銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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大会~予選~
『しょ、勝者――ワイドボーンチーム』
戸惑った声で、教官が勝ち名乗りをあげた。
周囲ではざわめきすらもおさまり、全員がモニター画面を凝視している。
『青軍損傷率23% 赤軍損傷率74%』
開始わずか1時間54分――正確には部隊同士がぶつかって、わずか1時間足らずで戦闘が終了したことを告げていた。
ス―ン・スールズカリッターは、その状況におめでとうという言葉さえ忘れて、モニターを見続けていた。
小さなため息が漏れる。
振り返ると、同様に先輩たちがひきつった顔を浮かべている。
ぎりぎりの戦いであった時に戦術性や目標達成率を数値化する審判たちも、もはや呆れたように採点を止めている。
圧勝だった。
Eグループの決勝戦――それも四学年の主席と二学年の主席を含めたフォークのチームは総合優勝の候補にすら名前をあげられていた。
それを反撃すら許さない殲滅戦を仕掛ける。
誰も語る声もなく、ゆっくりと筺体の前面が開いた。
最初に姿を見せたのは、チームリーダーであるワイドボーンだった。
長身の彼は勝利した事が当然と言った面持ちで、ヘッドフォンを外す。
投げるように筺体におけば、足を踏み出した。
それと同時に、ワイドボーンチームの面々が姿を見せていく。
ケイン・ローバイク、ミシェル・コーネリア、リシャール・テイスティア。
ワイドボーンだけではなく、今までの戦いと、そして、今日の戦いで彼らの名前は有名となったことだろう。
そして。
「烈火のアレス」
最後に姿を見せた友人の姿に、スーンはため息を吐いた。
ワイドボーンの一戦以来、激しい戦い方は烈火とまで呼ばれている。
その情け容赦のない戦い方は、今日もしっかりと発揮されている。
別働隊として、赤軍の後背を捉えるや艦隊同士の隙間に対して苛烈なまでの攻勢。
艦隊同士の連携を失わされた赤軍は、陣形を再編する暇もなく討ちとられていた。
友人としては鼻が高く、そして味方としては何よりも頼もしい。
だが。
「昨日はまだ頑張った方だった」
呆然とした声は、スーンのチームの総司令官――フィリップ・アメーデオ。
五学年で、それなりに上位の成績を取っていた男であったが、小さく出した声がかすれている。視線の先はワイドボーンではない。その先で、いまだに筺体から出てこれず蒼白となった敵チームだ。
昨日の自分たちの姿を想像したのか。
情けない言葉に、誰も反論の言葉をいえなかった。
こちらも一学年の主席を破ってはいるが、それだけで喜ぶわけにもいかない。
昨日の準決勝で喜びは一瞬にして、かき消えた。
違いというものをはっきりと見せつけられた。
スーンのチームの前にあたった三学年のチームは、いまだに立ち直っていない人間もいると聞く。そう思えば、まだ全員がこうして決勝戦を見ている彼らのチームはマシと言えるのかもしれないが。
決勝戦前は嬉々としていたフォークですら、いまだにモニターを見つめながら動こうとしない。指を噛みながら、違うと小さく呟く様子に取り巻きさえ近づけないでいる。
ぎりぎりの戦いであったならば、否定のしようもあったのかもしれない。
だが、完膚無きまでに徹底的に叩き潰された。
『Eグループ、優勝。ワイドボーンチーム。諸君らはEグループの戦いにおいて……』
いまだため息しか出てこない中で、始まったのは簡素な表彰状の授与だ。
シトレ学校長が語る言葉を、当然とばかりにワイドボーンが胸を張っている。
さらされる視線にどこか居心地悪そうなのが、一学年のテイスティアだ。
彼の友人であるアレスは、後方の方でどこか難しい表情で聞いていた。
彼の頭の中では、既に次の戦いを考えているのかもしれない。
決勝大会でのことを。
「スールジュ……失礼。スールズカリッター候補生はマクワイルド候補生と友人だったか」
「ええ。でも、友達にも全然容赦がなくて困っています」
「猫がトカゲを弄ぶように加減されるのは、御免こうむるな」
「僕もそう思います」
「辛気臭い顔だな、おたくら」
金属音とともに、笑いを含んだ声。
背後で知恵の輪をいじりながら、四学年の男がからからと軽薄な笑みを浮かべていた。
ライアン・プレストン候補生。
実力こそは高いものの軽い言動と行動から上からの評価は高くない。
しかし、その明るい性格はムードメイカー的な役割を持っていた。
彼らのチームが立ち直ったのも、彼のおかげかもしれない。
三学年を圧倒した試合を見て、次にあたるチームが落ち込んだ時に『奴らの運が最後まで続くわけがない。俺に任せとけ』といいながら、任せる機会もなくワイドボーンチームに敗北。
平然と『落ち込んだ状態で戦うよりマシだろ』と言い放った。
悪びれもない姿に、誰も攻めることも出来ず、アメーデオですら苦笑混じりに、弱かった自分たちが悪いと結論付けた。
そういう意味では、このチームで良かったのだろう。
多くの事を学び、彼らと交友と深められたのは。
願わくばもう少し戦いたかった。
そう思うのは多くのチームが考えることではないか。
表彰状の授与が終われば、短くも長い一週間の戦いが幕を閉じる。
来週になれば、決勝大会が始まることだろう。
五つの組みがトーナメントで戦い、長ければ三戦――短ければ二戦で、総合優勝となる。この期間だけは全学年が見学することを許されていた。
モニターを置いた特設の大講義室が解放される事になっている。
と、スーンは背中を押された。
見れば、アメーデオが小さく笑っている。
「戦いは終わりだ。言ってくるといい」
「すみません……」
小さく頭を下げると、スーンは走りだした。
友人におめでとうと、告げるために。
+ + +
ワイドボーンが表彰状を受け取り、下がる。
シトレ学校長が下がれば、そこで一連の流れは終了した。
テイスティアが嬉しそうに拳を握り、コーネリアがそれを見て楽しそうに微笑む。
ローバイクは変わらずの仏頂面で、ワイドボーンが振り返り、五人に見せるように表彰状を広げた。
同時に、全員が頷いた。
瞬間――それまで、押さえつけられていた声が会場に広がった。
大きな歓声に、テイスティアがびくりと身体を震わせて、笑いを誘う。
準備を含めれば、長く――そして、短い戦いが終わりを告げた。
残すところは、あと二戦。
ラップ……そして、ヤン・ウェンリーか。
名将と戦うことは嬉しくもあるが、これまでのように簡単ではいかないだろう。
いや、このグループも決して簡単と呼べるものではなかったが。
ようやく立ち直った敵チームの人間が、こちらに向かって言葉をかけてくる。
おめでとうと告げる四学年の主席――シュレイ・ハーメイドの差し出す手を、ローバイクが困惑したように手を握り返していた。
テイスティアの方も、彼の変化は良いように見られているようだ。
クラスメイトなのか、敵となった一学年を含めて複数の人間に囲まれ、髪をぐしゃぐしゃにされている。
テイスティアは困ったように、それでも嬉しそうに微笑んでいた。
さすがにこちらは、フォークは近づいてこないか。
見れば、クラスメイトの彼はいまだに筺体に座ったままだった。
呟くことをやめて、モニターをじっと見つめている。
事実を理解するまでにもう少し時間がかかるかもしれないな。
小さくため息を吐きながら、大きな歓声に、アレスは耳を塞いだ。
誰もが楽しそうに、そんな中で、ただ一人、ワイドボーンだけには誰も近づかなかった。
元より人づきあいが良くない性格である。
それでも機嫌は良いらしい。手にした表彰状を撫でて、微妙に微笑んでいる。
誰も近づきたくないだろうと、アレスは理解した。
「あれ……」
「アレス!」
大きな声がして、振り返ると笑いながら駆け寄ってくる友人の姿がある。
「おめでとう、アレス!」
「そんな大きな声を出さなくても聞こえているよ、スーン」
「そうかな。凄い歓声だよ」
周囲を見るように手を広げれば、こちらに近づかない面々が声をかけている。
おめでとうという言葉から、凄いという褒め言葉まで。
中には『金返せ』という物騒な言葉もあったが。
「注目されたのは、わかった」
「全然嬉しそうじゃないよね」
「そりゃ、次の相手が……」
悪すぎると言う言葉を口の中で飲み込んだ。
相手をするのは不敗の名将だ。
原作で自由惑星同盟が以下に劣勢になりながらも、一度も負けたことがない。
そもそも原作での初戦であるアスターテで、詰んでいる。
一個艦隊に三個艦隊が破られて、普通ならばまずいと思うだろう。
三次元チェスで言えば、ポーンと優秀な女王だけで戦っていたようなものだ。
それでいて不敗と呼ばれる人間に、注意などしてもし足りない。
それでもいまだエルファシルが起こっていないことから、ヤンの評価は高くない。
この時点でヤンは、ワイドボーンに勝利した事があるという程度の評価だ。
シトレ元帥からはそれなりに評価されているかもしれないが、生徒だけで言えば彼の友人であるラップと後輩のアッテンボローの評価が高いだけ。
その優秀な二人は、今回同じチームでうちと初戦で当たることが決定しているのだが。
「確かに決勝大会は一筋縄ではいかないと思うけど、でも、僕は君たちが優勝すると思うよ」
「それは随分な褒め言葉だな」
「そうじゃなきゃ、負けた僕たちも――そしてEグループの誰も納得しないと思うよ。君たちにはEグループの期待がかかっているし。それに」
「それに?」
「ほら……僕の期待もね?」
差し出されたのは、汚い手書きの文字のトトカルチョの券だ。
あまつさえ、そこにはどうしてかワイドボーンチームとの文字がある。
「五十ディナールとは大きく賭けたね」
「フェーガンは七十ディナール賭けたらしいよ。それで結婚式をするんだってさ」
「結婚式?」
「うん、卒業したらすぐに結婚するって約束してるみたいだね」
「もっと楽しめばいいのに。なぜ卒業して墓場に行きたがる?」
「いまだに誰とも噂のないアレスに言われたくはないと思うけどね」
「それは君もだろう」
そう呟いて、二人で小さく笑う。
「アレスは恐い顔をしていなければ、顔はいいんだから。ほら、事務長の娘さんとかどう?」
「ないな」
断言した言葉に、スーンは目を丸くした。
「なんで。凄い可愛いと思うけど」
「相手がいるのを知って、手を出すのは面倒くさい」
「なんでそんなこと知っているのさ」
「俺の知っている、歴史ではね」
「はいはい。またそうやって誤魔化すんだから。じゃ、コーネリア先輩とかどうなのさ?」
唐突に出てきた名前に、アレスはスーンの頭に拳骨を落とした。
思わぬほどに大きな音がして、スーンが涙目でアレスを見上げる。
「そうやって人のことをあれこれ聞く前に、まず自分の心配しろよ。それに俺はフェーガンと違って、まだ墓場にいくつもりはないぞ」
「それにしては遊んでいるわけでもないんだよね。ま、いいけど――アレスだって賭けたんでしょう?」
「ああ」
ポケットからくしゃくしゃとなった紙を取り出した。
スーンが受け取って、それを広げ――眉をひそめる。
「アレス。何でヤン先輩に賭けているのさ」
「倍率が良かったし、お前だって自分じゃなくて俺に賭けていただろう?」
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