確認だ。つか、お前なんでFクラスに居るんだ?お前ならAも狙えただろ?」
「これは去年の自己紹介の時にも言った気がするけど、俺は俺が関わっていて面白いと感じる奴らと一緒にいたいんだよ。その点、Fクラスは何かとありそうだからねぇ。一番興味深かったからさ」

 すると雄二はだろうなという視線を俺に向けてきた。
 訊かなくともなんとなく分かっていたらしい。
 そしてそろそろ自分の席に座ろうと思ったところで、扉が勢いよく開かれた。

「すいません、ちょっと遅れちゃいましたっ」

 愛嬌たっぷりにそう言い放つ、これまた俺の友人の一人、馬鹿さが表に出てきたとしか思えない顔をした男――吉井明久だ。

「早く座れ、このウジ虫野郎」
「ようこそ最底辺クラスの最底辺」

 俺と雄二は同時に言い放つ。それを訊いた明久はいきなりの事で固まっていた。無理もない。

「……雄二と直人、二人とも何やってんの?」

 教壇に立っているのが不思議なのだろう。そう言えば俺も訊いていなかった。

「先生が遅れているらしいから、代わりに教壇に上がってみた」
「先生の代わりって、雄二が?直人じゃなくて?」
「一応このクラスの最高成績者だからな。俺の隣のこいつが適当にやったからだろうが」

 雄二がそう言うと、二人の視線が集まった。理由を言えと言うことらしい。

「だってつまらないじゃないか。良い成績とったってそれじゃあ意味がない。だから解答の代わりに俺の持っていた情報を書いておいてあげたんだよ。試験の時、熱で途中退席になってしまった姫路瑞希を君は助けただろう?と言っても保健室に運んだくらいだけどねぇ」
「それがどうしたの?」
「その時色々と言っていた教諭が居たじゃないか」
「ああ、確かにいたな。途中退席は無得点扱いだとか何とか」
「そう、その教諭だ。奴の事は前々から嫌いだったからさ、仕事上ああ言わなくちゃいけないのは分かるけど、俺だって人間だ。嫌いなものは嫌いなんだよ。だから書いておいたのさ。証拠も付けて」
「「何を?」」
 
 二人の重なった声を訊き、一拍おいてから答える。

「汚職だよ。簡単に言ってしまえば、他の人間から賄賂を受け取っていたんだ。うちの子を上のクラスにしてくれって言われていたよ。丁度そこに居合わせる事が出来てねぇ。写真も撮らせてもらったし、音声の録音もさせてもらった。面白いくらいに上手くいったよ。で、その事を書いておいたのさ。それをどうするかは、学園長次第と言ったところかな。く、くくっ、あはははっ!」

 おっと、思わず笑いが出てしまった。二人は俺の事を若干引いてみている。別にどうでもいいが。
 そして雄二は気を取り直すように言った。
 
「まあとりあえず。このクラスの全員が俺の兵隊だと言うわけだ」
「俺は違うけどね」

 ふんぞり返って床に座っている他の生徒を見下ろし、にやついている雄二に一言言っておく。人の下につく事は、俺が最も嫌う事だ。仕事ならばやぶさかではないが。
 そんな雄二を見て明久は呆れている。そして教室を見回し更に深い溜息を吐いた。そう、先ほども床に座っていると言ったが、ここには椅子がないのだ。明久は「……さすがはFクラスだね」と呟き、空いているスペースを探そうとしている。
 
「えーと、ちょっと通してくれますか?」

 すると後ろから声を掛けられた。振り向くと、ヨレたシャツを着た老年の男――福原教諭が立っていた。おそらくは担任なのだろう。

「もうHRを始めますか?」
「ええ。ですので席についてもらえますか?」
「了解です」
「はい、分かりました」
「うーっす」

 三者三様の返事をして適当な席に着く。席と言っても、畳の上に座布団と卓袱台があるだけだが。
 そして俺達が座ったのを見届けると、福原教諭はゆっくりと話し始めた。

「えー、皆さんおはようございます。二年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします」

 そう言いチョークを使い黒板に名前を書こうと動いたのかと思ったら、直ぐにやめた。先ほどちらっと見たが、チョークが用意されていなかったからだろう。

「全員に卓袱台と座布団は支給されていますか?不備があれば申し出て下さい」

 総勢五十名程度の生徒たちが学校で皆座布団に座っていると言うのも、なんとも奇妙な光景だ。

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないっす」

 クラスメイトの誰かがそう言った。

「あーはい。我慢してください」

 それを皮切りにどんどん出てくる不備の申し出。

「先生、俺の卓袱台の脚が折れているんですが」
「木工ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」
「窓が割れてて風が入ってきてるんですけど……」
「分かりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」

 俺の思っていたよりも、Fクラスというのは酷いものだったらしい。壁はひび割れ、隅にはクモの巣まである。おまけに畳は腐っていた。

「必要なものがあれば極力自分で調達するようにしてください」

 そこで一度言葉を切った福原教諭。教室内に何ともいえない微妙な空気が流れている。 

「では、自己紹介でも始めましょうか。そうですね。廊下側の人からお願いします」

 教諭の指名を受けて、輪のように内側を向いて並んでいた生徒の一人が立ち上がる。

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」

 立ち上がった生徒は、去年のクラスメイトで、俺がよく話す事があった生徒だ。女の様に整った顔立ちと小柄な体格などから、他の奴に女扱いされている男子生徒である。女扱いしない俺には感謝していると前に言われた事がある。 
 というか今になって周りを良く見てみたが、俺の知っている人間が多い。というよりも、俺が好んで付き合っていた人間がそう言う奴ばかりと言うことか。
 そしていつの間にか自己紹介を終えて座った秀吉に代わり、その後ろの生徒が立ち上がった。

「…………土屋康太」

 相変わらずの口数の少なさでそう言った男もまた、去年の俺のクラスメイトの一人であり、俺の仕事仲間とも言うべき人間だ。奴には証拠を集めてもらう事があったり、逆に俺が仕事を手伝ったりと、奴の見た目に寄らずの運動神経の良さから、色々と一緒にやっていた。
 そして次に立ったのはこのクラスには珍しい女子生徒だった。少々粗野な奴だが。

「島田美波です。海外育ちで、日本語は出来るけど読み書きが苦手です。あ、でも英語も苦手です。育ちはドイツだったので。趣味は――」
 
 そこで島田は少し考えるように間を開けた。
 趣味と言うと嫌な予感しかしないので、今後のためにも俺から一応の注意をしておく。

「島田。明久を殴る事なんて言ったら、君の願いはどんどん遠ざかっていく事だろうねぇ」
「げっ、居たの氷川」

 俺を見つけた島田は嫌そうな顔をしてこちらを見た。

「げっ、っていうのは酷いんじゃあないかい?淑女としてもいただけない発言だねぇ。それにこれでも君のアドバイザーをしているんだよ?まあ、結果は全く出ていないけど。それもこれも君が俺のアドバイスを聞かないからだけどねぇ」
「うぐぐ……」

 島田は悔しそうに唸りながら、結局何も言わずに座った。
 俺がしたアドバイスは二つ。 
 『安易に暴力に走るな』と『素直になれ』だ。一向にそうなる気配はない。恋が実るのはまだまだ先のようだ。

「アドバイスって何?」

 不意に後ろから声を掛けられた。明久だ。

「何でもないさ。君が気にする事じゃあない」
「そう?」

 明久は納得がいかないと言った顔をしているが、それ以上の追及はしてこなかった。
 と、そんな事を話していると俺の前の生徒の自己紹介も終わり、俺の番となった。制服を正して立ち上がる。

「氷川直人。趣味は……人間観察とでも言っておこうか。しがない情報屋をやっているよ。何か知りたい事があったら俺のところに来るといい。俺が不利益を被る事がないような情報だったら教えてあげよう」

 そして俺はあと何か言うことはあるかなと、一度考えこう付け足した。

「情報料については応相談だから、そこのところはよろしく。逆に何か情報を売ってくれるって言うなら、相応の値段で買おう。では、これから一年間共に学園生活を有意義なものとしようじゃあないか」
 

 言い終わった俺は軽く頭を下げ礼をし、また綿のない座布団に座った。そして耳を澄ませて周りの会話を聞く。すると、ひそひそと何か呟いている二人の男子生徒の声が聞こえてきた。

「お、おい。氷川ってあの氷川か?嫌いな奴ならどんな奴だろうと、自分の持ってる力を全部使って本気で潰しに来るっていう……」
「ああ……間違いない。情報屋と言うだけあってあいつの情報網は異常と言っていいほどに恐ろしい……下手な真似はするなよ?俺まで巻き込まれたら最悪だ……」

 どうやら会話の内容から察するに、俺の事は結構知っている奴が多いようだ。これなら俺が何かされて、騒動の中心になる事もないだろう。俺は傍から見て楽しみたいのであって、当事者になりたいわけではないのだから。
 そして次に明久の番となった。
 
「えーと、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んでくださいねっ」

 明久は教室に入ってきた時と同じように、明るくおどけた感じで言った。
 瞬間――。

『ダァァーリィィーンッ!』

 教室内にいる生徒の大半を占める男子の、野太い声の大合唱である。
 それを聞いた明久は一瞬戸惑ったものの愛想笑いで返し、その後普通に挨拶をし座った。心なしか顔色が悪い。

「どうしたんだい?少し顔色が悪いようだけど」
「ああうん……まさか本当に呼んでくるとは思わなかったからね……あはは……はあ」

 あの大合唱は結構ダメージを受けたようだ。
 
 そしてその後、なんの面白みもない没個性で退屈な自己紹介が進み、そろそろ終わりかなと思ったところで、教室のドアが開かれた。
 走ってきたのだろうか、息を切らせ上気したように赤くなった顔で、胸に手を当てている女子生徒――姫路瑞希が入ってきた。

「あの、遅れて、すいま、せん……」

 そう言った彼女を見て、誰からともなく驚いたような疑問の声が上がった。理由を知らない奴らにとっては当然だろう。姫路瑞希は実力で言えばAクラスにも引けを取らない。なぜFクラスに?と思うものだ。
 そんな中俺は、鞄から小学生の時から愛用しているペンと、もうこれで何百冊目かと言うメモ帳を取り出す。
 そして「姫路瑞希 Fクラス」と書いておく。こんなことに意味はないが、一応この学園の生徒全員分の情報を書いているのだ。一人だけ書かないと言うのもおかしい。本当だったらもっと早く書いておきたかったが、彼女についての情報は得ることが難しかった。Fクラスだとは思っていたが。
 そんな事をしていると、彼女は福原教諭に促され壇上にあがり、自己紹介をしていた。その時にこのクラスになった理由――熱を出してしまった事も説明している。それを聞いた馬鹿たちは「熱の問題が出たせいでFクラスに」「科学だろ?アレは難しかったな」などと言っている。
 その後自己紹介を終えた姫路は、足早に明久の隣、つまりは俺の後ろに座った。
 そして「緊張しました~……」と安堵のため息を漏らしている。壇上での自己紹介は、恥ずかしがり屋の気がある姫路には結構つらかったのだろう。
 隣の明久は何か考えている。。
 せっかくだ、一度自己紹介でもしておこうか。

「やあ姫路さん。自己紹介お疲れ様。俺の名前は氷川直人。よろしく」
「あ、えっと、はい。よろしくお願いします」

 いきなり話しかけられ、戸惑いながらも深々と頭を下げて言う姫路。やはりFクラスに似つかわしくない礼義正しさだ。
 と、次に雄二も俺と同じように自己紹介をした。姫路もまた同じようにやっている。
 そしてやっとかと言うように明久が声を出した。

「あ、あの姫路さん!僕は吉井明久って言うんだ。よろしくね。それと……もう体調は大丈夫なの?」
「よ、吉井君!?あの、その……はい、もう大丈夫です。あの時はありがとうございました」

 明久の顔を見て驚く姫路。隣に座っておきながら誰か分かっていなかった様だ。

「そっか。よかった、心配だったんだ」
「は、はい。本当にありがとうございました」
「あはは、いいよそんなに言わなくても。こっちがどうすればいいか分からなくなっちゃうよ」

 何と言うか、思いのほか仲良くなっている。これがほぼ初対面のはずだが、あの時の出来事は結構姫路の中で好印象につながっているようだ。

「雄二、この二人は今日初対面と言ってもいいはずだよねぇ?」
「ああ、その割には仲がいいみたいだけどな。それに気づいてるか?島田がさっきからこっちを見てるぞ」

 小声で言葉を交わし、島田の方を見てみる。
 すると目があった。何か言いたそうな顔をしているが、残念、そこからでは少し遠い。仲良さ気に話している二人を見ているしかない。あぁ可哀そうな島田美波。その嫉妬や怒りが明久への暴力として表に出ない事を、切に願おう。恋のアドバイザーとして、何の変化も得られないと言うのは、なかなか退屈なのだ。
 俺はそう思いながら島田に、小学生のころから「イラッとくる」と言われ続けている笑顔を向けてやる。
 案の定睨みつけてくる島田。少し唸り声が聞こえてくる。ま、だからどうということもないのだが。

「ちょっとそこ、うるさいですよ」

 福原教諭が教卓をバンバンと叩き注意した。
 すると教卓は音を立てて崩れ去る。Fクラスの設備のひどさがまた浮き彫りになった瞬間だった。俺の後ろにいる姫路も苦笑いをしている。

「替えの教卓を持ってくるので少し待っていてください」

 そう告げると、福原教諭は教室から出て行った。そして広がる生徒たちの喋り声。「さっきの自己紹介はどうだった」という言葉や、「女子が全然いないよー!」という不満などの、どうでもいい事が聞こえてきた。

「……雄二、直人、ちょっといいかな?」

 そうやって周りを見ていると、明久に声を掛けられた。

「どうしたんだい?」
「ん?なんだ?」

 振り向く俺と、あくび交じりに答える雄二。

「ここじゃ話しにくいから廊下でいい?」
「別に構わんが」
「面白い話が聞けそうだねぇ」

 三人で立ち上がって廊下に出る。

「それで?話って何だい?」

 明久は一度周りを確認してから話しだした。

「実はこの教室についてなんだけど……」
「Fクラスか。想像以上に酷いもんだな」
「雄二もそう思うよね。直人は?」
「この教室を見て良い環境だと言える人間は、相当の修羅場をくぐって来ている人間だと思うねぇ」
「お前は分かってたんじゃないのか?」
「一応話には聞いていたけど、聞くのと見るのとじゃあ違うものさ」
「二人とも酷いものだと思うよね?じゃあ、Aクラスの設備は見た?」

 そう訊かれて思い出す。
 黒板の代わりにプラズマディスプレイ。ノートパソコンに個人のエアコン、冷蔵庫、リクライニングシートなど、通常の教室には必要のない様なものまで色々とあった。

「確かに凄かったねぇ、あの教室は」
「ああ。あんな教室は他に見た事がない」
「そこで僕からの提案。せっかく二年生になったんだし『試召戦争』をやってみない?それもAクラス相手に」

 その言葉を聞き、訝しげに明久を見る雄二。突然の事に意味が分からないのだろう。ちなみに試召戦争とは、化学とオカルトと偶然によって出来たシステム――試験召喚システムを使い、召喚者をデフォルメした様な分身――召喚獣を使役し戦うクラス間の抗争の様なものだ。そして召喚獣の強さはテストの点数に比例するため、クラスが上になるほど有利になる。つまり、一番下である我がFクラスは負ける可能性が高い。

「あっはっはっ!本当に君は面白いねぇ明久。予想の斜め上を行かれたよ。君はやはり俺が大好きな人間だ!」
「うぉ、いきなりでけぇ笑い声出すんじゃねぇよ!まだHR中なんだぞ!」

 笑い声を上げる俺に、小声で怒鳴ると言う器用な事をやってのけた雄二。

「……はあ、で?何が目的なんだ?設備が酷すぎるからなんて理由は受け付けないぞ。お前は今更勉強する環境について何か言うような奴じゃないからな」
「え?あ、えーと……」

 言おうとしていた事を先に言われてしまったようで、視線を中空に彷徨わせる明久。明らかに戸惑っている。
 理由は大方見当はついているが。

「そんなの言うまでもないよねぇ明久。姫路さんのためだろう?」
「ど、どうしてそれを!?ま、まさかもう何かしらの情報が!?」

 面白いくらいに動揺してくれる明久。もう答えを言っているも同然だ。

「だそうだけど雄二?Fクラスの代表は君だろう?だったらこれからどうするのかも君の自由だ。明久の願いをきいてやるのか、それともそんなことはしないと一蹴するのか、君の一言で決まる。どうするんだい?」

 雄二は考えるまでもないと言ったように、すぐに答えを言った。

「当然やる。俺もAクラス相手に試召戦争をやろうと思っていたところだ」
「え?どうして?雄二だって勉強全然してないよね?」
「世の中学力がすべてじゃないって、そんな証明をしてみたくてな」

 その言葉に疑問符を浮かべる明久。
 ――本当に、小学生の時とはまるで別人と言う程に変わったねぇ、雄二。まあ、まだまだ甘いんだけど。

「ということは君の中では勝算があるって言うことだろう?」
「おう。理想や願望だけで出来ると言う程俺は子供じゃねえ――おっと、先生が戻ってきた。教室に入るぞ」

 雄二に促され再び教室の中に入る。
 そして教室に入ってきた教諭は、残っていた自己紹介の続きをやらせた。
 同じような自己紹介を聞き流し、最後の一人――雄二の番となった。
 教諭に名前を呼ばて席を立った雄二は、ゆっくりと教壇に歩み寄っていった。そして自信に満ちた顔で教壇に上がり、俺達の方を向いた。その後全体を見回してからこう言った。

「Fクラス代表の坂本雄二だ。呼び方は好きにしてくれて構わない。さて、皆に一つ聞きたい」

 そう言うと雄二は、教室の酷い所を一つ一つ見ていく。他の奴もそれにつられるように視線を移している。
 ――雄二はこう言うのが上手いねぇ。指揮官タイプって奴かな。

「Aクラスは冷暖房完備な上、座席はリクライニングシートらしいが――」

 雄二はもう一度見まわし、告げる。

「――不満はないか?」
『大ありじゃあっ!』

 Fクラスの男達が一気に叫んだ。本当に乗りノリのいいやつらだと思う。争うように不平不満を上げていっている。語気も荒れている。相当不満が溜まっていたようだ。
 そしてそれを聞き届けた雄二は、最後にこう言った。

「――FクラスはAクラスに『試験召喚戦争』をしかけようと思う」

 だが彼らは分かっているのだろうか。努力をしたから他の奴は上のクラスにいったのだ。努力もせずに言うのはただの子供だ。姫路などの例外もいるが、ここに居ると言うことは、基本的な努力をしてこなかったからではないのか。

「くっ、くくっ……」

 ――だけどそんなことはどうでもいいんだよねぇ。俺は傍観者としてこの戦争を楽しませてもらうよ。せいぜい頑張ってくれたまえ。Fクラス諸君。

 こうして俺達Fクラスと、他クラスの戦争の幕が上がったのだった。
  
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