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占術師速水丈太郎 白衣の悪魔

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1部分:第一章


第一章

               占術師速水丈太郎  白衣の悪魔
 北の都札幌。その夜の闇の中に悪魔が蠢いていた。
 ビルの中の一室。夜だというのにある階は灯りで照らされていた。その事務室の中で今惨劇が繰り広げられていた。
「ひ・・・・・・ひぃっ」
 灯りに影が映し出される。影は今人の腕をもぎ取りそれを無造作に放り投げていた。
「何だよ、もろいなあ」
 声はそのもがれた手を見て楽しそうに笑っていた。灯りに映し出される影はその手を見て楽しそうに眺めている感じであった。
「ちょっと触っただけなのに。こんな簡単に」
「ば、化け物」
「化け物!?変な言葉だね」
 その声がした方に顔を向け笑う。
「僕を捕まえてそんなこと言うなんて。単に遊んでいるだけなのに」
「お、おい御前」
 大柄な影がそこにあった。震える声で誰かに言っていた。
「撃て、早く撃て」
「えっ、けれど社長」
 その声に対してまた震える声が返ってきた。その声色で震えてはいてもそれぞれ違う者が話しているのがわかる。
「銃を出したら後で面倒なことで」
「馬鹿言え、正当防衛だ」
 社長と呼ばれた震える声の主が言った。見れば腰を抜かして慌てふためく影がそこにあった。
「もう何人も殺されているんだぞ、だから」
「そ、そうですね」
「嫌だなあ、銃なんかで僕は死なないよ」
 腕を弄んでいた中央の影がゆらゆらと揺れて笑って言ってきた。
「何なら撃ってみてよ。よくわかるからさ」
「社長、どうします!?」 
 中央の笑う影の左にある影が震える声で右端の大柄な男に問う。彼が腰が抜けている男である。灯りの中で震えているのがわかる。
「あんなこと言っていますけれど」
「は、はったりに決まってるだろうが」
 社長の影はそう返してきた。
「早く撃て。心臓だ」
「わかりました。それじゃあ」
 左の影が震えながら銃を構える。そうして発砲した。
 銃弾は間違いなく中央の男の胸を幾度も撃った。しかし彼は倒れる気配も何もありはしなかった。衝撃からのけぞって戻るとすぐに楽しそうにゆらゆらと揺れるだけであった。
「だから言ったじゃない。僕には効かないって」
 声はその楽しそうな声で語る。頭も手も揺れてそれがまるで悪霊のようである。
「無駄なんだよ。けれど楽しいよね」
「楽しいって・・・・・・」
「撃ったら死んじゃったりするのが。ほら」
 ここで影は銃を持っている男に近寄ってきた。その頭を右手で上から鷲掴みにする。
「こうやったら死ぬじゃない、普通にさ」
「う、うわ・・・・・・」
「ほらっ」
 鈍い音と何かが捻じ切れる音がした。そうして今まで銃を持っていた男の首は捻じ切られそのまま上に放り投げられた。
「こうやったら死ぬじゃない。何かが死ぬのを見るのってやっぱり楽しいよね」
「な、何で奴だ」
「さあ、今度は君の番だよ」
 影は右の社長に近付いてきた。
「心臓貰えるかな。お腹空いたし」
「あわわわわわ・・・・・・」
 惨劇は続いた。翌朝警官達が見たものは無残な残骸と鮮血、ぶちまけられた臓物で化粧された事務所の中であった。そこに生きている者は誰もいなかった。
「おい、またかよ」
 警官の一人が大きく溜息をついて言う。検死官や警官達が慌しく動き回っている。
「しかも今度は何人もって。何人死んだんだ?」
「それがわかる状況じゃないな」
 同僚の警官が横から言ってきた。窓も天井も鮮血と臓物、様々な体液で汚されそこに残骸にしか見えない骸が無数に転がっている。首や腕がないのはまだましな方で脳を頭からほじり出されたり腹を割かれ内蔵を出されたものや無造作に引き裂かれたものもある。中には死体の一部が無残に食い散らかされているものもある。
 心臓をくり抜かれた大柄な人相の悪い禿げた男の屍もそこにあった。睾丸は蹴り潰され腹まで裂かれ目はくり抜かれ左手は肩から引き千切られている。どうしようもなく無残な有様である。
「こいつはわかるな」
「ああ、ここの社長だよな」
 警官達はむせかえる屍と鮮血と体液の悪臭に吐き気を堪えながら話をする。部屋の中はそうした悪臭で満ちていたのだ。
「元木剛造か。今までこいつの悪事には俺達も散々煮え湯を飲まされたが」
「それでもこの殺し方はないよな」
 目もくり抜かれた顔は恐怖で凍ったままであった。それを見ると彼が生きたまま殺されたのは明らかである。生きたまま引き裂かれていたのだ。
「他の奴等も同じみたいだな」
「全員生きたままか」
「しかし。何だこれは」
 頭が半分なくなった死体もそこにある。ついでに肋骨も何本か無理矢理引き摺り出されている。半分なくなった人相の悪い顔もまた恐怖で凍っていた。右半分だけが。
「骨とかそんなの全く関係なく引き裂いたのか?」
「いや、これは違いますね」
 死体を片付けている者がそれに応える。
「これは・・・・・・腕で削り取ったみたいですね」
「腕で!?」
「はい、指と爪で剥ぎ取る感じで」
「それは人間の仕業か!?」
 流石にこれには言葉がない。あまりにも信じられないことであった。
「剥ぎ取るって何なんだ」
「けれどこの傷跡は」
「まるで熊だな」
 そうとしか思えなかった。だがどの死体も熊によるものとは全く思えなかった。それよりも遥かに凶悪で剣呑なものを感じずにはいられなかった。
「内臓の残骸を見ても食った後があるしな」
「いかれてやがる」
 そうとしか思えなかった。警官達は無残な屍の中でそう呟くのだった。
「一体誰がこんなことを」
「人間の仕業なのか」
 そんな有様であった。彼等は屍の中で呆然としていた。
 
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