東方虚空伝
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第一章 [ 胎 動 ]
二話 その夜…
入隊式が終わったその夜、永琳との約束通り彼女の家にお邪魔している。
僕の外壁守備隊入隊を永琳の母親である八意 鈴音(やごころ りんね)さんが祝ってくれるそうだ。合格発表の時もしてもらっているんだけどね。
しかし、祝ってもらうべき僕自自身は少々心中穏やかではなかった。
「何かあったの?お兄様。制服もなぜかボロボロだし…」
永琳は僕にそんな疑問を投げかける。永琳の言う通り新品だった僕の制服は見るも無惨って程ではないけれどいい感じにボロボロだった。
もちろんこれはあの後庵さんに折檻されたからだ。僕は悪くないのに!
「まったく……着替えてくればよかったのに、ズボラね」
何故か、さも当然という感じでお茶を飲んでいる事の元凶美香がそんな発言をする。鈴音さんがこいつも呼んでいたらしい。
「…誰のせいで僕がこんな目に遭ったと思ってるんだよ。それにあの後も酷かったんだぞ!」
庵さんに折檻された後、遅れて入隊式に参列。この時点でいろいろ目立つ訳だが――――その後所属する連隊について説明を受ける。僕が配属されたのは第四連隊、そして連隊長は庵さんだった。
でもここからが問題だった。庵さんは「俺が上に話はしておいてやる」なんて言っておいて何もしてくれなかったのだ!
入隊式が終わった後、守備隊の総隊長に呼び出しを受けた。
今、総隊長をしているのが『朔夜 鏡真(さくや きょうま)』さん。美香の兄だ。何度か僕も会った事がある。美香と同じ銀髪で長さも同じくらい、同姓の僕から見てもカッコイイと思うイケメンである。歳は庵さんと同じで三十を越えているはずだが庵さんと比べるとずっと若く見えるのはたんに庵さんが老けて見えるだけか?噂ではファンクラブが在るとか無いとか……
あれやこれやとお説教をされてしまったのだ――――実に二時間近く……
そんな事があったため兵舎から直接ここに来る事になり着替えてる暇なんてなかった。美香の奴はとっとと帰ってここには着替えて来ている。
ちなみに彼女は上が白いブラウスチュニックで下が黒のフレアミニスカートだが――――まぁそんな事はどうだっていい。
こいつが原因なのに僕の方がわりを喰っている事が非常に気に入らない!
「小さな事に拘ると女にモテないわよ?」
「別にいいよ。僕は小物だからね。美香こそそんなんじゃ嫁にいけないよ?」
「あら残念だったわね、私これでもモテるのよ」
「ふっ、見た目だけに騙される単純な男に言い寄られて喜んでいるなんてね(笑)」
「…いいわ、その喧嘩買ってあげる!明日の模擬戦覚悟してなさい!」
「返り討ちにしてあげるよ」
「話は終わったかしら~~?そろそろ始めても良い~~?」
僕達の言い争いが終わったのを見計らってか鈴音さんがそう言ってきた。鈴音さんの喋り方ってこう間延びして力がぬけるんだよねー。
「すみません鈴音さん」
「いいのよ~~、でも喧嘩はほどほどにね~~」
永琳の母親だけあってかなりの美人。髪の色は永琳と違って紫色、長い髪をポニーテールにしている。モカベージュのフロントタックジャージーワンピースに身を包んでいる。
こんなのんびりした人だけど昔は研究者だったらしい。(のんびり屋だからって研究者に向かないわけじゃないか)
鈴音さんからそれぞれグラスを受け取り飲み物を注ぎ終わった後、永琳が立ち上がり音頭をとる。
「それじゃ、お兄様の外壁守備隊入隊を祝して…乾杯!」
「「「 乾杯!!! 」」」
キン!キン!とグラスの触れ合う音が響き、そして全員一気にグラスの中身を飲み干す。そうしてパーティーは始まった。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「そういえば、庵さんはどうしていままで虚空を入隊させなかったのかしら?」
結構酔いが回ってきた美香が唐突にそんな事を言ってきた。ちなみに永琳と鈴音さんはまだほろ酔い程度である。(実は結構な酒豪なのだ)
僕はというとまったく酔っていない。お酒に強いとかではなく“効かない”のだ。何故かは解らないがアルコールや毒物(すこし前に永琳に実験された)など全く受け付けないらしい。
まぁ、その話は置いといて――――
「???そんなの弱かったからじゃないの?それ以外に理由なんてないでしょ」
考えるまでもなく未熟だからの一言で済むのだが美香はどうやら違ったようだ。
「二年前でも、もう十分な実力はあったはずよ?私から一本取れていたんだから」
あぁ~懐かしいなー、たしかに僕の初勝利は二年前だった。はしゃぎ過ぎて次の日に美香にボコボコされたっけ…。
「虚空は六年前から庵さんに鍛えてもらっていたんでしょう?だったらもっと早く入隊させようとしてもおかしくは無いわ。あの人の性格的に」
そう言われると確かにそうだ、あの人の性格的に。僕の脳裏に修行時代の記憶が蘇る。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「いいか!虚空!戦闘において一番重要な事それは防御だ!相手の攻撃を防げなければすぐに死ぬぞ!防御に必要な事それは気合だ!今からお前を攻撃する!気合で防いでみろ!いくぞ!」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
またある時は――――
「いいか!虚空!守ってばかりじゃ追い詰められる!そこで必要になるのが回避だ!相手の攻撃を躱しその隙をつけ!必要なのは気合だ!じゃぁ実践だ!いくぞ!」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
またある時は――――
「相手を倒す為に重要な事それが攻撃だ!攻撃は最大の防御とも言うしな!攻撃に必要な事、言わなくても分かるな?そう気合だ!さぁ俺を攻撃してみろ!遠慮はいらん!」
「分かりました!今迄の恨み受け取れーーー!!!」
僕の拳が庵さんの腹部を強打する。
「ガフっ!痛てーーなコンチキショーーー!!!」
庵さんのカウンターアッパー!
「ゲフッ!り、理不尽だ……ガクッ」
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
今更ながらに怒りが込み上げてきた、いつか仕返ししてやる。ふと横を見ると僕達の話を聞いていた永琳が難しい顔をしていた。
「………」
「永琳?どうかしたの?」
「えっ!な、なんでもないわ!気にしないでお兄様」
永琳はらしくなく慌てた口調でそう言うが、そんな事言われたら逆に気になるんだよ…。
「!!ご、ごめんなさい!私無神経な事を!!」
何かに気付いた美香が急に謝罪した。そこで僕も思い出した、六年前ってことは――――
「永琳、あの事故の事を思い出していたの?」
六年前の事故。当時永琳が参加していたプロジェクトの研究施設が爆発事故を起こしたのだ。確か永琳の父親もそこで働いていたらしい。
そのとき僕と僕の母さんもその研究施設にいたらしく事故に巻き込まれたらしい――――のだが実は僕はこのあたりの記憶が殆ど無いのだ。
憶えているのは目が覚めた時にそこが研究所のベッドの上でポロポロ涙を流して僕にしがみ付いてきた永琳の事だけだ。
後になって僕が一週間寝ていた事――――僕の母さんと永琳の父さんが死んだ事を聞かされた。僕の父親は物心付く前に死んでいるので唯一の家族がいなくなった事は相当にこたえた。
そんな僕を気付勝手か鈴音さんが「うちに~~いらっしゃい」と言ってくれたのでその時は素直にその言葉に甘えることにしたんだったな。永琳がお兄様って呼ぶようになったのもその頃からだったはずだ。
そんな事があったから特に永琳にとっては六年前の事は触れたくない事なのだろう。だというのにその事をすっかり忘れていた僕はどんだけ間抜けなのだろうか…。
「…ええ、まぁ……」
そう言って永琳が暗い表情をする。どうしよう、なんて言えば良いのか解らない…。僕がそんな事を考えていたら、
「あらあら~~、だめよ~、せっかくのコー君のお祝いの席なのに~そんな顔をしたら~」
いつもの調子で鈴音さんがそう声を掛けてきた。
「さぁさぁ~、暗い話題は~アッチに置いといて~飲みましょう~。ハイ、コー君どーぞ~」
鈴音さんが僕のグラスにお酒を注いでくれる。永琳と美香にも。
「はい~、もう一度~乾杯~!」
部屋にグラスを触れ合わせる音が響く。鈴音さんのおかげでなんとか空気を変えられたようだ。感謝である。
その後は特に問題もなく(美香が酔い潰れたけど)パーティーは終わった。
永琳や鈴音さんに泊まっていけばと言われたが明日の朝美香がうるさそうだから帰ると言い、断った。
さぁ、明日は模擬戦があったな。庵さんの事だから間違いなく僕と美香を戦わせるだろうなー。(美香もそう確信している)早く帰って寝るとしますか。
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