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豹頭王異伝

作者:fw187
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旋風
  湖の波紋

「カレニア政府と神聖パロ帝国は解散する、其の様に決めた。
 諸国への通達は通常の伝令で構わない、下級魔道師も結界を強化して貰う」
 古代機械の認める《マスター》、聖王家の正統後継者は闇色の瞳を煌かせた。

 魂の従者が胸に秘める懸案事項を読み取ったかの如く、唐突に宣告する美貌の策謀家。
 アルド・ナリスが艶然と微笑み、ヴァレリウスは硬直。
 背後を振り返ると悔しい事に、ヴァラキアのヨナは至極当然と頷き表情を全く変えておらぬ。

「そんなに、無茶苦茶な事を言ったかな?
 聖王レムス1世は憑依服従の支配下に在るが、自我を保持し竜王の支配に抵抗している。
 リンダとアドレアンを救出した際、グインが確認してくれた。

 神聖パロ帝国は虚構、と言っては言い過ぎだが単なる方便に過ぎない。
 骨肉の争い、パロ聖王家の遺恨試合と見られたくなかったからだ。
 私は元々、聖王の座に興味は無いからね。

 竜の門が殺戮を繰り返した為、真実は既に明らかとなった。
 キタイを蹂躙した黒魔道師が聖王を操り、中原の真珠クリスタルを支配している。
 私の告発が真実である事は世界最強の軍勢を率いる英雄、グイン陛下の保証を得た。
 クリスタル解放の暁にはどうせ聖王国と合併して、発展的解消を遂げるのだからね。
 神聖パロ政府は形態を改め、パロ解放軍に名称を変更する。

 パロ製王国の第三勢力、カラヴィア公アドロン殿は昔から私と距離を置いている。
 リンダが色仕掛けで愛息を操り、たぶらかした訳では無いと納得させるのは至難の業だが。
 アドレアン公子を置き去りにして、セム族の娘を優先した訳ではないからね。

 冗談はさて置き聖王レムスの後ろ楯、沿海州の雄アグラーヤ王国にも特使を派遣しよう。
 レムスは憑依され傀儡となった責任は免れない為、聖王の称号を剥奪し監視下に置くが。
 竜王の影響から脱した事を証明できれば復位、統治する事には何の問題も無い。

 ボルゴ・ヴァレンの娘婿は洗脳が解けるまで拘束するが、アルミナ王妃の身分は安泰だ。
 何度でも再言するが、アルド・ナリスは聖王の座に就きたいとは思わない。
 クリスタル大公アルド・ナリスは心を入れ替え、数少ない王族の一員としての責務を果たす。
 カラヴィア侯アドロンは私を御嫌いの様だが、この線で説得すれば問題は無いと思うよ。

 何なら経験豊かな摂政として、トール・ダリウか誰かを迎えても構わない。
 私も悔い改め、忠実無私の宰相として聖王レムス1世を真摯に補佐する事を誓う。
 人材も払底しているし、そこまで言えば本気だと思って貰えるんじゃないかな。

 アルゴスにも使者を出して、スタック王を宥める必要がある。
 総ての責任は私に在る故スカール、グル族に罪は無いと納得させないと。
 草原の民に慕われる腹違いの弟を追放する絶好の機会、と判断している場合は無効だがね。

 世継ぎの王子を得た兄は、王妃に倣い愛する弟へ暗殺者を差し向ける可能性もある。
 考え様によっては、そうなれば好都合かも知れない。
 中原に名を馳せた草原の勇者、スカールは聖王家の親戚でもあるからね。
 ファーンを友と呼んだそうだし、三顧の礼で迎えたい逸材だよ。

 古代機械から出て来る前に、ケイロニア王の意向は念話で確認した。
 キタイの惨状を実見した豹頭王は、我々の味方だ。
 旧知の友、レムス救出の可能性も示唆してくれたよ。
 神聖パロ帝国の看板は外し、王位請求の形を取る方が得策とも指摘されたけどね。

 イシュトヴァーン率いる新生ゴーラ軍、グイン率いる世界最強ケイロニア軍の激突は私が阻む。
 事態収拾の秘策は運命共同体の我が友と直接、対面の機会を作り素直に謝る事だ。
 草原の民が仕掛けた夜襲、新生ゴーラに何の連絡も無かった事は総て私の責任と認めてね。
 アルド・ナリスの名に懸けて、両軍の休戦を実現してみせるよ。

 私が頭を下げて嘆願すれば、イシュトヴァーンの面子も立つ。
 ゴーラ軍の兵士達に対する格好も付くし、一部始終を見れば納得するだろう。
 イシュトは理解してくれると思うよ、個人な蟠りは私が解いて見せるからね。

 ゴーラ三国の覇権を競う潜在的な仮想敵国、クムは新大公を支えるのに精一杯の模様だが。
 カムイ湖の周辺を支配し竜の紋章を掲げ、水の国ハイナム第1王朝と共通する点が多い。
 竜の門を参考にした訳ではないだろうけど、クムの軍勢は魚鱗の如き外見の鎧を装着する。
 キタイと異なり竜王の影は感じられないが、何等かの影響を受けている可能性は否定出来ない。
 クリスタル解放を早急に実現させ、クムの内部調査も実施しなければならないね。

 二大強国の助力を得て中原の真珠クリスタルを奪還の後に、キタイ解放の戦いが始まる。
 望星教団の最高指導者ヤン・ゲラールは信頼に足る、有力な味方になるかも知れない人物だ。
 キタイの内部事情にも精通しているし、グインの名を出せば相互支援の契約も結べるだろう。
 先日にも体験させられたが望星教団、キタイの暗殺者と手は組めぬと騒ぐ連中も多い。
 北の王に音頭を取って貰い、ケイロニアを中心とする中原連合軍を組織した方が良いね。

 豹頭王の許に強国と新興国の勇者達が集い、キタイの民と青星党への援軍を組織する。
 パロの兵は残念ながら弱いからね、ヴァレリウスには魔道師部隊を率いて参加して貰いたい。
 ケイロニア兵は強いが魔道には免疫が無い、両者の協力が絶対に必要だよ。
 クリスタルの解放は通過点に過ぎない、竜王は虎視眈々と捲土重来の機会を窺い続けるからね。
 キタイ全土を竜の門から解放する事が唯一、根本的な解決となるのだよ」

「私も神聖パロ、カレニア政権の呼称は外す方が良いと考えていました。
 中原の守護者グイン王へ主役の座を譲るには良い潮時、と思います」
 言葉が出ない灰色の眼の魔道師に代わり、ヴァラキア出身の学者が冷静に応えた。
 誰よりも重い責任を担っていた神聖パロ参謀長は、痛い程に実情を理解している。

 ナリスは実質的な最高指導者の役割を務めた盟友、ヨナの苦労を思い瞑目。
 カラヴィアのラン同様、アムブラの学生達も市民達の臨時指揮官役を務め相談も出来ない。
 3日に渡り事実上1人で情勢の変化に対応して来た友に頷き、優しい眼差しを投げた。

「君はやや落ちるが、この中では人がましい方だ。
 それとも、ヨナを凌ぐ叡智の持主かね?」
 ヴァレリウスの瞳が泳ぎ、ヴァラキア出身の若者は隣で笑いを噛み殺す。

「マルガ離宮へ、連れて行っておくれ。
 ルナンやワリス達、実際に戦っている者達と対面する必要が有る。
 彼等には直接、感謝しなければいけないからね。
 おそらく彼等は内心、相当な不満が溜まっている筈だよ。

 自分達が戦闘の矢面に立っているのに、何の相談も無く物事が進んで行く事にね。
 これまでは私の身体が問題だからと無理やり、不満を押さえ込んでいたのだよ。
 或る程度まで病状が回復したと私から直接、感謝の意を伝えれば彼等も納得する。
 私も剣を取って共に戦うと宣言すれば、これまでの忍耐も報われたと思って貰えるだろう。

 次にマルガの人々へ顔見せだが、直接では無く上層階《バルコニー》からで良いね。
 リンダとヨナに横から支えて貰い、私が車椅子から立って話す所を見て貰わないと。
 大きな声は出ないから魔道で増幅、辿々しい喋り口になるだろうが逆に効果的かもしれない。
 演出次第だが御披露目を済ませ、イシュトヴァーンと会う」

「なんですって、イシュトヴァーンと会う?
 ゴーラ軍のど真ん中にいる無法者と会って、無事に帰って来られると思ってるんですか!?」
 実質的な魔道師ギルド指揮官、パロ最強の実力者が漸く呼吸を整え口を挟む。
 満面に溢れる虫も殺さぬ無邪気な微笑、幼子の素顔が透けて見える様な表情が返って来た。

「どうしたの、先刻言った事を聞いてなかったのかね?
 私と再会して感激してくれているのは良く分かるが、お前はもっと実際家だと思っていたよ。
 いやまぁ此の様な言い方は大変失礼で、私の方が悪いのだと充分に理解しているけれどね。
 実務に差し支えるよ、そろそろ何時ものお前に戻っておくれ。

 切れ者リーナスの名声を陰から支える黒子、忠臣にして権謀術策に通じた魔道王国の宰相。
 アルド・ナリスと互角に競い合う叡智を秘める名参謀、大魔道師ヴァレリウス伯爵にね。
 私の顔なんて見飽きる程に眺めて来た筈の君が、急に無口を貫くなんておかしいよ。
 そんなに、美しいかね?」

「ぶっ」
 思わず噴出してしまった後、ヴァレリウスの瞳から涙が溢れた。
 眼の廻る様な幸福感が湧き起り、感情の大波が心底から込み上げる。
 心の一部が融け、解放されて行く。

 夢じゃない。
 この方は、本当に還って来たのだ。
 もう、ゾルーガの指輪は要らない。
 縺れた感情の塊が軽く透明な気体と化し、心から流れ出て行った。 
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