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占術師速水丈太郎 白衣の悪魔

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20部分:第二十章


第二十章

「白い世界をさらに白くしますか」
 その雪を見て呟く。
「これはまた」
 彼の泊まった部屋は和室と洋室がセットになっている。ベッドのすぐ隣に和室がありその間に窓がある。雪はその窓から見えておりしんしんと朝の街に降っていた。
 その雪を見ながらトランクスを脱いでシャワールームに入る。身を整えているとふと白いぬいぐるみが彼の右目の中に入った。
「おや、これは」
 丸く鳥のような顔の可愛らしいぬいぐるみであった。速水はまずそれを手にした。
「これはいいですね。確か」
 このホテルのオリジナルキャラである。一目見て気に入った彼は服を着るとモーニングサービスを頼んだ。そこで朝食を持って来たボーイに対して言うのだった。
「このぬいぐるみですが」
「これですね」
 若い男のボーイは彼の言葉に応える。まだ高校を卒業したばかりのような初々しい外見の若者であった。
「はい。このぬいぐるみをですね」
「サービスですので。どうぞ」
「ええ。それでは東京に送って下さい」
 顔の右半分で笑って言う。
「御願いできるでしょうか」
「勿論です」
 ボーイは礼儀正しい笑みと共に答えてきた。
「それではこちらに」
「はい。場所は」
 送る場所は沙耶香の居場所ではない。実は自分の家にである。こうした仕事をしている彼も沙耶香も家は当然ながらある。そこに送ってもらうのだった。その手配をして食事を済ませてから彼はホテルを後にした。警察本部に向かっているとここで沙耶香に出会った。
 見れば沙耶香は一人の妙齢の女性と並んで歩いていた。別れ際に唇を交あわせてから別れた。それから速水に向き直るのであった。
「おはよう」
「はい」
 速水は笑顔でそれに応える。それからまた言う。
「失礼しました」
「いえ、いいのよ」
 しかし彼女はそれはよしとしてきた。冷たい朝の空気の中で妖しい笑みを浮かべている。
「いつものことだから」
「そうですか」
「夜に出会ってね」
 そう速水に述べる。
「それで今まで」
「ふむ。楽しまれたのですね」
「その通りよ。それは否定しないわ」
 その妖しい笑みのまま述べる。
「英気は養えたし。それじゃあ」
「行きますか。ところで」
「何かしら」
 自分の横に来た速水に顔を向ける。切れ長の黒い目が微妙に動く。
「あの方はどなたなのでしょうか」
「娼婦よ」
 沙耶香は答えた。何気ないといった様子で。
「これもいつものことではないかしら」
「確かに」
 速水もそれは認める。彼女がそうした女性と一夜を共にすることはよくあることである。もっとも彼女が夜や一時を共にするのは娼婦だけでないのだが。
「北の女の肌はいいわ。温かくて」
「私の知り得ないことですね」
「あら、簡単よ」
 それを知らない世界と言う速水に対して誘惑めいた言葉を述べるのであった。その笑みはまるで魔界に誘い込む夢魔の笑みであった。
「少し。声をかければいいだけなのだから」
「私は一人の方だけが望みですので」
「真面目ね。相変わらず」
「この仕事の後でどうでしょうか」
 沙耶香に右目を向けて問うた。
「東京で二人港を見ながら」
「ロマンチストね」
 その言葉を受けても悪い感じはしない。むしろそれを期待しているかのような口調であった。しかし沙耶香はここでまた言うのであった。
「嫌いじゃないわ。けれど」
「何かありますか?」
「気が向いたらね」
 そのうえでいつもの気紛れを見せてきた。
「そうしたいわね」
「つれないですね、相変わらず」
「つれないのもまた女心」
 沙耶香は述べる。
「歌にもあるわね。風の中の羽根のようだって」
「リゴレットですね」
「ええ」
 ヴェルディのオペラリゴレット第四幕で歌われる女心の歌の中の一節である。若く美男で権力も財力も持っている公爵があやしげな酒場で上機嫌で歌う歌である。沙耶香は女であるがこの歌を好んでいる。それは彼女もまた女を愛しているからであろうか。
「私もまた同じよ」
「全く。本当につれないものです」
「あくまで気が向けばよ」
 悪い気はしてはいないが最後はそれに任せるという考えであった。それを今言うのだった。

 
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