レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission10 ヘカトンベ
(1) マクスバード/リーゼ港
前書き
もう後戻りはできない――――させない
「カナンの道標」回収を完遂し、ルドガーたちはついに「カナンの地」へ向かうこととなった。
集合場所はマクスバード/リーゼ港。ルドガーとエルだけでなく、今日まで惜しまず協力してくれたジュードたちももちろん呼んだ。
「いよいよね、エル」
「うん!」
埠頭で笑い合うミラとエルはまるで母子か姉妹だ。見守るルドガーも温かい気持ちになれた。
(正直、ミラへの気持ちもエルへの気持ちも、俺の中で決着はついてない。でも、ミラが正史の人間じゃなくても、エルの親や故郷が分からなくても、いい。俺は二人が行きたい道を行けるように助けたい。そのためなら何でもしてやりたい)
「ルドガー、ちょっといいかな」
声をかけてきたのはジュードとミュゼ。珍しい組み合わせだ。
「ミラの――私の妹のことなんだけどね。カナンの地で一緒にどうにかできないかしら」
正史世界のミラ=マクスウェル。彼女は今なお、本来なら最後の「道標」がある分史世界との間に取り残されている。ジュードが深刻な表情をしているのは彼女の話題だからか。
「ミラを時空の狭間に飛ばしたのはクロノスだ。『カナンの地』へ行こうとするなら、きっとクロノスは邪魔してくる。その時に、クロノスにミラを精霊界に還すよう働きかけることはできないかな」
「うーん……」
「叩き潰してこっちの要求を呑ませるくらいしか方法が思いつかないのよ。それでもあの偏屈精霊が素直に従うか怪しいし」
事情を鑑みるに、正史世界のミラは非があって異空間に閉じ込められたわけではない。人間ギライのクロノスが力に物を言わせただけだ。
非はむしろクロノスにあるのだが、クロノスはそんな意見さえ時空を統べる圧倒的な力で黙殺するのだろうと容易く想像がついた。
「クロノスに言うことを聞かせる……クロノスが大人しく従うような相手は……」
ぴこん。ルドガーはある分史破壊任務を思い出した。
「オリジンなら――クロノスにミラを解放するようガツンと言えるかも! 前にアスカ、クロノスはオリジンにべったりだって言ってたし」
「アスカ、って……分史のラフォートにいたアスカのほう?」
中身が「アレ」なアスカは妙にジュードを気に入っていて、多くの有意義な情報をくれた。
「ああ。分史世界も魂の循環も瘴気の封印も、オリジンにやってもらわなきゃならない仕事はごまんとあるんだ。そこにマクスウェルのミラの解放が加わったとこで同じだろ。実行するのはクロノスだからな。世界中のアレコレが限界なら、同じ原初の三霊のマクスウェルの手だって必要になってくるはずだ」
「そうねえ。オリジンまで否と言うなら、力づくでやらせればいいわけだし。クルスニク一族のルドガーには『願いの権利』って奥の手もある。ルドガーってば意外と冴えてるじゃない」
意外と、だけ余計だ、とはルドガーは言わなかった。ミュゼは機嫌を損ねると後が怖い。
「……『願い』については、社長から分史世界の消去に使えって言われてるから、いざって時に使えるか分からないんだが」
「分かってる。この中でオリジンに願いを叶えてもらえるのはルドガーとユティだけなんだ。それ以外は、僕らでオリジンに交渉してみよう。それが僕らの責任だ」
どうやらジュードとミュゼの中で方針は固まったようだ。ルドガーは胸を撫で下ろした。
入れ替わりに、弾んだ足取りでエルがやって来た。
「ルドガー! ミチシルベ!」
「ああ。ほら」
ルドガーは分史対策室から預かってきた「カナンの道標」5つをエルに渡した。
エルはジュードに五芒星の形を尋ねてから、「道標」を星形に並べてゆく。
ついに来た。ルドガー・ウィル・クルスニクの働きの成果が形として現れる時が。
ルドガーは密かに固唾を呑んで見守っていた。
そして、ついに天にそれは現れた。
―― 一つの球体となる「カナンの道標」。
――大月を侵す小月。
――異空に開くタールのような瞼と、そこから垂れ出した毒々しい天体。
――闇色の胎児を孕んだ、おぞましい天球。
カナンの地は、ここに開かれる。
ルドガーにとって決して輝かしい成果としてではなく、空を禍々しく塗り替えるカタチで。
後書き
お久しぶりです。木崎です。まずは更新を凄まじい期間放置した詫びを読者諸賢へ。
誠に申し訳ありませんでしたああああああああ!!!ε≡ ヽ__〇ノ
ちょっとヒッキーとか不登校児の気持ちが分かりかけました。休みが長ければ長いほど戻るのには勇気が要るんですね…2か月くらいにちょっと息抜きと思ったジャンルにどっぷり浮気してましたマジすんません。その上そのジャンルのSSは書きあがらなかったというね。
石をいくらでもお投げください。
今回からついにクライマックスです。さすがにこのままだとヤバイ空気を察して正史ミラへのフォローをジュードとミュゼに入れてもらいました。
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