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P3二次

作者:チップ
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前書き
正田作品の影響を受けております。
ゲームで言うところの2週目、3週目を回帰と捉えたり、
主人公が既知を感じるなどの原作にない設定がそうなります。
とは言っても水銀の蛇や正田作品のキャラ、技、などは出て来ません。
あくまで回帰、既知などだけです。 

 
"……けて"

 ああ、まただ。
 命の気配が感じられぬ闇の中で鈴の音のような声が俺の耳をくすぐる。
 目を開けば、キス出来そうな距離に紅い瞳、癖っ毛の女の子。
 ここしばらくはずっとこの夢しか見ていない。

"た……て"

 俺の頬に手を当てて懇願する少女。
 気付けば俺も彼女も裸で、絡みつく裸体はどこまでも艶めかしい。

"助けて、くれるよね?"

 紅い瞳が俺の心まで射抜く。
 助けるとは何だ? お前誰だよ? そんな言葉が喉までせり上がって、舌で解れていく。

"だってあなたは――――"

 俺は?

"ワ タ シ ノ オ ウ ジ サ マ ナ ン ダ カ ラ"

 熱い熱い接吻、舌まで入れられて、このまま蕩けてしまいそうだ。
 けど――――これはヤバい、俺は何時もここで少女を突き飛ばす。
 そしてこの後の展開もお決まりだ。

"……"

 違った、いつも通り悲しげな瞳をして消えていくはずだった少女は未だに留まっている。

"私なのにワタシじゃない、でも……良いよ。今度はきっと……待ってるから、ね?"

 俺の身体が闇に溶けて行く、夢から醒める合図だ。
 少女は身じろぎもせずに俺をただただ見つめていた。

「――――ぁ」

 克明に思い出せる夢の内容。
 まず目に入ったのはピンク色の証明に照らされた天井だった。

「……欲求不満と言うわけじゃないと思うんだがね」

 隣にいる何処かで引っかけた女の乳を揉む。
 寝ている女は僅かに艶っぽい声を漏らすだけ。
 あんな夢を見てはいるが、少なくとも欲求不満の線はなさそうだ。
 溜まったらちゃんと発散しているし。

「あ――起きたんだ、キーくん」

 目を擦りながら嬉しそうに語りかける女。
 それよりも何よりも、俺は一つ疑問があった。

「キミ、名前何だっけ?」
「――――!!!」

 一瞬の沈黙の後に凄まじい衝撃が俺の頬に奔る。
 女は何かを喚き散らしながら服を着て、さっさと出て行ってしまう。
 デリカシーの欠片もない発言だったが、もう二度と会うこともないだろうし忘れるに限る。

「あー……いってぇ」

 枕元に置いてあった煙草を咥えて火をつける。
 バニラの甘い煙が室内を満たしていく。

「あの夢もそうだが――――今夜は特に酷いなぁ」

 一番旧い記憶を辿れば十年前に辿り着く。
 それ以前に何をしていたのか、一切合財不明。
 今の俺として始まった十年前から、俺は既知感とでも言うべきものを感じていた。
 ふとした拍子に、俺は前もこんなことをしていなかったか?
 そんな摩訶不思議な感覚。
 俺はそれから逃げるように色んなことに手を伸ばしたが、一向に消えず。
 唯一の救いは常にと言うわけではないことか。

「……最悪だ」

 紫煙をくゆらせながら散漫な動作で衣服を身に着ける。
 時計を見れば二十三時十分、一泊のつもりだったがまあ良い。
 金は既に払っているが、はした金だ。
 戻って来なくても問題ない。

「駅前にでも出るかな」

 鍵を返してそのまま地下のパーキングへ。
 乗って来たバイクは倒されていて、車体にはヒールで踏みつけたような跡があった。
 あの女がやったことだろう。
 今になって惜しいと思えて来た。
 苛烈な女と言うのは嫌いじゃない。
 少しばかり後悔をしながら俺はバイクを走らせる。
 行く先は駅前、何か目的があるわけでもないが……何となく行く気になったのだ。

「春先だってのに冷えるな……」

 二十分もしないうちに駅へ到着。
 手近な駐輪場にバイクを置いて何となく駅へと入ると終電がホームに辿り着いたところだった。
 くたびれたリーマン、これから出勤であろうホステス。
 何とも言えない人波の中で俺はそいつを見つける。

「――――」

 向こうも俺を見つめていた。
 月学の制服に身を包んだ少女を俺は知っている。
 何度も何度も夢で見たのだから。
 …………ああ、これもまた既知だ。
 俺は前にもこうして彼女とここで見つめ合った。

「あ、あの!」

 吐き気を催す既知感に沈む俺などお構いなしに少女は俺の傍へと駆け寄って来る。
 心なしか赤い頬は、健康的な色気を演出していた。

「私達、どこかで会ったことありませんか?」

 陳腐な口説き文句だが、彼女が言わなければ俺が言っていたように思う。

「……さあ?」

 夢で会った?
 まあ、それもあるけど――――こうやって向かい合っていること自体が既知のように思える。

「あ……ご、ごめんなさい。その、初対面なのに変なこと言っちゃって……」

 彼女も自分が何を言ったか、今更ながらに思い至ったようであたふたとしている。
 頭痛、吐き気、眩暈、酷い三重苦が俺を縛り付ける。
 今すぐにここから去りたいのに足が動かない。

「別に気にしちゃいないさ。なあ、暇ならちょっと話でもしない?」

 それどころか何で俺はこんなことを言っているんだろう。
 少女は手に持っていた地図と俺に視線を行き交わせ――少しの逡巡の後に頷いた。
 抉りたくなるような紅い瞳から逃げるように背を向け、俺は歩き出す。

「何飲みたい?」

 駅の入り口にあった自販機でコーヒーを一本購入する。
 ブラックなんて大嫌いだけど、今は無性にそれが飲みたかったのだ。

「え?」
「ジュースか何か飲みながら話そうってこと。ほら、早く」
「えーっと……じゃ、じゃあミルクティーで」

 オーダー通りにミルクティーのボタンをプッシュし、缶を放り投げる。

「じゃ、そこのベンチで話そうや」
「は、はい!」

 小動物のように俺の後ろをトテトテと着いて来る少女。
 総ての動きが俺の……ああ、気持ち悪い。

「俺は裏瀬《うらせ》、キミは?」
「私は有里公子《ありさときみこ》って言います」
「公子ちゃん、ね。よろしく」

 俺も戸惑っているが彼女も戸惑っているようで、複雑な顔をしている。
 それでも隠しきれない高揚感のようなものが見え隠れしているのは……きっと俺も同じだろう。

「その制服、月学だよね? 俺もなんだ。けど、公子ちゃんみたいな子は見たことないな」

 最低限の出席しかしてないから、俺が知らないだけかな?
 まあ、どの道そろそろ辞めるつもりなので、どちらでも構わない。

「私、転校生なんです。えっと、裏瀬くんは……」
「俺? 俺は二年だよ。殆ど行ってないがね」
「そうなの?」
「ああ、俺そんな真面目な感じしないだろ?」

 髪こそ染めていないが、左耳と口にあるピアスだけ見ればヤンキーそのものだ。

「アハハ……の、ノーコメントで」

 困ったように笑う彼女だが、別に俺は指摘されたところで怒る気はない。

「公子ちゃんってさ、割と顔に出るタイプっしょ?」
「そ、そうかなぁ……」
「ああ。顔に書いてるぜ、怖そうなヤンキーだって」
「そんなことないよ!」

 憤慨したように頬を膨らませる公子、ますます以って小動物みたいだ。

「良いって良いって。実際のとこ、間違ってるわけじゃねえし」

 意図はともかくとしてやってることだけみれば不良――より性質が悪いだろう。
 四、五回パクられようとも御釣りが来るくらいだ。
 そしてそれだけのことをやって尚、既知感を消せないなんて……いっそ滑稽だ。

「……不良さんなの?」
「そ。否定出来る要素は何一つない」

 既知感が齎すものは総じて良いことはない。
 どれだけ必死ここうとも、終わってからガッカリがやって来るのだ。
 そんなもの喜べるはずもない。
 だと言うのに――――

「ん、何か言いたげだな。良いぜ、言ってみなよ。俺は別に怒らないし」
「えっと……裏瀬くんはさ、不良なのに……」
「なのに?」
「――――全然楽しそうじゃないよね」

 俺はこの子から感じる既知を心地好いものとして捉えてしまっている。

「……ちょっと、意味分かんないな」
「勝手な偏見だけど不良ってさ、何かから逃げてるんだと思うの」
「それで?」
「悪いことやって逃避して、目先の楽しさだけを追っている」
「まあ、当たってるって言えば当たってるな」
「だから表面上は何だか楽しそうに見えるんだ」
「俺は楽しそうじゃないってか? けど、アンニュイな不良も居るぜ?
逃げてることへの自己嫌悪だったり、将来のこと考えたりしてな」

 今すぐキスして押し倒したい、まるでレイパーの思考だ。
 気持ち悪いったらない。

「うーん……上手く言えないんだけど、何か違うんだよ」
「ふぅん、個人の感性だし別に良いけどさ」

 実際のところ当たっているのだから。
 ただ、俺がそう言うことをやっているのは逃避からではない。
 非日常に足を突っ込むことで未知を感じたいからだ。

「な、何かごめんね?」
「だから良いって。つかさ、俺も気になってることあるんだよね」
「何?」
「こんな時期に転入なんてワケありの匂いがするんだが……そこんとこどうよ?」
「アハハ、そこ聞いちゃうんだ」
「まあね」

 そうやって他愛のない話をする俺達。
 だが、話題なんてものは唐突に尽きるもの。
 ふと、無言の時間が顔を出す。

「あ、あの……」

 俯いて何かを考えていたっぽい公子が意を決したように顔を上げる。

「裏瀬くんってさ」
「ん?」
「一目惚れって信じ――――」

 カチリ、と時計の針が頂点で重なる。

「え、何これ……」

 何かを言い掛けた公子は突如表れた変化に驚きを露わにした。
 薄気味悪い月の下では溢れていた人間が棺桶に早変わり、驚くなと言う方が無理だろう。
 俺がこれを知覚したのは何時だったか覚えていないが、随分前からこうだ。

「公子ちゃんは、これ見るのハジメテ?」
「は、ハジメテ……え、何なのこれって……」
「さあ? 俺もよくは知らねえ。ただ、十二時になったらこうなるのさ」

 常軌を逸した事態、これにハジメテ立ち会った時も驚きはなかった。
 こんなオカルトな現象、滅多にお目にかかれないはずなのに。
 ああ、これも知ってる――その程度の感慨しかなかった。

「アレな奴だって思われたくないなら黙ってた方が良いぜ。俺も何となく、ツレに話してみたが……」
「みたが?」
「薬キメてんじゃねえのって笑われたからな」

 酔った時にポロリと漏らしたが、誰だってそうだろう。
 俺がツレの立場なら間違いなく同じことを言っていたはずだ。
 ああでも、一人だけちゃんと聞いてくれそうな奴もいるか。

「……だよね。うん、私も正直こんなの誰に話しても信じて貰えないと思うし」
「それが賢明だ。って、どうしたのよ?」
「――――」

 ポカーンと大口を開けてあらぬ方向を見つめている公子。
 釣られて俺も視線を向けると、

「へえ……」

 異形が居た。
 人ならざる形を成しているそいつは気持ち悪い動きで此方へと向かって来ている。

「う、嘘……何あれ――ううん、違う! 逃げなきゃ! 裏瀬くん!!」

 立ち上がって化け物に身体を向ける。
 アレにやられればただじゃ済まない、それは本能で理解出来た。
 だと言うのに何故だ――――どうにかなってしまう気がするのは。

「酷いデジャブだ」

 4m、3m、2mまで近づいて来たところで、無意識に身体が動き腕を振るった。
 俺の動きに重なるように背後に居る何かも腕を振るった。
 刀身に鎖が巻き付いている剣――――と言うより鈍器が異形を打ち据える。

「よう、お前何だい?」

 霧散する異形を一瞥して、俺は背後の何かに語りかける。
 フードつきの白い外套で全身を覆い隠したそいつは虚空で身じろぎもせずに浮かんでいた。

"我は汝……汝は我……"

 腹の底から響いて来るような低い声でそいつは言った。
 同時に俺も理解する。

「カルキ、か。何だかなぁ……」

 フッと浮かんできた何かの名前。
 俺が名を呼ぶとカルキは夜の闇へと溶けていった。

「う、裏瀬くん……?」
「あん?」
「裏瀬くんって――――ヒーローだったの?」

 フェザーマン! とか言って妙なポーズを取る公子、かなりテンパっているらしい。

「生憎と日曜の朝に三十分で悪党を〆る仕事はしてないよ」
「じゃ、じゃあ今のは!?」
「さあ? 俺もよく分からないから、答えは返せそうにない」

 分かっているのはこれも既知で――――予定調和だと言うこと。
 見えない繰り糸で動かされているような不快感。
 …………何て夜だよまったく。

「……裏瀬くんって、不思議な人だよね」
「そう言うキミも大概だと思うがね」

 あの夢、唯一不快感を抱かなかった既知、公子の方がよっぽど不思議だ。

「そういやさ、さっき何か言い掛けてなかった?」
「え!?」
「何だったの?」
「い、いやぁ……アハハ、何でもないよ。気にしないで」

 赤みがかった頬を掻きながら誤魔化す公子。
 ああ、分かってる。
 さっき彼女が言い掛けたことくらい俺にだって分かるさ。

"一目惚れって信じる?"

 俺はそこまで鈍い方じゃない、更に言うならばその問いに対する答えはYESでありNOだ。
 ぶっちゃけた話、容姿に惚れる一目惚れはあるだろう。
 だが、それだけだ。
 それ以上はない――――と思っていた。
 だがどうだ? 俺が彼女に抱いている想い、彼女が俺に抱いている想い。
 それは断じて容姿によるものだけではない。
 心を預けて良い、そう思えるほどに俺は……
 会ってそんなに時間も経っていないのに、おかしいだろう?
 会って間もない人間の総てが好ましく思うなど異常だ。
 公子はそれを好意的に捉え、俺は否定的に捉えている。

「どうしたの? 顔色悪いよ?」

 紅い瞳が俺を覗き込む。
 心の奥底まで射抜かれているかのような錯覚は、夢と同じ。
 怖い――理屈のつかない引力が怖い。
 これを考え過ぎだと切って捨てれば良いのに、それが出来ないことが怖い。

「凄い汗……きゅ、救急車呼ぶ?」

 携帯を取り出す公子、けれども無駄だ。
 どう言うわけだかこの時間帯は電子機器が機能しない。
 しかし、それを口にすることが出来ない。
 早鐘を打つ鼓動、滴る汗。
 俺は今、これ以上ないってほどに追い詰められていた。

「な、何で!? 何で通じないの!?」
「け……い、たいは通じないから良い。それに、大丈夫だ」

 陳腐な言い方をすれば今夜は運命の夜だったのかもしれない。
 俺と言う人間が有里公子と言う人間に出会うことで何かが始まったのだ。

「えーっと、あーっと……うううう……」

 慌てふためいている彼女に構う余裕すらなくなった。
 何か大きな渦に飲み込まれていくような――――

「ええい!」
「――――ぁ」

 諸々の思考が吹き飛んでいった。
 それどころか今、自分がどう言う状態なのかすら把握出来ない。

「い、痛いの痛いの飛んでけ?」

 頭が冴え渡っていく。
 どうやら俺は彼女の胸に抱かれているようだ。
 一体全体どんな思考を辿ってこの結論に辿り着いたのか、俺には見当もつかない。
 分かるとしたら一つだけ。
 俺らしからぬ状態を脱したと言うことだ。
 焦りも不安も一切合財が霧に消えた。

「俺、痛いとか言ってないんだけど?」

 ああ、良いさ。
 俺が誰で彼女が誰であろうともう関係ない。
 これまで俺は徹頭徹尾それだけを目的に生きて来た。
 既知の打破、ただそれだけを望む。
 そのためならば何だって利用する、それで良いんだ。
 深夜零時の不可解な現象も、愛すべき既知の少女も。
 等しく既知を抜け出すために利用してやるさ。

「あ……そう言えばそうだ」

 ハ! っとした表情で驚く公子。

「割とそうじゃないかって思ってたんだけどさ――――キミ、結構天然だよね」
「ち、違うもん! 私天然じゃないよ!!」
「何とでも言えるけど、少なくとも……こっちは天然だな」
「え――――ひゃん!」
「うん、シリコンとかパッドを使ってない天然ものの胸だ」

 未だに抱かれたままだったから、軽く胸を一揉みしてやる。
 可もなく不可もなく、小さすぎず、かと言って大きいわけでもない。
 美乳と言うやつだろう。

「う、うー……うー……!」

 バっと俺から離れて自分の身体を抱きながら睨みつけて来る公子。
 ようやく調子が戻って来た。
 軽佻浮薄、それぐらいが丁度いいのだ。

「さて、じゃあそろそろ行こうか」
「え?」
「地図。学生寮か、下宿かに行くつもりだったんだろ?」
「う、うん。巌戸台分寮まで……」

 あそこの寮か、だったら問題ない。

「オーライ、送ってってやるよ」
「え……いいの?」
「嫌か?」

 問いに問いを被せるのはマナー違反、それでも公子は気にしていないようだ。
 一瞬呆気に取られていたが、すぐに勢いよく首を横に振り出した。

「じゃあ、御願いしていいかな?」
「喜んで」 
 

 
後書き
主人公はヤンキーで既知の打破が行動原理。
立ち位置は司狼に似通っていますが、あそこまでぶっ飛んだかっこよさはないです。
悩みもすれば、迷いもする、けどそれをなるべく見せようとしない、カッコつけな少年です。 
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