銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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決勝戦~前編~
『前方、防御施設Bに反応あり』
前方、左側の防御施設の前に、敵艦隊の反応がある。
数はおよそ二千――ワイドボーンがすぐにテイスティアを向かわせた。
『くれぐれも引きずり込まれるなよ。貴様の任務は、防御施設の防衛だ』
『はい!』
大きな返事とともに、テイスティアの艦隊二千が防衛に向かう。
数こそ同数ではあるが、そこに防御施設の加われば、よほど間違えなければ負ける事はないだろう。
小さくワイドボーンの舌打ちが聞こえた。
『どう思う、マクワイルド候補生』
「嫌らしいけど、効果的な手でしょうね」
『まったく嫌な相手だ』
そう呟いた、ワイドボーンの言葉は数分後に予想通りの展開を迎える。
二千隻が防御施設に取りつき、攻勢を開始した。
いまだテイスティアの支援がない防御施設は、耐久度を失っていく。
と、テイスティアが近づけば、二千隻は戦う事なく後ろに下がった。
代わりに。
『前方、防御施設Cに反応あり』
左側と反対にある防御施設に、反応が生まれた。
やはり数は二千隻。
既にテイスティア艦隊との距離は離れ、通信を行うにラグが生じ始めている。
こちらが通信をおくった三分後に回答があるという状況である。
『テイスティアは防御施設Bの守備を行え。コーネリア――同様に防御施設Cに迎え』
『了解しました』
呟いて、コーネリア艦隊が防御施設Cに向かう。
テイスティア艦隊はしばらく迷っていたようであったが、通信が届いたのだろう。防御施設Bの周囲を守り始めた。
防御施設Cに向かった敵艦隊は、Bの時と同じように耐久性を下げてから、コーネリア艦隊の到着に合わせて、やはり戦うことなく後ろに下がっていった。
『敵は消耗を狙っていると思うか、マクワイルド』
「一番楽な手ですからね」
苦い思いを吐きだした二人の予想通りに、展開はゆっくりと進んでいく。
+ + +
『テイスティア、防御施設Aの防御に迎え。コーネリアは防御施設Dだ』
テイスティアとコーネリアが防御施設BとCの守備に向かってより、数十分が経って、敵艦隊二千が防御施設AとDの前方に現れる。
本拠地の横に設置された防御施設だ。
すぐに左の防御施設Aにテイスティアを、右の防御施設Dにコーネリア艦隊を向かわせれば、防御施設を攻めていた艦隊は一戦もせずに退却を開始する。
そして時間をおいて、防御施設BとCに攻撃が開始されるのだ。
再びテイスティア、コーネリア艦隊が向かうのを見ながら、ジリ貧という言葉がアレスの頭によぎった。
ワイドボーンも手を変えて、相手の戦力を引きづりだすように策を打っている。
しかし、それらはどれも不発に終わり、相手は機械のように冷静に一撃離脱を徹底している。
観客席では不満が起こっているだろう。
決勝戦にしてみれば、随分と花がない戦い。
しかし、実際のところ相手からすれば、こちらと戦う必要はない。
防御施設を一つでも攻略すれば、一戦しなくても相手の勝ちとなる。
相手がいない防御施設をコツコツと叩いていく。
嫌らしいが確実な方法である。
このまま他の施設に攻撃をしかけられれば、一戦することなく敗北が決定しかねない。
かといって、各施設を守るために戦力を分散させるのは愚策。
いまだに相手は二千隻の艦隊でしか、こちらの防御施設を攻めていない。
つまりどこかで、ヤンは本隊とともにその状況を冷静に見ている。
分散させれば、各個撃破――かといって、どこかに戦力を集中させれば、別の施設が狙われる。
現れた敵艦隊に対処するだけの無駄な時間が流れる中で、ワイドボーンから通信が入った。
『どう思う?』
「各防御施設の中央に本隊をおいて、向かってくる相手を迎撃するのが無難なところですね」
『無難か。だが、そうすると本拠地ががら空きになる』
「相手がそれを狙っていないと言いきれないのがつらいですが」
相手はヤン・ウェンリーだ。
既に本拠地方向に本隊を回していたとしても不思議でもなんでもない。
アレスはそう考えながらも、それでも守勢に回る方が無難であろうと考えた。
どの手も相手が狙っているように思えてくる。
ならば、最善の手を決定してしまえばいい。
その上で本拠地を狙われるデメリットがあるのならば、そのデメリットの対策を考えておけばいいからだ。
そう考えて、アレスは口に手をやった。
「少なくとも本拠地側に高速艦を並べておくだけで、時間稼ぎはできるでしょう」
『悪くはない。だが、ずっと守っているだけというのは良くないな』
「ん?」
『相手からすれば、最初で防御施設に攻撃を加えたことで、あとは一戦もしなくても勝ちが決定する。このまま逃げ続けられたらどうする?』
「そんな手もありますね」
『普通ならあり得ない話だが、奴は本気でしかねない。なぜなら、それがもっとも楽な戦い方だからだ』
ワイドボーンの断言に、アレスは否定の言葉が浮かばなかった。
ヤンにとっては華々しい勝利も、逃げ回ったみっともない勝ちも同レベルであろう。それならば、勝てるために様々な手を打つ。
わざわざ敵に姿を見せることなく、このまま逃げ回るというのも一つの手だとアレスは納得したからだ。
『ならば、こちらから動くしかあるまい。俺とローバイクが中央に進む。敵に動きがあれば、テイスティア、コーネリアの部隊と連携して敵を叩く事ができるだろう。仮に本隊が見つからなかったとしても、次に防御施設にちょっかいを与えられた時はテイスティアを先行させて、こちらから半包囲を仕掛ける事ができる』
「それを相手は狙っているかもしれません」
焦れたこちらの艦隊を吊りだして、本隊による奇襲をかける。
前回アッテンボローが行った釣り野伏せと同じ手法であるが、より高度に――悪く言えば、実にずる賢い。
『そこでお前だ。マクワイルド候補生の艦隊は、防御施設Aを抜けて、左から大きく迂回し、敵本隊が参戦した場合にその側面をついてもらう』
「危険ですね。私が迂回している間は、少ない兵力で戦うことになりますよ」
『ふん。俺とローバイクで最低九千はある。危険ならテイスティアやコーネリア艦隊も回せばいい。防御戦に徹すれば、貴様が来るまで十分持たせられる』
「来ないという事は考えないのですね」
『敵本隊を抜いた二千に貴様が負けるというのは、想定外だ』
憮然とした言葉に、アレスは小さく苦笑を浮かべた。
その上で、素早く思案する。
すでに開始から二時間が経過している。
時間が経過すれば、それだけ相手が有利になるのは十分理解している。
ならば、手を打つのが理想なのだろう。
ワイドボーンの作戦は問題がないように思える。
あくまで、相手が釣り野伏せを狙っているという想定であればだが。
アレスならばどうするか。
眉間にしわがよった。
「……ワイドボーン先輩」
『何だ?』
「本拠地に全面攻勢をかけられた場合は、何分で陥落すると思いますか」
『もって三十分だろうが、その前に防御施設を通るからその四十五分前にはわかる』
本拠地から各防御施設までの距離は、およそ十五分で統一されている。
防御施設の前方で戦う事になれば、戻るまでにさらに余分な時間がかかるだろう。
おそらくは――間に合わない。
『そうか』
理解したように、ワイドボーンが口にした。
『実に嫌な手を考える。それだけは認めてやってもいい』
呟いた言葉に、アレスも同じように頷いた。
相手が焦れて前方に出撃した瞬間――高速戦艦を主体にした本隊が防御施設を無視して、本拠地に攻勢を開始する。
こちらを倒すのではなく、いかに戦わないかに徹底した作戦だった。
確証はない。
だが、無視するにはあまりにも危険すぎる。
『ならば、こちらにも考えがある。左から敵本隊が来た場合には、貴様が。右から敵本隊が来た場合には、コーネリアが敵を誘い出し、こちらが奇襲をかける』
「釣り野伏せですね」
『ああ。敵接敵までに時間がかかる上に、危険な任務だ。敵には左から来てもらいたいものだ』
「少しは俺も心配してもらいたいものですね」
『心配してほしいのならば、少しはピンチになるのだな、マクワイルド候補生』
通信回線が切られて、アレスは息を吐く。
方針が決まって、しかし胸に残るのは小さなトゲだ。
それでいいのだろうかと。
おそらくはそれはヤンを相手にする限り常にそう思い続けるのだろう。
まったく、胃が痛くなる相手だ。
帝国の将もおそらくは同じ気持ちだったのだろう。
+ + +
試合開始から二時間が経過して、艦隊に動きがあった。
テイスティア、コーネリア艦隊をそのままにローバイクとワイドボーン艦隊がゆっくりと前方に進みだす。
同時にアレス艦隊が防御施設Aを目指して、進みだした。
敵艦隊に動きはない。
防御施設Aまでは十五分。
何事もなく到着し、それから外周を回るように防御施設Bへと向かう。
直線ではないため、防御施設Bにいるテイスティアと合流するのは二十分後であろう。
何事もなければであるが。
もし敵が本拠地に奇襲をかけるのであれば、遭遇する危険が非常に高い。
索敵艦を多く出して、警戒を張り巡らせれば、必然的に速度が低下する。
慎重に進ませて、ちょうど中間地点に来た時にワイドボーンの声が聞こえた。
『アレス、テイスティア。防御施設D地点のレーダーに敵の反応があった。数は一万五千――繰り返す、一万五千隻が防御施設Dから、本拠地に向かっている。コーネリアは敵艦隊を補足し、合流地点に吊り出せ』
合流地点。それは動きだす前に決めた奇襲のポイントだ。
本拠地と防御施設のちょうど中間地点。
アレスからすれば最短でも四十分はかかる距離だ。
時間との勝負だなと、コンソールを叩き始める。
タイムラグによって、ワイドボーン艦隊からテイスティア艦隊まで、そしてテイスティア艦隊からアレスのところに聞こえるまで、それぞれ三分近いタイムラグがある。
既にワイドボーンもテイスティアも合流地点に向かっているだろう。
戦場に着くまでに勝負が終わっていることになりかねない。
それではあまりにも面白くなかった。
+ + +
ワイドボーンの通信が入り、コーネリアは忙しくコンソールを叩きながら防御施設Dへと向かう。
敵との距離に一番近いのはコーネリアである。
真っ直ぐに本拠地へと向かう敵を合流地点で止めなければならない。
一万五千隻と二千隻では勝ち目はないが、少しくらい止めるくらいできる。
それは先日の戦いで、彼女の同期であるアッテンボローが行ったことだ。
あれほどに上手く耐えるきる自信はないが、それでもやらなければ負ける。
勝つ必要はない。
既にワイドボーンとローバイクも合流地点に動き始めているし、テイスティアも向かっている。
ならば、自分の仕事は相手を止め置くこと。
少しでも速度をあげながら、敵艦隊を目指していく。
レーダーでとらえた艦影の数は、自分のおよそ八倍近く。
ちっぽけな自軍を飲み込むように、敵は速度をあげて向かっている。
接敵まで残り五分。
相手との距離から時間を判断しながら、コーネリアは手に滲んだ汗を拭った。
残り時間を見れば、この戦いが最後の戦いになるだろう。
自陣が殲滅されるか、敵を殲滅するか。
あるいは時間切れとなるか。
どうなるかはわからないが、焦らされるよりは遥かにマシだ。
コーネリアは自分が穏健だと思っていたが、どうもそうではないらしいと考えを改めることになった。
今から死地に飛び込むというのに、恐ろしさよりも先に楽しさが勝っている。
一万五千を相手する事に興奮している。
自分がどこまで戦えるのかを知りたくて。
「鬼ごっこは終わりよ。ヤン・ウェンリー」
小さく呟いた言葉。
だが、ミシェル・コーネリアは理解していなかった。
後に『魔術師ヤン』と呼ばれる男の恐ろしさを。
+ + +
防御施設Dへ反応があって、すぐに指示を出しながら、ワイドボーンとローバイクは合流地点に向かっていた。
急いだとしても、コーネリアが接敵してから二十分後に合流することになる。
それから十分後にテイスティアが、さらに遅れる事十分でアレスが来る。
防御の関係上、戦力の逐次投入という愚を犯すことになるが、それでも第二陣となるワイドボーン達は九千隻で、コーネリアと合わせれば一万を超える。
最悪の事態は避けられたと見るべきか。
「どう思う、ローバイク候補生」
『四十分耐えられるかどうかだと思います』
「ああ。俺も同じ考えだ、ローバイク候補生」
ワイドボーンも頷いた。
四十分後にはアレスが烈火のように敵陣を切り裂くだろう。
それまでにこちらが耐えられれば勝ち。
耐えられなければ、負ける。
単純な戦い。
ちまちまと防衛しているよりはよほど楽だ。
そろそろコーネリアが接敵したころだろうか。
通信のタイムラグが憎らしい。
接敵したとしても、それがわかるのが三分後。
もっと近づけば、タイムラグもなくなるのだろうが。
「魚鱗の陣形を」
『了解』
短い言葉とともに、移動しながらゆっくりと艦列が変化していく。
魚の鱗のように三角形に形作られる。
そこに、悲鳴のようなコーネリアの声が聞こえた。
『敵と接触。敵は二千隻――残りはデコイ。偽装艦です。本命は!』
+ + +
広がった一万三千隻の艦影に、アレス・マクワイルドは息を吐いた。
後悔してもどうしようもなく、ゆっくりと髪をかく。
念には念を入れる。
まだまだアレスはヤン・ウェンリーという人間を甘く見ていたらしい。
おそらく、防御施設Dが発見したのは偽装艦による囮。
動力反応や艦隊反応を偽装することができるが、艦隊戦にはほぼ使えない。
それでいて費用は通常の戦艦なみであるため、実戦も含めてほとんど使われることはない。
相手と接敵した場合には、一掃されるのであれば、戦艦を買った方がよい。
既に知っていることであろうが、一応とばかりにワイドボーンに対して通信を送りながら、アレスはかきあげた手をゆっくりと唇においた。
ワイドボーンもテイスティアも、騙された合流地点に向かっている。
通常であれば、十分ほどでテイスティアが、その十分後にワイドボーン艦隊が到着する予定であった。
だが、ワイドボーンとテイスティアがコーネリアの方向に向かった事で予定は大きくずれる。
テイスティアが来るまで、二十分……ワイドボーンは三十分後であろうか。
それだけの時間があれば、わずか二千隻を殲滅するには十分な時間だろう。
あのアッテンボローでさえ、こちらの攻勢に対抗できた時間は十分ほどであったのだから。
耐えなければいけない。
小さく息を吐きだすと、アレスはゆっくりと正面を見た。
一万三千隻の艦隊が近づく。
もはや、逃げる意思もなく、一人コンソールのボタンに手をかけた。
即ち、開戦。
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