皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第17話 「捕虜交換」
前書き
皇太子殿下ってば、フラグ立てすぎ。
第17話 「ひどいわ。あんまりよ……」
リヒテンラーデ候クラウスである。
宰相府には、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候が来ていた。
今日は皇太子殿下が、お考えを相談するらしい。
「そろそろ自由惑星同盟に、捕虜交換を申し出ようと思う」
「捕虜交換でございますか?」
「居候を食わせていくのも大変だしな」
皇太子殿下の物言いに、ブラウンシュヴァイク公が軽く笑う。
「確かに」
リッテンハイム候ですら、苦笑いを浮かべた。
「まあそこで、帰還兵をどこへ置いておくか、なんだがな」
「どこへ、ですか?」
「ああ、皆がみんな。オーディン出身じゃないし、帰るところがある奴ばかりでもない。行く当ても帰る当てのない奴もいるだろう。そういう奴らに行く当てぐらいは、与えてやろうと思ってな。どこか良い処は無いか?」
「ヴェスターラント辺りはどうですかな?」
「ヴェスターラントか……」
どうなされたんじゃ?
何か思い煩っておられるようじゃが。ヴェスターラントでは行かぬのであろうか?
確かにブラウンシュヴァイク公の係累に連なるところじゃが、決して悪い事ばかりではありませんぞ。自ら呼び込んだ以上、ブラウンシュヴァイク公には庇護する義務が、発生いたします。
「そうだな。ブラウンシュヴァイク公。卿に任せる」
皇太子殿下が何を考えておられるのかまでは、分かりかねますが、ブラウンシュヴァイク公だけでなく、リッテンハイム候もいるのですから、そうそう悪くはならんでしょう。
■宰相府 アレクシア・フォン・ブランケンハイム■
皇太子殿下が捕虜交換を、フェザーンにいるレムシャイド伯に申しつけた。
レムシャイド伯は叛徒の弁務官を通じて、話を持ちかけたらしいのだけど、この弁務官というのが、無能を絵に描いたような人物らしい。
フェザーンに女をあてがわれて、懐柔されているそうですが、そんな男を懐柔して何か得があるのだろうか?
「自分の手に余るのであれば、さっさと本国に押し付ければいいものを」
「下手なくせに、自分の手柄にしたいんだな」
よくある事だ。と、皇太子殿下が吐き捨てる。
「いかが致しますか?」
リッテンハイム候が殿下に問いかけてきた。
この方は奥方にお尻を叩かれているらしく、ここ最近俄然やる気を出している。
今回も特使として、いざとなれば叛徒どもの首都に出向くとさえ、言い出していた。
考え込んでいた殿下が、何か思いついたらしく。
にやぁ~っと笑う。
あ、あれは嫌がらせを思いついたときの表情だ。
よく皇帝陛下の下へ出向くときに見せる表情だ。
その度に、わたくし達は胃が痛くなるのです。
いまもちょっと胃が痛くなりました。
「イゼルローンから、あえて自由惑星同盟と呼ぶが、そちらと帝国側に向けて、全回線を使い。通信を送るようにさせろ」
「イゼルローンからですか?」
「そうだ。内容はこうだ」
――帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムの名において、捕虜交換を申し出る。交渉のテーブルにつく気があれば、イゼルローンに向けて返答されたし。
なお、フェザーンを通じての返答は無用。そちらの弁務官は女をあてがわれ、懐柔されている模様。そのような者とは話にならぬ。
もしフェザーンを通じて話をしたくば、弁務官の首を替えよ。以上。
帝国宰相、皇太子ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
「うわ~」
「おいおい、そんなに引くような内容か? 当然の事だと思うが」
「向こうが替えますか?」
リッテンハイム候が心配そうに言った。
思わず、うわ~っと声を出してしまいましたが、わたくしも侯爵と同じ事を思います。
「さぁ~どうかな? だがな捕虜交換の交渉がうまく行かないのは、お前らのせいだと言い張れるぞ」
「ああ、だから辺境側にも回線を開くのですな」
「しかも理由をそちらの弁務官が懐柔されているからだ。と言い張れますね」
「まあ替えたら替えたで、気に入らない奴が来たら、次も替えろと言えるようになる。向こうの人事権に口を挟んでやるぜ」
それが目的ですか?
捕虜交換のついでに、叛徒たちの人事権に介入しようなんて……。
向こう側も皇太子殿下の目的に気づくでしょうね。だからこそ、替えたくても替えられない。
そしてこちらは無能者が相手なら、どうにでも出来る。
「だとするとイゼルローンを通じての交渉になりますな」
「それでいい。事務的に終わらせてやろう。そん時は、フェザーンの政治的な地位はガクッと下がるがな。フェザーンは帝国の領土であり、自治権を与えられているに過ぎぬ。与えたものなら、取り上げる事も可能だ」
「建前上は確かにその通りですが、フェザーンが反発したら?」
「討伐する。売られたケンカは買ってやろう。占領してやるぜ」
え、えぐい。さすが皇太子殿下、やり口がえぐい。
でも皇太子殿下らしいやり口です。いがいとひどい男なのですよ。
そのせいでいつもわたくしたち女は、泣かされてばかりです。
「そうだ。そうだー」
ほらごらんなさい。
アンネローゼですら、そう言っているではありませんか?
「お渡りがないのは、どういうことだー。待ってる方の身にもなれー」
ああ、残念ながらお渡りがないのは、当然でしょう。
なぜなら、そう、なぜならば。わたくしの下へと来てくださるからです。
そうでございましょう?
ねえ、皇太子殿下?
「混ぜるな。危険というやつだな」
なにやら皇太子殿下がぼそっと呟かれました。
■フェザーン 高等弁務官事務所 ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯■
本日、皇太子にして帝国宰相閣下たる。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子殿下の声明が、全宇宙に向けて発せられた。
「今頃は同盟の弁務官も、慌てふためいている事だろう」
全宇宙に恥を晒されたのだからな。
それにしても皇太子殿下ときたら、やる事がおもしろい。
普通ならなんとか交渉しようとするものだが、あっさりと無視なされた。これでフェザーンも今までのように大きな顔は出来ぬ。
無能……役に立たぬと判断されてしまったのだ。
次に皇太子殿下がどうでてくるのか……。
さすがにいきなり、自治権を取り上げたりはすまいが。自治領主の首を挿げ替える事ぐらいは、言い出されるだろう。
そして拒否すれば、どうなる?
独立の、自由の、気質のといってみても。
建前上、フェザーンは帝国の自治領に過ぎぬ。帝国宰相である皇太子殿下に本気で、上から命ぜられれば、従うほか術がない。
本来はそうならないように、うまく立ち回るのが、自治領主の役割なのだがな。
同盟に足を引っ張られたな……。
これからはフェザーンも殿下の顔色を伺うことになろう。
地位と血統。皇帝陛下との関係。その上、軍と帝国内最大級の大貴族であるブラウンシュヴァイク公爵家、リッテンハイム候爵家を従えているのだ。
強い。いや――強すぎる。
こうなると誰もが次に考えるのは、暗殺だろう。
帝国と同盟、この二つのパワーバランスが傾きすぎている。同盟側との戦争よりも、なんとかして皇太子殿下を亡き者にしようとするはずだ。
フェザーンの動きはしっかりと監視しておかねばならぬな。
■自由惑星同盟 ジョアン・レベロ■
「皇太子の声明を聞いたかね」
「弁務官が無能だというのは知っていたが、帝国側から指摘されるとは」
シトレが皮肉げに言う。笑い事ではない。
とうとうあの皇太子が帝国内ではなく。フェザーンと同盟にも手を打ってきたのだ。
「軍としてはどう考えているんだ?」
「軍としては……いや、それを考えるのが政治家の役目だろう」
「フェザーンを屈服させに来てるのだろう」
「だろうな。ただ純軍事的には、今の現状をしばらくは維持すると思われる」
「なぜかね?」
「気づいていたか? あの皇太子が帝国宰相になってからというもの、外征を行っていない」
「イゼルローンで同盟軍は、ほぼ壊滅したが」
私がそう言うとシトレの口元が歪んだ。だが気を取り直したように、再び口を開く。
「こちらから出兵しない限り、帝国側は出兵しないとアピールしてきているのかもしれん」
「だとすると和平も可能だ。あの皇太子となら和平交渉も可能かもしれん」
「そして和平もしくは休戦が成立すれば、それは長期間に渡ると考えられる。今の皇帝は健康状態が悪い。確実に次の皇帝は、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。あの皇太子殿下、まだ二十歳そこそこだろう」
百五十年近く戦争を続けてきて、ようやく和平交渉の目がでてきたか。
「しかし取り扱いには注意が必要だぞ。あの皇太子、怒らせると怖い。今回のフェザーンに対するやり口を見たろう」
「皇太子の人となりはどうだ? 情報部は調査しているんだろう」
「そうだな。報告では二面性が強い。この場合、公人と私人。公的な面と私生活の面だがね。例えば、あえて例えばの話をするが、メイドに自分のケーキの苺をつまみ食いされても、激怒する事はないだろう。列に割り込みされてもね。しかし軍の物資をちょろまかしたりすると、それがほんの僅かであっても、処分は苛烈なものになる。温情は期待しない方がいい」
つまり私生活では寛容。公務は厳格ということか……。まともだな。ようやく帝国にもまともな後継者が現れたのか。
どうにかしてあの皇太子が和平を考えているうちに、交渉に入る事が出来れば良いんだが。
帝国宰相に就任するとほぼ同時に、劣悪遺伝子排除法を廃法にしたことといい。税制改革。貴族領に対する課税。辺境開発。このままいけば、帝国は国力を回復するどころか、増大する。
翻って同盟は、社会疲弊がひどくなっている。
だがまだ間に合う。
今ならまだ間に合うんだ。
戦争を止める事さえ出来れば……。
■MS開発局 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■
久しぶりに。本当に久しぶりにここにやってきました。
MS開発局よ。私は帰ってきたー。
おーれーのクシ○トリアぁ~。
るんるんとばかりにクシ○トリアを見に行くと、隣に見慣れない機体があった。
あれ?
まさかあんなものが、あろうはずがない。
「ちょいと、お聞きしますがね。“あれ”はなんだ」
「いや~さすが、皇太子殿下。お目が高い。あれは我がMS開発局が試作いたしました機体。その名も雄々しく、ア○ガイです」
「あははは。そうか、ア○ガイかぁ~」
「そうです。ア○ガイです」
「そんなもん、どこで使うんじゃぁ~」
思わず殴ってしまった俺は悪くない。
しかもズゴ○クじゃなくて、ア○ガイかよ。潜水用のMSなんぞ作るなよぉぉぉぉ。
使い道ねえだろうがぁ~。
「男の浪漫です。貴族の嗜みといっても宜しい」
「お前ら、浪漫を求めすぎだ」
「こういうものがあって欲しいな。あってくれたほうが楽しいな。
我々は浪漫派なのです」
後書き
今までいろいろな銀英伝の二次を読みましたが、書いてて思ったのは。
本気を出して強気になると皇太子殿下って、一番立場が強いんですね。
皇帝以外、誰も表立って逆らえない。
そしてフリードリヒ四世にしても、皇太子がやる気を出すと、ラインハルトに目を掛ける理由がないという。すっごい状況。
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