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豹頭王異伝

作者:fw187
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潮流
  マルガの群像

「僕も、マルガに残ります。
 一緒に、戦わせて下さい」
 カラヴィア公の子息は憔悴した外見にも関わらず、強い意志を感じさせる声を出した。
「駄目よ、アドレアン!
 気持ちは嬉しいけれど、貴方は病人なのよ。
 貴方を戦いに巻き込んだりしたら、カラヴィア公に何て言えば良いの?
 クリスタルでグインを助けてくれて、本当に感謝しているわ」
 予想外の言葉に驚き、紫色の瞳を大きく瞠る神聖パロ王妃リンダ。

「私からも、感謝を申し上げます。
 衰弱された御身体にも関わらず、リンダ王妃の救出に多大な御尽力をいただきました。
 どれだけ、お礼を申し上げても足りません。
 アドレアン様の御助力により、ナリス様も健康を取り戻される事になりました。
 困難な闘いに初めて勝機が見えて来たのです、これ以上の勲功は御座いませんよ。

 御父上のアドロン様も、アドレアン様の解放を要求して兵を挙げられました。
 カラヴィア軍3万5千を率い、クリスタル南方にてレムス王配下の聖騎士団と対陣中です。
 アドレアン様には、カラヴィア軍との合流をお頼みしたいと思案しています。
 ナリス様と距離を置くアドロン様を説得し、味方に付ける事が出来るのは唯一アドレアン様のみ。
 今のマルガは危険なまでに手薄、カラヴィア軍に警備を願えれば有難いのですが」
 口数の少ない神聖パロ参謀長、ヨナ・ハンゼも傍から言葉を添える。

「おお、そうだわ!
 一刻も早く、カラヴィア公にお知らせしなくては!!
 すっかり忘れてしまっていたわね、早速伝令を出しましょう。
 アドレアン様の無事を伝えて、アドロン様に対面していただかなくては」
 カラヴィア公子の眼前で無邪気に声を弾ませる王妃、女神と崇拝する憧れの女性。
 パロの真珠と称賛された予知者に異を唱える等、以前は有り得ない事であったのだが。
 若き騎士は決意を秘めた眼の光に気付かぬ態の神聖パロ王妃、リンダの言を断固として遮った。

「僕は、マルガに残ります。
 父はナリス様を支持する事に反対でした、翻意を何度も試みても僕には説得出来なかった。
 何故、説得できなかったのか僕には解かりませんでしたが。
 リンダ様を救う為に戦うグイン陛下を見ていて、解った様な気がします。
 僕は、父に頼る事しか考えていなかった。
 自分の力で戦う覚悟なんて、全然持っていなかったんだ。

 カラヴィアの全領民に対する責任を持つ父が、そんな僕に協力する筈は無い。
 そんな事にも気付かない程、僕は未熟でした。
 僕はカラヴィア軍の武力に頼らず、自分の力で戦わなければならない。
 グイン陛下は僕に、その事を教えてくれた様な気がします。
 僕は父に頼らず自力でリンダ様をお護りする為に、此処マルガに残り皆と共に戦います」
 衰弱している外見とは裏腹に、アドレアンの言葉には以前の彼には無い剛いものがあった。

「わかりました、お志を有難く頂戴させていただきます。
 アドレアン様の御言葉を伝えます、カラヴィア公アドロン様も喜んでいただける事でしょう。
 ナリス様も数日後にはお戻りになります、今は御身体を御休めになってください。
 大変頼りになる御味方が誕生された事を、お喜びになられる事でしょう」
 張り詰めていた気が緩み、急速に意識が薄れ視野が暗転。
 ヨナの目配せを受け、下級魔道師が衰弱した若者の身体を受け止める。
 公子の潜在意識に憧憬の対象、リンダの優しい笑顔が投影された。

 リンダ聖王妃と勇敢な騎士、アドレアン公子の救出は時を移さず公表される事となった。
 古代機械の飛び去った方向が神聖パロ王国の拠点である事は、レムス側に知られている。
 マルガに集う味方の士気を上げる為にも、大いに宣伝すべきと参謀長ヨナは判断。
 離宮前で帰還を果たした聖王妃から、マルガ市民全員に向けた感謝の御言葉を賜る。
 劣勢は隠し難く重苦しい空気に包まれていた街中に、噂は瞬く間に広がり大勢の市民が歓呼。
 密かに最悪の事態を憂慮していた反動から、人々は熱狂して離宮前広場に押し掛けた。

「アドレアン公子、万歳!」
「リンダ王妃様、万歳!!」
 拳を突き上げ、絶叫を迸らせる大群衆。
 カラヴィア公子には気の毒だが、王妃の名を連呼する声が圧倒的多数を占める。
 リンダは胸を高ぶらせ、広場に集ったパロ市民に語り始めた。

「ありがとう、マルガの方々。
 私はケイロニア王グイン陛下の助けにより、此処マルガに脱出する事が出来ました。
 アル・ジェニウスは、今、新たに発見された特別な治療を受け眠っています。
 3日間は安静にしなければならないけれど、回復して元気な姿を見せてくれる筈です。
 パロに光の射す刻が、もうすぐ其処まで来ているのです。
 ヤーンよ、感謝致します」

 周囲の魔道師達が暗示波の集団催眠術を用い、リンダの声を増幅して送り出す。
 聴覚に障害を負った兵士や老人、耳に包帯を巻いた負傷者達にも明瞭な思念波が理解された。
「アル・ジェニウス、万歳!」
「神聖パロ、万歳!」
 マルガの民衆は熱狂し、叫び続けた。
 アムブラの私塾に学ぶ英才ヨナ・ハンゼ博士の盟友、カラヴィアのランも其の中の1人だった。

(あの時。
 俺達はアレクサンドロス広場で、モンゴール軍に虐殺される処だった。
 パロ聖騎士の白銀の鎧を身に纏い、アムブラの広場に颯爽と現れたナリス様。
 そして、パロは解放された。
 なんて、遠い昔の様に感じられる事だろう。
 ナリス様が御身体を回復され、指揮を執って頂ければ何とかなるかもしれない。

 到底勝ち目が無いと思っていた強大なモンゴール軍も、あの方が現れてから敗れ去った。
 世界最強のケイロニア軍も、リンダ様を救出する為に動いてくれた。
 あと、3日。
 ナリス様が健康を回復されて現れたなら。
 世界は、変わる。
 パロは再び、ナリス様の手で救われるのだ…)

 リンダの予言した奇蹟が実現した刻、世界は変わる。
 民衆義勇軍を束ねる指導者の感慨、想念は集結した人々総ての思いであったかも知れぬ。
 クリスタルで竜頭の怪物が市民を虐殺した事実は、既にパロ各地に伝わっている。
 マルガの噂と奇妙な期待感は南部パロ一帯、サラミス公領へと瞬く間に拡がった。

 アルド・ナリスが絶望視されていた身体機能の回復を果たし、人々の前に再び現れる。
 クリスタル蹂躙を許した第1次黒竜戦役の際、侵略者を追い払った救国の英雄が復活する。
 リリア湖の小島に飛来した謎の物体、光の船は数多の人々に目撃されていたが。
 奇怪な竜の騎士に対抗し得る聖王家の秘蹟、力の象徴として信仰の対象となりつつあった。

 リンダに表舞台を任せ裏方に徹する神聖パロ参謀長、ヨナは孤軍奮闘を強いられている。
 大導師カロンは高齢の魔道師達と共に、サラミスへ魔道師の塔を移転。
 ヴァレリウスは前述の通り、自分も含め最高指導者ナリスの警護に魔道師55名を割いた。
 参謀長ヨナの側で上級魔道師ロルカ、ディランが遠隔心話の送受信と護衛を兼任。
 グインの許に閉じた空間の術で移動中、上級魔道師ギールは情勢を偵察し遠隔心話を送る。

(ダーナムでは竜王に操られた聖騎士団が撃退され、逆襲に転じる気配は見受けられません。
 ゴーラ軍は食糧や医薬品が払底している為、マルガに向かう模様。
 ルナン聖騎士侯は軽傷ですが、イシュトヴァーン王に面会の直後に戦線を離脱しました)
(首脳部と兵士達の挙動に不審の点、不自然な動きや妙な気配は感じられるか?)
(観察の限りでは至って尋常な動き、魔道の気配も感知しておりません。
 クリスタル方面から聖騎士団の増派、逆襲に備え将兵は迎撃の構えを崩さず待機中。
 軍の統制を厳重に保ち、正当な代金を払って住民から食糧を購入しています)


 グインは魔宮と化した聖王宮を脱出後、竜の歯部隊50名に労いの言葉を掛け強行軍を継続。
 ゴーラ軍の一時的な駐屯地ダーナムを避け、パロ北西の要衝エルファへと向かう。
 ワルスタット侯ディモス、金犬将軍ゼノン、黒竜将軍トールに伝令を派遣。
 別行動中の各部隊に合流地点の変更を報せ、移動経路と行軍の速度を指示。
 シュク近郊の森を離れた竜の歯部隊は俊足を発揮、中立地帯を快調に疾駆。
 親衛隊を率いる豹頭の追放者、ケイロニア王グインの脳裏に鮮明な心話が響く。

(ケイロニア王グイン様、魔道師のギールです。
 ヴァレリウス宰相より、伝言をお届けに参りました)
「全軍、停止!
 この場で、小休止とする!!」
 ケイロニア国王が鍛えた直属の精鋭、1千を数える竜の歯部隊は即座に停止。
 統制の行き届いた騎士の集団は馬の汗を拭き、優しく首を撫で労いの言葉を掛ける。
 グインの前に闇色の渦巻が生じ、黒衣を纏う魔道師の姿が現れた。 
 

 
後書き
 アドロン公爵アドロン、アドレアン公子、カラヴィアのラン。
 カラヴィアの人々にも、今後の活躍を期待しています。 
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