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占術師速水丈太郎 白衣の悪魔

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16部分:第十六章


第十六章

 鞭が顔の左に迫る。ここでようやく手を動かしてきた。
「むっ!?」
 沙耶香は若者の動きを見て目を瞠った。何と鞭を掴んできたのだ。
 白い鞭を掴むとそれだけで鞭を掴んだ左手から煙が起こる。シュウシュウと肌が焦げる音がする。しかし彼はそれを見ても平気な顔で笑っているだけであった。
「痛いよ」
「それだけかしら、言葉は」
 沙耶香は笑う彼に問い返す。
「この鞭を掴んで」
「ううん、それだけじゃないよ」
 彼は笑ってまた言葉を返してきた。
「そうだね。これは」
 鞭をぐい、と引っ張ってきた。しかし沙耶香はそれでは揺らぎはしない。彼女も鞭を引いて踏ん張っている。
「何か。簡単に潰れそうだよ。ほら」
 今度は引かなかった。ただ握っただけだった。それで沙耶香の鞭は潰されてしまった。
「やるわね」
 沙耶香は自身の鞭が握り潰されたのを見て楽しそうな笑みを返した。
「私の鞭をこうも簡単に」
「うん。痛いことは痛かったよ」
 左手の平からは相変わらずシュウシュウと煙が出ている。しかし彼はそれに構うところはないようであった。
「けれど。これ位じゃね」
「あら、これはそう簡単にはいかないものだったのだけれど」
 沙耶香はそう若者に答える。
「それでも随分簡単にやってくれたけれど」
「うん、痛かったけれどね」
 また笑って述べてきた。
「それでもこれ位だったら。楽しい痛さだし」
「あらあら」
 沙耶香は若者のその言葉にまた笑って返す。
「わかってるじゃない。痛さが楽しいって」
「あれ、お姉さんそっちの趣味があったの」
「どちらかというとね」
 鞭を消して今度は両手に黒い炎を漂わせながら言う。
「可愛がるのが好きなのよ」
「ふうん、じゃあ僕はどうかな」
「生憎だけれど貴方はいいわ」
 やんわりとそれを断る。そうしてまた述べる。
「今一つね。乗れないから」
「何だ、じゃあそれでいいよ」
「そう。それじゃあ」
「おっと、待って」
 沙耶香がまた動こうとすると速水に声をかける。声をかけられた速水は顔の前にカードを出してきた。それは数枚の小アルカナのカードであった。
「今度はそっちのお兄さんだよね」
「はい」
 速水は若者の言葉に応える。
「御指名とあらば」
「うん、じゃあ御願い」
 笑って速水の言葉に返す。
「貴方は何をしてくれるのかな、それで」
「はい、私はこのカードで」
 カードを出しながら彼に言う。
「いきますね」
 そこまで言うとカードを素早く投げる。数枚のカードはまずは真っ直ぐに若者に向かう。
「カード!?何か単純だね」
「さて、それはどうでしょう」
 笑って彼に言葉を返す。
「単純かどうかはわかりませんよ」
「んっ!?」
「さあ、舞いなさい」
 カード達に対して言う。
「それぞれ」
「!?それぞれって」
 若者は速水の今の言葉に顔を向ける。そのうえで問う。
「どういうことなのかな」
「どういうことも何もありません。舞うだけです」
 若者に答える。答えたその直後にカード達が動きを変えた。めいめい様々に舞いながら若者に対して襲い掛かるのであった。
「あれ、何か生きているみたいだね」
「少なくとも普通には動かないのですよ」
 また青年に答える。
「このカード達は」
「ふうん。そうなんだ」
 自分の周りを舞うカード達を見て他人事のように言葉を出してきた。
「思ったより面白いみたいだね」
「思ったよりどころではありませんよ」
 笑って彼にまた言う。
「ほら」
「あっ、来た」
 カードのうちの一枚が彼の顔の前に来た。そうして襲い掛かる。
「それだけではありませんよ」
 速水はさらにカードを投げる。今度は一直線に飛ぶ。
「さあ、これならどうします?」
「凝ってるね。演出いいじゃない」
「どう致しまして」
 右の目元と口元をにこやかにさせて答える。
「後は魔界で。お楽しみ下さい」
「悪いけれど僕は誰にも命令される立場じゃないんだ」
 若者は速水のその言葉は無邪気な笑みと共に否定してきた。
「だから。今も」
「むっ!?」
 速水は若者の動きに目を瞠った。彼は迫り来るカード達に対して腕を振るった。そうして素手でカード達をはたき落とすのであった。
「素手で、ですか」
「面白いけれど脆いね」
 それが彼の感想だった。
「これ位じゃ何ともないよ、期待外れかな」
「期待外れですか」
 その言葉には苦笑いになった。
「それはいささか残念です」
「けれど。いつもの遊びよりは面白いよ」
 無邪気な笑みのままこう述べてきた。
「だから。今度は僕の番だよ」
「来るわよ」
 沙耶香が速水に囁く。
「いいわね」
「ええ、勿論です」
 速水もまた沙耶香のその言葉に頷く。二人は若者の身体から妖気がさらに増しているのが見えていた。それは暗闇の中を支配せんばかりになっていた。

 
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